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「ジョージ・クルーニーの立ち位置」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第566回
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ジョージ・クルーニーという人は、ハリウッドを代表する人気俳優であり、また民
主党系のリベラルが多いハリウッドのカルチャーを代表する人物だとも言えるでしょ
う。つまりアカデミー賞やゴールデン・グローブ賞のレッドカーペットにタキシード
姿で登場する、その華麗な姿が「ハリウッドの富」を象徴する一方で、様々な政治活
動に参加し、政治的なメッセージを明確に持った映画も作り続ける、現在のクルーニ
ーのイメージはそんな典型的な姿であるのは間違いありません。
ただ、こうした人物像はここ11年の「ポスト911」の時代には特に「草の根保
守」と言われる人々からは忌み嫌われていたのです。どうして金ピカの富裕なライフ
スタイルと、貧困や格差への同情、反戦や環境問題へのコミットというイデオロギー
が両立するのか、要するに金持ちの偽善そのものではないかというのです。
クルーニーはそうした「ハリウッドの金ピカなリベラル」の代表格として憎悪のタ
ーゲットになったこともありました。例えば、911の直後にクルーニーは多くの芸
能人を急遽集めてTVでの音楽と語りの番組を編成し、そこで被害者家族への募金活
動を繰り広げたことがありました。正にクルーニーの人柄と人脈を示すエピソードで
したが、この募金活動に保守派が噛み付いたのです。
例えばFOXニュースのビル・オライリーは「募金の100%が被害者家族に行く
のではないようだ。電話受付など有償のアルバイトなどにカネが流れている。要する
に金儲けの偽善だ」というような調子で、この募金活動を非難し、「責任はクルーニ
ーが負うべきだ」と迫ったのです。こうした中傷に対してはクルーニーは負けていま
せんでした。TVで堂々と自分の立場を説明して、世論を納得させたのです。
その後のクルーニーの「社会派」としての活動ですが、むしろどんどん積極的にな
って行きました。特に2000年代の後半には、スーダン南部における虐殺事件を徹
底的に取り上げ、何かと国際社会から無視し続けられたこの問題を最終的には国連を
はじめ、多くの機関や国の関与を引き出すことに貢献しています。クルーニーが取り
上げなければ、この問題はズルズルともっと悪化していたかもしれませんし、南スー
ダンの独立ももっと時間がかかったでしょう。
ですが、今現在、このスーダンの問題はいい方向に行っているのかというと決して
そうではないわけです。そこで危機感を持ったクルーニーは、3月16日にワシント
ンDCのスーダン大使館での抗議活動に際して、敷地内への無断立ち入りを「確信犯
的に」行なって逮捕されています。勿論、アメリカではこの種の逮捕というのは「経
歴に傷がつく」とか「TVや広告主が怖がって下りる」というようなことは全くない
のですが、逮捕という事実に変わりはないわけで、クルーニーとしては「そこまでし
ないと問題が忘れられる」という危機感の表明であったのだと思います。
では、そのように保守派のターゲットになるぐらい突出した活動をしているクルー
ニーですが、どうして多くの人の支持を得ているのでしょうか? 例えば娯楽作品の
『オーシャンズ』のシリーズなどは巨大なヒットを飛ばし続けたわけですし、保守派
からの「金ピカのリベラル」だという非難も、徐々にトーンダウンしています。
今や、ハリウッドだけでなく、米国という社会を代表する「顔」というぐらいの人
気を得ているとも言ってよく、恐らくは男性女性を問わず、また保守層も含めた広範
な支持を勝ち取っているとも言えます。
そのクルーニーですが、2011年度には監督作品として『スーパーチューズデー
〜正義を売った日』(原題は「アイズ・オブ・マーチ=シーザーの暗殺された3月中
旬という意味」)で注目され、また同時に役者としても『ファミリー・ツリー』(ア
レクサンダー・ペイン監督、原題は「ディセンダント」)の主役として、悩める父親
役でゴールデン・グローブなど多くの賞に輝くなど、監督としても役者としてもその
年の主役というべきスポットライトをを浴びています。
こうした「監督+役者」としての「ダブル注目現象」はクルーニーに取っては初め
てではありません。2005年の各賞レースでも、監督作品としてはマッカーシズム
(赤狩り)時代への告発劇『グッドナイト&グッドラック』で白黒を使った緊迫した
映像で評価されましたし、役者としては、アメリカの中東地域への介入を批判したオ
ムニバス形式の政治スリラー『シリアナ』(スティーブン・ギャガン監督)では、複
雑なキャラクターのCIA工作員役でオスカーの助演男優賞を取っています。
この「二回のダブル注目現象」を比較してみると、2005年と2011年では、
監督としても役者としても大きな成熟が見られるように思います。例えば、2011
年の『スーパーチューズデー』では、題材は大統領予備選の内幕劇という「やや通好
み」の内容でありながら、ストーリーの展開やキャラの作り込みはエンターテイメン
トとしても通用する人間ドラマをしっかり描いています。また演技や撮影のスタイル
に関しては、舞台劇であった原作の味を生かしながら、「間合い」であるとか「表情」
などで「静謐感」が心理的な緊張を表現する、なかなか濃厚な演出で成功していると
思うのです。
一方で、役者として主演した『ファミリーツリー』では、家族が大きな危機に遭遇
する中で「仕事中毒ですっかり信用を失っていた父親」が多感な十代の娘とどのよう
に絆を回復して行くのかという非常に難しい役に挑戦しています。クルーニーは、監
督作品での演出アプローチとある意味では重なるような手法、つまり「静かな心理的
緊張」の表現に演技者としても徹底的にこだわっているようで、それが見事に成功し
ていると思います。
では、典型的な「ハリウッドのリベラル」でありながら、ここまで広範な支持を得
ているのはどうしてなのでしょう? 一つには出世作となった『ER〜緊急救命室』
におけるダグ・ロス小児科医というキャラクターが国民的人気を博した後、その人気
をうまく映画俳優としてのキャリアに結びつけていったということがあると思います。
それにしても、ロス医師のキャラというのは理想主義から挫折を繰り返す難しい役ど
ころで、今から考えればクルーニーの「静謐さの表現」というのはこの頃から意識し
て磨きはじめていたようにも思われます。
患者の生命を救えなかったとか、病院内の人事抗争で嫌なことがあったという後に、
僚友のグリーン医師(アンソニー・エドワーズ)と何も言わずにバスケットボールを
してストレスの解決を試みる姿というのは、今から思えば社会における変化のスピー
ドが加速していった90年代のアメリカが抱えた「苦」の姿を誠実にスケッチしてい
たように思います。
よく言われているのは、長い下積み時代を送ったことから来るクルーニーの人格の
「ひだ」のようなものです。一時は芸能界でのキャリアを断念しようと思ったことも
あるというクルーニーは、俳優仲間への面倒見の良いことで知られています。今回の
監督作品『スーパーチューズデー』でも、主役のライアン・ゴスリング、脇を固める
フィリップ・シーモア・ホフマン、ポール・ジアマティ、メリッサ・トメイ、エヴァ
ン・レイチェル・ウッドといった豪華なアンサンブルが可能になったのも、クルーニ
ー監督が信望を集めているからだと思います。
ところで、この『スーパーチューズデー』でクルーニーはメガホンを取るだけでな
く、民主党の有力大統領候補という役柄で出演もしています。その演技スタイルとし
ては『ファミリーツリー』で見せている円熟した「静けさ」の表現が多用されている
のですが、一方で、冒頭部分で見せる選挙演説でのカリスマ性はホンモノの政治家を
黙らせるほどの迫力があるのです。
このシーンを見ていると、漠然とではありますがクルーニー自身が政界進出を考え
ている証拠のようにも見えてくるわけです。事実、民主党の中では、クルーニーの持
っているカリスマ性こそ「オバマと並ぶ21世紀の民主党の顔」にしてみてはどうか、
という声があるのは事実なのです。
ですが、本作を実際に見ればそうした考え方は甘いということがわかると思います。
この作品では、政治というドラマの持っている腐敗した側面が執拗なまでに描かれて
おり、特にラストシーンは何ともほろ苦く、そして「人間とは何のために生きるのか」
を深く考えさせる印象的なものです。このシーンを見てしまうと、クルーニー政界進
出待望論というのが、いかに底の浅いものかが分かるのです。
いずれにしても、演技、演出そして社会活動という三つが、この人のキャラクター
としては全く矛盾しないばかりか、相乗効果として存在感になっているわけです。1
990年代から2010年代にかけてのアメリカ社会を代表する存在、その時代の特
徴を体現しながら走り続ける存在として、ジョージ・クルーニーという人は、位置づ
けられるのだと思います。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
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