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名古屋に2時間50分滞在し、とんぼ返りした。「アジア・アフリカ支援米発送式」(全農林東海地方本部主催)での記念講演のためである。私のホームページを熟読された方の強い依頼だったので、お引き受けした。講演タイトルは「日本国憲法と『食』の安全保障」である。「アジア・アフリカ支援米」活動とは、子どもたちも参加する田植えボランティアによって植えられたコメを収穫して、飢餓に苦しむ国々に送る運動で、1995年から始まった。この年にコメ輸入自由化(関税化)が行われたので、国内で作付けされなくなった土地や休耕田を活用してコメを作り、アジア・アフリカに送るという試みである。全国的にいろいろな団体が取り組んでいるが、今回は全農林の東海地方4県が収穫したコメ20トン分についての「発送式」だった。
送り先は西アフリカのマリ共和国。砂漠の国で、水と食料の不足は恒常的である。軍部独裁政権の時期が長く、92年から政情は比較的安定している。講演では、一般にアフリカなど途上国への援助で注意すべきことについても触れた。特に援助物資が政権の方に行ってしまい、民衆に届きにくいという問題を指摘した。全農林はNGOなどと連携して、直接民衆に届く努力をしている。現地における農業技術・ノウハウを伝える支援も合わせて行っているという。講演の前日(14日)、マリの北東部に位置するチュニジア共和国で、23年続いたベンアリ独裁政権が崩壊した。憲法の3選禁止規定に手をつけ、5期23年にわたり強権を振るったベンアリ大統領に、6期目はなかった。今年1月になって、急速に市民の抵抗運動が高まり、大統領一族は国外に逃亡した。政権崩壊の経過と背景(特に軍の動き)は慎重な分析が必要だが、市民の決起は「アラブ初の民衆革命」(『朝日新聞』1月18日付)あるいは「ジャスミン革命」(『毎日新聞』1月17日付)と形容され始めている。
アジア・アフリカの国々は、対外政策では非同盟政策をとることが多いので、その国が国内的に強権政治を行い、民衆の権利・自由を圧迫・侵害していることに無頓着な評価がしばしば見られる。ベンアリ大統領も非同盟政策に熱心だったが、秘密警察による言論弾圧は徹底していた。大統領の政権与党の大会に参加して、その方針の「大志」をもちあげ、この独裁者との交流を得々と書きつづった日本の野党老幹部には困ったものである。ルーマニアの独裁者・チャウシェスク元大統領と「蜜月」関係にあった前任者の誤りが十分総括されていないために(岩名やすのり元赤旗ブカレスト特派員「私のルーマニア警告はこうして無視された」『サンデー毎日』1990年3月4日号参照)、こうしたことが繰り返されるのではないか。いずれにせよ、外国との関係においては、対外政策だけでなく、その国の人権状況のリアルな認識が不可欠である。私は、「支援米」運動にあたっても、そうした認識の必要性を説いた。
講演では、菅直人内閣が推進するTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を批判した。前日(1月14日)に第2次菅改造内閣が発足したが、TPPに積極姿勢をとる海江田万里氏を経済産業大臣に据えるなど、この内閣は、マニフェストを「政権膏薬」にしてしまい、国民への裏切りをさらにパワーアップさせている。
TPPとは何か。昨年10月1日の所信表明演説で、この言葉が唐突に使われた。それまでは、知名度はきわめて低かった。シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国で、2006年5月に発効した関税全廃、例外品目のない自由化を原則とする自由貿易協定のことをいい、FTA(自由貿易協定)や EPA(経済連携協定)よりも徹底した自由化の合意である。これら4カ国は中小国であり、関税を全廃しても大きな問題はない。日本はニュージーランドと FTAを結んでおり、いまなぜ、日本があわててTPPに参加しなくてはならないのか。
端的に言えば、TPPが問題なのではない。2009年11月、オバマ米大統領がTPPへの関与を表明した瞬間、4カ国の連携協定だったTPPの意味が変わったのである。それは「米国主導の一大経済連合」となり、「小国の軒先を借りて帝国の世界戦略を追求する」枠組に転化したと表現されている(田代洋一『世界』2011年1月号参照)。
「黒船」とか「第三の開国」(菅首相)とか、「扉は閉まりかけている」(前原誠司外相)とか、うわずった言葉が政治家の口から飛び出す。この状況には既視感がある。小泉「構造改革」の際、「官から民へ」のワンフレーズ政治が跋扈したことは記憶に新しい。反対する人々を一緒くたに「抵抗勢力」にしてしまうパワーこそまだ欠けるものの、メディアにはすでにそうした兆候があらわれている。
元旦の『読売新聞』社説は「大胆な開国で農業改革を急ごう」と、年頭には珍しく農業問題をもってきた。「日本が交渉に乗り遅れれば、自由貿易市場の枠組みから締め出されてしまう。後追いでは、先行諸国に比べて不利な条件をのまざるを得なくなる」。相変わらず「バスに乗り遅れるな」と煽る非理性的論調は変わらない。「農産物の自給を確保することは重要だが、農業が開国を妨げ、日本経済の足を引っ張るようでは本末転倒になる」。どちらが本末転倒だろうか。農産物の自給率低下を前提とした、おかしな「開国」論こそ本末転倒ではないか。
この種の論法は、学者のなかにも見られる。ある人は、「(TPPが)日本の輸出企業にとって大きなビジネスチャンスとなる」というメリットを強調しつつ、他方で「農産物の輸入が増加して国内生産が減り、経営が厳しくなる可能性もあるが、やむを得ない。それよりも、輸入品に対抗するために生産性を上げ、新商品を開発し、輸出も視野に入れた強い農業が育つことが期待される」と主張する(浦田秀次郎『産経新聞』2010年12月24日付オピニオン面)。「やむを得ない」と、いとも簡単に言うが、日本農業への打撃はきわめて深刻である。「強い農業」という言葉も怪しい。輸出しても売れる一部のブランド農産物もあるが、もともと農業は生活者の「食」を支えるもので、「商品」という市場の論理だけでは割り切れない。食料自給率の問題しかり、口に入れるものが、輸出入で遠距離を行き来しても、腐らず、見栄え良い「商品」となるために施される「加工」(薬剤等)の安全面なども、憂慮されるだろう。
農林水産省の試算では、農産物の生産減少額は4兆1000億円。食料自給率は40%から14%に低下し、農業の多面的機能の喪失額は3兆7000億円にのぼる。「商品」としての売り上げにとどまらない「なりわい」としての農業は、地域社会や環境など多方面にわたる影響を及ぼしているから、この喪失は国のあり方にもかかわる。国内総生産(GDP)の減少額は7兆9000億円に達し、就業機会の減少数、つまり離農や失業は340万人になる可能性も指摘されている。
農産物の減少はいうまでもなく、水産物への影響も深刻である 。ヒジキの生産量の減少率は100%、ワカメは90%で壊滅状態である。こんぶ70%、のり68%、ウナギ64%、サケ・マス63%…。水産物の生産減少額の合計は4200億円に達する 。
民主党代表や国交相の時代から「破壊的軽口」が問題となっている前原外相は、「日本の国内総生産(GDP)の割合で1.5%の第1次産業を守るため98.5%が犠牲になっている」と言い切った(『日本経済新聞』2010年10月20日付9面)。どこの国でも、第1産業の割合はそう高くはない。米国でさえ1.1%。ドイツや英国は0.8%である。第1次産業のGDP1.5%を「些細な数字」として、経済を単純な多数決的発想で考えたとすれば、きわめて不適切な比較である。
菅首相はやたら「開国」という言葉を使うが、これもまったくわかっていない。日本の農産物の平均関税率は11.7%で決して高くはない。米国の5.5%は異常に低いにしても、EUは19.5%で日本よりずっと高い(田代前掲参照)。端的に言えば、TPPは、米国との関係で関税障壁を完全撤去する、米国を相手としたFTAというのが本音だろう。
農業関係の出版社のサイトには、「TPP反対の大義」が出ている。TPPがこの国を滅ぼす可能性があるという危機感は、ようやく広まり出している。
例えば、浜矩子氏(同志社大教授)は、「TPPは日本に貿易自由化を迫る協定ではない。日本に貿易不自由化を迫る協定だ」と喝破し、TPPはFTAの一種だが、そもそも「自由貿易」というが実態を反映していない。それは「地域限定排他協定」であって、「特定の地域を囲い込んで、その中に入った国々だけの間で関税を引き下げたり、その他の輸入規制を撤廃したりする。… いかに囲い込む地域が広かろうと、一度、囲い込みを行えば、貿易の自由度を損なう行為」である。だから、WTO(世界貿易機関)は、自由・無差別・互恵を基本理念としており、この「無差別」は「多角」を意味し、「要は全方位的で相手を選ばないということだ」と指摘し、「貿易不自由化協定を貿易開国の黒船と誤解して、右往左往するとは何事か」と菅内閣を鋭く批判している(「時代を読む」『東京新聞』2010年12月5日付)。
ここまで書いてくると、不況脱出や雇用創出のためにTPPをという物言いが、いかに詐欺的なものであるかがわかるだろう。小泉改革よりもたちがわるいのは、小泉改革を批判して国民の支持を得て政権交代を行った人々が、それを行っているからである。「『小泉化』する菅政権」(『東京新聞』2011年1月6日付「こちら特報部」)とは言いえて妙である。
菅首相は先週14日、農地法の一層の規制緩和が必要と断言した。「企業の農地所有を認めれば、いつ産廃処分場に転用されるか分からない」と、与野党の農林族議員は全員反対という報道があるが(『朝日新聞』1月15日付)、農地の「所有」と「利用」の分離がもたらす副作用はより深刻である。自民党時代は農水族の力が大きくて、さすがそこまではできなかったというところまで、暴走する菅首相は行きそうである。
「食」は、安全保障の問題でもある。旧日本軍では多くの兵士が餓死した。食えない軍隊に国は守れない。だから憲法9条が生まれたとも言える。「食」は軍隊では守れない。「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」(日本国憲法前文)を確保するためには、軍隊ではなく、総合的な「食」政策こそ必要であろう。どの国でも、関税や保護政策によって、自国の農林水産業を守る。食料自給率を確保する。これも一つの安全保障である。だが、日本は、14%にまで食料自給率を下げても、米国の利益をはかろうというのである。
外交も経済もうまくいかないオバマ大統領は、2010年一般教書演説で、「今後5年で輸出倍増」と200万人の雇用創出を唐突に打ち出した(『日本経済新聞』2010年2月1日付7面)。「相当高いハードル」というのが日経の評価だったが、TPPに日本を巻き込み、日本の対米障壁を撤廃して、米国の対日輸出を2倍にして、米国内の雇用を確保しようというのが狙いだろう。TPPは「日米安保」と並ぶ、この国の安全保障を脅かす「日米FTA」である。それは米国による日本の第一次産業への「間接侵略」とは言えまいか。「日米同盟」至上主義者たちは、「瑞穂の国」というこの国の根幹まで、米国に明け渡そうというのか。千代田区千代田1丁目1番地には水田があって、「国の象徴」とされる人物が田植えと収穫をしている国のはずではなかったのか。
かつて農業高校に通っていた甥が、野外実習のときにかぶるキャップを見せてくれた。そこには、WAgriculture is the baseWと書かれていた。「農は基本なり」。なかなか意味深い言葉である。
(みずしま・あさほ/早稲田大学教授)
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