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http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120116/226159/?ST=print 日経ビジネス オンライントップ>アジア・国際>田村耕太郎の「経世済民見聞録」
絶頂期にあって苦悩するシンガポール 30年でGDP13倍!しかし国民の結束意識が懸念
2012年1月18日 水曜日
田村 耕太郎
企業の海外移転先、富裕層や高度なスキルを持つ人材の移籍先として、シンガポールが注目を集めている。日本では「シンガポールに行かねば時代遅れ」との切迫感さえただよう。一方、そのシンガポール政府が、そしてシンガポール人が自信を失いつつある。先日、シンガポールを訪問した際、政府高官や実業家などのエリート層からシンガポールの将来を危惧する声を多く聞いた。
主に以下のようなものだ。
「アジアが豊かになれば我々の存在意義はなくなる」
「国民としての結束力が薄まっている」
「今後は一党独裁の疑似民主主義は成り立たない。若い世代はリークワンユーのスタイルを受け入れていない」
「シンガポールのパスポートと欧豪のパスポートが選択できるなら、我が子にはシンガポールのパスポートを選ばせない」
エリート層が次々と私に漏らした。私には少し意外だった。成功の絶頂期にある国で、こういう的確な危機感をエリート層が持っていることは、この国の強みだとは思ったが…
45年で、アジアで最も裕福な国家をつくり上げた
「シンガポールは快適である」。
これは観光客はもちろん、シンガポールの国民やPR(永住権保持者)を含めたほとんどすべての滞在者が持つ実感である。安全でコンパクトで効率的。しかも豊か。ホテルもレストランも、カジノや動物園などのアトラクションもよく整備されている。1人当たりGDPも、今や4万3000ドルに達し、アジアにおいて断然トップを走る。円高でGDP値が膨れ上がる日本をも寄せつけない。
シンガポールの快適さを最もよく表しているのが昨今の人口増だ。2005〜2010年の平均人口増加率は2.5%。ちなみに日本はマイナス0.07%だ。2000年からの10年間で見ると、103万人増加した。シンガポール統計局が2010年に実施した国勢調査によると、人口508万人のうち、64%に相当する323万人が国民。残りのうち、54万人がPR(永住権保持者)、131万人が一時滞在者となっている。
シンガポールは、30年間で名目GDPを13倍にした。都市国家として、最高のモデルと言われる。それをコピーして成長しようという国や地域も多い。ロシア、中国、ドバイはもちろん、沖縄や大阪もシンガポールをお手本にしようとしている。半世紀に満たない45年で、アジアで最も裕福な国家をつくり上げた、シンガポールの生みの親、リークワンユー氏の手腕に敬意を表したい。
優遇税制と解雇の自由は企業にとって大きな魅力
シンガポールに移転する企業や移住する人たちにとって、シンガポールは様々魅力を持っている。
法人税率の低さが企業にとっての魅力だ、とよく取り上げられる。しかし、実は、それ以上に以下の2つが魅力的だ。
(1)欠損金の繰り延べが永久にできる。
(2)1カ月前に通知すれば、ほぼ自由に従業員を解雇できる。
(1)について、超単純化すれば、こういうことだ。例えば製造業がある年度に大型設備投資をして、100億円の赤字を計上したとする。その後、毎年1億円の黒字となっても、100億円の赤字を相殺するまで、つまり100年後まで税金を払わなくてもよい。
ちなみに日本は、最大5年間までしか繰り延べを認めていない。法人税率が16%であることよりも、実質無税期間が長くなるこの制度を好んでシンガポールに移転する企業が多い。
(2)も、シンガポールの人気が高い隠れた要因である。世界中でこれほど簡単に「社員の首を切れる国」はない。いかなる理由であろうと、誰であろうと、1カ月前に告知すれば原則として解雇できるのだ。税制よりこの解雇の自由度を好んでシンガポールに拠点を移す企業も多い。
もちろん、個人にとっても魅力がある。相続税を含めて資産課税がゼロであること、キャピタルゲインも配当も非課税だ。これらを好む資産家や投資家は多い。多様な先進的高度医療も受けられることも、高齢資産家にとって魅力的だ。
これからのグローバル化時代に必須である英語と中国語で子弟に教育を受けさせられる教育制度も、移住者にとって大きな魅力になっている。世界的な研究者には、国家が提供する潤沢な研究資金と、世界から集まった人材とともに切磋琢磨できる環境は何物にも代え難い。
失われる結束と存在意義
しかし、前述のごとくシンガポールの官僚や実業家たちは危機感でいっぱいだ。現在、リーシェンロン首相府で未来戦略づくりに携わっている知人の官僚が筆者にそっと漏らす。「周辺国を含むアジア全体の繁栄が、シンガポールにとっては逆に命取りになるかも」。
「今までは周辺国が貧しかったから、シンガポールは先進国とアジア途上国との貿易の仲介役として活躍できた。だが“ハブ”戦略は、単なる“鞘取り”なのだ。アジア各国がドンドン豊かになり、凋落・停滞する先進国と経済的に同レベルになれば、シンガポールが得意とする鞘取りができなくなる。やがてシンガポールの存在価値はなくなる」と危惧している。
インドからシンガポールに移住してきた辣腕資源トレーダーは、違う視点で危機感を語ってくれた。「私はシンガポールが好きだ。生活が楽で快適だ。場所として気に入っている人は多い。しかし、ここを愛している人は少ない。自然と母国愛が生まれるようには思わない。ここは国ではなく、株式会社なのだ。非常に便利な会社ではあるが、国家としての結束に限界がある」と指摘する。
欧州でスカウトされたシンガポール大学の教授は「シンガポールに住んでいる者の結束力は左脳で考えたもの。経済的に計算して“得”と判断したからシンガポールで生活している。しかし、心の底からわいてくる結束力はほんとないと思う。自分にはいつまでたってもシンガポール人だというアイデンティティが持てない。たぶん、歴史があって文化が豊かな日本や欧州の国民が感じる愛国心のようなものはこの国にはないと思う」と語る。
シンガポールに長年暮らす日本人投資家はこう断言する「シンガポールは高度な知識を持つ人材や富裕層をこの10年で100万人近く受け入れてきた。10年で25%も人口が増えたのだ。日本で言えば3000万人増えたことになる。人口増は短期にはプラスかもしれないが、長期には不安定要因ではなかろうか? 最近シンガポールにやってきた人たちには間違いなく帰属意識はない」。
シンガポール政府系ファンドの幹部はシンガポールの成功体験自体を問題視する。「シンガポールは45年の間、失敗することなく成長してきた。おかげで、われわれも、投資機会の9割以上で成功を収めている。もちろん細かい失敗はあるが、ほとんど成功だった。今後、世界がさらにつながりグローバル化が進むにつれて、どんどん先が読めなくなる。シンガポールも大きく失敗する可能性がある。政府が失敗し、信頼が失われた時に、国民の結束力が保るだろうか?」
ハーバード大学に留学しているシンガポール人学生は「豊かな時代に育って、世界を見てきた我々は、一党独裁をもう受け入れられない。本当の民主主義が生まれた時、国家資本主義的な発展は難しくなると思う」と言う。
これらのどの懸念も、見事に核心を突いていると思う。確かにシンガポールはこれらの課題を抱えている。
解決策としての徴兵制?
多くのエリート層が、シンガポールの今日的課題に立ち向かうカギの1つとして徴兵制を挙げる。大学に入学する前の2年半、すべての男子国民に兵役の義務がある。PR(永住権所辞書)も同様だ。新兵は、3カ月の基礎訓練を受ける。そこでは、射撃訓練のほか、野外工作、ジャングルでのサバイバル、カモフラージュの勉強をする。
一部の兵は、その後、士官教育またはスペシャリスト教育を受ける。士官候補生コースは9カ月、スペシャリスト教育コースは21週間ある。残りの大部分の兵は、様々な部隊に配属される。シンガポールの特殊部隊は、よく訓練されており、能力も高い。2000年には、米海軍の特殊部隊「SEALs」の養成訓練において、シンガポールから参加した訓練生が首席となった。
兵役中はジャングルでサバイバル体験する。経済的格差が拡大する中、いろんな層の人たちと2年半も合宿生活を行い、変化対応力と団結力を身につける。フィリピン人やインドネシア人のメイドに甘やかされたシンガポール男子が、兵役によって、心身ともに鍛えられ、リーダーシップを学び、国家運営やグローバルビジネスの最前線に戻ってくる。これはこれでうらやましいことだ。
ただ。徴兵制があるからといって、シンガポールの発展が約束されるわけではない。この都市国家がこれからどうなっていくのか? 一方的なあこがれの目で見ている日本人が思うほど楽観視はできないかもしれない。
ただ、何度も言うが、絶頂時にあっても、合理的な危惧に基づいて準備を怠らないシンガポールは手堅いが気がする。成功の真っ只中にありながら、問題の核心をつかみ、国の事を本気で心配をしている人間が中枢にいるのだ。当事者意識を持っているからこそ、真摯に心配できるのだろう。
このコラムについて
田村耕太郎の「経世済民見聞録」
政治でも経済でも、世界における日本の存在感が薄れている。日本は、成長戦略を実現するために、どのような進路を選択すればいいのか。前参議院議員で、現在は米イェール大学マクミラン国際関係研究センターシニアフェローを務める筆者が、海外の財界人や政界人との意見交換を通じて、日本のあり方を考えていく。
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著者プロフィール
田村 耕太郎(たむら・こうたろう)
田村 耕太郎 米エール大学マクミラン国際関係研究センターシニアフェロー。前参議院議員、元内閣府大臣政務官(経済財政政策担当、金融担当)、元参議院国土交通委員長。早稲田大学卒業、慶応大学大学院修了(MBA取得)、米デューク大学ロースクール修了(証券規制・会社法専攻)(法学修士号取得)、エール大学大学院修了(国際経済学科及び開発経済学科)経済学修士号、米オックスフォード大学上級管理者養成プログラム修了。
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