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http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2011020202000042.html
中東が変わり始めた。ただの反政府デモでなく、若い世代がわれらの時代をよこせと要求している。「独裁」を支えた先進諸国は耳を傾けねばならない。
事態をうまく言い当てているニュースがあった。エジプトの首都カイロのデモの群衆の中、ベテランのBBC記者がこう言った。
「だれもこんな事態は予想しなかったでしょう」
アラブの盟主を誇り、地域最大の人口をもち、適度の経済成長があり、知識階層がいて、欧米から優等国扱いされ、貧しいが穏やかな人々が住み、しかも治安機関は強力だ。だからチュニジア騒乱の飛び火はないだろうと思われていた。BBC記者が驚いたのも無理はなかった。
◆つぶされた工場スト
記者は続けた。
「エジプトで何かが変わりました。変わったのです」
問題はその何かである。
起点の一つは三年前、二〇〇八年の四月六日だという。
その日、カイロの北約百キロ、綿紡績織物の中都市マハラで工場の女性たちの小さなストライキが政府につぶされた。しかし抗議の連帯はネットで広がった。「四月六日運動」の名前がついた。
ストつぶしは珍しくはない。治安の目が壁にもあるような国だ。イスラム勢力も世俗の民主組織もしっかり見張られている。ただし監視対象は組織の幹部ら特定の人物であり、ネット上の不特定多数の若者たちの動きは盲点であったらしい。彼らはネット上で繁殖しデモの一翼を担った。
だが、これほどの規模になったのは、そのずっと前からエジプト民衆が不満をためこんできたからだ。歴史の時間の底に不満と反抗心は積もっていた。チュニジアの若い路上の野菜売りが役人の求めるわいろを断って商売できなくなり、県庁前で抗議の焼身自殺をするよりはるか前からのことだ。
◆見ぬふりの先進諸国
民衆の不満は、多くのアラブの国にある。その第一の原因は長期独裁政権にある。上層部の腐敗は広く末端まで腐らせる。
ムバラク氏は第三代大統領サダトの暗殺のあとを引き継いだ。今まで五期三十年もの長さになる。空軍のエリート中のエリートは司令官に上り詰め、第四次中東戦争では最高栄誉のシナイの星勲章を受けた。人気は高かった。しかし半世紀前の革命の立役者ナセル、サダトと同様、イスラム勢力との政治闘争は深刻だった。経済基盤の弱さはパン暴動を招いた。
〇五年、エジプト最大のイスラム団体ムスリム同胞団は人民議会(定数四五四)選挙で八十八議席を獲得した。ところが弾圧が始まる。次の選挙では同胞団系候補者らを次々逮捕、ムバラク与党が議席の大半を占めた。
選挙という民主主義の手段をかたって、いいように政治を操る。そのために、野党をおさえつけ、民衆を抑圧する。国内では最悪だが、国外では都合がよかった。エジプトの不安定は中東政治と石油の不安につながる。米国には中東外交の頼みの綱でもある。オバマ大統領が就任直後に電話した世界の指導者四人のうちの一人はムバラク氏だった。
欧米や日本など先進国は長期安定政権とたたえ、国内情勢には事実上目も耳もふさいできた。アラブの反政府デモを私たちに引き寄せて言うならば、そういうことになる。先進諸国の利益のためにアラブの民衆は自由を制限されてきたのではないか。
イスラム勢力は色眼鏡で見られがちだ。アルジェリアでもトルコでも選挙でイスラム勢力が勝つと弾圧された。しかしトルコではイスラム系政権も誕生している。オバマ大統領がカイロの演説で、イスラム世界との融和、を唱えたのはリップサービスではあるまい。テロ撲滅が戦争と敵視と取り締まりだけでは不可能だと悟ったからではなかったか。
エジプトのムスリム同胞団は穏健派といわれる。幹部に医師や弁護士ら知識層を得て、学校や福祉・慈善の事業を広く行い、貧窮者の強い味方となっている。
◆歴史の歯車は回った
今度のデモの主催者はネットで集まった若者たちであり、リーダーはいない。流血と略奪が起こり戦車が街頭に出た。その戦車の上に市民が乗っている。警察が政府の手先でも、軍は市民を撃たないという信頼がある。貧乏でも勉強すれば大学に行け、地位を得て国のために働ける。それが軍人である。ムバラク氏に退陣の引導を渡せるのも軍である。
エジプトの未来はエジプト人に決めてもらうしかない。もし外国が口を出せば、民衆を苦しめた時代に逆戻りしてしまう。おとなしいエジプト民衆がアラブの歴史の歯車をひとつ回したのである。不安がらずに見守ろうではないか。
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