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東電OL殺人事件 テレビにも出ないしカネももらわない ゴビンダさんの弁護団 15年間の冤罪法廷で勝ち取ったもの
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/34136
2012年11月29日(木)週刊現代 :現代ビジネス
無罪が確定した日、ゴビンダさんはこう言った。「日本の警察、検察、裁判所はよく考えて、悪いところを直して下さい」。弁護団の戦いは、まさにこの三組織の「悪いところ」をあぶり出す作業でもあった。
■ものすごい偏見の持ち主
無実の罪で15年間拘置所に閉じ込められ続けたゴビンダ・プラサド・マイナリさん(46歳)の妻・ラダさん(43歳)は、ネパールからの国際電話で本誌にこう話す。
「ゴビンダは日本での辛い経験からようやく立ち直りつつありますが、時々、眠れない夜があるようです。何よりも、父親('07年に死去)が生きている間に潔白を証明できず、最後まで会えなかったことを深く悔やんでいます。私たちは家族が揃った幸せと同時に、失った時間の長さを噛みしめています」
だが一方で、無辜のネパール人に手錠をかけ、身体を拘束し、犯罪者の汚名を着せた当事者たちに、反省の色は見えない。
ゴビンダさんが強盗殺人容疑で逮捕された'97年当時、警視庁の捜査一課長だった平田富彦氏は、本誌の取材にこうまくし立てた。
「私はいまでもゴビンダは真っクロだと思ってます。無罪判決は司法が世論におもねった結果だ。マスコミはゴビンダの好青年の部分ばかりを報じているが、彼には裏の顔もある。バイト先の店主が『あれは不良外人だ』と言っていた。捜査員は死に物狂いで捜査して、他にも容疑者がいる可能性を二重三重に検証した末に逮捕した。部下に辛い捜査をさせた私が、ゴビンダはクロ、という持論を捨て去るわけにはいかない」
これは平田氏個人の見解ではない。警視庁はゴビンダさんの無罪が確定すると、龍一文・捜査一課長名でこんな声明を出した。
「司法の判断にコメントする立場ではないが、無罪判決が出たことは真摯に受け止め、今後の捜査にいかしていきたい」
司法の判断に納得していない、という本音が行間から伝わってくる。
「あの事件では弁護人にものすごく捜査妨害された。ゴビンダを逮捕した晩、弁護人が接見した途端に完全黙秘になった。留置場から(取り調べに)出てこないこともあったが、それも弁護人の入れ知恵。神山、神田、佃の『カンカンツク』ですよ」(平田氏)
当時、捜査一課の刑事たちはゴビンダについた神山啓史、神田安積、佃克彦の三弁護士を「カンカンツク」と呼んで忌み嫌っていた。このエピソードを聞き、「それはむしろ名誉なことですね」と語るのは、カンカンツクの一角をなした佃克彦弁護士(48歳)だ。
「警視庁の捜査のいちばんの問題点は、早い段階で『ゴビンダが犯人』と決めつけてしまったことです。おそらくトイレ内のコンドーム(後述)で決めた。その後はゴビンダさんを逮捕・起訴できる都合の良い証拠を集めようとした。オーバーステイのネパール人だから与しやすい、という発想は当然あったでしょう」
欧米でも中国・韓国でもなくネパール人で、しかも不法滞在の不良外国人。そんな人間は少々乱暴に扱っても大丈夫だ---。
警察にも検察にも裁判所にもそんな偏見があり、それが冤罪を生む背景要因になった。佃弁護士はそう考えている。
そして、警察、検察、裁判所の偏見と15年間戦い続けたのが、他ならぬカンカンツクを筆頭とする弁護団だった。
その戦いとはいかなるものだったのか。改めて振り返ってみよう。
■こんな警察でも検察よりマシ
まずは対警察。ゴビンダさんには同居する4人のネパール人がいて、全員、ゴビンダさんと同じくオーバーステイだった。
「警察の同居ネパール人に対する取り調べは本当にひどいものでした。仕事が終わると渋谷署に呼びつけ、夜中の3時まで続ける。暴行に加え、職を斡旋するなどの利益供与もあった。
ネパール人たちはオーバーステイの負い目があるので、呼ばれたら行くしかなかった。警察は彼らの供述調書を取るだけ取って、終わったら強制送還したんです」(佃弁護士)
この批判に前出の平田元捜査一課長はこう答える。
「参考人と接触すれば人間関係ができる。職がなければそれを斡旋する。人間として当然のことです。被疑者に対する利益供与とは違う。都合のいい供述を得るため? そんなことはありえない」
だが実際、同居人の一人は、犯行当日ゴビンダさんが殺害現場(アパート喜寿荘の101号室)の鍵を持っていないと知りながら、「ゴビンダは鍵を持っていたが、持っていなかったことにしてくれと、口裏合わせを頼まれた」との供述調書を取られている。その供述を、公判で翻させたのは弁護団だ。
ゴビンダさんには疑われても仕方がない部分もあった。夜な夜な渋谷の路上で売春していた被害者と、3度、セックスしたことがあった。そして殺害現場のトイレから、ゴビンダさんの精液が入ったコンドームが発見されているのだ。
疑われる要素は十分にあるからこそ、弁護団にとっても事実審、つまり東京地裁における一審は、正々堂々と戦う場だった。
そして、弁護団はその戦いに勝った。一審の大渕敏和裁判長に「被告人を本件犯人と認めるには、なお合理的な疑問を差し挟む余地が残されている」と言わしめ、無罪判決('00年4月14日)を引き出したのだ。
「いくつか乱暴な捜査はあったにせよ、僕は警視庁が悪質極まりない、と言うつもりはない。悪夢はむしろ無罪判決の後、始まったんです」(佃弁護士)
ゴビンダを有罪に―検察が見せた執念は異様とも言えるものだった。
刑事被告人は無罪判決が出たら即、釈放される。不法滞在だったゴビンダさんは、釈放→ネパールに強制送還、という道筋をたどるはずだった。
だが東京高検は、東京高裁に「ゴビンダさんの再勾留」を求めた。
同高裁第5特別部が一度は要請を退けたが、'00年5月8日、同第4刑事部が裁判所の職権による再勾留を決定してしまう。そして、その第4刑事部が控訴審を担当し、わずか7ヵ月後の12月に逆転有罪判決(無期懲役)を下した。
当時、東京高裁第5特別部の裁判長として検察の要請を退けた木谷明氏(現弁護士)が語る。
「地裁で無罪判決が出た場合、誰が見ても明らかに判決が間違っていない限り、再度の勾留はできないと考えるべきです。無罪判決の時と何も状況が変わらないのにすぐ勾留できるとしたのでは、無罪判決によって勾留状が効力を失うと定めた法律の規定が無意味になってしまう。
また、高裁が逆転有罪を言い渡した段階でも、被告に土地勘のない場所に被害者の定期券が落ちているなど、最後まで解決できない疑問点が残りました。高裁は、被害者がつけていた手帳が正確だとする検察官の立証に引きずられて、『疑わしきは罰せず』という刑事裁判の大原則に違反し『合理的疑い』を無視したと批判されても仕方がない」
そう身内からも批判される判決を書いた高木俊夫裁判長は'08年に死去したが、右陪席の飯田喜信裁判官は東京高裁の裁判長、左陪席の芦澤政治裁判官は東京地裁の裁判長と、二人とも「順調に出世している」(佃弁護士)。
■カネに無縁な男
'03年10月、最高裁が上告を棄却。無期懲役の有罪判決が確定し、万事休したかに思われた。
だが、そこから弁護団は驚異の粘りを見せる。ゴビンダさんの精子の劣化具合から犯行当日より以前のものだと示す独自鑑定など、新たな証拠を集め、'05年に再審請求にこぎつけた。
「結果的に無罪を確定的にしたのは、再審請求審で弁護側と裁判所の要請により検察が行った、被害者の体内に残っていたDNAの再鑑定でした。それが現場に落ちていた陰毛のDNA型と一致し、被害者と最後に性交したゴビンダさん以外の『真犯人』の存在が浮かび上がったのです。
でも実は、現状の刑事裁判では、再審請求審をいかに開かせるか、その門戸が非常に狭いんです。その意味では、有罪確定から地道に独自の証拠を集め、裁判所を『やる気にさせた』意義が大きかったと自負しています」(佃弁護士)
弁護団には佃弁護士が尊敬してやまない主任弁護人がいる。神山啓史弁護士(57歳)である。
見た目からついたあだ名が「法曹界の浜ちゃん(浜田雅功)」。独特の甲高い声と真ん中分けの白髪がトレードマークだ。中央大学法学部を卒業して'83年に弁護士登録、その後は一貫して刑事弁護に携わる。DNA鑑定に詳しく、'10年に冤罪が確定した足利事件の弁護団にも名を連ねた。
神山弁護士をよく知る法曹関係者が語る。
「マスコミの取材は会見以外受けない。マスコミに露出して裁判に負けて以来、出ないのが勝つためのジンクスになったようだ。
いまだ独身で、住まいはワンルームマンション。部屋に冷蔵庫がないという噂で、朝食はいつも裁判所でとっている。移動は自転車で、好物は吉野家の牛丼。
とにかくカネには無縁の人生で、『俺は年間200万円あれば生きていける』と言っていた。相手が司法修習生でも遠慮なくおごってもらうらしい(笑)。
まあ、言ってみれば刑事弁護の職人ですよ。その分野では誰にも負けない代わりに、他のことにはまるで頓着しない。テレビには出ないし、そもそも被告から弁護料をもらうという発想がない。変人です(笑)」
佃弁護士は「この15年、ずっと神山さんの背中を追いかけてきた」と言うが、下戸の神山弁護士と酒を酌み交わしたことはない。
同じく神山氏を慕う神田弁護士を加えた「カンカンツク」。この三人組が、警察と司法の壁を破り、結果的に一人の無実の人間を救ったのである。
「週刊現代」2012年12月1日号より
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