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【PC遠隔操作事件】「罪証隠滅のおそれ」って何?〜名(元)裁判官・原田國男氏が語る”裁判官マインド”
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20130601-00025384/
江川 紹子/ジャーナリスト
2013年6月1日 21時31分
東京地検は5月29日、伊勢神宮の爆破予告などの2件で、片山祐輔氏を起訴。これで、起訴事件は7件となった。すでに、公判前整理手続きが始まっているが、検察側は今なお、事件と片山氏を結びつける主張をせず、「罪証隠滅のおそれ」があるとして、肝心の証拠の開示に応じていない。裁判所もこの事態を「異常、異例」と言ったものの、弁護側の主張は聞き入れず、検察に証拠開示を働きかけるなどの様子はうかがえない。
片山氏の逮捕以後、裁判所は一貫して検察側の主張を受け入れてきた。弁護側は、何度も片山氏の勾留決定に対する異議申し立てをしてきたが、裁判所は「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある」「逃亡すると疑うに足りる相当な理由」があるなどとして認めなかった。さらに、裁判所によって、片山氏が弁護士以外とは面会できない接見禁止の指定がなされた。弁護人が、母親との面会を認めるように求めたが、検察側はそれが「罪証隠滅」につながるおそれあるとして反対。裁判所もそれを追認した。
この事件では、片山氏の自宅にあったPCはもちろん、スマートフォン、勤務先のPC、江ノ島の監視カメラ映像など、重要な証拠はすべて捜査機関が押さえ、分析していて、今さら証拠隠滅をやりようがない。なのに、検察のみならず、本来はそれをチェックすべき裁判所までが「罪証隠滅のおそれ」を認め続けている。
裁判官たちの頭の中では、どのような「罪証隠滅」が想定されているのだろう…。いったい、彼らはどういう「おそれ」を怖れているのだろうか…。
常人では測りしれない「裁判官マインド」を知りたいと思い、40年にわたって刑事裁判官を務め、多くの無罪判決を出してきた原田國男氏(現在は慶応大学法科大学院教授、弁護士)を訪ねた。
なぜ裁判官は検察の主張を追認するのか
「罪証隠滅のおそれ」が人質司法のキーポイント
ーーまずは、この問題についての原田さんの立ち位置をお聞かせください。
僕は裁判官として、量刑と事実認定については厳格にやってきたっていう自負心はあるんですよ。ただ、本音を言うと、勾留など身柄の関係については、大勢に従っていたというか、多くの裁判官と同じスタンスでやってきた。もちろん個々の事件は一生懸命判断していたし、(検察側の請求を)却下したものもあったけど、それは例外的なケース。なので、普通の処理をした普通の裁判官の感覚しか話せない。ここで突然”いい子”にはなれないから。
でも、弁護士として実際に事件をやると、見方が変わってきた。裁判所のやり方については、身にしみて批判的になってきた。これじゃあまずい、と。そういうスタンス。
ーー「罪証隠滅のおそれ」が問題になるのは、どういう場合でしょう。
否認が出発点。冤罪であっても、否認すると、検察は必ず「罪証隠滅のおそれ」があると言ってきて、勾留となり、否認を続けていれば、勾留延長になる。起訴になっても、なかなか保釈が通らない。在宅の被告人に比べて、弁護人との打ち合わせもなかなか十分にはできない。そして最後は実刑になる。そういう悪い連鎖を作るキーが、「罪証隠滅のおそれ」。(否認していると解放されないという)人質司法という問題の中心は、否認した時の「罪証隠滅のおそれ」なんですよ。裁判官も、否認すれば「罪証隠滅のおそれ」があるんだろうな、と考えてしまうから。
裁判官は何をおそれるのか
ーー弁護人から「証拠類はすでに押収しているじゃないか」などという反論も出されることも多いと思うが、それでも「罪証隠滅のおそれ」を認める時、裁判官の頭には、具体的にどういう「おそれ」が浮かぶものなんですか?
法律論としては、「罪証隠滅のおそれ」は抽象的なものではいけない。具体的な罪証隠滅のおそれでないといけないんですよ。でも、さて具体的にって言われても、なかなか難しい。
たとえば、覚せい剤の自己使用。(採尿検査の結果)体から(覚せい剤が)出てきているんだから、「罪証隠滅のおそれ」はないと思われがちだけど、本当にそう言い切れる?僕が(裁判を)やった事件でも、「他人に知らないうちに飲まされた」という主張が出てきたことがある。「友だちの家に行ったら、コーヒー勧められた。ちょっと苦いと思ったけど、その時に…」と。嘘っぽいと思えても、その可能性がないわけじゃない。ある企業の社長が、従業員に飲まされたことにしようとして、接見時に偽証を教唆したケースもあった。これは、その従業員が警察に相談に行って、ばれちゃった。そういういろんな事件を見聞きしてくると、被疑者・被告人って、罪を免れるためにいろいろ考えるんだなあって思う。油断はできないな、と。
弁護士は「我々が罪証隠滅に関わることはない」っていうけど、全くないわけじゃないでしょう?それと知らずに手伝いさせられちゃってる場合もある。接見に行って、被疑者から「女房に、『犬の世話をしておいてくれ』と伝えて下さい」と言われて伝えると、実は「犬の世話」っていうのが覚せい剤を処分する隠語だった、とか。(犯罪を犯す)彼らも必死だから、ありとあらゆる事態を想定して準備していたりすることもあるのでね。
僕らは、そういう例を知っているもんだから、検察官から「罪証隠滅のおそれ」を言われると、わりと素直に反応してしまうんだ。
ーー検察官は、どうやって「罪証隠滅のおそれ」があることを裁判官に伝えるんですか?
意見書に、疎明資料がついてくる。
ーー疎明資料とは?
捜査報告書の類。検察官の意見書と一緒に出されるけど、法廷には普通、出て来ない。勾留などを決める場合の疎明資料は、証拠能力を立証する必要がなく、そこに、被疑者・被告人は知人に罪証隠滅を働きかけるような手紙を出しているとか、そういうことが書いてある。だから、「罪証隠滅のおそれ」があるんですよ、と。
そこまで分かりやすい行為でなくても、なんか怪しいと思えることが書かれていると、具体的な「おそれ」まで行ってなくても、裁判官は「罪証隠滅やりそう」って考えがち。あくまで「おそれ」でいいわけだし、もし罪証隠滅されたら事件つぶしちゃうことになるから。自分の判断で事件つぶしちゃうのは困るから、身柄はとっておいて、決着は判決でつけよう、という判断になりやすいんだ。
ーー「罪証隠滅のおそれ」を理由に勾留延長する、接見禁止にする、証拠開示を遅らせる、さらには保釈を認めない…。
保釈になると、逃げちゃうかもしれない、という心配がある。建前としては、「逃亡のおそれ」がないことは、保釈の要件ではない。それについては金額を高くして保証することになっているので、保釈の是非を判断する時に逃亡のことは考えちゃいけない。でも、裁判官の本音としては、保釈してずらかられたら困るって思う。自分の判断によって事件をつぶしちゃうことになるから。
その点では、実はヤクザが一番安心なんですよ。特に、親分が保釈金を出している場合、子分は絶に逃げない。親分に迷惑かけちゃったら大変だから。以前、あるヤクザの幹部が、「お願いします。絶対に逃げない。女の面倒をみておきたい。子分の手当もしておきたい」と必死に訴えるので、保釈金をかなりの高額にして保釈した。彼は保釈になった間にいろんなことが全部整理できたらしく、収監される用意して法廷に出てきた。判決はかなり重い実刑だったけど、「ありがとうございました」と感謝して刑務所に行きましたよ。
かわいそうなのは、無実で、大して重い犯罪でもなくて、孤立無援で、金を持ってない人。こういう人が、身柄とられてずーっと判決までそのままきちゃう。僕が無罪書いた被告人の中にもそういう人が何人もいた。僕も、保釈しなかったからね。
否認していると、「罪証隠滅のおそれ」で出られない。保釈もされない。「罪証隠滅のおそれ」というのは、そうやって、いろんな場面で使えるババみたいなカードなんだ。
ーー罪証隠滅されたり、逃亡されたりして事件がつぶれると、裁判官は処分受けたり、不利益はあるんですか。
ない。裁判官の独立があるから。所長から注意されることもない。責任は問われない。
ーー若い裁判官でも?
そうです。あまりにもどんどん(検察側の請求を)却下しちゃうようだと、刑事から外されて民事に行くことはありうるのかもしれないけど、普通は、罰があったり、どっかに飛ばされたりということはない。本人が「しまった〜」と思うだけ。
ーーなのに、なぜ事件をつぶすことをそんなに気にするんですか?
自分が嫌だからですよ。ちゃんと有罪か無罪か決めようと思ってるのに、保釈してずらかられたら、いい気持ちするわけない。それに、逃げちゃったら、今度はマスコミがガーッと襲ってくるんだよ。「バカな判断をした裁判官」とか、週刊誌は大好きだろ? そんなのを気にすることないって言えばそうなんだけど、罪証隠滅されたり逃げられたりしたら、自分の判断が間違っていたことになるからね。そこは職業意識が働く。
傷害罪の被告人を保釈して、そのまま被害者のところに行って殺しちゃうなんていうことだってありうるわけだから。保釈して被害が出れば、世の批判を受ける。バカな裁判官がそういうことして…と。保釈しなくてもいい人を保釈して、そういうことがおきれば、国家賠償の裁判を起こされる可能性もある。
ーー裁判官としては、最悪の事態を想定する…。
被告人については、悪いことを考えがちですね。40年も裁判官やっていれば、罪証隠滅された話だとかの知識は豊富にあるから。
ーー目の前の被告人が具体的に何かをする「おそれ」があるというより、今までの蓄積と今の被告人が結びついてしまう?
それが可能なんですよ。職業病と言えば職業病。(初めて刑事裁判を担当する)裁判員みたいな気持ちで被告人を見れば、「罪証隠滅のおそれ」なんてないよね、と思う場合でも、いろんな例を知っているもんだから、「ひょっとすると…」と。
弁護人を経験して分かったこと
ーーそういう感覚が、弁護士になってどう変わりましたか?
弁護人として拘置所で被告人の話を聞くって、裁判官は経験してないでしょ。でも、実際に弁護士になって冤罪事件の弁護をやると、「この人が言ってることは本当だな」と確信が持てるんだよ。だから「全力で助けてあげないといけない」と思うんだよ。こういう確信って、裁判官の時には絶対持てない。弁護士は持てる。裁判官は、「原田さん、だまされてるんじゃないの?」「証拠はこんなに有罪を示しているんだから」と思っているかもしれないけど、「この人が言ってるのは本当だ」って言える確信。それが持てた時に、裁判官と弁護人の観点の違いの大きさ、壁の高さを感じるんだな。
本当言うと、裁判官の時には、冤罪事件をやってる弁護士たちの気持ちが、イマイチよく分からなかった。「有罪かもしれなのに、この人たちはなんでこんなに一生懸命やってるんだろう」と思っていた。経済的にはなんの足しにならない。それどころか、やってる作業はものすごい負担。それで名を売りたいのかな、と思ったこともある。
でも、実際に弁護人として冤罪と確信できる事件をやると、この人は無罪であることは間違いないから、絶対助けてあげなきゃいけない、と思う。
そこを裁判官時代は見誤っていたし、裁判官には分からない。そのことを何らかの形で裁判官に分かってもらいたいと思うね。
そういったことを、(PC遠隔操作事件の弁護人の)佐藤(博史)さんに言ったら、「分かったでしょう?」って言われましたよ。あの事件で佐藤さんや木谷(明)さんは、「絶対無実だ」と確信していますよね。
やってないから否認している、という人に、「罪証隠滅のおそれ」なんてあるわけない。この人は無実なんだから、そんなことやるわけないというのが、今ではとてもよく理解できる。なのに罪証隠滅で勾留して保釈しないで人質司法はとんでもない、と思う。
ーーそれをどうやって裁判官に伝えるか…。
それが難しい。この壁はーー自分もそれを作ってきた1人なんだけどーー、そこから降りてみると、すごい厚くて高い。
「罪証隠滅のおそれ」によって罪証隠滅によって人質司法となり、無実の人たちに対して、最悪の形で作用してしまっている。
ーー裁判官は、無実なら最終的に無罪にすればよくて、それまでの時間もその人にとって大事な時間だというところに、あまり思いがいかない。
そう。そして、身柄拘束が長引けば、弁護士との十分な打ち合わせができなかったり、本人も気持ちがぐらついて、本意でない調書を取られたりすることもある。なので無罪にもなりにくい。拘置所の打ち合わせだと、書類を見せるのにもアクリル板越しだし、いろいろ不便なんですよ。長い身柄拘束は弁護権の侵害にもなって、結局冤罪を招く。
でも、裁判所は判決の時まで確信が持てないから、(保釈せずに)本人の身柄を確保したうえで、しっかり判断すればいいかと思ってしまう。
じゃあ、制度をどうしたらいいか、というのが難しい。実際に(事件を)やっている人に対しては、今の状況は効果的に働いているわけで…。だからこそ、可視化など、できるところからやっていかないといけない。
ーーPC遠隔操作事件では、公判前整理手続に入っているのにも関わらず、検察側は捜査中であり「罪証隠滅のおそれ」があるからと、事件と被告人の結びつきについての主張はせず、肝心の証拠も出してきません。
起訴が全部そろうまで開示しないというのは、ひどい話。こんな調子だと、公判前整理手続きに、すごい時間がかかってしまう。その間、罪証隠滅で身柄を拘束することになったら、被告人の負担も弁護人の負担も大きい。
本当に検察側の証拠が盤石なら開示すればいい。マスコミでは決定的証拠があるように報じられているけれど、マスコミもうまい具合に使われているだけじゃないのかね。
99%有罪の「神話」を支えているのは…
ーーマスメディアの問題をどうお考えですか。
よく、起訴されたら有罪率が99%以上とか言うけど、マスコミがこの99%神話の維持に加担しているんだよ。裁判所が無罪にすると、マスコミはすぐに被害者のところに行って談話をとるでしょ? 被害者は「納得できない」と言うよね。それを大きく報じる記事や番組を見ていると、まるで無罪判決がおかしいと言わんばかりじゃないか。
平素から事件をちゃんとフォローせずに、「無罪だ、被害者のとこに行こう」となる。もっと自分で判断できないのかね。比較的小さな事件でも、無罪になるケースは捜査の問題が背景として必ずある。それを丹念にとりあげてくれれば、裁判員になる人たちに対しても、捜査にはいろいろ問題があるんだ…と分かってもらえる。99%神話を批判したりするけど、実際は支えているのはマスコミじゃないか。
新人の記者を警察周りさせるというのも、否認するようなやつはとんでもないという警察の考えをすり込んでいるんじゃないの?だから、記者も否認するやつはおかしい、嘘をついているに違いない、となっちゃっうんじゃないか。遠隔操作事件も、佐藤さんや木谷さんのような人権派がついて、ようやく少しは慎重にやらないと危ない事件、という感じになってきたようだが…。マスコミは、今のような教育方針は辞めた方がいいんじゃないか。
ーー遠隔操作事件は、今後どうなっていくと予測されますか?
どれだけの物的証拠を検察がもっているか。どうなるかは、これに尽きるでしょうね。
* * * * * *
”裁判官マインド”を変えるには
原田氏には、こんな伝説的な逸話がある。法廷で起訴事実を認めて席に戻った被告人が異様に喉仏を上下させているのに原田裁判長が気づき、証言台に戻して、もう一度起訴された事実についての認否を尋ねた。すると被告人は、しばしの沈黙の後に実際はやっていない、と述べた。弁護人も知らない話だった。その後丁寧な審理をし、被告人は無罪となった。
また、原田氏は東京高裁の裁判長を務めていた8年間の間に、20件の逆転無罪判決を出している。その裁判に臨む姿勢、事実認定の仕方については、氏の著書『逆転無罪の事実認定』(勁草書房)に詳しい。
名裁判官の誉れ高い原田氏にして、否認をしている被告人の勾留や保釈が問題になった時には、検察官の「罪証隠滅のおそれ」を受け入れがちだったという。そして、冤罪事件の弁護人を経験してみて、初めて見えてきた「壁」の厚さと高さ…。となれば、全国の裁判官たちの状況は推して知るべしだろう。
原田氏の話を聞いていて、裁判官の意識を変えようとしたら、否認している事件の刑事弁護を実際に経験させるしかないのではないか、と思った。任官する前の司法修習では、実際に弁護士の事務所で勉強するのはわずか2か月。運良く(?)無罪を主張する事件に出会っても、弁護活動のホンの一端しか見ることができないし、弁護人としての苦労を実体験するわけでもない。
弁護士の中から裁判官に任官する制度はあるが、日本弁護士連合会のHPによれば、弁護士任官した裁判官は2011年4月1日現在で68人、最高裁を除いた裁判官の定員は3401人なので2%に満たない。これからも、劇的に増えるということはないのではないか。
だとすれば、刑事裁判官の研修の一貫として、生涯に2年くらいは刑事弁護の経験を課し、できる限り無罪を主張する事件(再審請求事件を含む)の弁護団に加わるようにしてみたらどうだろう。
だからといって、すべての裁判官が今の原田氏の心境を理解できるとは限らない。「罪証隠滅のおそれ」についての考え方も、変わるとは限らない。それでも、日頃は圧倒的に「やった」被疑者・被告人に接している裁判官が、法壇の上から見下ろすのではなく、検察官から出された意見書や疎明資料で判断するのでもなく、同じ高さの目線で、懸命に無実を訴える人の声に耳を傾ける経験をすることは、決して悪いことではないように思うのだが…。
早稲田大学政治経済学部卒。神奈川新聞社会部記者を経てフリーランス。司法、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々。著書『人を助ける仕事』(小学館文庫)、『勇気ってなんだろう』(岩波ジュニア新書)など。
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