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エジプト革命の完成と中東の自立
2012年8月14日 田中 宇
http://www.tanakanews.com/120814mideast.htm
8月12日、エジプトのモルシー大統領が、従来の権力機構である暫定軍政(最高軍事評議会、CSAF)のトップをしていたタンタウイ国防大臣と、軍首脳のアーナーン参謀総長を更迭し、軍部から権力を奪った。ムスリム同胞団出身の大統領であるモルシーは6月末、大統領に就任したが、就任直前、軍政が憲法を改定して大統領の権限を奪った。同時期に、ムスリム同胞団が多数派を占める議会も、軍政の息のかかった憲法裁判所によって解散させられた。民主主義に基づくならモルシーと同胞団が政権をとるはずが、軍政の司法クーデターによって権力を制限されていた。(◆エジプトの司法クーデター)(Egypt's Morsi sacks top military leaders)
今回の更迭は、軍政に対する同胞団側からの反攻で、ほとんど一本決めで同胞団が勝利し、軍部は劇的に権力を失った。トップを失った軍がモルシーに忠誠を誓ったので、今後の軍の再反攻は考えにくい。(Egypt military shows support for Morsi)
8月5日、対イスラエル国境近くのシナイ半島で正体不明の武装勢力がエジプト軍の詰め所を攻撃して16人の兵士が殺された。この事件を受け、モルシーが軍の首脳たちに責任を取らせるかたちで更迭を挙行した。責任追及を口実とした反撃だった。これまで権力を持っていた軍政の評議会は、組織として存続するが、権力のない大統領の顧問団に大幅格下げされる。イスラエルのハアレツ紙は、今回の更迭でエジプト革命が完成したと書いている。(Morsi's ousting of army old guard completes Egypt's quest for revolution)
エジプト革命が「リベラル革命」でないと納得いかない人々は「革命の完成なんてとんでもない。これは同胞団による革命の横取りだ」と言うだろうが、それは「リベラル(世俗主義)=善、イスラム主義=悪」という偏見にとらわれている。エジプトの人々が望んでいた民主主義(選挙)の結果、同胞団が大統領と議会多数派の両方をとり、選挙後も軍部が握っていた権力を今回モルシーが奪取したのだから、これが革命の完成であるという見方の方が納得できる。(イスラム民主主義が始まるエジプト)
私は、モルシーと軍政の駆け引きや暗闘が長く続くと思っていたが、意外とあっさり決着がついた。昨年2月、ムバラク失脚直後に「やがてイスラム主義の国になるエジプト」という記事を書いたが、この「やがて」は結局、現在までの1年半の長さとなった。(やがてイスラム主義の国になるエジプト)
エジプトは1978年にイスラエルと国交正常化して以来、昨春までのムバラク政権も、その後の暫定軍政も、イスラエルと親密な関係を保ち、米イスラエルの傀儡だった。対照的に、同胞団はガザのイスラム主義組織ハマスを傘下に持ち、イスラエルと対立を辞さない構えだ。イスラエルが、今回のモルシーの権力奪取に強い脅威を感じても不思議でない。だが実際のところ、イスラエルは今回の事態を楽観的に見ている。エジプトに同胞団の政権が確立したことで、同胞団がパレスチナ人とイスラエルの和解交渉を仲裁するとともに、ハマスを武装解除させる可能性がひらけてきたからだ。(Israeli-Egyptian security cooperation not at risk' following forced resignation of top brass)
最近ハマスの指導者ハリド・マシャルがカイロを訪問し、モルシーと会ったが、この時、ガザとエジプトの国境を恒久的に開放する見返りに、モルシーはハマスの武装解除を求め、マシャルは1年以内に武装解除する構想を提示したと報じられている。これまでパレスチナ問題の仲裁者だった米国は、イスラエル寄りの姿勢を明確にしすぎて(故意に)何も進められなかった。共和党右派を中心とする米政界には、親イスラエルのふりをした反イスラエルの勢力がおり、中東和平の進展を阻止してきた。今後、同胞団のエジプトが新たな仲裁者になれば、米国よりもずっと現実的にパレスチナ和平を進め、中東地域の緊張緩和に貢献する可能性が高まる。そうした動きの第一歩が、ハマスの武装解除案だと考えられる。米国に潰されかかっているイスラエル側は、同胞団の政権奪取をひそかに歓迎しているのでないか。(Muslim Brotherhood's rise in Egypt could push Hamas to lay down its arms)
11月の米大統領選挙をひかえ、民主党のオバマよりも共和党のロムニーが優勢になっているが、もしロムニーが勝つと、前ブッシュ政権のような親イスラエルのふりをした反イスラエルの政権が再登場する。好戦策で母国を危機にさらしているイスラエルの右派(入植者ら)はロムニーを熱烈支持しており、米国のユダヤと米軍の票田はロムニーに引っ張られている。右派リクード出身のネタニヤフ政権は、最大野党カディマ(中道派)と連立してパレスチナ和平を進めようとしたが、連立政権の維持に失敗し、政権内で再び右派が強くなり、ネタニヤフは訪問したロムニーを支持する発言を行った。イスラエルの首相が、米大統領選挙で特定の候補への支持を公言したのは史上初めてだ。(◆シリア政権転覆から中東大戦争へ?)(In Jerusalem speech, it was Romney's voice but Netanyahu's words)
半面、米国のCIAはイスラエルを、中東における諜報活動上の最大の脅威とみなしているという指摘がある。オバマがCIA出身であることと合わせて考えると興味深い。(`CIA sees Israel as top espionage threat')(◆CIAの血統を持つオバマ)
▼エジプトはサウジとイランのどちらにつくか
アラブ世界で、同胞団がエジプトの権力を握ったことに最も脅威を感じているのは、サウジアラビアだろう。ムバラク時代のエジプトは、サウジアラビアと並ぶ中東の親米国であり、サウジとエジプトがスンニ派諸国として組み、米国に支援されつつ、シーア派のイランと対抗するのが従来の中東政治の構図だった。サウジ王家は就任直後のモルシーをリヤドに招待し、今後もエジプトが従来の構図を続けるよう求め、続けてくれるなら資金援助してやると持ちかけた。だが、モルシーは巧妙で態度を明らかにせず、サウジ側を苛立たせている。(Egypt's Morsi to visit Saudi Arabia in bid for aid)
風向きの変化を察知して、イランがエジプトに接近している。先日、79年のイラン革命以来のイラン高官のエジプト訪問として、イランのバガイ副大統領がエジプトに行ってモルシーと会談した。イランとエジプトでシリア内戦の解決を一緒に模索しようと持ちかけ、8月29日にテヘランで開かれる非同盟諸国会議にモルシーを招待した。モルシーがテヘランに行けば、イランとエジプトが約40年ぶりに国交正常化に動くかもしれない。(Egypt's president holds talks with Iran's vice president)(Tehran reaches out to Egypt's Morsi)
イランとサウジは、シリアやバーレーンの紛争をめぐって対立している。シリアでは、イランがアサド政権を支援し、サウジが反政府勢力を支援している。バーレーンでは、イランが反政府勢力をひそかに支援し、サウジが王政を支援している。シリアでアサド政権が転覆すると、スンニ対シーアの対立が隣国イラクに波及し、イランの傘下にあるイラクのマリキ政権が不安定になる。バーレーンの王政が転覆してシーア派の民主政権ができると、民主化要求運動が隣のサウジ東部に波及し、サウジが不安定になる。だからイランもサウジも、モルシーのエジプトを自陣営に引っ張り込みたい。(◆米覇権後を見据えたイランとサウジの覇権争い)
米軍がイラクとアフガンから撤退し、中東における米国の影響力が低下する中で、対米従属のサウジアラビアは、高齢の国王や皇太子の跡継ぎをめぐる王室内の紛争もあり、目立たない形で政治危機に陥っている。バーレーン王政が転覆したら次はサウジ王政だ。この危機の中、諜報に強いが勝手な動きが目立ち、2010年に王室内クーデターを起こして国王を追い落とそうとして失脚したバンダル王子が、7月下旬にサウジの諜報長官として復権した。イランとの対決や、シリア内戦への介入をやらせるなら、大胆なバンダル王子が適任だ。クーデターの首謀者を諜報長官に復権させねばならないほど、サウジ王政は危機感を感じている。(Unconfirmed Reports: Prince Bandar Bin Sultan Dies of His Injuries After a Bomb Blast)
イランとサウジのどちらに味方するのか、モルシーは態度を明らかにしない。同胞団お得意の隠然戦略だ。エジプトはスンニ派の国だし、シリアで最大の反政府勢力はムスリム同胞団だから、モルシーはシーア派のイランでなくスンニ派のサウジに味方するとも考えられる。だが、実際は多分そうでない。同胞団は、中東が欧米列強に分割支配されている苦難の状況を変えることを目標に、20世紀初めに作られた政治組織だ。そうした党是に沿うなら、モルシーは、米イスラエルがサウジやイランを使ってスンニ派とシーア派の対立を扇動し(イランに反米イスラム政権を作らせたのは米イスラエルだった)、中東を分裂させて支配してきた状況を変えたいと考えているはずだ。(イラン革命を起こしたアメリカ)
シリアでアサド政権が転覆すると、中東の内戦や不安定が拡大する。シリアの反政府勢力は、アラビア語ができず、ロンドンなまりの英語しか話せないアラブ系英国人青年など外国人ばかりで、シリア人がほとんどいなかったと、反政府勢力に拘束されていた英国人の写真家が証言している。要するに、英MI6が「テロ戦争」の一環としてロンドン近郊の貧困なアラブ系青年らを誘導して過激な行動に走らせ、以前アフガンに送り込んだように、今またシリアに送り込んでいる。「アルカイダ」やシリア反政府勢力の本質はMI6やCIAである。シリア土着のムスリム同胞団はすみに追いやられている。中東の自立と安定を目指すであろうモルシーが、同じスンニ派というだけでシリア反政府勢力を支援するとは思えない。(`None of insurgents were Syrian')
これまでの中東諸国は、親アサドのイランと反アサドのサウジが鋭く対立し、中東のもう一つの有力国であるトルコも、反アサド色を強めたので、シリア内戦を中東諸国間の交渉で解決できなかった。国連安保理でも、親アサドの中露と反アサドの米欧が対立していた。しかし、モルシーのエジプトが出てきたことで、イランとサウジの間を仲介し、米欧の介入を受けず、シリア内戦を中東諸国の交渉で解決できる道筋が見えてきた。8月14日にリヤドでイスラム諸国会議(OIC)が開かれ、シリア内戦の解決を中心課題の一つに掲げている。OICと、8月29日のテヘランでの非同盟諸国会議で、シリアをめぐる交渉が本格化するかもしれない。(Iran's new summit diplomacy)
こうした事態はイランにとって有利になっている。米欧中心の話し合いだと、イランは悪者扱いされ、議論の場から外され続ける。だが中東諸国やイスラム諸国の話し合いでは、イランは中東の地域大国の一つとして重視され、まっとうな扱いを受ける。国連のバン事務総長は9月の国連総会で、イランのアハマディネジャド大統領、エジプトのモルシー大統領と3人で昼食をとる予定だが、そこに米国のオバマ大統領も来ませんかと招待した。シリア問題を話すつもりだろう。米政界にイラン敵視が強い中、選挙を控えたオバマは断りそうだが、オバマの出欠に関わらず、イランやエジプトが国連で大きな勢力になっていることがうかがえる。(Obama to Dine with Ahmadinejad, Morsi at U.N. Assembly in NY?)
このように中東の政治は、米欧イスラエルが牛耳る従来の姿から、エジプト、イラン、サウジといった地元の国々が渡り合う、自立した、多極型世界に合致した態勢になりつつある。日本、韓国といった国々が、自立した関係を強化できず、対米従属に固執している東アジアの状況と比べると、中東の方が一歩先を行っている。(◆李明博の竹島訪問と南北関係)
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