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『from 911/USAレポート』第553回「共和党予備選を取り巻く政治状況」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第553回
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10日のニューハンプシャー予備選は、予想通りロムニー候補の圧勝でした。前回
を上回る39%という得票率、しかも2位は非現実的な政策を掲げるロン・ポール候
補で23%、3位はロムニー候補と同じモルモン教徒の中道のジョン・ハンツマン前
中国大使(17%)という結果でした。本格候補とみなされていたニュウト・ギング
リッチ、リック・サントラムの両候補は10%にも届かなかったのです。
来週(21日の土曜日)のサウス・カロライナ予備選は保守州だけあって、中道の
ロムニーは苦戦するという見方もあったのですが、ここへ来て優勢になっています。
2010年の選挙で勝ったティーパーティー系である同州知事のニッキ・ヘイリー女
史が支持しており、何度もコンビでの遊説を行なっていることもありますが、ギング
リッチ候補以下のライバルの戦術が「ひど過ぎる」という要素も大きいようです。
そこには、今回の予備選、そして本選につながってゆく重要な論点があります。共
和党の構造的な欠陥と言っても良いでしょう。ギングリッチ候補や、リック・ペリー
候補などが、大金をつぎ込んでサウス・カロライナでやっているのは、「ロムニーは
雇用の敵」というキャンペーンです。
ロムニー候補は1984年にベイン・キャピタルという投資ファンドを創業してお
り、ここで一財産を築いています。一財産といっても半端ではなく、報道によれば2
00ミリオン(150億円)前後という規模のようです。彼は2002年のソルトレ
イクシティー五輪の実行委員長になる際に、このベインから手を引いていますが、そ
の間は主としてCEOとしてベインの指揮を取り続けたのです。
ベインというファンドの手法は、単に企業を売ったり買ったりするのではなく、
「これは」というターゲットに目をつけると経営権を確保して経営上のアドバイスを
行い、その企業の価値を高めるというスタイルです。特にロムニー時代のベインは、
他ならないロムニーの経営コンサルタントとしての手腕を売り物にしていました。報
道によれば「経営計画などの文書を数字だけで判断するのではなくビジネスの観点か
ら独創性や信憑性を判断」するアプローチを特徴としていたそうです。
これが真実であるならば、形式やドグマにとらわれない「本質論」から経営のでき
るセンスをこの人は持っているのかもしれません。それはさておき、投資の結果とし
て、多くの企業を世に出しているのは事実です。例えば文具ストアの全国チェーン
「ステープルズ」や、スポーツ用品の大規模小売「スポーツ・オーソリティ」といっ
たビッグネームもそこには含まれます。
さて、ロムニーの政敵たちが問題視しているのは、成功したケースではなく失敗し
たケースです。ベインの「投資+コンサルテーション」は成功率100%ではなく、
中にはビジネスが行き詰まる中で投資先に破産法適用をするケースもありました。そ
の場合に、「多くの雇用を奪った」ということを材料にロムニーを攻撃しているので
す。
CNNのエリン・バーネットなどはこうした手法には「かなり呆れて」おり、例え
ばリック・ペリーの支持者であるビジネス雑誌社のオーナーで元大統領候補のスティ
ーブ・フォーブス氏をスタジオに引っ張り出して「追及」していました。フォーブス
のような「資本主義と自由経済の権化」が「いい加減なことを言うな」という彼女の
舌鋒に対して、彼は「理屈はそうだが、破綻したケースでも手数料はバッチリ確保す
るやり方は汚い」などと中傷を止めませんでした。
投資ファンドなどというのは、詳細なネゴシエーションと、それを反映した精緻な
契約から成り立っているわけです。ですから、投資先を破産法で処理する場合には、
どんな債権が優越するかなどということは、契約書に書いてあるわけです。
と言いますか、例えば破産の場合には一定の条件で投資顧問やコンサルテーション
の手数料を棒引きするという条件が入っているのであれば、それは破産の確率が高く
リスキーなケースとして、逆に貸金の金利が高くなっていたり、成功した場合の報酬
率が高くなるなどリスクとリターンのバランスを取った契約をするのが双方ともにプ
ロであるはずです。とにかく詳細は投資時点のネゴと契約書で100%決めているわ
けで、そこに倫理も情実も入ることはないわけです。
フォーブスにしても、政治経済の分野で百戦錬磨のギングリッチにしても、そんな
話は百も承知でありながら、ロムニー叩きをやっているわけです。ではどうして、そ
んなことをしないといけないのでしょうか? それは、共和党のポジションの根本的
な問題を示しています。
共和党の現時点での党是は「増税絶対反対」です。これはこの政党の歴史的なイデ
オロギーである「小さな政府」という考え方からすると当然なのですが、そこに二つ
の問題があるのです。一つは、昨年の夏から、いや一昨年2010年の暮れから本格
的になっている「中長期の財政規律確立」という目標を実現するためには、歳入増つ
まり何らかの増税を考慮すべきではないのかという論点です。民主党は強く主張して
いるのですが、共和党としては認めてしまうと特にティーパーティーの離反を招くの
で出来ないのです。
もう一つは、ブッシュ減税を延長するのかという問題です。特に年収1ミリオン
(7700万円)以上への増税(減税の終了)をすべきというような民主党側の主張
にどう対処するかという問題です。共和党というのは一大国民政党ですから、決して
富裕層ばかりではありません。例えば宗教やイデオロギー、あるいは軍事外交政策の
点で共和党を支持している貧困層や「中の下」の層も多いのです。
富裕者減税の継続というのは、こうした層にはホンネの部分で違和感があるわけで
す。勿論、あらゆる増税には反対というのはイデオロギーであり、信念だという言い
方で押し切っているのですが、そこに「格差」の視点が入ってくると、そうも言い切
れないわけです。
例えば、昨年秋に話題を呼んだ「占拠デモ」のグループなどは「1%の富裕層と9
9%のそれ以外」に国が分裂しているのだというメッセージを発信し続けました。こ
の言い方は、基本的には民主党のカルチャーですし、共和党の場合はそこで「政策に
よる富の再分配」というのは、「政府を肥大化させる悪」というイデオロギーで押し
切っているわけです。
ですが、共和党の中の富裕でない層、あるいは11月の本選における中間層の奪い
合いということを考えると、格差の問題には一応対応をしておきたい、共和党の中に
もそうしたセンチメントはあるわけです。つまり「増税」ということは一切言わず、
「再分配」とか「1%」という民主党的な用語も一切使わない一方で、無意識の部分
での「格差反対」というメッセージを出したいわけです。
雇用についてもそうです。失業率が8%台後半という状況が続いています。また今
週の「前週の新規失業保険申請数速報」が40万人台に迫る39万9千人という数字
に悪化しているなど、依然として雇用を巡る情勢は厳しいものがあります。この問題
に関しては、共和党も「雇用が増えたり減ったりするのは自然」であるなどとは言っ
ていません。雇用は最優先の課題だということは言うのです。オバマの主張する「景
気刺激策、雇用刺激策」などの財政出動には絶対反対であり、法人減税をしたり、健
保の義務化を止めるなどして「企業が雇用しやすいようにする」ことが雇用対策だと
いう「いかにも共和党的な」言い方ではありますが、雇用が大事だとは言っているわ
けです。
そうした観点から見ると、理屈としてはムチャクチャなのですが、「ロムニーは雇
用の敵」とか「首切り専門の悪しき拝金主義者」などという批判をするのは、共和党
のレトリックの範囲内で、もしかしたら保守票が取れるかもしれないということにな
るわけです。自由経済を否定するかのような「ロムニー叩き」の背景にあるのは、こ
んなメカニズムですが、勿論こんなことをやっていては、結局は本選でオバマを利す
るだけです。それでも、こうしたネガティブ・キャンペーンが行われるというのは、
共和党が政策上の混乱状態にあるということです。
それは富裕層向けの自由放任経済を思想として持ちながら、草の根保守という決し
て豊かでない人々の票も当てにしなくてはならない、更にその中間に中小企業のオー
ナーなどによる「反徴税権」的な論点に特化したティーパーティーを抱えている、そ
うした複雑な構造ゆえの混乱ということだと思います。
11月の本選では、オバマとの間に軍事外交を巡る論戦も起きるでしょう。その際
には、オバマは中国とのパワーバランス問題を中心に太平洋に重点を移そうとする一
方で、共和党はイランの脅威を中心に中東重視の立場から、「安易に」アラブの春を
支持したオバマを攻め立てるかもしれません。
ですが、軍事外交に関する選択肢は、内政以上に狭いと思われます。アメリカは戦
争モードではなくなっているのです。今週は後半になって突然に「米海兵隊スナイパ
ーによるタリバン兵死体への侮辱事件」が暴露されています。数人の兵士が「部隊の
特定が可能な軍装」で遺体に対して放尿しているというショッキングなビデオがネッ
トにアップされ、CNNなどがスクープすると、最終的にはパネッタ国防長官が謝罪
に追い込まれています。
この事件に関しては、行為が行われた経緯、あるいはビデオが出回った経緯につい
ては真相はヤブの中ですが、アメリカの軍としても、世論としても「本来は聞きたく
もない話」がこれだけ出まわるということは、もうアメリカとしてはアフガンでの戦
闘を続けるムードにはないということを示しています。
この点に関しては、民主党も共和党もないのです。他でもない共和党の前大統領候
補で現職上院議員のジョン・マケインなども、この事件に対して口を極めて非難して
います。勿論、スキャンダルが暴露されたことへの非難ではなく、遺体に対する侮辱
行為そのものに対する非難です。
イラクに関しては、例えば選挙戦を通じて、リック・ペリー候補が「イラクへのイ
ランの影響力拡大」を抑えるためには、米軍のイラク再派遣が必要などと述べていま
す。思いつきの域を出ないにしても、以前の共和党なら言いそうなことです。ですが、
共和党支持者も含めた世論はこうした発言には全く反応しませんでした。
そうなると、益々もって内政問題、特に景気と雇用という問題が争点になってくる
のは間違いないでしょう。年明けの市場は非常な楽観論で始まりましたが、今週金曜
日(13日)には、モルガン・スタンレー銀行の決算が予想を下回ったこと、欧州各
国の国債についてS&Pが格下げをしたことなどを受けて市場は下げています。景気
ということではまだまだ先行きは不透明です。
そんな中、党派対立で機能不全に陥りがちな議会に対して、オバマが中道実務路線
によるリーダーシップを発揮できるのか、それとも現実的な税制などを掲げてロムニ
ーが共和党をまとめて、オバマに対する有効なチャレンジャーとして夏から秋には
「大化け」してくるのか? まだまだ全ては始まったばかりです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
◆"from 911/USAレポート"『10周年メモリアル特別編集版』◆
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●編集部より 引用する場合は出典の明記をお願いします。
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JMM [Japan Mail Media] No.670 Saturday Edition
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】99,605部
【WEB】 ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )
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