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露中主導になるシリア問題の解決
2012年3月31日 田中 宇
http://www.tanakanews.com/120331syria.htm
シリアの内戦は、アサド政権の優勢が確定しつつある。アサドの政府軍と、イスラム主義の反政府勢力のゲリラ軍の間で激戦が続いていたホムスのババアムール地区では、政府軍が攻撃を続けた結果、反政府軍が撤退を余儀なくされた。反政府軍がホムスからの「戦略的撤退」を発表した後、アサド大統領が国営テレビのクルーを連れてババアムール地区を訪れて凱旋的に歩き回り、ホムスでのアサド政権の勝利をテレビで放映した。(Threat to Assad remains despite claims of victory)
アサドがシリアの権力者として延命する可能性が高まる中、国連では、シリア問題を仲介する特使に任命されたアナン元事務総長が、新たな和解案を提出し、3月21日に安保理で全会一致で可決された。国連安保理では、今年1月にもシリア問題の解決案が出されたが、ロシアと中国の反対で否決されている。前回の和解案は、アサドに対する非難が込められていたが、今回のアナン案はアサドへの非難が弱められており、露中も賛成して可決された。(Security Council backs Annan's Syria plan)
米英では「アサドが負けているので、アサドを支持してきた露中は、和解案への反対を続けるわけにいかなくなり、しかたなく態度を転換し、和解案に賛成した」と報じられたが、これはおそらく意図的に解釈を間違えたプロパガンダだ。実際には、アサドの勝ちが確定しつつある。態度を転換したのは露中でなく、米国の方だ。(中国よりロシアの方が主役なので「中露」でなく「露中」とした)(Russia nudges Syria to move on)
米政府はそれまで、サウジアラビアやカタールがシリア反政府派に武器や資金を支援して政権転覆する試みを支援し、政権転覆に反対する露中と対立していたが、アサドの勝利が確定しつつあるので、米国はサウジの策を見捨てざるを得なくなった。米政界には、米軍がシリアに侵攻すべきとの主張もあるが、財政難でイラクやアフガニスタンから撤退している状況下で、米軍が新たにシリアに侵攻することはオバマ選択肢の中にない。結局、米政府は、露中と協調する態度に転じ、プーチンのロシアがシリア問題の解決を主導するのを容認した。(Syria Cease-Fire Deal Is Flawed, but U.S. Should Back It)
米国が目立たない形で態度を転換した結果、国連のシリア和解案はロシア主導でまとめられることになり、アナンはモスクワや北京を訪問して露中と打ち合わせつつ和解策を進めている。アサド政権はアナン案を受諾し、アサドを支持するイランもアナン案を支持した。(Annan due in China to discuss Syria)
サウジやカタールはアナン案に反対しているが、サウジは、米国の後ろ盾を失ったため、シリア問題における国際影響力が低下している。サウジの影響力が低下するのと同期するかのように、イラク政府が、自国を通って武器を第3国からシリアに搬入することを禁じる措置を発表した。これは、イランがイラクを通ってシリア政府軍に武器を供給する経路を絶つ行為だと報じられているが、サウジがイラクを通ってシリア反政府勢力に武器を供給することも禁じられる。いま武器を必要としているのは、勝利したシリア政府軍でなく、負けてしまった反政府勢力だ。イラクの措置は事実上、サウジを不利にしている(イラクのマリキ政権はシーア派主導で親イランだ)。(Iraq tells Iran no arms to Syria to cross its territory)
中東では従来、米国が、サウジやカタールといった同盟国の提案を支持し、ロシアやイランといった敵対国の提案を拒否するのが常態だったが、それが大きく転換している。ロシアと協調してシリア問題を解決する態度の中国は、昨年末までシリアなど中東の問題に関与しておらず、1月に国連安保理に提出された前回のシリア和解案をロシアと一緒に拒否権発動したのが、中国の中東外交の表舞台に出てきた最初だった。(◆中露トルコが中東問題を仕切る?)
シリア問題の解決がロシア主導に転換するとともに、ロシアは、それまでのアサド支持の態度を引っ込め、中立を装っている。プーチンは当選前の3月2日に「誰がシリアを統治するかは、シリア人が決めることだ」と発言し、ラブロフ外相は3月20日にアサドを批判する発言をした。ロシア政府は「イエメン方式」でシリア問題を解決したいと言っている。これは、米政府がイエメンの混乱を収拾するために、強権的なサレハ大統領に圧力をかけて米国への亡命に追い込んだやり方を真似るという意味で、ロシアがアサドを追い出すかのような印象を持たせる言葉だ。(Russia: Syria's Assad regime has made many mistakes)
実際のところ、ロシアの「イエメン方式」への言及は、国際社会を煙に巻こうとするロシア流の下手な芝居であり、口だけだ。表向きの中立な姿勢と裏腹に、ロシア軍は、ゲリラと戦う特殊部隊をシリアに駐留したと、ロシアの通信社が報じている。(とはいえ、その報道はアラビア語のみで行われた上、ロシアの国防相が報道内容を否定した。報道は、シリアやサウジなどアラブ諸国に向けたプロパガンダだったのかもしれない)(Russian Anti-Terror Troops Deploy in Syria)
▼イラン核問題も露中主導に?
今のシリア問題の本質は、米軍撤退後のイラクがイランの傘下に入ってシーア派の牙城になったことに危機感をつのらせたサウジが、シリアのアサド政権を転覆してその後にスンニ派のイスラム主義政権を作り、シリアを拠点にして隣国イラクのスンニ派勢力をテコ入れし、イラクをスンニ対シーアの内戦に逆戻りさせ、イランの優位を奪おうとする策略だ。シリア内戦は、中東におけるイランの台頭に対する反動として起きている。(シリアの内戦)
国際社会におけるシリア問題の主導役が、米国に支援されたサウジやアラブ連盟といった反イラン勢力から、ロシアや中国という親イラン勢力に移ったことで、イランの立場が強化されている。この事態は、イラン核問題の進展に影響を与えると予測される。イラン核問題をめぐっては、4月13日にトルコのイスタンブールで「国際社会(国連安保理常任理事国5カ国+ドイツ。P5+1)」とイランとの交渉会議が予定されている。(Tehran Nuclear Talks Set for April in Istanbul)
この会議で何らかの進展があるとは限らないが、シリア問題で安保理の主導権が米国から露中に移ったことは、イラン問題でも安保理の主導権が露中に移るのを、米国が黙認することが予測される。すでに米国、欧州、イスラエルの当局間で「イランが核兵器を持っておらず、核兵器開発もしておらず、これから開始する予定もなく、もしイランが明日に核兵器開発を決断したとしても、完成するのは数年後になるので脅威でない」とする分析結果での合意がなされている。(US, Europe, Israel Agree On Solid Intel: Iran Nuke Threat Far Off)
IAEAは09年に事務総長がエジプト人のエルバラダイから、日本外務省の天野之弥に代わった後、天野が米政府のタカ派の言いなりになり、IAEAがイランに核兵器開発の濡れ衣をかける傾向が再び強まった。天野が米タカ派の傀儡であることは最近まで表だって問題にされなかったが、ここにきてIAEAの元幹部らが、天野の傀儡性を問題視する傾向を急に強めている。最近、イラン核問題が濡れ衣であることが暴露される流れが加速している。(Nuclear watchdog chief accused of pro-western bias over Iran)
イラン核問題の今の焦点は、イランがパルチン軍事基地で秘密の核兵器開発をしているのでないかという疑いだ。イラン政府が再度IAEAにパルチンを査察させ、それで「国際社会」がイランの無罪を認めて問題が解決するか、もしくは土壇場で米イスラエルの右派が軍内でクーデター的に動いてイランとの戦争を開始するかという、問題の総決算が近づいている観がある。(◆中露トルコが中東問題を仕切る?)
米国主導で、イランからの原油輸入を停止する国際的な制裁が行われており、イランの原油輸出量が減少しているとの報道が出ている。だが中国やインド、発展途上諸国は、米国の怒りを避けるため、先進国の機関であるIEA(国際エネルギー機関)などの統計に載らないかたちでイランからの原油輸入を続けている可能性がある。日韓も、米国から許されて、これ以上イランからの原油輸入を減らさなくて良いことになった。損をしているのは欧州諸国だけだ。イランが核兵器開発していないことが公式な話になれば、欧州がイランからの原油輸入を止めている必要もなくなり、制裁体制は崩壊していく。(Iranian oil exports drop in March)(`Iran oil exports increase in January despite sanctions')
世界の他の地域でも、米国が覇権的な主導権を露中に手渡していく流れが加速している。北朝鮮問題では、2月末の米朝合意の後、北朝鮮が長距離ロケット技術を使った人工衛星の打ち上げを4月に行うと発表し、米政府は怒ったものの、中国に頼んで北朝鮮を思いとどまらせる対策しか行えず、北朝鮮問題の解決の主導権が中国に与えられている状況が確定している。(◆転換前夜の東アジア)
米国(NATO)はアフガニスタンで自滅的な苦戦を強めているが、ここでもNATO撤退後のアフガンを安定化させる主導権が上海協力機構などの枠組みを通じて露中に与えられる流れになりそうだ。(◆敗走に向かうアフガニスタンの米欧軍)
話をシリアに戻す。シリア問題でアサド政権を支持したイランが勝ち、反政府勢力を支持したサウジアラビアが負けていることはすでに書いた。これを受けて、ペルシャ湾の南岸地域にシーア派の宗教ネットワークを通じて影響力を拡大したいイランが、サウジ東部やバーレーンでのシーア派による反政府運動への隠然としたテコ入れを強め、サウジ東部やバーレーンの不安定さがひどくなるかもしれない。イランの報道機関は連日、サウジ東部やバーレーンでシーア派が反政府デモを続けていると報じている。(Fresh anti-Al Saud demo held in Qatif)
これらは、昨年来の「アラブの春」の連鎖的な政治運動の一部だ。シリアやイランが安定すると、バーレーンやサウジが不安定になるシーソー状態だ。サウジの大油田はシーア派が多い東部に集中している。ホルムズ海峡が封鎖されなくても、サウジ東部の不安定さが増すと、サウジの原油輸出の不安要因となり、原油価格の高騰につながる。
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