http://www.asyura2.com/11/lunchbreak48/msg/467.html
Tweet |
http://20century.blog2.fc2.com/blog-entry-62.html
2005.04.16 Sat
ダッコちゃんブーム
昭和三十年代後半のほとんどの家庭には「ダッコちゃん」が居て、腕に抱きつかせて、一緒にどこへでも連れて行った。
昭和三十五年(1960)七月、宝ビニール工業所(現・タカラ)が、空気でふくらませるビニール製人形を製作。「木のぼりウインキー」と名付け、東京浅草のツクダ屋玩具から発売、価格百八十円。この人形を腕にからませて闊歩する若い女性を報道したマスコミが「ダッコちゃん」と命名。「ダッコちゃん」を買い求める客で開店前から行列ができ、混雑するデパートでは、整理券を発行するほどの人気にダフ屋も登場、製造が間に合わず多くの偽物も出回った。この年、六ヶ月だけで二百四十万個が販売され、のちの「タカラ」の基盤をつくった。
本物は見る角度によって目玉がウインクするが、偽物はウインクできない。これはレンチキュラー印刷というらしいが、簡単には真似のできない技術だったようだ。その後、偽物用に貼る「ウィンクをする眼」のシールを売る業者まで現れる。正式名が「木のぼりウインキー」とあるように、このウインクする目玉と、腕に抱きついて一緒にお出かけできることが、この商品の目玉であったのだろう。
左のが偽物くさい
昭和五十年、発売元のタカラが創業二十周年を迎えた記念として、ダッコちゃんを復活させたが、その後、「ちび黒サンボ」の黒人差別論争に巻き込まれ、製造販売を中止(のちに色違いや、頭のとがった進化形で復活)、タカラの基盤をつくりあげた「ダッコちゃん」の登録商標も、平成二年(1990)四月に使用停止している。
タカラは「ダッコちゃんは黒人ではない。夏に日焼けして真っ黒になった日本人の少年をモチーフに商品化した。黒人差別とは全く関係がない」としていたが、この説明は無理がある。当時の社長も、黒人シンガーや、マラソンのアベベなどのブラックパワーの活躍もヒントになったようなことを語っていたはず。正直に「黒人をモデルにしたが、差別意識など全くなかった」と堂々と言えばいいものを、保身的でヘタな言い逃れはやめてほしいものだ。
Tweet
| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑
COMMENT
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。