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株式日記と経済展望
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3月11日の震災直後、都内から被災地に出向いた医師らからも、
「震災直後の石巻市内の人々が漂わせる雰囲気は怖かった」と聞く。
2011年12月6日 火曜日
◆“正気”を失う孤立マンションで祈り続けた家族の無事父はあのとき、死ななければいけなかったのか 11月15日 吉田典史
http://diamond.jp/articles/-/14867
“生き証人”の証言から学ぶ防災の心得
太田さんの証言から私が感じ取った、今後の防災を問い直す上で検証すべき点は、主に以下の3つである。
1.地域の自然災害に関する状況を再認識する
かおりさんの父は、娘や社員のことが心配になり、会社に向けて急いで車を走らせたが、それが災いした。かおりさんとの“最後の電話”は、地震の直後であり、冷静に考える余裕がない中でのものだったのだろう。
会社の周辺を歩くと、そこは市の中心部であり、「ここまで巨大な津波が押し寄せる可能性は低いのではないか」と思えなくもない。水が押し寄せたとしても、いわゆる「浸水」という状況に近いように見えなくもなかった。
私が周辺の店や当時の実情を知るタクシーの運転手、市役所の職員らに尋ねると、その多くが震災直後におけるこの会社の近辺について、こう語る。
「津波そのものが押し寄せたのではなく、1メートルくらいの高さの浸水が3〜4日続く状態だった。一番高いときで1.5メートルほど」。
かおりさんの父がこのことを知っていたならば、難しい判断を求められたことには変わりがないが、もしかすると違った結果になったかもしれない。改めて正確な情報が必要であることを痛感する。
今後の防災を考える際には、日頃から地域の実態、たとえば土地の低さや過去に大雨や洪水があったときの浸水の状況、そのときの被害状況などを知っておくことが、必要なのだろう。
このような情報に必要以上に縛られることも問題だが、ある程度は理解しておきたい。
2.自分の身を自分で守る
かおりさんが震災から3日目の朝に、避難していたマンションを抜け出そうとした決断は、「自分の身を自ら守る」意思の現れと言える。それより前の数日間、「マンションの室内でいかに正気を保つかに気を使っていた」という。さぞかし、精神的に苦しい時間だったのだと思う。「苦しい」を通り越していたに違いない。
決断をした背景には、警察や自衛隊、市役所など、公的な機関の対応があったものと思われる。極限状態の中、そのいずれにも「もう、救出を期待できない」と感じ取らざるを得なかったのだろう。
私は、かおりさんらの “脱出”についてコメントできる立場にはない。だが、「最後は自力で身を守らざるを得ない」という現実は、彼女の証言からひしひしと伝わってきた。私たちは、この姿勢を普段から身に付けるようにしておくことも必要なのではないか。
なお、私は警官の「避難誘導」は検証されていいと思う。被災地では震災当日、避難誘導に当たっていた警官が殉職をしているが、そこで「かわいそう」と思考を停止すべきではない。「その誘導で良かったか」を、警察以外の専門家などが検証し、広く公開するべきではないだろうか。
3.震災直後の情報を早く、確実に伝える
かおりさんら住民は、情報不足のため、避難の過程で不安を募らせていく。こうした状態がエスカレートすると、何かのトラブルになることも考えられる。
今後、自衛隊、警察、消防、地元の自治体などは、震災直後から少なくとも2週間ほどは、避難をする住民に向けて、被害状況、救出の実態、今後の救出のめどなどを、繰り返し伝えていくことが必要ではないか。
震災直後は、自衛隊、警察、消防、地元の自治体らも緊急に取り組まなければいけない仕事があり、そこまで対応できないのかもしれない。だが、避難者からすると、情報は極めて重要である。
実際、震災直後、都内から被災地に出向いた医師らからも、「震災直後の石巻市内の人々が漂わせる雰囲気は怖かった」と聞く。その理由を尋ねると、「当時の石巻市は、救出や支援に関する情報が他の地域よりも不足し、『自分が見捨てられた』と受け止めた人が少なくないのではないか」と答える。
正確な情報を避難者らにきちんと早く届ける体制を、自治体や地域で早急につくることが必要だと思える。さらに、その試みを日頃から周知していくことも大切だ。
最後に、娘を救おうとして命を失くした太田尚行さんのご冥福を祈りたい。
(私のコメント)
12月に入って今年も僅かになりましたが、今年は3月11日の東日本大震災から9ヶ月が経ちました。2万人もの人が亡くなり行方不明になりました。ほとんどの死者行方不明者は津波によるものであり、津波の恐ろしさを思い知らされます。しかし津波に対する対策が不十分であったために起きた災害ともいえます。
特に三陸沿岸地帯は津波の大災害が、明治三陸大津波が1896年にあったし、昭和三陸大津波も1933年にあって大きな被害を出していた。だから三陸地方の市町村では防災訓練などを行なったり、防災施設を整えたりしていた。しかしそれらの施設はほとんど役に立たずに多くの被災者を出してしまった。ほとんどの防波堤も無力であり多少の時間稼ぎが出来ただけだった。
明治と昭和の大津波は30メートルを遡上するような大津波であり、高さ10メートル程度の防波堤では何の役にも立たなかった。かといって15メートル以上の防波堤を作るにしても津波の威力で破壊されて焼くには立たないだろう。テレビでも最近ではあまり検証もされなくなり、NHKでも特集番組は放送されなくなりました。
被災者にとっては耐え難い災害であり、現実に起きたと言うことすら信じたくない人が多いだろう。二万人もの人が一瞬にして亡くなると言うような大災害は戦後初めてだけに、今でも思い出したくもない人が多いだろう。家族や親戚が亡くなられたりした人は、心の辛さは耐えられないものがあるだろう。見ているだけしかなかった私なども、吉田典史氏の取材記事を読んでも辛くて堪えられない。
「株式日記」でも福島第一原発災害のほうに関心が行ってしまって、津波災害の事についてはあまり触れることは少なかった。避難所から避難住宅に移り住んでも避難生活は続くのであり、元の生活に戻ることが出来るようになるのは何年も何十年もかかるだろう。そして亡くなられた被災者は二度と戻らない。残された遺族も辛い思いは何年も残るだろう。
吉田氏の記事を読んでも、自衛隊、警察、消防、地元の自治体は出来る限りの事はしたのでしょうが、事前の災害対策から立て直さないと同じ事の繰り返しになるだろう。しかし政府の動きの鈍さは政権運営に慣れていなかった民主党政権であったために、多くの不備が指摘されてきた。地震学界もなぜ三陸沖の大地震を予測できなかったかの反省が起きている。
特に石巻市は4000人もの死者行方不明さを出して驚きますが、2,4%もの人が亡くなっている。しかし石巻に津波は一気に押し寄せたと言うよりも1メートル程度の浸水が2,3日続いたような津波だったようです。しかし津波は1メートル程度でも破壊力は強力であり、車で避難した人で災害に出会った人の死者が多いのだろう。
吉田氏の取材記事は16回にも及んでいますが、9ヶ月経った今こそ冷静に読んで被災者の話を聞いてみるべきなのだろう。大地震が起きた後の一瞬の判断が生死を分けた。多くの人が車で避難して渋滞に巻き込まれてなくなられている。テレビなどの取材記者なども車の渋滞に巻き込まれて、車を乗り捨ててビルに避難して命拾いをしていた。
石巻市は1,5メートルほどの津波でこれほどの死者行方不明者を出したのは、大都市近郊であり車が多かったせいもあるのだろう。動画などでも見てもショッピングセンター屋上からとった動画がありますが、とにかく高いビルに逃げるのが一番だった。まさかこんな所まで津波が押し寄せるなどと言う事は予想できなかったのだろう。
今回の取材を受けた大田かおりさんも近所のマンションに逃れましたが、三日三晩恐怖の避難生活が続いた。上空にはヘリが飛んでいても助けてはくれず、救出が遅れた。情報もなく放置されればパニックになるかもしれない。市町村役場も被災して電気や電話などのインフラもすべてやられて、対策の立てようもなかったのだろう。
しかし明治三陸大津波や昭和三陸大津波は、そんな昔にあった事ではなく、その規模の津波に対しての対策が立てられていなかった。国や市町村の対策が、歴史的教訓から学んでいなかったことが一番の原因だろう。三陸の沿岸地域は高台に移転するのは巨額な費用がかかり無理だろう。それよりも津波に流されない大規模マンションなどに避難できるようにしておくべきだろう。
それらのマンションに2週間程度の食料や水や防寒具などを用意して、市町村も停電しても防災機能が働くようにしておくべきだった。3階建ての防災センターでは明治や昭和の大津波を想定していたら無意味であることが分かっていただろう。何度も書きますが明治や昭和の三陸大津波はそんな昔ではなく想定できなかったと追うのは無責任だ。
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