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(回答先: 日航ジャンボ123便 高浜機長「盲 玉だ」 盲→ソ連TU-22 玉→宇宙カプセル ソ連ポルタヴァ空軍博物館にモニュメント 投稿者 愉快通快 日時 2011 年 12 月 25 日 21:32:16)
1985年8月12日の日航ジャンボ123便であるが、高浜機長が「もう たまだ」と発言しているのがCVR記録として残っている。
http://neko-usa.s22.xrea.com/jal123/wav/jal123_5621.wav
もう→盲→ソ連Tu-22
たま→玉→宇宙カプセル
http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/6584.jpg
と解析され、玉の元位置につきましては運輸省航空事故調査委員会JAL123便JA8119号機資料151ページ付図15の円形の部分となりソ連もしくは自衛隊ソ連勢力によってソ連へ運ばれたと想定される。
旧ソ連ポルタヴァ空軍博物館モニュメント宇宙カプセル台座の石は長野県南相木村の東京電力南相木ダム100年の森付近の石に酷似している。
南相木ダムは御巣鷹に隣接する上、蟻ヶ峠を挟んだ向かいの川上村からは、南相木村付近飛行中の123便のそばで原爆のようなキノコ雲が上がり、蟻ヶ峠から蒸気が立ったのが目撃されている。
中性子爆弾(電磁パルス弾)が炸裂した現場付近の岩石の上に宇宙カプセルを乗せていることから観察すると、この時の宇宙カプセルの本物が旧ソ連ウクライナ、ポルタヴァ空軍博物館にモニュメントとして展示されていると想定される。
http://img.asyura2.com/us/bigdata/up1/source/6583.jpg
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