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その2―― 寝たきりゼロは可能か
寝たきり大国の原因
中高年世代にとって余生最大のリスクは、寝たきりや痴呆になることである。仮にそうなった場合には、本人はもとより家族も大変なチャレンジを負わされ、人生が約束する多くのものを諦らめなければならないであろう。逆に何かあっても寝たきりにさえならなければ、本人が自分で出来ることは沢山あるし、家族の介護負担も格段に小さくなる。
残念ながら日本は「寝たきり大国」の汚名を着せられている。寝たきり老人は1993年の90万人から、2000年には120万人に増加したとみられる。老齢人口の急速な増加に伴って、この数は2010年に170万人、2025年に230万人に達すると予想されている。
多くの日本人は、寝たきり老人が増えることを仕方ないと考えるかも知れない。しかし、スウェーデンやデンマークには寝たきり老人は殆どいない。人口が少ないから目立たないだけではないかという疑いは、幾つかの実地調査で打ち消されている。病気やけがで一時的に入院している人や、全身麻痺の人とか死の床についている人を除くと、寝たきり老人がゼロに等しいことは事実のようである。
日本と北欧2国の違いはどこから来るのであろうか。寝たきりになるもともとの原因は脳卒中と足の骨折が主であるが、こういう病気や事故が日本に特別多いということを裏付けるデータは存在しない。人口比では北欧2国も大差ないはずである。従って、日本に寝たきりが多いのは自然的な理由ではなく、文化的・社会的な理由によるものと考えられる。
第1に、畳の生活が寝たきりを作る温床になっている。畳の上では身体を横たえ易いが、立ち上がるには大きな体力を要する。従って、脳卒中や骨折などで脚や手が麻痺または衰弱した老人が畳に寝かされていると、起き上がることは出来なくなる。もともと日本人は普段から横になって休息する習慣がある。特に中高年の男性は家族の前で横になってくつろぐ人が多い。ところが欧米では椅子の生活であるから、床に横たわることは考えられない。くつろぐのはソファーに座ってということになるが、一家の父親といえどもソファーの上で横になることはなく、脚を組んで座るのが普通である。このような生活習慣の違いが、寝たきり大国と寝たきりゼロの違いの遠因になっているのではないか。
第2に、日本の家屋は小さい部屋で構成されており、あちこちに段差がある上に家具が所狭しと並んでいるため、車椅子での移動は殆ど不可能である。最近でこそバリアフリーの家が登場しているが、大部分の家屋はまだそうなっていない。脚が弱くても車椅子を動かせればある程度自立した生活が可能であるが、家屋が車椅子に適さなければ、寝床で横になっているしかない。
第3に、日本の病院は患者を必要以上に長く入院させる傾向がある。例えば出産後の入院日数は欧米では1日か2日であるが、日本では1週間が普通である。そういう伝統のためか、脳卒中や骨折の場合に限らず、他の病気でも入院が長くなり、高齢の患者はベッドに寝てばかりいるため筋力が衰え、頭がボケてくる。これも寝たきりや痴呆を作る原因である。
第4に、日本ではリハビリが十分行われない。脳卒中に犯されて手足が麻痺してもリハビリをきちんと実施すれば、少なくとも車椅子の生活は可能で、寝たきりになることは防げる。リハビリが十分行われないのはリハビリ施設や理療士などの不足という面もあるが、患者本人や家族・制度にも問題がある。先ず、リハビリ施設に入所できても、患者は長期のきついリハビリに耐えられず、家が恋しくなって退所を願い出るケースが多いという。リハビリ施設に通所するには家族が昼間の時間を空けなくてはならず、車椅子専用タクシーの利用など、経済的にも困難な場合が多い。ようやく、昨年4月施行の介護保険制度によって、認定されれば保険でタクシーを利用することが可能になった。しかし、1割の個人負担があるし、患者の根気と家族の支援がどこまで続くかが問題である。
第5に、日本の公営養護老人ホームは4人部屋が標準である。それでも空きはなく、入所を申し込んで2、3年待たされるのが普通という。なんとか入所しても、そうした施設では人間の尊厳を保つことができない。入所者が昼間車椅子で動き回れるようになっておらず、1日中寝たままの生活を強いられる。食事も排泄もベッドの上である。これでは残された僅かな日常生活能力(ADL)すら失われてしまう。日本の「寝たきり」は、実際には「寝かせきり」なのである。
スウェーデンとデンマークは寝たきりゼロをいかに実現したか
それでは、スウェーデンやデンマークは寝たきりゼロをいかに実現したのであろうか。
第1に、脳卒中や骨折で入院した場合、治療が終れば患者はすぐリハビリセンターへ送られる。高齢者の平均入院日数はデンマークの場合32日、それに対して日本では高齢入院者の48%が6ヶ月以上入院する。入院日数が短ければ短いほど筋力の衰えや頭のボケは少ない。
第2に、養護老人ホームでも、障害をもつ高齢者を寝たきりにさせない。朝起きてから夜寝るまでは車椅子かソファに座って過ごさせる。日本のホームではベッドの上だけが自分の場所なのに対して、北欧2国では希望者全員が個室を与えられ、部屋の中で一人で気ままに過ごすことも、ラウンジに出て談笑することも自由である。人間の尊厳が保たれるだけでなく、各人のライフスタイルを楽しむことさえ可能なのである。
第3に、介護用補助器具が発達しており、国が無料で貸与するから、その利用は一般的になっている。例えば、ベッドから車椅子に乗り移るのにリフターという器具が使われる。このような介護補助器具には4つの利点があるとされる。
高齢者を寝たきりにさせない。
介護の人手が省ける。
介護人の腰痛を防げる。
高齢者がより長く自宅に住み続けられる。
こうした利点があるため、器具への投資にかかるコストは、施設入所や寝たきりを少なくすることで十分取り返しがきく。器具をふんだんに使うことは国にとってかえって安上がりなのである。
介護保険制度の寝たきりへの対処
昨年4月に発足した介護保険制度は1年を経過したところで、多くの問題点が浮上している。痴呆の要介護者は、ADLが高いと見なされたために、低い要介護認定しか与えられず、制度発足前より国の支援が削られていたことが明らかになった。痴呆症の患者はADLが高いために、かえって長時間の介護を要することが理解されていなかった。
寝たきり老人に関して、介護保険制度は在宅介護を社会的に支援して、施設入所者を減らすことを狙っている。しかし、在宅介護はいかに支援を受けても、家族の負担が大き過ぎる。特に主たる責任を負わされている家族(多くの場合、妻、娘、または嫁)は、仕事、趣味など、自分が人生でやりたいことを犠牲にしなくてはならない。娘や嫁といっても50台60台の場合が多く、老老介護に近い。介護疲れで自分が倒れるケースも少なからず発生している。
ところが、公営の養護老人ホームは前述のように不足しており、運よく入所できてもその施設は狭く、悪臭がひどい。ヘルパーの人手も不足しており、おむつを長時間替えてもらえず、床擦れを起こす老人が多い。経済的に恵まれた人は民営のホームを利用できるが、数千万円の入所一時金を払った上に月数十万円の経費がかかる。それでも行き届いたサービスを受けられる保証はないし、施設が経営に失敗すれば一時金も戻って来ない。三界に家無しとはこのことではないか。
スウェーデンやデンマークでは寝たきりがゼロに等しく、立ち上がれない老人も車椅子で動き回り、人生をエンジョイしていることは既に述べた。施設か在宅かは要介護者本人の希望次第であるが、どちらの場合でもヘルパーがいつでも来てくれるから、トイレに行きたい時に行けないということはない。ヘルパーの数を比較すると、人口10万人当たりで日本17人に対してスウェーデンは884人である。もっともこれは1985年のデータであるから、日本も少しは増えているであろうが、桁違いであることは変わらない。
因みに、スウェーデンでは子供に介護を受ける老人は殆どいないそうで、多くの老人はそれなら死んだ方がましと考えるらしい。子供には子供の人生がある。自分のために子供が人生を犠牲にするようなことはさせたくないという親心である。しかし、そうした配慮ができるのも、公的介護が行き届いているからである。
日本で寝たきりをゼロにすることは現状では不可能であるが、寝たきりをこれ以上増やさないことは可能である。寝たきり予備軍の中高年が日頃から身体と頭を積極的に使い、脳卒中や骨折で倒れてもリハビリを徹底的に行う。自ら寝たきりを拒否して、車椅子を使ってでも動き回る。こうしたことが可能となるよう国や地方自治体が養護老人ホームやリハビリ施設を改善・増設したり、ヘルパーを大幅に増やしたり、進んだ介護補助器具を導入したりすることには、予算上最優先順位が与えられるべきである。それはまた、将来の財政負担を減らすことにもなるのである。■
(参考文献)
山井和則「世界の高齢者福祉」 岩波新書 (本稿のデータその他は本書に依存するところが大きい)
大熊由紀子「寝たきり老人のいる国いない国」 ぶどう社
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