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    「ジョブズの死と雇用デモ、アメリカン・プラグマティズムの伝統」
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投稿者 sci 日時 2011 年 10 月 09 日 03:13:20: 6WQSToHgoAVCQ
 


『from 911/USAレポート』第535回

    「ジョブズの死と雇用デモ、アメリカン・プラグマティズムの伝統」

    ■ 冷泉彰彦:作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』               第535回
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 10月5日(水)東部時間の午後7時50分に伝えられた訃報は瞬く間に世界を駆
け巡りました。かねてからガンの闘病中と伝えられ、また8月には「その任に耐えず」
とアップル社のCEOを引退していたスティーブ・ジョブズについては、56歳とい
うその死を早すぎるとするのが常識なのでしょう。ただ、彼の駆け抜けたスピード、
そして近年の死と向かい合う中での言葉などからは、私には不思議な完結感がありま
した。

 アメリカのニュース専門局は(何故かFOXは扱いがとても小さかったのですが)
CNNにしてもNBC系列にしても訃報から24時間は、ほとんどこのニュース一色
という感じでした。その中でも、私の印象に残ったのはNBCのブライアン・ウィリ
アムスが2006年にアップルストアの旗艦店開店を機に、マンハッタンにやってき
たジョブズに単独インタビューをした際の映像でした。

 ウィリアムスは、「マウスにしても、ゴミ箱のアイコンにしても、ドラッグとかク
リックの動作にしても、全部あなたが発明したわけで、私達一般人はそれを今は生活
の中の非常に重要な一部にしているわけです。こうした現実というのは、発明したあ
なたにはどんな感覚があるんですか?」と尋ねていました。ジョブズは一瞬困ったよ
うな顔をして、硬い表情のまま「仕事より私の関心は家族にあるんです」と言い、そ
れでもウィリアムスが突っ込むと「分かりませんね。いや本当に分からないんです。
私にとっては出来てしまったものは、どんなに素晴らしいものでももう過去へ過ぎ
去っていって、関心というのはどんどん次の素晴らしいものを探す方向へ行きますか
ら」と答えたのでした。

 有名な2005年のスタンフォード大卒業式でのスピーチにある「人生は短い。他
人の人生を生きるな。他人の考えに過ぎないドグマを信じるな」そして「ハングリー
であれ、クレイジーであれ」という言葉を重ね合わせると、この人のイノベーション
に対するスピード感というものが、人生観のスピードから来るものであり、そのスピ
ードというのは疾走感のようでいて、実は死という完結を不可避とするところから来
ていた、その死と向き合っているとそんな感慨にとらわれます。

 しかし、実際のジョブズの軌跡というのは、かなりジグザグしたものです。一直線
に突っ走って何でも成功しているように見えるのは、それこそ最近だけで、20世紀
までのジョブズとアップルのビジネスというのは、極めて浮き沈みの激しいものでし
た。それこそ、創業以来のアップルの製品というのは、ヒットする打率は50%ぐら
いでした。力を入れて新製品を出すと失敗して会社が傾く、その一方で思わぬ製品の
ヒットで業績が一気に回復するという具合で、「出す製品がどれも全世界に影響を与
えてヒットする」というのは、晩年の一時期だけでした。ジョブズの人生自体も、
アップルをクビになり浪人的な時期を送ってまた復帰するなど正にジグザグしたもの
でした。

 浮沈の激しさだけでなく、ある種の節操のなさというのもジョブズの得意とすると
ころです。コンピュータの心臓部と言えるプロセッサに関して、あれほどIBMのパ
ワーPCチップに固執していたのに、需給の問題を契機に突然インテルに鞍替えして
しまうとか、iPhoneのアメリカのキャリアも、ATT一社で行くと言いながら、あっ
けらかんとCDMA陣営も取り込んで路線を転換してしまうわけです。

 その辺は、美学とか思想というようなものとは次元が違うわけですが、では「カネ
の亡者」とか「究極の資本主義」というようなイメージとも違うわけです。そこにあ
るのは、多分「アメリカのプラグマティズム」の伝統ではないか、そんな風に理解す
るのが一番いいように思うのです。プラグマティズムというと、時折「実際主義」と
か「実用主義」と訳されることがあるわけで、そうすると「理想主義や論理至上主義」
の対極にあるある種の徹底した「現実主義」のようなイメージになります。

 ただ、プラグマティズムを「現実主義」としてしまうと、ちょっと違うのです。ア
メリカのプラグマティズムというのは、一言で言えば「結果オーライの思想」です。
因果関係は詰め切れていないが統計的には傾向がハッキリしているので、こちらへ行
こうとか、前回の経験からするとこうだが、直感的にそのままだとダメなので、これ
を足そうとか、ある意味ではアプローチとして節操がないのです。

 ジョブズというのは、確かにITの世界において、あるいはエンタメやオーディオ
・ビジュアル、出版など幅広い世界において影響力を行使した巨人ですが、その直感
的な才能とか、感性といったものだけでなく、徹底的に結果にこだわり、結果のため
なら節操も捨てるプラグマティズム、その巨大な成功例として理解するのが正しいの
かもしれません。

 ところで、今週ちょうどニューヨークから全米に広がりつつある「占拠デモ」に参
加している若者たちはどうなのでしょう。彼等の思想や美学はどう評価したらいいの
でしょうか? このデモ隊に関しては、大手のメディアの評判は決して良くありませ
ん。「富裕層から若者への所得移転を主張していながら、大きな政府論も信じていな
い」とか「雇用と平和と何の関係がある」あるいは「オバマの足を引っ張っているだ
け」という見方をする向きもあるようです。

 特に今週は、依然として欧州の通貨危機が続いていることから、複雑化した世界経
済の難問などとは無関係のところで「歌ったり踊ったりしながらデモをやっている」
若者に対しては、「大人」としては嫌悪感のようなものを持っている、そんな感覚も
あるでしょう。デモが長期化することで、NYのダウンタウンの住民からはかなり苦
情が出ている、そんな報道も週の後半には増えてきましたが、それもメディア関係者
の冷ややかな視線の反映でしょう。

 ところで、スティーブ・ジョブズと「占拠デモ」の関係ですが、大企業を「格差の
象徴」だとして憎悪の対象にしているデモ隊ですが、彼等の発想からはジョブズの活
動には共感をしているわけです。例えば、CNNの報道によれば、彼等の多くは高価
なMacBookを使ってメッセージを発信したり、iPhoneでツイートやフェイスブックへ
の書き込みをしたりしているということがあります。では、死にあたって全世界に感
銘を与えたジョブズの生き方と、デモ隊の持っているカルチャーには何か接点が見い
だせるのでしょうか?

 デモ隊がアップルの文化に共感しているというのは、感覚的には分かります。いわ
ゆる「ウィンテル」のコンピュータ文化が多くの大企業での事務処理や、例えば
「ウィンドウズNT」以来軍事目的で利用されるといったイメージで捉えられ、また
それゆえに「ハッカー」達の標的となってきたのに対して、マック文化というのは
「デザイン、エンタメ、教育」といった産業との親和性が強く、従ってどこか「自由
人の持ち物」というイメージがあります。

 確かにジョブズにしても、60年代から70年代のカリフォルニアの「ヒッピー文
化」の匂いを残した人物ですし、アップル自身、そうしたイメージでのマーケティン
グを続けることで、企業のアイデンティティを確立してきたということはあるでしょ
う。商品のデザインやコンセプトだけでなく、例えばソフトにかける著作権のプロテ
クションは露骨にやらないとか、店舗にしても通販にしてもアメリカの小売としては
例外的なサービスレベルを達成しているなどというのも、意識してやっているのだと
思います。

 それだけでなく、アップルという企業はある種の「逸脱」を許すところがあるよう
です。有名な話としては、それこそアップルは、自分たちのソフトのセキュリティを
破ったハッカーに対しては、高給での採用オファーを出していたそうです。コンピュ
ータのセキュリティという分野に関しては、最高の技術が欲しいことと、反骨タイプ
を敵に回したくないという深謀遠慮があるのも事実ですが、それ以前の話として「突
出した行動」を志向するのも「いいじゃないか」という寛容性があるわけで、それも
一連の企業カルチャーとの整合性でやっているのだと思います。

 そのジョブズが、2005年にスタンフォード大の卒業式のスピーチで「ハングリ
ーであれ、クレイジーであれ」ということを何度も訴えていましたが、この精神も同
じことです。アメリカの感覚では、例えば「占拠デモ」と「ジョブズ」を比較して
「デモをやっているヒマがあったら起業しなさい」と偉そうなお説教をするというの
は、それはそれで格好悪いわけです。

 では、ニューヨークなどでデモをしている若者は、アップルのような「ヒッピー文
化を引きずった」寛容さに甘えて逸脱しているのでしょうか? 恐らくそうした「甘
え」の感覚はないのです。若者たちは自分に才能があると信じ、社会貢献が可能なは
ずなのにチャンスがないということに怒っているわけです。今回の「占拠デモ」に関
しても、例えば「アラブの春」のような「引き返せない切迫感」や、夏のロンドンの
暴動のような「閉塞の果ての暴発」というような暗さもないのです。漠然とした怒り
があり、反抗や自己表現がカッコいいというスタイルがあるのは事実ですが、破滅型
ではないのです。

 では、若者のその辺の感覚というのは、美学なのでしょうか? それとも何らかの
思想なのでしょうか? スタイルということでは確かにあるのですが、美学というほ
ど貫徹してはいないようです。思想的なものも垣間見えますが、例えばヨーロッパや
カナダの反グローバリズム(オルタ・グローバル)の運動のような、徹底したものと
は違うようです。デモ隊のスローガンなども「戦争反対、職寄こせ」とか「大銀行は
ファシスト」という感覚的なものが多いようで、その辺が、アメリカの中道実務主義
のメディア関係者には「不真面目」に映るのでしょう。

 ですが、これも一種のプラグマティズムなのだとすれば、理解することができます。
デモ隊の若者たちは、どうしてデモをやっているのかといえば「大声で叫べば社会が
耳を傾けてくれる」という直感を持っているからです。そのあたりが、破滅型ではな
いということです。もっと言えば、世代として、この「デモという大騒ぎ」を「大真
面目でやっている」ということなのでしょう。

 ジョブズの晩年は巨大な成功を一直線を走る疾走感に彩られていました。その経営
感覚を磨いたものは、若き日のジグザグな人生経験なのでしょうが、そこをキチンと
因果関係で説明するのは難しいでしょう。こういった経験をしたから、こんな能力を
会得したとかいうように、明晰な説明ができるものではないのだと思います。ただ、
瞬間瞬間で「結果オーライ」になるよう、猛スピードかつフレキシブルに判断をし続
けた結果ではないか、プラグマティズムの伝統というのはそういう意味です。

 今、デモ隊に加わっている若者たちがジョブズに惹かれるのも、単に理想主義的に
見えるとか、ヒッピー文化的で自由だとかいうことだけでなく、その「アメリカン・
プラグマティズム」の典型を無意識のうちに感じて、そこに魅力を感じているのかも
しれません。また、彼等の一見衝動的に見えるデモ活動も、いわゆる「反体制の自己
実現」といった抽象的なものではなく、人生の一時期の「大真面目な求職活動」なの
だ、そう理解するのがいいのだと思います。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家(米国ニュージャージー州在住)
1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大学大学院(修士)卒。
著書に『911 セプテンバーイレブンス』『メジャーリーグの愛され方』『「関係の空
気」「場の空気」』『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』。訳書に『チャター』
がある。 またNHKBS『クールジャパン』の準レギュラーを務める。

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JMM [Japan Mail Media]                No.656 Saturday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】98,332部
【WEB】   ( http://ryumurakami.jmm.co.jp/ )  

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