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『from 911/USAレポート』第546回
「多難な国際情勢下、それでも内向きなアメリカ」
■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)
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■ 『from 911/USAレポート』 第546回
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2012年を送るにあたって、年の瀬に「金正日死亡」のニュースが飛び込んでく
るとは驚きました。アメリカでも各局共に勿論大きな扱いでしたが、論調は極めて冷
静であり、総合的に見てアメリカは北朝鮮の「現状維持」を支持していると見て間違
いないでしょう。動揺しないというのは悪いことではないのですが、一方で行使でき
る影響力には翳りが見えます。
どうしてアメリカは世界への影響力を失いつつあるのでしょうか? 一つにはIT
バブル崩壊、そして不動産バブル崩壊を経て経済の自力が弱っていること、そのため
もあって軍事力、とりわけ在外の米軍の対応能力を削減していることなどがあります。
この問題は、昨年の暮れからアメリカの政治課題として大きな問題になっています。
例えば、この夏の「債務上限バトル」を契機とした「国債格下げ」というショッキ
ングな事件を受けて、オバマ大統領は「スーパーコミッティー(超党派特別委員会)
」を設け、11月末を答申の期限として長期的な財政健全化策を諮問しました。とこ
ろが、この委員会でも与野党対立が激しく、結局のところ諮問案の成立には至りませ
んでした。
そこで自動的に「トリガー条項」というのが発動されて、中長期の財政赤字削減が
自動的に法律としての強制力を持つことになっています。その中には、防衛費の削減
というのが大きな位置づけになっており、2013年から21年の9年間に455ビ
リオン(35兆円)という額が自動的に削減対象になるのです。
この中の大きな部分として「在外米軍基地の削減」という方針がハッキリうたわれ
ているのですが、今回の「上下両院による海兵隊のグアム移転費用の全面カット」と
いうのは、特別に日本に対して嫌がらせをしているのではなく、こうした大きな文脈
に沿っていると言えます。
そうは言っても、軍事外交の面で「アメリカの威信」を追求したいという態度は、
アメリカの政治家にとってはゼロにはできません。例えば、オバマ=ヒラリーの外交
の中では、南沙諸島における中国の勢力拡大に外交で対抗しようという姿勢はハッキ
リあるわけです。一方の共和党サイドにおいても、現在進行中である大統領候補選び
においては「イランとパキスタンの脅威」に関して、いかにオバマが弱腰であり、自
分にはタカ派的な強さがあるかが舌戦では競われるという面があるわけです。
ですが、南沙諸島問題での民主党の強気も、イランやパキスタンを敵視する共和党
の強気にしても、「対抗策として軍拡を」という話にはならないのです。民主党とい
えば、20世紀を通じて「自由と民主主義の普及のため」という大義を掲げて何度も
大きな戦争を起こしてきました。また一方の共和党もレーガンの軍拡、ブッシュ父子
による中東への軍事関与など巨額のカネを軍事に投じてきた過去があるわけです。
ですが、現在のアメリカの政治情勢においては「カネ」に関してはとにかく軍縮と
いうのが、与野党を問わず完全な合意になっているわけで、この点に関してはブッシ
ュ政権以前のアメリカのイメージで考えることはまず不可能です。
但し、「トリガー条項」発動の場合の455ビリオンの軍事費カットに関しては、
さすがに世界戦略が大きく狂うとして、パネッタ国防長官は絶対反対の構えであり、
オバマ大統領も「議会に関しては自動的な強制力発効を決議しているが、自分の大統
領権限で葬り去ることも(拒否権=ビトー)可能」としているので、100%決まっ
た話ではありません。そうではあるのですが、政治的な流れをひっくり返して「軍拡」
や「新たな長期戦」に入ってゆくという可能性は限りなくゼロに近いと見るべきです。
そんなわけで、「先立つモノ」という点から見ても「世界の警察官」から降りつつ
あるアメリカですが、それ以上にアメリカの力を縛っているのは、国内に根深い「内
向き志向」であると思います。
例えば今週、この金正日死亡のニュースを押しのけてニュースのヘッドラインに連
日取り上げられていたのは「給与天引き税」の問題でした。これは、給与を支払う際
に源泉徴収される「社会保障税」に関しての減税措置を延長するかどうかという話に、
失業給付の特例延長措置を更に制度として延長するかという話がパッケージになった
問題です。
リーマン・ショック以来の高失業率や収入の伸び悩みを受けて、時限立法として行
った措置がこの年末で切れるということで、与野党共に「延長案」には前向きでした。
ですが、結果的には政治的な「大バトル」になってしまったのです。というのは延長
期間を巡って上下両院の見解が衝突したからでした。
基本的には、民主党も共和党も延長には賛成でした。何よりも年末商戦から年明け
の景気を考えた時に、給与天引きの社会保障税がアップして手取りが減っては、全国
レベルでの経済に大きな影響を与えるからです。ですが、基本的に民主党は延長期間
として「2ヶ月」を提案して、上院では共和党議員団も巻き込んで絶対多数でこの
「2ヶ月」という線が可決されています。
ところが共和党が圧倒的多数を押さえる下院では「最低12ヶ月」の延長を譲らな
いということになり、議員団がベイナー下院議長を吊るし上げる形で、上院案に真っ
向から対立したのです。共和党の言い分は「そもそも公的年金の存在も民営化すべき」
なのだから「社会保障税の低減」は当たり前のこと、2ヶ月という暫定での減税延長
では承服できないというのです。
金正日死亡のニュースが入ってきたのは、丁度この問題が最高潮になっていた時だ
ったのです。結果的にこのまま合意ができずに1月を迎えてしまい、「本当に給与の
手取りがダウン」してしまうようだと、有権者のショックは大きいわけですが、そん
な中、上院超党派案と下院共和党の間は「政治的クリンチ」になってしまっていまし
た。結果的に、本当に決裂して給与の手取りが減ると、その責めは全部が下院共和党
に行くということになり、下院共和党は妥協に動いています。
妥協が成立したのが22日で、23日には法案が成立してオバマ大統領が署名し、
一件落着となりました。結果的に今回は共和党は大きなイメージダウンを喰らい、オ
バマ政権は得点を稼いだ格好です。この問題、多くのアメリカ人の給与の手取りが影
響を受ける一方で、将来的な年金や財政の問題にも関わってくるわけで、その点では
重要な政策論争になるのは分かります。ですが、そのために北朝鮮の指導者死亡とい
うニュースが軽視されるというのは、やはり現在のアメリカの世相の中に「内向き」
という心理が強いということが挙げられると思うのです。
例えば、イラクの戦争に関してはこの12月で、米軍はほぼ完全に撤退しました。
民間の軍事サービス会社の要員が5000名程度、そして文民の政府アドバイザーや
CIA関係者など1000人強は残るのですが、正規の米軍兵力はゼロになったので
す。その撤兵が完了したのを見透かすように、今週はバグダッドを中心に連続爆破事
件があり、少なくとも70名以上が犠牲になっています。
ですが、アメリカのメディアの反応は淡々と事実を伝えるだけです。例えば、NB
Cではイラク戦争の最初から最後までを現地や周辺で見届けたリチャード・アングル
記者が、米軍の撤兵式典を中継した後に米国に戻ったところで、この連続爆破事件の
報道に際してコメントしていました。「爆弾攻撃は米軍撤兵後の空白を狙ったもので
す。恐らく旧バース党の残党などスンニー派の仕業でしょう。こうなることは予想さ
れていました。アメリカはサダムを除去する代わりにシーア派を重用する形でイラク
の新体制を安定させようとしました。ただ、米軍が不在となるとスンニー派は復権し
てゆくでしょう」
アングル記者はサラリと述べただけですが、よく聞けば2003年のブッシュのイ
ラク侵攻以来のプロセスの全てが間違っていたと言っているわけです。そんなアング
ル記者の厳しいコメントも、そのまま放映され、それに何の反響もない、それほどに
イラクは遠くなっているとも言えます。
共和党の大統領候補選びは、アイオワ州党員集会、ニューハンプシャー予備選の本
番まで残り半月となりました。現在ではギングリッチ対ロムニーの一騎打ちという感
じで、基本的にはロムニー本命なのでしょう。その候補者選びレースですが、現在三
位につけているのは、これまでの選挙戦が二転三転した中で「まだダメージを受けて
いない」ロン・ポール候補です。このポール候補は、「連邦政府の極小化」を叫ぶリ
バタリアンとして有名ですが、同時に「モンロー主義」そのものの継承者といって良
い、徹底した孤立主義を唱えていることでも有名です。
ポール候補は、演説会やディベートなどで「悪の枢軸だとか、そのレジーム・チェ
ンジ(政権交代)を促すとかいうのがアメリカの行動パターンだったが、そもそも政
権をどうするかというのは、その国の問題であって、政権交代はアメリカだけで結構」
という言い方を良くしています。最後の部分は野党なので政権を奪還するという意味
ですが、要するに他国への干渉はもう一切しないと言うのです。そしてこのポール氏
のような言説が、現在のアメリカでは非常に受けるのです。
こうした「内向き志向」のアメリカという現象ですが、ブッシュの二つの戦争(ア
フガン・イラク)の反動であると同時に、オバマを大統領に押し上げた「ジェネレー
ションY」が持っている反戦的なカルチャーの反映、そして冒頭申し上げたような財
政の苦しさ、ヨーロッパの経済危機から距離を置きたい心理など、色々な要素が絡ま
っているように思います。このトレンドは相当に長く続くことも考えられます。
従って、北朝鮮情勢に関してアメリカの取るスタンスは、(1)核拡散抑止の観点
から後退は許さない、(2)民主化とか韓国による統一などは無理して欲張らない、
(3)中国に責任をもった「仕切り」をさせる対応で構わない、(4)但し関係国の
協調には目配りをする、というのが基本となり、その線を大きく逸脱することはない
でしょう。悪く言えば、リーダーシップは取らないということになると思います。
アメリカは「世界の警察官」から降り、「自由と民主主義の十字軍」的な役割から
も降りようとしています。その一方で世界情勢は複雑化が進んでいます。より多くの
プレーヤーが、よりグローバルな市場と政治状況の中で、それぞれの利害を追求する
時代になって来ています。アメリカにリーダーないし悪役を求める事ができない以上、
各国の外交や経済政策の舵取りには、独立した観点からの大局観をそれぞれが持つこ
とが求められる、そう考えるべきだと思うのです。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。
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