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『from 911/USAレポート』第573回
「オバマ二期目へのスローガン、その意外な中身」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第573回
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5月に入ると同時に、オバマ陣営も正式に2012年の大統領選・本選への選挙運
動入りを表明しました。5月1日に発表されたそのスローガンは、「FORWARD フォワ
ード」つまり「前進しよう」というものです。前回の2008年は「チェンジ」でし
たから、その「続き」というわけです。
早速「その中身」が気になるわけですが、ちょうどこの「フォワード」というスロ
ーガンの発表と同時にインターネット上でビデオが公開されています。このビデオで
すが、まずオバマが当選から就任という時点、つまり2008年から09年の「リー
マン・ショック」による景気後退、大量失業の問題を取り上げています。そこからア
メリカが回復した様子について、例えば景気刺激策が効果があったとか、デトロイト
の自動車産業への支援がアメリカの雇用を守ったとか、基本的に「やったこと全てが
正しかった」という自画自賛のオンパレードになっています。
実は、このビデオでは「その先へ前進する」という「フォワード」の具体的な内容
は示されてはいませんでした。とにかく「フォワード」というスローガンだけが、5
月に入ると大量にメディアに流されたのです。では、その中身は何なのか、どういっ
た方向で「前進」するのか、その第一弾は1週間後の5月9日に発表されました。
それは、オバマが合衆国大統領として史上初めて「同性間の結婚」を支持するとい
うものでした。このテーマは、ここ十数年アメリカの政局を左右してきた大問題です
が、これまでは保守票や中間やや右寄りの票を失うリスクを考えると、また世論の分
裂を仕掛けたという批判を受ける危険などもあって多くの政治家が慎重な姿勢を取っ
てきています。
例えば2004年の選挙では逆の動きが大統領選の事実上の争点になっていました。
南部を中心とした保守州では「結婚は異性間に限るという憲法改正」を訴える動きが
あり、共和党現職のブッシュはこの動きに乗っていたのです。ジョン・ケリーを候補
とした民主党の方はと言えば、合法化を訴えるどころか「禁止へ向けての憲法改正」
を阻止するという防戦的な対応に追われた、そんな時代でした。
また、オバマの2008年の選挙の際には、何としても「史上初の黒人大統領」を
実現するということが運動の優先課題でした。ですから、同性婚などを争点にしては、
右派からの厳しい攻撃を覚悟しなくてはならないという損得の観点から、また左右対
立を激しく煽ることへの自重などから、オバマ自身が政策として取り上げるのを見送
った経緯があります。
ちなみに2008年の時点でのオバマは、同性婚問題はあくまで「各州の自治に任
せる」という姿勢を貫いていました。ということは、正にこの再選を目指した選挙運
動では「前進」をするというわけです。では、どうして前回は見送ったのに、今回は
踏み込んだ立場へと動いたのでしょうか?
一つにはこの4年という年月の重みです。4年という年月を経て、同性婚に対する
状況はかなり変化しています。国際的に見ても、2008年以降にアルゼンチンが同
性婚を承認していますし、メキシコやブラジルも一部の地域で合法になっています。
またイスラエルも、国として同性婚を認めていないものの、他国で合法的に結婚した
同性カップルに関してはイスラエル領内でも夫婦として認める方向に転じています。
アメリカ国内では、何と言っても2011年の6月に大州であるニューヨーク州で
の合法化が成立したことが大きいと思います。隣のニュージャージーでは、州議会が
合法化法案を通したものの、クリス・クリスティ知事が拒否権で潰す一方で、イスラ
エルの方向性と同様に他州で結婚した同性カップルの権利は認める方向です。現在で
はニューヨークの他に、マサチューセッツ、コネチカット、アイオワ、ニューハンプ
シャー、バーモント、ワシントンDCで合法化、その他にも多くの州で合法化の動き
があり、認める方向での勢いが出てきているのです。
時代の変化に加えて、4年の歳月は有権者の若返りという意味では大きいのです。
大統領選の投票率を50%と考えても、4年間では800万票の若い票が加わる一方
で、同じ数が入れ替わる中、同性婚に対して抵抗のない票がどんどん増えるわけです。
もう一つは、敵がロムニーになったという事態を受けての戦術という意味合いです。
ロムニーは、東部を中心とした中道州(スイング・ステート)での勝利を期待されて
共和党の統一候補になっています。具体的には、ペンシルベニア、オハイオ、ニュー
ジャージー、フロリダといった大州で勝利すれば、保守州の代議員を合わせれば勝て
るという計算があるのです。
そこで、同性婚の問題を持ちだして、仮にロムニーが共和党の党内事情から「反対」
を打ち出すことになれば、それだけ中道州の中間層が逃げていく、そうした計算がで
きるわけです。「中道で穏健で、経済に強そうだから期待したが、社会価値観ではや
っぱり保守か」ということで中間層の一部が落胆してくれればという思惑です。
この点に関しては、ロムニーはさすがに有権者の変化、時代の変化を計算して「反
対を絶叫」するのではなく、穏やかな口調で「私は結婚は異性間のものだと思ってい
ますから反対です」と対応していました。ですが、その直後に「ロムニーが高校生の
時に同性愛者のクラスメイトへの『いじめ』に加担していた」というスキャンダルが
出て、早速ダメージコントロールに追われるという展開になっています。オバマの仕
掛けは意外な形で効果(?)があったというわけです。
この「同性婚の合法化」に加えて、オバマが盛んに有権者に対してアピールしてい
るのは、「反テロ戦争」での「功績」です。アメリカ国外から見れば信じ難いことで
すが、例えばこの5月は「オサマ・ビンラディン殺害」の1周年だということで、改
めてオバマ以下、ヒラリーなどの関係閣僚が「戦功の自画自賛」をやっていました。
とにかく「ビンラディンを殺した」ことでアメリカは安全になったというのです。
それだけではありません。こともあろうにオバマ陣営からは「ロムニーだったらビン
ラディンを殺す決断はできなかっただろう」などという無茶なコメントまで飛び出す
有り様です。
この「反テロ戦争」ですが、先週から今週にかけては別の動きもありました。「下
着爆弾を隠して搭乗したテロリスト」により「旅客機爆破の計画」があったのだ
が、当局の捜査が成功して未然に防いだというニュースがヘッドラインを飾ったのが
先週で、「詳細は国家機密」という何とも「思わせぶり」な報道が続いたのです。2
009年にデトロイト空港で未遂に終わった「クリスマステロ」事件と同様の手口だ
として、各メディアは大きく取り上げていました。
ですが、今週に入って驚くべき報道が続きました。この爆弾テロリストの正体は
「サウジのスパイ」であって、CIAと密接に連絡を取りながら身分を隠してイエメ
ンのアルカイダ系グループに潜入、そこで密命を受け爆発物を手にしてアメリカに向
かったというのです。何とも怪しげな話です。更に驚いたのは、この「二重スパイに
爆弾を渡したと見られるアルカイダ系のグループ」のイエメン領内の本拠に対してア
メリカは空爆を行なって、何名かの殺害に成功したというのです。
確かにアメリカのCIAというのは、トルーマン政権時にダレスが作ったわけで、
そのルーツは大戦中のFDR政権にあるわけです。ですから民主党に近いわけで、例
えば歴代の民主党大統領はこうしたCIAを使った「オペレーション」を好んだとい
う面はあります。オバマもその例に習ったということは言えるでしょう。
ですが、2008年に「チェンジ」を掲げて当選し、就任直後には「イスラムとの
和解演説」や「核廃絶演説」を行なって世界的な支持を獲得し、ノーベル平和賞まで
もらったオバマの行動としては、余りにもイメージが異なります。と言いますか、ハ
ッキリ言って「血に汚れている」とすら言えるでしょう。
とにかく、オバマ=ヒラリー(国務長官)=パネッタ(国防長官、前CIA長官)
のトリオは、大規模な戦争に関してはアフガンもイラクも撤兵の方向ですが、個別の
問題に関しては相当手の込んだ「オペレーション」をやるのが好きなようです。「ビ
ンラディン殺し」に加えて「二重スパイを使ったイエメンのアルカイダ壊滅作戦」・
・・何ともため息が出る話です。しかも選挙戦へ向けての「劇場」で大見得を切って
見せる大胆さも持ち合わせているというわけです。
それにしても、2008年に「チェンジ」を掲げて当選したオバマが、二期目へ向
けて「フォワード」というスローガンを掲げている、その中身が「同性婚の承認」と
「テロリスト殺害作戦」というのは何とも違和感のある話です。アメリカ国内の左右
対立の中の力学では説明できても、国際社会へと影響力を与えるインパクトというこ
とでは、どう考えても「チェンジ」という看板とは違うイメージがあるのです。
では、どうしてこんなことになったのでしょう?
背景にはアメリカの財政事情があります。オバマとしては、景気がようやく上向き
になってきた状況を受けて、本来であれば民主党の党是である「大きな政府」的な政
策を使って、更に景気を浮揚し、失業率を一気に下げて再選を確実にしたいはずです。
ですが、そもそもリーマン・ショック直後の就任という時点で行った景気刺激策は雇
用創出効果は一過性でしたし、またこの景気刺激策を含めてアフガン・イラク戦争以
来の歳出増で財政は厳しい状況になっているのです。
仮にここで更なるバラマキを行うようですと、かえって市場の不信を買って景気の
足を引っ張る可能性もあるわけです。オバマとしては2011年に「財政規律」に関
して中長期では相当にドラスティックな改善をしなくてならないというタンカも切っ
ているわけで、この点も守らなくてはなりません。こうした点で言えば、今回の大統
領選における財政論議にはそんなに幅は取れないのです。
一期目の時は違いました。オバマの「チェンジ」という政策には健保改革が入って
おり、大きな争点になったのです。これに対して、今回の選挙では「大きな政府論」
の民主党と「小さな政府論」の共和党が正面衝突するような対立軸には、なりにくい
のです。それだけアメリカの財政は悪化しているし、政策の選択の幅は狭まっている
のです。
一見すると「同性婚の承認」と「テロリスト殺し」は対極にあるように見えます。
前者は心優しい人権派の政策であり、後者は残忍で国際法無視の政策という印象にな
るからです。ですが、この両極にあるとも思える政策をオバマが「フォワード」だと
して掲げているのは、そこに共通点があるからです。それは「どちらもカネがかから
ない」という点です。
ギリシャが大変なことになる一方で、フランスの選挙結果も緊縮財政への息切れを
示す中、とりあえずオバマとしては経済運営でミスはできません。「景気の足を引っ
張らない」ということを至上命題とすれば、これ以上のバラマキは難しいのです。ま
た、財政規律を意識するということは、クラシックな「共和党の売ってくるケンカ」
を買わずにスルーするという政治的効果もあると思われます。
そう考えると、この「フォワード」という政策のウラには、相当な深謀遠慮がある
と見ることもできるでしょう。勿論、これからの選挙戦がこうした流れのままで行く
かは分かりません。他でもない民主党政権ですから、景気浮揚が進んで歳入増が見え
てくれば改めてカネを使う話を蒸し返す可能性もゼロではないと思います。ですが、
この5月の時点、投票日まで6ヶ月を切った時点での対立軸はとりあえずこうした形
で設定してきたわけです。これに対する、ロムニーの「次の一手」が大変に注目され
ます。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆
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