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フクシマに似ている「三峡ダム」問題
反対封じのツケ噴出、ポスト巨大ダムの行方はいかに
2011年6月22日 水曜日
福島 香織
中国で異常気象が続いている。湖北省、湖南省、江西省、江蘇省、安徽省の5省の長江流域で4月から5月にかけて70年ぶりとも言われる深刻な干ばつが発生した。長江中下流域の95%の地域で日照りが続き、500万人以上の住民と340万頭以上の家畜が飲料水不足に陥った。湖や養殖池が干上がり、畑はひび割れた。
ところが6月に入ると同じ地域で一転して集中豪雨が続いている。5省に加えて浙江省、四川省、重慶市にも被害が広がり、漁村は水没、農地は湖になり、都市部の通りは冠水し都市機能がマヒした。四川省では19日までに死者・行方不明37人に上っている。
「中国はもともと水害が毎年起こる国ではあるが、こんな風に干ばつから大洪水に急変するような気象変化は長江流域では過去ほとんど見たことがない」と長江水利委員会の専門家らは中国メディアで解説している。
もちろん異常気象は中国に限ったことでもなく、原因は世界的な地球温暖化が背景にあるのだろう。しかし長江水利委員会の専門家らはこの場であえて、こう強調していた。「三峡ダムの影響は微々たるもので、この場面において語るに足りない」。
それは、昨今の長江流域の異常気象や災害は三峡ダムと関係あるのではないか、という世論が急に広がっているからだ。果たして三峡ダムは干ばつや水害被害と関係あるのだろうか。
温家宝首相が「問題あり」認めた
蛇足かもしれないが、三峡ダムについて簡単に触れておこう。
1993年から2009年までの歳月と公称230億ドルの事業費をかけて湖北省宜昌市を流れる長江に建設された世界最大級の重力式コンクリートダムである。このダムによって造られたダム湖は約570キロの長さを誇り、万里の長城建設以来の国家プロジェクト、と言われた。
だが、しばしば古典にも登場する中国の景勝地・三峡を水没させ、140万人におよぶ住民を十分な保障のないまま強制的に移民させ、ヨウスコウカワイルカなど希少水生動物の生息地を破壊し、水質汚染を引き起こした。
こういった悪影響を予想して、着工前に反三峡ダム論が盛り上がったこともあるが、1989年の天安門事件弾圧に乗じて、反三峡ダム派のジャーナリスト・戴晴女史を逮捕し、彼女の編集した反三峡ダム論文集を禁書にして、徹底的に異論を抑え込んだ。
多くの専門家が内心、ダム建設による生態系への影響に懸念を持っていたが、華東地区への電力供給や長江流域の洪水防止、長江の水運開発などを理由に、プロジェクトは進められた。以来、三峡ダム批判は、これを取り上げるメディアがなかったわけではないが、大々的なものではなかった。
ところが、今年はにわかに三峡ダム是非論が盛り上がっている。
きっかけは、5月18日に国務院で開かれた三峡ダム後続活動計画に関する討論会で、温家宝首相が「230億ドルを費やしたダムは巨大な総合的な効果と利益をもたらしたが、速やかに解決せねばならない問題は存在する」と、そのマイナス影響を認めるような発言をしたことだった。
政府首脳が、国家の威信をかけて建設した三峡ダムに問題があることを認め、解決を急げ、と指示したことは、国内でも驚きをもって受け取られると同時に、三峡ダムが抱えている問題が実は想像以上に深刻なのではないか、とも想像された。
さらに、長江水利委員会干ばつ洪水防止弁公室の専門家である王井泉氏が中国メディアの取材に答えて「三峡ダムはもともと干ばつに対応するよう設計されていない。」「三峡ダムの設計時、建設後の生態環境へのマイナス影響については、確かに十分には考慮されていなかった。三峡ダムは洞庭湖や鄱陽湖の水位に影響を与えているだろう」と述べ、三峡ダム設計に欠陥があったことを認めたのだった。
王氏は長江流域の干ばつと三峡ダムの関連性は完全否定している。だが、今まで封印されてきた三峡ダムに対する数々の疑念に油を注ぐ結果になったのは確かだ。
地滑り・土砂崩れが4719か所で発生
三峡ダムが干ばつや洪水と関係があるのではないか、という疑念について、ほとんどの専門家は否定している。例えば、清華大学水沙科学・水利水電工程国家重点実験室の王光謙主任は「三峡ダムと干ばつ・洪水は関係ない。これは雨不足などが原因であり、天災である。三峡ダムは全体的にみれば害より利が大きい」と中国科学院でのメディア座談会で主張した。
しかし同時にこうも指摘した。「ダム設計は、建設による生態破壊、土砂・水の流出については考慮されてこなかった。大量のダム移民が山頂の方に移住し生活のために開墾したことにより、山肌が荒れ、土砂や水が流出しやすくなった。ダム建設が始まった20年前には、環境保護の観念はゼロに等しかったのだ」。
つまり、干ばつや洪水の直接的原因は気象であり、そのこと自体には三峡ダムは直接関係ないとしても、三峡ダムを建設した結果、周辺の山が荒れ、本来、山が持つ保水力が損なわれ、土石流のような土砂・水の流出は起こりやすくなっている、ということになる。
王主任はさらに「巨大ダム湖の水位を急激に上げたり下げたりしていると、もともと地質学的に災害の多い場所では、土石流などの頻発を招く」「地震を誘発する」とも述べた。
干ばつでダム湖の水を放水したり、集中豪雨に対応するため貯水を急増したりを繰り返していると、ダム周辺の地質に負荷がかかる。2007年に中国科学院長江水利委員会がまとめた「長江保護発展報告」では2003年の三峡ダムでの貯水開始から周辺での微震発生率が明らかに増加し、地滑り・土砂崩れが4719か所で発生。うち627か所は明らかにダムの貯水が原因という。これで害より利が多いのだろうか。
水力発電は「クリーンエネルギー」
既に竣工し稼働している三峡ダムについて今さらながら、こういう議論が盛り上がってきたのは、その議論の行方次第で、今後の中国のエネルギー政策も大きく関わってくると見られるからだ。つまり三峡ダムがネガティブな影響しかもたらさないという結論が出れば、今後、中国で大型ダム建設は難しくなる。
中国ではダムによる水力発電はクリーンエネルギーとされ、世界中の水力発電ダム総量の52%にあたる2.5万箇所のダムが中国に集中する。だがまだ、中国の水力資源は24%しか開発されていないし、今後は火力発電によるCO2削減のためにもダム建設はさらに推進していかねばならない、という立場にある。
ただ、近年は三峡ダムのマイナス影響がささやかれるなか、国内外の環境NGO(非政府組織)らの監視もあって、世界遺産に指定されている雲南省怒江や金沙江のダム建設計画の多くは保留にされている。一方で、中国水利発電工程学会は「水力発電ダムを妖魔化するな」「こんなことでどうやって、国家のエネルギー戦略目標を達成できるのか」と批判している。こういう議論の行方に、三峡ダム論争はダイレクトに関わってくるのだろう。
河は魚を失い、漁師はゴミをさらう
私は2007年2月、三峡ダムの環境汚染問題を取材に現地を訪れたことがある。ダム湖の表面を覆うアオコやゴミの多さと悪臭は衝撃だった。漁師たちの仕事は、魚を獲ることではなくてダム湖のゴミをさらうことに変わっていた。「オレの親父はここで1.5トンもあるカラチョウザメを釣って長江漁王と呼ばれたんだぜ。ゴミをさらい終えれば魚が帰ってくる」と言って、黙々とゴミをさらう漁師の背中を今でも覚えている。
上海という大都市の消費する電力を作り出すために、国家の威信のために、為政者の権力誇示のために、水利利権をめぐる既得権益者のために、河は魚を失い、漁師はゴミをさらうしかないのだと思うと切なくなった。
あらためて、あの頃の三峡ダムの取材の印象を思い返すと、例えば、今日本で私たちが直面している原発の問題とも少し似ている気がする。
そう感じたのは私だけではないようで、党中央理論雑誌「求是」旗下の市場誌「小康」の記事「ポスト三峡時代が来た 反対派からのバトンを受け取れ」で、こんな一文があった。
「東日本大地震とその後の原発事故の最中、(東京電力という)超大企業が国家と人民を人質に取ったような現象が起きている。超大企業はカネに物を言わせ、専門家やメディア、政府に大量の代弁者を育て、反対派を門外漢として排斥して政策決定や言論体系の外に追い出した。…科学の本質は正義であり、反対派の存在も容認すべきだった。水力発電であれ、原発であれ、異見を抑圧し、民主のないまま、政策を決定して、そのツケを社会と国家に払わせ、少数の利益集団が利益をかすめている。1987年の中国科学院が提出した三峡ダムの生態環境への影響論証報告では、三峡ダムに対する生態・環境への影響は複雑かつ広範で、深刻で長期的なものになる、という結論を出していたのだった…」
電力供給と環境、恩恵を受ける者と犠牲になる者の格差。今受ける恩恵と未来に残す影響。害が利に勝るのか、利が害に勝るのか。これはダムだけの課題でもないし、原発だけの課題でもなく、風力発電にも同じ問題があるかもしれない。いずれにしろ、反対する人たちの声もしっかり聞いて吟味しないでは、答えを出せない。ポスト三峡ダムについて考えをめぐらしていると、こんなところに着地してしまった。
このコラムについて
中国新聞趣聞〜チャイナ・ゴシップス
新聞とは新しい話、ニュース。趣聞とは、中国語で興味深い話、噂話といった意味。
中国において公式の新聞メディアが流す情報は「新聞」だが、中国の公式メディアとは宣伝機関であり、その第一の目的は党の宣伝だ。当局の都合の良いように編集されたり、美化されていたりしていることもある。そこで人々は口コミ情報、つまり知人から聞いた興味深い「趣聞」も重視する。
特に北京のように古く歴史ある政治の街においては、その知人がしばしば中南海に出入りできるほどの人物であったり、軍関係者であったり、ということもあるので、根も葉もない話ばかりではない。時に公式メディアの流す新聞よりも早く正確であることも。特に昨今はインターネットのおかげでこの趣聞の伝播力はばかにできなくなった。新聞趣聞の両面から中国の事象を読み解いてゆくニュースコラム。
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著者プロフィール
福島 香織(ふくしま・かおり)
ジャーナリスト
福島 香織 大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002〜08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。著書に『潜入ルポ 中国の女―エイズ売春婦から大富豪まで』(文藝春秋)、『中国のマスゴミ―ジャーナリズムの挫折と目覚め』(扶桑社新書)、『危ない中国 点撃!』(産経新聞出版刊)、『中国のマスゴミ』(扶桑社新書)など。
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