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旧チェコスロバキアの共産党政権を非暴力で倒した1989年の「ビロード革命」の立役者、バツラフ・ハベル初代チェコ大統領が死の直前まで気に掛けていた国がある。ロシアだ。
昨年12月18日に死去したハベル氏の最後の仕事は同月9日付のロシアの独立系紙ノバヤ・ガゼータに寄せた反プーチン運動参加者へのメッセージだった。
「法律を悪用し、メディア支配を固め、選挙結果を操作するロシアの政権は全く民主的ではない」と政府を批判。「ロシアの現状は鉄のカーテンを崩壊させた89〜90年の欧州の変革と重なる」と指摘し、12月の議会選の不正をきっかけに立ち上がったロシア市民にエールを送った。
クレムリン(大統領府)はハベル氏の死に冷ややかだった。12月19日に死去が公表された北朝鮮の最高指導者、金正日総書記には即座に哀悼の意を表する一方、ハベル氏の訃報は黙殺した。各国から首脳らが参列した12月23日のチェコでの国葬にはロシア政府幹部の姿はなかった。
これに対し、反プーチン運動を展開するロシア市民は敏感に反応した。12月24日のモスクワでの大規模な集会ではハベル氏に黙とうをささげ、政府の対応を「恥」と糾弾した。
デモではソ連の反体制物理学者サハロフ博士らの写真とともにハベル氏の写真を掲げ、彼が残した言葉を書いたプラカードを手にする市民らの姿が目立つ。「うそと憎しみよりも真実と愛を」――。
ハベル氏の教えは反プーチン運動の参加者に響く。78年に発表した評論「ザ・パワー・オブ・ザ・パワーレス(力なきものの力)」でハベル氏は欺瞞(ぎまん)に満ちた全体主義体制の構造を描き、市民に「真実に生きる」ことを説いた。個々人が思うままに真実の中に生きようとすることが体制を崩すと信じたからだ。
プーチン体制の“うそ”を糾弾する市民は、「真実に生きる」ことを決意したように見える。ツァー(皇帝)と呼ばれるまでの権力を握るプーチン氏の体制は原油高による繁栄と安定をもたらしたが、メディア支配や野党弾圧、腐敗の広がりに市民は違和感を覚えてきた。
チェスの世界王者の地位を捨て、05年から反プーチン運動に身を投じたガルリ・カスパロフ氏は「欺瞞だらけのプーチンのやり方はロシア人の知性に対する侮辱だ」と語ったことがある。後継者に据えたメドベージェフ大統領に自らを次期大統領候補に指名させ、大規模な不正により与党を議会選に勝たせたプーチン体制の欺瞞に普通の人々も反旗を翻した。
ハベル氏の教えを解くカギはもう1つある。ロックンロールだ。反体制の劇作家だったハベル氏に決定的な影響を与えたのは地元のロックバンドだった。全体主義体制下で演奏を禁止されたバンドのメンバーが76年に逮捕されたことを機に、人権擁護を訴える運動を展開、知識人と普通の人々が連帯する流れをつくった。
「純粋に好きなことをやろうとしたバンドの生き方と曲の力がハベルを触発した」と70年代からハベル氏と親交を深め、著作の英訳を手掛けてきたポール・ウィルソン氏はいう。「真実に生きる」ことを体現したロックがハベル氏の運動を方向付けた。
反プーチン運動でもロックが鳴り響いている。ソ連末期に登場した伝説のバンド「キノー(映画)」を率いた故ビクトル・ツォイ氏が歌う「ペレメン(変革)」がデモのテーマ曲のように流れ、集会で市民が合唱する。
これまでプーチン体制に対し、沈黙を守ってきた有名ミュージシャンもギター片手にデモに駆け付け、運動をもり立てている。ウェブ上に反体制音楽サイトも登場した。その中の1つのバンドはこう歌う。「プーチン、おまえはツァーでも神でもない。うそをつくのをやめろ」
プーチン首相はロックが政権にとって脅威となることを自覚している。隣国ウクライナで強権体制を倒した04年の民主化運動「オレンジ革命」で、ミュージシャンが市民を鼓舞する姿を目の当たりにしたからだ。
プーチン政権は翌05年、国内のミュージシャンをクレムリンに集め、政権に反抗しないようクギを刺した。08年の前回大統領選の際には「影響力のあるミュージシャンらを1人ずつ親プーチンに転向させた」とクレムリン筋は明かした。
今回の反体制運動にはハベル氏やソ連崩壊時のエリツィン元ロシア大統領のような明確な指導者はいない。広大なロシアの中で、運動は中間層が台頭するモスクワなどにとどまるとの指摘もある。3月4日の大統領選はばらまき政策や統制下のメディアを駆使して地方票を固めたプーチン首相が勝利することが確実だ。
それでもモスクワのデモ隊はこう叫ぶ。「我々は野党ではない。市民だ」――。1度流れ出したロックンロールは止まらない。「真実に生きる」市民パワーはプーチン体制を揺さぶり続ける。
(国際部 古川英治)
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