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被災した認知症の人と家族の支援マニュアル <介護用> <医療用>
http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/300.html
投稿者 sci 日時 2011 年 5 月 05 日 00:13:07: 6WQSToHgoAVCQ
 

http://dementia.umin.jp/kaigo419.pdf
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<介護用>
1
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<介護用> 1 版
日本認知症学会 被災者支援マニュアル作成ワーキンググループ編
はじめに
このマニュアルは、家族介護者と施設等の介護職を合わせた介護用に作られていま
す。このたびの大震災で被災され、避難所などで生活されている認知症の人と家族、
およびその介護職の人達を支援するために、日本認知症学会の専門医が知恵を出し合
い、現地で役立つことを目標にして作られています。
既に認知症の診断を受けている方を想定して書いています。認知症を疑わせる症状
(6ページ参照)が出てきたら、認知症なのか一過性の症状(偽性認知症やせん妄)
なのか経過を見て、きちんと診断を受ける必要があります。
人間の欲求を、必要度を元にして順に示すと、まず「寝る場所と食べ物の確保」、
次に「健康状態の維持」、そして次の段階が「仲間がいて安心して過ごせること」、そ
してさらに「役割があり他者に認められること」、そして最上の段階が「自己実現」
です。このマニュアルでは寝る場所や寝具、および食べ物や水が確保されていること
を前提にしています。認知症の人と家族がぐっすり寝れて充分食べられる環境が先決
です。そして、健康状態を維持する医療が提供され、認知症の人と家族が安心して生
活し、役割と生き甲斐を持って生活できることを支援する実践的な介護マニュアルを
めざしています。
なお、本マニュアルは、被災現場での介護のアドバイスを載せたものです。最終的
な判断は、現場で介護している方々に委ねます。
T.本人への支援<介護家族や介護職が提供する支援>
1.代表的な症状への対応
認知症の症状には、記憶・見当識障害(日にちや時間、場所などがわからない)や
実行機能障害(段取りができない、手順がわからない)などの認知機能障害だけでな
く、幻覚、妄想、暴言、徘徊、焦燥(イライラ)といった種々の行動・心理症状があ
ります。行動・心理症状は、環境やケア、健康状態、心理状態などの影響を強く受け
ますので、薬物投与よりも適切なケアや環境調整、健康チェックが大切です。
また、行動・心理症状は予防が大切です。普段の生活の中で、本人の言うことを否
定せずに聞いてあげる、褒める、安心を与える介護を心がけることが、行動・心理症
状の予防につながります。また、不眠が続くときや、徴候が現れた場合は、早めに相
談・対応しましょう。
1) 興奮・暴言・暴力への対応
* 認知症の人が示す症状には意味があります。大声を出しているなら、その理由
があるはずです。その人の立場になって、その理由を考えてみる。そこに解決の
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<介護用>
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糸口があります。興奮しているから、薬で押さえようと考える前に、優しい態度
で接し、その人の気持ちを探って下さい。そして興奮の原因を取り除くことで、
興奮が治まる可能性があります。本人や介護者に身体的な危険性がなく周囲が許
容できるときには、好きなように怒ってもらう、怒鳴り散らしてもらうのも一つ
の方法です。自分の思いをはき出すことでその後精神的な安定が得られるかもし
れません。そのとき、一緒になって怒らずに、その思いを受け止めてあげましょ
う。
* せん妄に伴う興奮の場合は、せん妄の誘因(4ページ参照)を除去するとともに、
せん妄の治療も必要になります。
* アルツハイマー型認知症と診断されて投薬を受けていると、アリセプトが処方さ
れていることが多いと思います。アリセプトは認知機能や意欲を高めますが、生
活・介護環境が悪いと易怒性や暴言・暴力などを悪化させることが稀にあります。
他に興奮の原因が見当たらない場合は、アリセプトの減量〜中止を試みるのも一
つの方法です。医師にご相談下さい。他にも、内服薬が興奮(せん妄によるもの
を含めて)に関係していることがありますので医師に薬をチェックしてもらいま
しょう。
* 周囲の人に危害を加えるような場合は、医師に診てもらいましょう。
2)幻覚・妄想への対応
* もの盗られ妄想などの被害妄想は、アルツハイマー病に多い妄想です。本人にと
っては、ものが無くなったことは事実なので、まずはそれを受け入れて、訴えに
耳を貸し、穏やかに対応します。もの盗られ妄想の背景には、不安や喪失感が隠
れています。安心を与えるケアが症状緩和に役立ちます。
* 妄想が強い場合は、薬で軽くすることができます。医師に相談しましょう。
* あたかもそこに見えているようなリアルな幻視や、配偶者を別人と言うような誤
認妄想があれば、アルツハイマー病よりもレビー小体型認知症が疑われます。
* 認知症の人にみられる幻視への対応の基本は、本人や周囲の人々に身体的な危険
性がないときには、様子をみるのが一番よいと思います。無理に薬剤で幻視を消
失させようとすると薬の副作用によって状態をより悪化させる可能性が高いか
らです。本人の訴える幻視と上手につき合っていく方法を考えるとよいと思いま
す。たとえば、「あそこに見える人は悪さをしませんから、しばらくこちらに来
てお茶でも飲みましょう」などと声かけを行うと安心します。
* レビー小体型認知症の幻視に対しても、介護者はそれを受け入れる態度が求めら
れます。そして、「私には見えないので、あなたに見えているのは幻覚かもしれ
ませんね」と、それを『まぼろし』として客観視できるように導けると良いでし
ょう。周りの人には見えていないことを、割と受け入れてくれます。一方、レビ
ー小体型認知症でみられる幻視は、視線を移動すると消失することが多いので、
視線や関心を他の方向に向けるようにするのも一つの方法です。
* レビー小体型認知症の人は薬の作用や副作用が強く出るので、薬については医師
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に相談しましょう。
* 幻覚・妄想は、せん妄(意識障害の一種;4 ページ参照)でも出現します。普段
と雰囲気が変わって目が据わっている、反応が鈍い、ボーッとしている、話にま
とまりがない、無目的な行動をくり返すなどが一緒に見られたら、せん妄が疑わ
れます。レビー小体型認知症でも、このような状態と、とても明瞭な状態が短時
間で入れ替わって出現するケースがしばしばあります。
3)徘徊への対応
* 医療・介護者からみたら徘徊ですが、本人には動き回る目的があります。まずは
優しく接し、なんで動き回るのか(出て行こうとするのか)その理由を聞き出し
てください。そして、「そうだね、○○できるといいね」などと声かけします。
理由が分かれば、対応の糸口になります。その人にとっての事実を否定しないで
ください。
* 横に並んでしばらく一緒に歩いていると、心が通じ、会話に答えてくれるように
なるでしょう。座り心地の良さそうな椅子などを探して「少し腰掛けて休みまし
ょうか」などと声をかけると、安心を生むでしょう。
* 徘徊の背景には、その場所が自分の居場所ではないという思いや、自分の役割
がないという思いが隠れています。日課や役割を作ることも、解決につながりま
す。
* 服の裏には、氏名、携帯番号などを書いておきましょう。ポケットの中にも名前
や年齢、連絡先などを書いた紙を入れておきましょう。
* 日中は、なるべく身体を動かすように日課を作ったり、散歩をしたりしましょう。
* 薬はあまり効果的ではありませんが、少しでも目を離すと飛び出してしまうよう
な場合は医師に相談しましょう。
4)無為無欲や抑うつへの対応
* 被災や近親者との死別に伴う正常なストレス反応として、意欲がなく、ボーとし
ていて活動しない、落ち込んでいるといった症状が起こります。それは脳しんと
うのように一過性のことが多いので、温かく見守ることが大切です。
* 被災に伴うトラウマ状況をきっかけとしてうつ病や抑うつ状態も生じますが、高
齢者ではそれらの経過中に認知症が発症することがあります。認知症の人にうつ
病が合併した場合、コミュニケーションが障害され、また意欲低下や体重減少と
いった症状を示し、発見が難しいので医師に相談しましょう。
* うつ病と認知症の見分けは、偽性認知症(5ページ)を参照してください。
5)不眠への対応
* ぐっすり眠ることが、脳の健康のためにきわめて重要です。安眠できる環境調整
が必要です。
* 昼間はなるべく身体を動かすようにし、明るい屋外へ散歩に連れ出しましょう。
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6) 排泄の問題への対応
* 避難所などでは、安心して排尿・排便できる環境設定が最重要です。水洗機能
を失ったトイレでの排泄回数を減らすために、食事や水分摂取を減らす→脱水
→せん妄や認知症の症状悪化を引き起こさないような配慮が大切です。
* 精神的なストレスや、トイレが少ない避難環境により便秘になりがちです。「水
分を十分にとる」「からだを動かす」「可能であれば通じのつきやすい食物を摂
取する」といった予防策が、便秘対策の基本です。
* 便を軟らかくする薬(緩下剤)や排便を促す内服薬や座薬などがあります。必要
な場合は、医師に相談してください。
* アルツハイマー病では、尿意はあるのにトイレの場所が分からずに排泄に失敗す
る場合があります。「便所」などと大きく書いた目印をつけることが有効です。
人的な余裕のある場合には、(尿失禁の頻繁な認知症の方に対して)定期的にトイ
レに誘導すると尿失禁の回数の減少が期待できます。
* 対応で最も大切なことは、尿・便失禁を起こしても叱らない、なじらないことで
す。排泄の失敗を、周囲の人々はどうしてもきつい口調で注意あるいは叱りがち
です。なじる、叱る、とがめることで、逆に排便・排尿行動に異常がみられるこ
とが多くなるのです(たとえば,怒られたくないから失禁で汚れた衣服を隠すな
ど)。
2.認知症介護に必要な医療の知識
1)せん妄
認知症の人には「せん妄」がしばしば合併します。そして、認知症の症状が悪化し
たときは、せん妄の有無を見分けることが重要です。なぜかというと、せん妄は適切
な医療・ケアで良くなるからです。せん妄は、ボーッとして、反応が鈍く、話にまと
まりがない、何かに取り憑かれたような表情であったり、動き回るなど無目的な行動
を繰り返すような状態です。逆に急に食事を取らなくなった、話をせずにじっとして
いるなど精神活動の低下がせん妄の主な症状になる場合もあります。
* 認知症の人は、脳が脆弱で、環境や身体状態のわずかな変化でせん妄を引き起こ
しやすい特徴を持っています。認知症の症状が急速に悪化したときは、まずせん
妄の合併を疑う必要があります。
* 被災による環境の変化や心理的不安そのものでもせん妄は生じます。温かく、
安心できる環境設定が望まれるのは言うまでもありません。声をかけるだけで落
ち着くこともあるので、優しい声かけをお願いします。
* せん妄の誘因には、脱水や発熱、疼痛、便秘などがあります。このような全身
状態のチェックがまず大切です。ただし、認知症の人は、ご自分から症状を訴え
られないことも多いので、「元気がない、食欲がない、お腹が張っている」など
の様子がみられれば、要注意です。
* 認知症の人は、夜寝られずに日中うとうとすることで昼夜逆転、さらに夜間せん
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妄に移行することが少なくありません。避難所など集団生活では睡眠の確保は難
しいのですが、可能な限り夜間の睡眠時間を確保したいものです。
* 誘因疾患:感染症(インフルエンザ、肺炎、尿路感染症、感染性胃腸炎など)、
代謝障害(肝障害、腎障害など)、心不全、呼吸不全などでもせん妄を生じやす
くなります。こうした疾患の有無のチェックも大切です。
* 薬剤性のせん妄:頻尿治療薬(排尿回数を減らす薬)、胃潰瘍の薬、かゆみ止め、
風邪薬、抗不安薬(安定剤)、睡眠薬、抗うつ剤などだけでなく、多くの薬剤が
せん妄の引き金になる可能性があります。薬の種類・数が増えるほど、せん妄の
危険性が増します。
* 意識障害が徐々に進行する場合は、慢性硬膜下血腫などが隠れている可能性も
ありますので、病院で検査が必要です。
2)認知症の投薬の基本
行動・心理症状への対応は、適切なケアや環境調整を第一に行います。投薬はあく
までも一時的な対応策です。あまり困っていない症状や早急に身体的な危険性が迫っ
ていない症状に対しては、無理に薬を使う必要はありません。以下は、薬が必要な場
合の要点です。
* 認知症の薬物療法は、対症療法が基本です。イライラして多動で暴言や暴力があ
る興奮状態なのか、やる気がなくボーッとしている鎮静状態なのかと大きく分け
て対応します。
* 興奮を鎮める薬は、体の動きやバランス、飲み込みなどを悪化させる可能性があ
ります。ふらつきや眠気、飲み込みが悪いなどの副作用が出現したら内服をやめ
て医師に連絡しましょう。効果は弱いですが、注意して使うと副作用が少ない漢
方薬もあります。
* アリセプトやレミニール(新発売)は認知機能や意欲を高める薬ですが、避難所
などでは、下痢や腹痛、食欲不振などの消化器症状、徐脈、喘息(気管支の収縮)
などの副作用に注意が必要です。
* やる気がない、落ち込んでいるときはうつ病かどうか診察を受けましょう。
* レビー小体型認知症では、種々の薬剤に対して作用や副作用が強く出るので、薬
は少量使うのが基本です。また、自律神経機能障害による失神を生じやすいので
すが、横になっていると、脳血流が回復します。けいれんがなければ慌てずに数
分間様子を見ましょう。
* 認知症では症状がある程度進むと薬を自分で管理できない場合が多いので、服
薬の見守りを行うか、家族や周囲の方々が服薬を管理するほうが安全です。
3)偽性認知症:認知症の症状を示すが回復可能で認知症ではない
* 大きなショックを受け、避難所の中で不活発な状態でいると認知症の症状が現れ
ることがあります。しかし、適切な医療・ケアで回復する場合も多く、回復すれ
ば、本当の認知症ではなく、偽性認知症といえます。
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* うつ病でも認知症と似た症状になります。やる気がなくなって、身の回りのこと
などができなくなりますが、認知症と違って、今いる場所や時間などの状況がわ
かっている(見当識が良い)、隣の人の状況などを正しく判断しているといった、
特徴があります。ただ、それらを質問すると、アルツハイマー病の様に取り繕っ
て答えるのではなく、「わかりません」などと即答する傾向があります。
* うつ病では、認知症よりも食欲低下や不眠が高率にみられます。うつ病では,気
持ちが内向的,自分を責める、罪業感などが目立ってきます。認知症では、どち
らかというと他人の責任にしたがる傾向がみられます。
* 偽性認知症は、安心を与える適切な声がけなどのケア、低栄養状態の改善、熟睡
できる環境の調整、過量投与されている薬剤の減量・中止などで回復します。認
知症と決めつけないで、まずは安心と快適を与える環境調整を行ってみましょ
う。うつ状態の場合もありますので、少量の抗うつ薬や抗不安薬(安定剤)が有
効かもしれません。医師に相談しましょう。
* ただし、震災のストレスや不安がきっかけで、隠れていた認知症が現れてくる場
合もあります。
* 全身性の病気や慢性硬膜下血腫などが隠れていることもありますので、症状が進
行する場合は、病院で検査が必要です。
4)認知症を疑わせる症状
以下の症状が幾つか見られたら認知症かもしれません。介護者が早めに気づいてあ
げましょう。
* 同じことを何度もくり返して尋ねる
* 震災を受けたことを忘れていたり、避難所にいることなどが分からない
* 置き忘れ、仕舞い忘れが多く、頻繁に捜し物をする
* 無くなったものを盗られたという
* 出来事の前後関係がわからなくなり、日にちが混乱している
* 薬を管理してきちんと内服することができなくなった
* 複雑な話を理解できなくなった
3.認知症の人の環境調整
1)ストレスをなくす
* 認知症の人の心は、周囲の状況の鏡です。周りの人が穏やかだと落ち着きますが、
周りの人がイライラしているとイライラしてしまいます。あなたは一人ではない
のですよ、周りにあなたのことをよくわかっている、あなたのことを気に掛けて
いる人間がいることを、言語を通してあるいは非言語的な手段を用いて本人に伝
える努力が周囲の人々に求められています。
* 避難所で過ごす場合は、部屋の隅の方など、落ち着ける場所が望まれます。刺激
が多いと落ち着かなくなります。特に罵声が聞こえると不安が強くなります。
* 安心して眠れる環境が必要です。本人と最も近しい家族が横で寝ることで安心し
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て睡眠をとることができるのです。不眠はせん妄を誘発します。
* 知り合いが近くに居る環境が必要です。認知症の人を見知らぬ人の中で一人にし
ないでください。手を握ったり、優しく声をかけたりすることが有効です。認知
症の方は一人にされると、非常に不安になりやすいのです。家族の方が用事でそ
の場を離れるときには、認知症の方も一緒に移動するか、あるいは認知症の方と
精神的に親しい人に傍に付き添ってもらうことが必要です。
* 認知症の人が安心して排泄できる場所を確保してください。安易におむつを当て
ると尊厳が損なわれ、生きる力が失われます。また、行動・心理症状に結びつく
こともあります。
* 重度の認知症の人は、いろいろなものを口に入れる可能性があります。危険なも
のは戸棚にしまう、高いところに置くなどの注意が必要です。
* 認知症の人は避難所から落ち着ける場所になるべく早く移れるよう、優先的な手
配が必要です。
2)混乱をなくす
* 一人にしない。見知らぬ人の中に放置すると不安が募り、行動・心理症状に結び
つきます。
* 認知症の人が大声を出したら諫めるのではなく、「どうしたの」と優しく声をか
けてください。あなたの声の調子が相手の心に影響を与えます。穏やかに話しか
け、なぜ怒ったのか、相手の気持ちをくみ取ります。そしてその原因となって
いるものを取り除くように努めます。
* 散歩も有効です。明るいところでの律動的な運動は、うつ的な気分を弱めます。
また、ずっと座っていると下肢の静脈血栓を誘発します。
* テレビで衝撃的な映像が何度となくくり返して放映されますが、認知症の人には
あまり見せない方が良いでしょう。映像が焼き付いて思い出してしまうフラッシ
ュバックになりやすいといわれます。
* 避難所では認知症の人に役割がありません。そしてただじっと座っているだけだ
と、廃用性の脳機能低下を来す可能性があります。認知症の人にもできる作業が
あるはずです。片付け作業など、日課を作ることが、生き甲斐となり、生活意欲
を高め、認知機能の維持にも役立ちます。
* 肩たたきなどの非言語的コミュニケーションはお奨めです。避難所生活では身体
活動が低下しがちです。相互に肩を叩く、足のマッサージを行うなどの行為は受
ける方の気持ちだけでなく、提供する方の気持ちも和みます。認知症の人も他人
の役に立つ喜びを感じ、行動・心理症状の予防に役立ちます。
* 可能であれば傾聴ボランティア(話を聞く人)を避難所の中で募りましょう。傾
聴ボランティアをする人も一緒に元気になります。生活には役割が必要です。
* とくに、体育館のような広い避難所では、道具置き場のような小さな部屋を利用
して、デイサービスのように認知症の人を集めてケアできると良いでしょう。仲
間がいて話をするだけでも構いません。人とのふれ合いが大切です。
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* 避難所が学校であれば、教室の1 つをデイサービス&ショートステイとして確保
し、認知症の人が落ち着きを取りもどしているケースがあります。
3)徘徊への対策
* 避難所では、周囲の人や管理者に認知症であることを知らせ、行方不明にならな
いよう見守りを手伝ってもらう必要があります。
* 夜間に動き回ったとしても、外には出られないような工夫が必要です。認知症の
人の生活スペースを部屋の隅にして衝立などで区切る、夜間は出入り口の前に衝
立を置くなど、条件に応じて適切な対処方法をとれるよう、管理者と相談して対
応しましょう。
* 徘徊が原因で周囲の人達から非難されて避難所に居られなくなることがないよ
う、周囲の人達の理解を得ることが必要です。また、上記のようにデイサービス
を確保できると良いでしょう。
U.家族介護者への支援
認知症の方を介護している家族は、家族自身もゆとりがない上に、避難所では周囲
の人からいろいろ苦情を言われたり、間借りしている親族の家でも同様の経験をした
りで、とても肩身の狭い思いをしています。認知症の人にさまざまな行動・心理症状
が認められても、本人を責めないよう、家族に安心感を与えてあげるような言葉をか
けてあげ、家族が穏やかな状態でいることが最も大切です。
1.家族介護者の不安
* 認知症の人を避難所で介護する人は、今後の不安に加えて、目を離せない、二人
分の生活の確保など、ストレスの多い生活を余儀なくされています。介護者が倒
れては大変です。遠慮しないで治療を受けましょう。不安が強い場合は抗不安薬
(安定剤)、不眠なら睡眠薬(眠剤)、うつ状態の場合は抗うつ剤を医師に処方し
てもらうと良いでしょう。適切な治療で、重度化の悪循環から抜け出せる様にす
ることが望まれます。
* 介護者が倒れないよう、健康チェックと降圧剤の投薬などの持病に対する治療も
重要です。
* 介護者もぐっすり眠れる環境がとても重要です。不眠は、介護者の精神状態を
悪化あるいは不安定化させます。そして、それが認知症の介護に悪影響を与えま
す。介護者の方は遠慮しないで治療を受け、眠剤などをもらってください。
* 家族同士でたくさんほめあい、ねぎらいあってください。介護者の笑顔は本人に
反映されます。
2.相談役
* 家族が親身に相談できる人が居ることが介護負担を減らします。
* 介護者が親戚や友人と連絡が取れる情報環境(電話など)が必要です。
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* 電話相談の情報を9〜10 ページに掲載しています。
V.ケアスタッフへの支援
被災された認知症の人を、定員をオーバーして受け入れている介護施設では、環境
変化によって落ちつかなくなった人を、少ない人数で長時間勤務によって介護してい
ます。また、スタッフ自身ないしその家族が被災者であっても、使命感から自分の疲
労に気づかないか、無視しがちになっています。本来なら、過労や燃え尽き症候群を
未然に防ぎましょう、休息をとりましょうというべきでしょうが、スタッフの不足に
よる過重な労働は避けがたく、安易に休息をすすめることで、逆に追いつめてしまう
恐れもあります。それでも、やはり、倒れるまでがんばらずに支援を求めてほしいと
伝えたいですね。そして、専門職であるが故の使命感、それからくる精神の高揚や緊
張感の持続から、休息がとれる状況になっても無理をして仕事を続けているスタッフ
を見きわめて、健康管理や休息をとることの必要性を伝えなければなりません。抗不
安薬や睡眠導入薬の処方が必要になることもあるでしょう。
ケアスタッフのストレスの軽減には、介護している認知症の人が心身ともに落ちつ
くことが重要であることは、言うまでもなく、それに対する支援が大切です。
* 挨拶や声かけは前向きに:「大変だね」という挨拶はやめて、「やり甲斐がある
ね」「少し進んだね」と、前向きな言葉を口にしましょう。脳には、自分の言っ
たことを正当化する働きがあります。「つらい」「大変」「苦しい」「疲れた」など
ネガティブな言葉は口にしないように心がけましょう。スタッフ同士で積極的に
ほめ合いましょう。
* 「がんばってね」ではなく「がんばってるね」と互いに声かけしましょう。前者
はもっとがんばれとがんばりを認めていないので禁句、後者は相手のがんばりを
認めています。他人から認められることが心の支えになります。大変な生活の中
にも小さな幸せがあるはずです。それに気づくことで心理ストレスが和らぎます。
◎市町村スタッフの心理ストレス対応:認知症と直接関連ありませんが、市町村のス
タッフも、住民からの様々な要望を受けながら、国や県の対策とのギャップに悩み、
劣悪な環境の中、不眠不休の活動を続けていると思います。これらの方々にも、上記
の記載は当てはまるでしょう。
W.情報提供やサポート体制
* 日本認知症学会のホームページで、専門医リストを閲覧できます。
http://dementia.umin.jp/
* 日本老年精神医学会ホームページで、専門医リストを閲覧でき、一般の方から
の電話相談に応じています。 http://www.rounen.org/
* 東北関東大震災 認知症の方の支援に関する情報のサイト
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<介護用>
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http://sites.google.com/site/ninchishoshiennptect/
* 認知症の人と家族の会の「被災した家族のための情報」
http://www.alzheimer.or.jp/?p=2293
電話相談は0120-294-456(通話料無料)、携帯やPHSは075-811-8418で有料
・土・日・祝日を除く毎日、午前10時〜午後3時
* いつどこネットの避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド
http://itsu-doko.net/support_refugees/support_guide.pdf
* サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き(日本語版):米国で開発さ
れた震災被害者のこころのケアマニュアルで、兵庫県こころのケアセンター
http://www.j-hits.org/psychological/index.html からダウンロードできます。
* 介護支え合い電話相談 0120-070-608(フリーダイヤル)
・電話相談は平日月〜金曜日午前10時〜午後3時 携帯電話からも無料
・認知症介護研究・研修東京センターを運営する社会福祉法人浴風会が開設
* 厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/)に震災に関連した情報が
掲載されています。「厚生労働省からのお知らせ」をクリックして入ります。
さいごに
被災地で、認知症の人のために奮戦している家族や介護職の人に敬意を表します。
このマニュアルが少しでも現場の介護に役立てば幸いです。
なお、このマニュアルは、日本認知症学会のホームページからダウンロードできま
す。日本認知症学会では、このほか、医療職向けの支援マニュアルも作成しています。
アドレス:http://dementia.umin.jp/
日本認知症学会 被災者支援マニュアル作成ワーキンググループ
委員:山口晴保(委員長)、大澤 誠、藤本直規
オブザーバー:森 啓(理事長)、池田研二(副理事長)、中島健二(専門医制度委員長)、
秋山治彦(事務局)、川畑信也(実践医療)、粟田主一(現地活動)、
高橋 智(現地活動)
介護用 1 版 2011 年4 月18 日作成
発行:日本認知症学会
事務局 〒156-8506 東京都世田谷区上北沢2-1-6
(財)東京都医学総合研究所内

http://dementia.umin.jp/iryou419.pdf
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用>
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被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用> 1 版
日本認知症学会被災者支援マニュアル作成ワーキンググループ編
はじめに
このマニュアルは医療用です。このたびの大震災で被災され、避難所などで生活されてい
る認知症の人と家族を支援するために、日本認知症学会の専門医が知恵を出し合い、現地で
認知症医療に携わる医師や看護師など医療職の活動に役立つことを目標にして作られていま
す。
マズローの欲求段階を基に人間の欲求を示すと、まず、「寝る場所と食べ物の確保」、次に
「健康状態の保持」、そして次の段階が「仲間がいて安心して過ごせること」、そしてさらに
「役割があり他者に認められること」、そして最上の段階が「自己実現」です。
このマニュアルでは寝る場所や寝具、および食べ物や水が確保されていることを前提にし
ています。認知症の人と家族がぐっすり寝れて充分食べられる環境が先決です。そして、健
康状態を維持する医療が提供され、認知症の人と家族が安心して生活し、役割と生き甲斐を
持って生活できることを支援する実践的な医療マニュアルをめざしています。したがって、
エビデンスに基づく標準的な医療ガイドラインではありません。
なお、本マニュアルは、被災現場での認知症を専門としない医療職向けアドバイスを載せ
たものです。薬剤の処方に関しては、医師を対象としています。最終的な判断は、現場で認
知症の人を直接診ている医師等に委ねます。
T.認知症の人への医療
認知症の症状には、記憶・見当識障害(日にちや時間、場所などがわからない)や実行機
能障害(段取りができない、手順がわからない)などの認知機能障害だけでなく、幻覚、妄
想、暴言、徘徊、焦燥(イライラ)といった種々の行動・心理症状(BPSD)があります。被
災地の現場では、認知機能を改善するための医療よりも、BPSD で困っている認知症の人や家
族などへ必要な医療を提供することが中心になると思います。また、認知症の人には「せん
妄」がしばしば合併します。認知症の症状が急速に悪化したときは、せん妄の有無を見分け
ることが重要です。なぜかというと、せん妄は適切な医療・ケアで良くなるからです。
そこで、このマニュアルは、せん妄とBPSD の治療を中心に記載しています。
1.せん妄
せん妄は、軽度の意識障害に精神活動興奮(まれに低下)を伴う状態です。ボーッとして、
反応が鈍く、会話にまとまりがない、何かに取り憑かれたような表情であったり、動き回る
など無目的な行動を繰り返すこともあります。逆に急に食事を取らなくなった、話をせずに
じっとしているなど精神活動の低下がせん妄の主な症状になる場合もあります。
* 認知症の人は、脳が脆弱で、わずかな変化でせん妄を引き起こしやすい特徴を持ってい
ます。認知症の症状が急速に悪化したときは、まずせん妄の合併を疑う必要があります。
* 被災による環境の変化や心理的不安そのものでもせん妄は生じます。温かく、安心でき
る環境設定が望まれるのは言うまでもありません。声をかけるだけで落ち着くこともあ
るので、優しい声かけをお願いします。
* せん妄の誘因には、脱水や発熱、疼痛、便秘などがあります。このような全身状態のチ
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用>
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ェックがまず大切です。ただし、認知症の人は、自分から症状を訴えないことも多いの
で、「元気がない、食欲がない、お腹が張っている」などの様子がみられれば、要注意
です。水分摂取量、食事摂取量、排便回数、体温のチェックが必須です。認知症の人は、
夜寝られずに日中うとうとすることで昼夜逆転、さらに夜間せん妄に移行することが少
なくありません。避難所など集団生活では睡眠の確保は難しいのですが、可能な限り夜
間の睡眠時間を確保したいものです。
* 誘因疾患:感染症(インフルエンザ、肺炎、尿路感染症、感染性胃腸炎など)、代謝障
害(肝障害、腎障害など)、心不全、呼吸不全などでもせん妄を生じやすくなります。
こうした疾患の有無のチェックも大切です。
* 薬剤性のせん妄:抗コリン作用を持つ薬剤(アーテン、ベシケア、ブスコパンなど)、
抗不安薬、睡眠薬、抗うつ剤、H2 ブロッカー、抗ヒスタミン剤などだけでなく、多くの
薬剤がせん妄の引き金になる可能性があります。服薬状況をチェックしましょう。
* せん妄の薬物療法:必要な場合は、少量の非定型抗精神病薬などが使われます。注意深
く使う必要があるので、「認知症の治療薬の使い方」(5 ページ)を参照してください。
抑肝散も、せん妄が始まる前に一包(2.5g)内服すると有効なケースがあります。
* 重度で興奮状態が収まらず、自傷・他害の危険性がある場合は、専門の医師に紹介しま
しょう。
* 意識障害が徐々に進行する場合は、慢性硬膜下血腫などが隠れている可能性もあります
ので、精査が必要です。
2.代表的な症状(BPSD)への対応
BPSD は、環境やケア、健康状態、心理状態などの影響を強く受けますので、薬物投与より
も適切なケアや環境調整、健康チェックが大切です。BPSD が出現してからの対応は、徘徊の
場合など、なかなか解決策が見いだせないことも多いです。BPSD を出現させない介護者教育
や環境調整(尊厳を守り安心を与えるケア)が何よりも大切です(BPSD の予防)。不眠が続
くときや、暴力行為や暴言、不安症状などの兆しがみられる段階で迅速な対応を心がけ、そ
れ以上の悪化を防ぎましょう。
1) 興奮・暴言・暴力への対応
* 認知症の人が示す症状には意味があります。大声を出しているなら、その理由があるは
ずです。その人の立場になって、その理由を考えてみる。そこに解決の糸口があります。
興奮しているから、抗精神病薬で押さえようと考える前に、優しい態度で接し、その人
の気持ちを探って下さい。そして興奮の原因を取り除くことで、興奮が治まる可能性が
あります。本人や介護者に身体的な危険性がなく周囲が許容できるときには、好きなよ
うに怒ってもらう、怒鳴り散らしてもらうのも一つの方法です。自分の思いをはき出す
ことでその後精神的な安定が得られるかもしれません。そのとき、一緒になって怒らず
に、その思いを受け止めてあげましょう。
* せん妄に伴う興奮の場合は、せん妄の誘因を除去するとともに、せん妄の治療も必要に
なります。
* アルツハイマー型認知症と診断されて投薬を受けていると、ドネペジル(アリセプト)
が処方されていることが多いと思います。この場合はドネペジルの減量〜中止を試みる
のも一つの方法です。半減期が3 日と長い薬剤ですので、3 日間中止し、落ち着けば、
その後半量投与かそのまま中止するか判断します。ドネペジルは、認知機能や意欲を高
めますが、介護環境が悪いと易怒性や暴言・暴力などを悪化させる可能性があります。
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他にも、内服薬が興奮(せん妄によるものを含めて)に関係していることがありますの
で、薬をチェックし、不急の薬剤は中止して様子を見ましょう。
* 薬物が必要な場合は、抗不安薬や睡眠薬ではなく、抗精神病薬が選択されます。リスペ
リドン(リスパダール)なら0.5mg/1X 夜、クエチアピン(セロクエル)なら25 mg/1X
夜、オランザピン(ジプレキサ)なら5 mg/1X 夜など、非定型抗精神病薬を少量から使
い始めます(さらにこの半量ならより安全です)。認知症の人では統合失調症の用量よ
り、さらに少ない量を使用します。クエチアピンとオランザピンは高血糖をおこすので
糖尿病には禁忌です。血糖値が測れない状況では使わない方が良いでしょう。非定型抗
精神病薬は、認知症に対してオフラベルの使用になります。抗精神病薬の使用に当たっ
ては、必ず「認知症の治療薬の使い方」(5 ページ)を参照してください。
* 他者に危害を加えるような場合は、専門の医師に紹介してください。
2)幻覚・妄想への対応
* もの盗られ妄想などの被害妄想は、アルツハイマー病に多い妄想です。本人にとっては、
ものが無くなったことは事実なので、まずはそれを受け入れて、訴えに耳を貸し、穏や
かに対応します。もの盗られ妄想の背景には、不安や喪失感が隠れています。安心を与
えるケアが症状緩和に役立ちます。
* 妄想に対して、適切な対応(ケア)とともに、基本的には少量の抗精神病薬が有効です
(詳しくは5 ページの「認知症の治療薬の使い方」を参照)。それでも落ち着かなけれ
ば専門の医師に相談しましょう。
* あたかもそこに見えているようなリアルな幻視や、配偶者を別人と言うような誤認妄想
があれば、アルツハイマー病よりもレビー小体型認知症が疑われます。レビー小体型認
知症であれば、抑肝散5.0/2X 朝夕が幻視などに即効性があります。レビー小体型認知
症に対してドネペジル(アリセプト)が有効ですが、適量には個人差が大きく、また、
薬剤感受性の亢進を示すので、避難所などでは投薬を開始しないか、投与する場合も少
量(3mg まで)に止めておいた方が無難です。抗精神病薬をやむなく使う場合は、薬剤
感受性の亢進があるので、前項で示した量よりもさらに微量から始めましょう。
* レビー小体型認知症の幻視に対しても、まずそれを受け入れる態度が求められます。そ
して、「私には見えないので、あなたに見えているのは幻覚かもしれませんね」と、そ
れを『まぼろし』として客観視できるように導けると良いでしょう。一方、レビー小体
型認知症でみられる幻視は、視線を移動すると消失することが多いので、視線や関心を
他の方向に向けるようにするのも一つの方法です。
* 認知症の人にみられる幻視への対応の基本は、本人や周囲の人々に身体的な危険性がな
いときには、様子をみるのが一番よいでしょう。無理に薬剤で幻視を消失させようとす
ると薬の副作用によって状態をより悪化させる可能性が高いからです。本人の訴える幻
視と上手につき合っていく方法を考えましょう。たとえば、「あそこに見える人は悪さ
をしませんから、しばらくこちらに来てお茶でも飲みましょう」などと声かけを行うと
安心します。
* 幻覚・妄想は、せん妄でも出現します。普段と雰囲気が変わって目が据わっている、反
応が鈍い、ボーッとしている、無目的な行動をくり返すなどが一緒に見られたら、せん
妄が疑われます。レビー小体型認知症では、このような状態と、とても明瞭な状態が短
時間で入れ替わって出現するケースがしばしばあります。
3)徘徊への対応
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* 医療・介護者からみたら徘徊ですが、本人には動き回る目的があります。まずは優しく
接し、なんで動き回るのか(出て行こうとするのか)その理由を聞き出してください。
そして、「そうだね、○○できるといいね」などと声かけします。理由が分かれば、対
応の糸口になります。その人にとっての事実を否定しないでください。
* 横に並んでしばらく一緒に歩いていると、心が通じ、会話に答えてくれるようになるで
しょう。座り心地の良さそうな椅子を探して「少し腰掛けて休みましょうか」などと声
をかけると、安心を生むでしょう。
* 徘徊の背景には、その場所が自分の居場所ではないという思いや、自分の役割がないと
いう思いが隠れています。日課や役割を作ることも、解決につながります。
* 薬物はあまり効果的ではありませんが、少しでも目を離すと飛び出してしまうなど薬物
が必要な場合は、少量の非定型抗精神病薬が使われます。同じ経路を周回するタイプの
場合は、SSRI(パキシル、デプロメールやジェイゾロフト)が有効と報告されています。
抑肝散やタンドスピロン(セディール)が有効なこともあります。詳細は、治療薬の項
(6-7 ページ)を参照してください。
* 服の裏には、氏名、連絡先携帯電話番号などを書いておきましょう。ポケットの中にも
名前や年齢、連絡先などを書いた紙を入れておきましょう。
* 日中は、なるべく身体を動かすように日課を作ったり、散歩をしたりしましょう。
* 徘徊が原因で、周囲から非難されて避難所に居られなくなることのないよう、環境調整
が重要です。
4)アパシー(無為無欲)や抑うつへの対応
* 被災や近親者との死別に伴う正常ストレス反応としてのアパシーや抑うつは、健常者だ
けでなく、認知症の人でも起こりえます。それは脳しんとうのように一過性のもので終
わることが多いので、温かく見守ることが大切です。
* 被災に伴うトラウマ状況をきっかけとしてうつ病や抑うつ状態も生じますが、高齢者で
はそれらの経過中に認知症が顕在化してくることがあります。一方、中等度から重度に
進行した認知症の人にうつ病が合併した場合、その発見は難しく、見逃されて適切な治
療が行われないケースが多くなります。認知症の進行に伴いコミュニケーションが障害
され、また意欲低下や体重減少といった症状が伴うことが多いからです。
* うつ病と認知症の見分けについては、偽性認知症(8ページ)を参照してください。
* これらのうつ病や抑うつ状態に対する薬物治療ですが、従来の抗うつ薬に比べ、SSRI
が副作用の軽い点から推奨されます。セルトラリン(ジェイゾロフト)25mg の投与、フ
ルボキサン(デプロメール、ルボックス)25mg の投与、パロキセチン(パキシル)5〜
10 rの投与などです。詳細は、7ページの治療薬の項を参照。
* レビー小体型認知症の初期では不安・抑うつが高い頻度でみられ、上記のSSRI が用い
られますが、抗精神病薬だけでなく、抗うつ剤に対しても薬剤感受性の亢進による副作
用が出やすいので、より慎重な投与が求められます。
5)不眠への対応
* 認知症の方に比較的安全な睡眠導入薬は、作用時間の短いタイプです。非ベンゾジア
ゼピン系のゾルピデム(マイスリー)5〜10mg やゾピクロン(アモバン)7.5mg などが
使われます。ベンゾジアゼピン系ではブロチゾラム(レンドルミンD)0.25mg が使われ
ます。ただし、作用時間が短くてもハルシオンは副作用の点からお勧めできません。新
しく開発されたメラトニン受容体アゴニストのラメルテオン(ロゼレム)も高齢者に比
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較的安全に使える睡眠薬です(SSRI のデプロメール/ルボックスとの併用禁忌)。
* 抑肝散2.5/1X 眠前は、昼夜逆転にしばしば有効です
6) 排泄の問題への対応
* 避難所などでは、安心して排尿・排便できる環境設定が最重要です。水洗機能を失った
トイレでの排泄回数を減らすために、食事や水分摂取を減らす→脱水→せん妄や脳循環
低下による認知機能障害の悪化を引き起こさないような配慮が大切です。
* 精神的なストレスや、トイレが少ない避難環境により便秘になりがちです。「水分を十
分にとる」「からだを動かす」「可能であれば通じのつきやすい食物を摂取する」とい
った予防策が、便秘対策の基本です。
* 薬剤を用いる場合は、適量の緩下剤が使われます。また、避難所などでは浣腸もしにく
いので、ビスコルファート(ラキソベロン液)やビサコジル(テレミンソフト座薬)な
どが役立ちます。
* アルツハイマー病では、尿意はあるのにトイレの場所が分からずに排泄に失敗する場合
があります。「便所」などと大きく書いた目印をつけることが有効です。人的な余裕の
ある場合には、(尿失禁の頻繁な認知症の方に対して)定期的にトイレに誘導すると尿失
禁の回数減少が期待できます。
* 尿失禁への対応で最も大切なことは、尿・便失禁を起こしても叱らない、なじらないこ
とです。排泄の失敗を、周囲の人々はどうしてもきつい口調で注意あるいは叱りがちで
す。なじる、叱る、とがめることで、逆に排便・排尿行動に異常がみられることが多く
なるのです(たとえば,怒られたくないから失禁で汚れた衣服を隠すなど)。
3.認知症の治療薬の使い方(プライマリケア医向け)
認知症の薬物療法は、今のところ対症療法が基本です。どのタイプの認知症かを正確に鑑
別診断することが困難な状況では、生活障害の中心が、記憶障害などの認知機能低下による
ものなのか、幻覚・妄想なのか、興奮やガマンができない性格変化なのかといった大まかな
傾向をみて対処します。また、BPSD に対しても、イライラして多動で暴言や暴力がある興奮
状態なのか、やる気がなくボーッとしている鎮静状態なのかと分けて、興奮状態ならそれを
鎮める薬剤を、鎮静状態なら賦活系の薬剤や抗うつ剤を主に使います。ただし、認知機能を
高める薬剤によって状況判断できるようになり、興奮性のBPSD が軽減する場合もあります。
とはいっても、薬剤によるBPSD の治療はあくまでも一時的な対応策で、基本は適切なケア
と環境調整です。本人や家族が困っていない症状や早急に身体的な危険性が迫っていない症
状に対しては、無理に薬剤を使用することはありません。また、必要な薬剤がなかなか手に
入らない状況下では、最小限の量で可能な限り短期間の使用に限る方がよいと思います。
なお、認知症で使われる薬剤の多くは、認知症そのものが適応となっておりません(オフ
ラベル)。とくに抗精神病薬は、死亡リスクを高めるとの報告もありますので、メリットがデ
メリットを上回ると判断された場合にのみ、介護者の了解を得た上で、副作用に注意しなが
ら用います。長期の投与は専門の医師に相談しましょう。
1)興奮性のBPSD を鎮める抗精神病薬
* 抗精神病薬は、身体機能を抑制し、歩行が不安定になったり、転倒を引き起こしたりす
る可能性があります。また、認知症が進行しているケースでは誤嚥性肺炎のリスクを高
めます。したがって、適切なケアを第一選択として、必要な場合にのみ、少量の抗精神
病薬を投与します。
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* 抗精神病薬は、少量からはじめ、数日単位で増量して有効量を投与し、効果が出たら徐々
に減量が基本です。リスペリドン(リスパダール)なら0.5mg/1X 夜、クエチアピン(セ
ロクエル;糖尿病禁忌)なら25 mg/1X 夜、オランザピン(ジプレキサ;糖尿病禁忌)
なら5 mg/1X 夜から始めます(さらにこの半量ならより安全です)。チアプリド(グラ
マリール)25mg も短期間なら比較的安全です。薬剤に貼付のDI シートには統合失調症
の用量が書かれています。認知症の高齢者では、これよりももっとずっと少ない量を使
うのが基本です。なお、緊急の場合は、この限りではありません。血糖値を測定できな
い場合はクエチアピンやオランザピンを使いません。
* 眠気〜傾眠、嚥下障害、呂律不良、ふらつきなどの副作用が認められたら即座に中止す
るように介護者に伝えてください。投与前からこれらの症状があったら使わない方が良
いでしょう。
* 抗精神病薬を使用する際には、夕食後あるいは就寝前の1回投与から開始するのが安全
です。朝あるいは昼の服薬は可能な限り避けるほうがよいと思います。ただし、せん妄
状態になる時間が夕方の場合には、その2時間程前に投与するとせん妄を抑えるのに有
効です。
* 薬剤を急激に中止することによって、悪性症候群(発熱が継続して死亡率が高い)を生
じるリスクがあります。中止が必要な場合は、漸減してから中止が望まれます。また、
被災地では、低栄養・脱水・過労状態にある方、肺炎などの感染症を起こしているけれ
ど発熱が認められずに見逃されている方などでは、抗精神病薬が状態を悪化させ、最悪
の場合は悪性症候群を招く可能性がありますので、投与前に全身状態のチェックが必要
です。
* 抗精神病薬を投与しても、自傷行為や他者に危害を加えるような状況の場合は、専門の
医師に相談しましょう。
@ リスペリドン(リスパダール)
分類:非定型抗精神病薬 最小剤形:1mg 錠 0.5mg に分包された液剤もある
初期量0.5mg 治療域0.5〜1mg 分1眠前(夕)〜分2朝夜
A クエチアピン(セロクエル)
分類:非定型抗精神病薬 最小剤形:25mg 錠
初期量25mg 治療域25〜50mg 分1眠前(夕)〜分3
高血糖に注意、糖尿病では禁忌
B オランザピン(ジプレキサ)
分類:非定型抗精神病薬 最小剤形:2.5mg 錠
初期量5mg(2.5 mg で有効な場合もある) 治療域2.5〜7.5mg 分1眠前(夕)
高血糖に注意、糖尿病では禁忌
C チアプリド(グラマリール)
分類:定型抗精神病薬 最小剤形:25mg 錠
初期量25mg 治療域25〜50mg 分1〜2
パーキンソニズムや過鎮静に注意。原則として夕食後あるいは就寝前に25mg の服薬から
開始するとよい(高齢者では半錠でも効果を示すことがある)。認知症の人には1〜2錠
で効果を期待できる。3錠ではしばしば過鎮静になり要注意。
2) 穏やかな抑制作用の抑肝散
* 抑肝散は、興奮性のBPSD の鎮静やせん妄の改善を目的に使われます。効果は弱いです。
* 軽い焦燥であれば、抑肝散5.0/2X 朝夕、昼夜逆転であれば抑肝散2.5/1X 眠前(夕)を
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試します。
* 甘草を含むので低カリウム血症に注意します。7.5g で1 か月以上の長期投与ではカリウ
ムの測定が必要です。避難所などで食事や野菜の摂取が少ない状況や、下痢など続くと
き、フロセミド(ラシックス)などカリウムを低下させる利尿剤の併用時は要注意です。
利尿剤はスピロノラクトン(アルダクトンA)に切り替えるとカリウム低下を防げます。
@ 抑肝散(ツムラ抑肝散エキス顆粒)
分類:漢方 最小剤形:2.5g 包
初期量・治療域とも2.5〜7.5g 分1〜3
添付の用法通りに1日3回服薬するのではなく、症状に合わせて服薬量を適宜調整。
3) 認知機能を高める薬剤
* 賦活系の代表はドネペジル(アリセプト)です。脳内のアセチルコリン分解を押さえて、
認知機能や意欲を高めます。通常は3mg で開始し、1〜2 週後に5mg に増やします。生
活が落ち着いてから投与開始する方が無難でしょう。
* 我慢できない、じっとしていられない、頑固で他人のいうことを聞かないなどの前頭葉
機能障害を示唆する症状がみられる場合は、新たに投与しない方が良いでしょう。
* 介護環境が悪い場合などでは、易怒性が高まる、徘徊が強くなるなど興奮性の症状がみ
られることが希にあります。このような場合は、薬剤の半減期は約3日なので、3 日間
休薬して、穏やかになるかどうか様子を見るのも一つの方法です。
* ドネペジルは全身の副交感神経系にも働くので、下痢や腹痛、食欲不振などの消化器症
状、徐脈、喘息(気管支の収縮)などの副作用をもたらす可能性があります。
* 同様な薬効のガランタミン(レミニール)も使えるようになりましたが、発売直後の薬
であり、避難所など特殊な環境下で初めて使用するのは避けた方が無難でしょう。
4) 抗うつ薬と抗不安薬
* ベンゾジアゼピン系の抗不安薬や睡眠薬は、BPSD に対して安易に使わないのが原則で
す。なぜならば、抗コリン作用のためにせん妄や昼夜逆転を惹起するからです。ただし、
認知症の人が示す軽度の不安や不眠に対しては、有効な場合もあるので注意深い使用は
可能です。
* 不安やうつ症状が強いときはSSRI が有効ですが、せん妄を引き起こす可能性には留意
しておく必要があります。パニック発作や不安症状が一過性に出現するときには、ロラ
ゼパム(ワイパックス)0.5 mg あるいは1 mg の舌下使用(頓用)が、速効性があり有効で
す。頓用だと習慣性になりにくいのでお勧めです。ふらつきや眠気などの副作用が出現
したら直ぐにやめるよう介護者に伝えます。
@ SSRI セルトラリン(ジェイゾロフト)、フルボキサミン(ルボックス、デプロメール)
分類:抗うつ薬 最小剤形:25mg 錠
初期量25mg 治療域25〜75mg 分1〜3
多動などの興奮性のBPSD の背景には不安が隠れており、抗うつ剤が奏功する場合があり
ます。SSRI がせん妄を誘発する危険性もあるので、レビー小体型認知症では要注意です。
5)抗てんかん薬(気分安定薬)
* 認知症が重度になると、けいれん発作(てんかん)を併発することがあります。通常は
重積状態にはならないので、バルプロ酸(デパケンR・バレリンR)を200mg〜400mg 処
方して様子を見ます。それでも治まらなければ、専門の医師に相談しましょう。
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* BPSD の治療において、カルバマゼピン(テグレトール)、バルプロ酸(デパケン)など
の薬剤が、焦燥や攻撃性に有効であるとの報告もありますが、専門の医師に相談して使
いましょう。
6)その他
* レビー小体型認知症では、自律神経機能障害があり、起立性低血圧による失神を生じ
やすいのですが、横になっていると、脳血流が回復します。慌てずに数分間様子を見
ましょう。降圧剤を処方されている場合もありますので、内服薬をチェックします。
4.認知症を疑う徴候
* どうも様子がおかしい、おちつかない、ぼんやりしている、適切な回答が得られない
など、「変だな」と思ったら、認知症を疑いましょう。
* 内服薬を正しく答えられない、娘や息子などの名前や家族構成を正しく言えない、い
つからそこで暮らしているかわからない、などがサインです。年齢を尋ねたときに、
3 歳以上間違える、歳ではなく生年月日を答える、「忙しくて考えていなかった」な
どと言い訳をいうのも特徴です。
* 質問に答える度に、家族の方を振り向いて答えの確認を求める「振り向き徴候」も、
認知症のサインです。
* 時計描画(Clock drawing)テストで、文字盤(○の中に1〜12 の数字)と10 時10
分の針を書かせるテストは、うつ病(描ける)と認知症(描けない)の比較的簡単な
鑑別に使えます。上手に描けないとほぼ確実に認知症ですが、認知症でもしばしば上
手に時計を描けます。失敗に診断的意味があるテストです。
* 家族が気づく症状としては、同じことを何度も尋ねる、置き忘れて探し回ることが多
い、出来事の前後関係がわからなくなった、些細なことで怒りっぽい、意欲がない・
自発性が低下してきたなどがあります。震災に遭遇したという大きな出来事すら忘れ
ていたり、避難所にいるということが分からなかったり、大きな環境変化のもとで、
通常でない記憶障害に初めて気付かれることがあります。
* 認知症では症状がある程度進むと薬を自分で管理できない場合が多いので、服薬の見
守りを行うか、家族や周囲の方々が服薬の管理をするほうが安全です。
5.偽性認知症:認知症の症状を示すが認知症ではない
* 大きなショックを受け、避難所の中で不活発な状態でいると認知症の症状が現れるこ
とがあります。しかし、適切な医療・ケアで回復する場合も多く、回復すればそれは
偽性認知症と言えます。
* うつ病でも認知症と似た症状になります。やる気がなくなって、身の回りのことなど
ができなくなりますが、認知症と違って、今いる場所や時間などの状況がわかってい
る(見当識が良い)、隣の人の状況などを正しく判断しているといった、特徴があり
ます。ただ、それらを質問すると、アルツハイマー病の様に取り繕って答えようとす
るのではなく、「わかりません」などと即答する傾向があります。上記の時計描画テ
ストも鑑別に有用です。
* うつ病では、身体症状として食欲低下や不眠が大部分の人でみられます。一方、認知
症では、身体疾患がなければ食欲低下がみられることはそんなに多くはありません
(不眠はあるかもしれませんが)。うつ病では,気持ちが内向的,自分を責める、罪業
感などが目立ってきます。認知症では、どちらかというと他人の責任にしたがる傾向
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用>
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がみられます。
* 偽性認知症は、安心を与える適切な声がけなどのケア、低栄養状態の改善、熟睡でき
る環境の調整、過量投与されている薬剤の調整などで回復します。認知症と決めつけ
ないで、まずは安心と快適を与える環境調整を行ってみましょう。うつ状態の場合も
ありますので、少量のSSRI や抗不安薬が有効かもしれません。
* ただし、震災のストレスや不安がきっかけで、隠れていた認知症が顕在化する場合も
あります。
* 全身疾患や慢性硬膜下血腫などが隠れていることもありますので、進行性の場合は精
査が必要です。
U.認知症の人の環境調整
1.ストレスをなくす環境調整
* 認知症の人の心は、周囲の状況の鏡です。周りの人が穏やかだと落ち着きますが、周
りの人がイライラしているとイライラしてしまいます。あなたは1人ではないのです
よ、周りにあなたのことをよくわかっている、あなたのことを気に掛けている人間が
いることを、言語を通してあるいは非言語的な手段を用いて本人に伝える努力が周囲
の人々に求められています。
* 避難所で過ごす場合は、部屋の隅の方など、落ち着ける場所が望まれます。刺激が多
いと落ち着かなくなります。特に罵声が聞こえると不安が強くなります。
* 安心して眠れる環境が必要です。本人と最も近しい家族が横で寝ることで安心して睡
眠を入ることができるのです。不眠はせん妄を誘発します。
* 認知症の人を見知らぬ人の中で一人すると、BPSD に結びつきます。知り合いが近く
に居る環境が必要です。手を握ったり、優しく声をかけたりすることが有効です。認
知症の方は一人にされると、非常に不安になりやすいのです。家族の方が用事でその
場を離れるときには、認知症の方も一緒に移動するか、あるいは認知症の方と精神的
に親しい人が傍に付き添ってもらうことが必要です。それが無理な場合は、近くの人
に時々声をかけてもらうように頼んで下さい。
* 認知症の人が安心して排泄できる場所を確保してください。安易におむつを当てると
尊厳が損なわれ、生きる力が失われます。また、行動・心理症状に結びつくこともあ
ります。
* 重度の認知症の人は、いろいろなものを口に入れる可能性があります。危険なものは
戸棚にしまう、高いところに置くなどの注意が必要です。
* 認知症の人は避難所から落ち着いて過ごせ、しかも必要な介護を受けられる所になる
べく早く移れるよう、優先的な手配が必要です。
2.混乱をなくす環境調整
* 認知症の人が大声を出したら諫めるのではなく、「どうしたの」と優しく声をかけて
ください。あなたの声の調子が相手の心に影響を与えます。穏やかに話しかけ、なぜ
怒ったのか、相手の気持ちをくみ取ります。そしてその原因となっているものを取り
除くように努めます。
* 散歩も有効です。律動的な運動は、うつ的な気分を弱めます。また、ずっと座ってい
ると下肢の静脈血栓を誘発します。
* テレビで衝撃的な映像が何度となくくり返して放映されますが、認知症の人にはあま
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り見せない方が良いでしょう。健常な人でも心的外傷後ストレス障害(フラッシュバ
ックなど)になりやすいといわれます。
* 避難所では認知症の人に役割がありません。そしてただじっと座っているだけだと、
廃用性の認知機能低下を来す可能性があります。認知症の人にもできる作業があるは
ずです。片付け作業など、日課を作ることが生き甲斐となり、認知機能の維持やBPSD
の予防に役立ちます。
* 肩たたきなどの非言語的コミュニケーションのすすめ:避難所生活では身体活動が低
下しがちです。相互に肩を叩く、足のマッサージを行うなどの行為は受ける方の気持
ちだけでなく、提供する方の気持ちも和みます。認知症の人も他人の役に立つ喜びを
感じ、BPSD の予防に役立ちます。
* 可能であれば傾聴ボランティア(話を聞く人)を避難所の中で募りましょう。傾聴ボ
ランティアをする人も一緒に元気になります。生活には役割が必要です。
* とくに、体育館のような広い避難所では、道具置き場のような小さな部屋を利用して、
デイサービスのように認知症の人を集めてケアできると良いでしょう。仲間がいて話
をするだけでも構いません。人とのふれ合いが大切です。
* 避難所が学校であれば、教室の1 つをデイサービス&ショートステイとして確保し、
認知症の人が落ち着きを取りもどしているケースがありますので参考にして下さい。
3.徘徊対策の環境調整
* 避難所では、周囲の人や管理者に認知症であることを知らせ、行方不明にならないよ
う見守りを手伝ってもらう必要があります。
* 夜間に動き回ったとしても、外には出られないような工夫が必要です。認知症の人の
生活スペースを部屋の隅にして衝立などで区切る、夜間は出入り口の前に衝立を置く
など、条件に応じて適切な対処方法をとれるよう、管理者と相談して対応しましょう。
* 徘徊が原因で避難所に居られなくなることがないよう、周囲の人達の理解を得ること
が必要です。また、上記のようにデイサービスを確保できると良いでしょう。
* 避難所の中で、認知症の人の役割や居場所を作ることが有効です。
V.家族介護者への支援
認知症の方を介護している家族は、家族自身もゆとりがない上に、避難所では周囲の人か
らいろいろ苦情を言われたり、間借りしている親族の家でも同様の経験をしたりで、とても
肩身の狭い思いをされています。認知症の人にさまざまなBPSD が認められても、医療者はま
ず家族と同盟関係を結んで、安心感を与えてあげるような言葉をかけてあげることが最も大
切です。
1.家族介護者の不安
* 認知症の人を避難所で介護する人は、今後の不安に加えて、目を離せない、二人分の
生活の確保など、ストレスの多い生活を余儀なくされています。介護者に対して、不
安が強い場合は、抗不安薬としてロラゼパム(ワイパックス)0.5mg あるいは1mg の舌
下使用や1mg/X2 などの処方が有効なケースもあります。うつ状態の場合は、少量の
SSRI は比較的安全に処方できます。抑肝散が介護者の不安や不眠に有効なケースも
あります。詳しくは6-8 ページを参照して下さい。
* 医療が必要な介護者も多いと思います。介護者が倒れないよう、介護者の健康チェッ
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用>
11
クと降圧剤の投薬などの持病に対する治療も重要です。
* 介護者もぐっすり眠れる環境が必要です。不眠は、介護者の精神状態を悪化あるいは
不安定化させます(それが、認知症の介護に悪影響を与えます)。介護者の方にこそ、
睡眠薬などの薬物療法を考慮したほうが良いかもしれません。
* 家族をたくさんほめて、ねぎらってください。介護者の笑顔は本人に反映されます。
2.相談役
* 家族が親身に相談できる人が居ることが介護負担を減らします。
* 介護者が親戚や友人と連絡が取れる情報環境(電話など)が必要です。
* 電話相談の情報を12 ページに掲載しています。
W.ケアスタッフへの心理サポート
被災された認知症の人を、定員をオーバーして受け入れている介護施設では、環境変化に
よって落ちつかなくなった人を、少ない人数で長時間勤務によって介護しています。また、
スタッフ自身ないしその家族が被災者であっても、使命感から自分の疲労に気づかないか、
無視しがちになっています。本来なら、過労や燃え尽き症候群を未然に防ぎましょう、休息
をとりましょうというべきでしょうが、スタッフの不足による過重な労働は避けがたく、安
易に休息をすすめることで、逆に追いつめてしまう恐れもあります。それでも、やはり、倒
れるまでがんばらずに支援を求めてほしいと伝えたいですね。そして、専門職であるが故の
使命感、それからくる精神の高揚や緊張感の持続から、休息がとれる状況になっても無理を
して仕事を続けているスタッフを見きわめて、健康管理や休息をとることの必要性を伝えな
ければなりません。抗不安薬や睡眠導入薬の処方が必要になることもあるでしょう。
ケアスタッフのストレスの軽減には、介護している認知症の人が心身ともに落ちつくこと
が重要であることは、言うまでもなく、それに対する支援も忘れてはなりません。
* 挨拶や声かけは前向きに:「大変だね」という挨拶はやめて、「やり甲斐があるね」「少し
進んだね」と、前向きな言葉を口にしましょう。脳には、自分の言ったことを正当化する
働きがあります。「つらい」「大変」「苦しい」「疲れた」などネガティブな言葉は口にしな
いように心がけましょう。スタッフ同士で積極的にほめ合いましょう。
* 「がんばってね」ではなく「がんばってるね」と互いに声かけしましょう。前者はもっと
がんばれとがんばりを認めていないので禁句、後者は相手のがんばりを認めています。他
人から認められることが心の支えになります。大変な生活の中にも小さな幸せがあるはず
です。それに気づくことで心理ストレスが和らぎます。
◎市町村スタッフの心理ストレス対応:認知症と直接関連ありませんが、市町村のスタッフ
も、住民からの様々な要望を受けながら、国や県の対策とのギャップに悩み、劣悪な環境の
中、不眠不休の活動を続けていると思います。これらの方々にも、上記W項の記載は当ては
まるでしょう。
X.情報提供やサポート体制
* 日本認知症学会ホームページで、専門医リストを閲覧できます。
http://dementia.umin.jp/
* 日本老年精神医学会ホームページで、専門医リストを閲覧でき、一般の方からの電話相
被災した認知症の人と家族の支援マニュアル<医療用>
12
談に応じています。 http://www.rounen.org/
* 東北関東大震災 認知症の方の支援に関する情報のサイト
http://sites.google.com/site/ninchishoshiennptect/
* 認知症の人と家族の会の「被災した家族のための情報」
http://www.alzheimer.or.jp/?p=2293
電話相談は0120-294-456(通話料無料)、携帯やPHSは075-811-8418で有料
・土・日・祝日を除く毎日、午前10時〜午後3時
* いつどこネットの避難所でがんばっている認知症の人・家族等への支援ガイド
http://itsu-doko.net/support_refugees/support_guide.pdf
* サイコロジカル・ファーストエイド実施の手引き(日本語版):米国で開発された震災
被害者のこころのケアマニュアルです。兵庫県こころのケアセンターのホームページ
http://www.j-hits.org/psychological/index.html からダウンロードできます。
* 内科医のための災害医療活動:時間経過を追って有用な情報を掲載してあり、PDFを
日本内科学会http://www.naika.or.jp/info/info110311.html よりダウンロード可能。
* 介護支え合い電話相談 0120-070-608(フリーダイヤル)
・電話相談は平日月〜金曜日午前10時〜午後3時
・全国どこからでも、携帯電話からも無料
・ 認知症介護研究・研修東京センターを運営する社会福祉法人浴風会が開設
* 厚生労働省のホームページ(http://www.mhlw.go.jp/)に震災に関連した情報が掲載さ
れています。「厚生労働省からのお知らせ」をクリックして入ります。
さいごに
被災地で、認知症の人と家族のために奮戦している医療職の人に敬意を表します。このマ
ニュアルが少しでも現場の医療に役立てば幸いです。
なお、このマニュアルは、日本認知症学会のホームページ(http://dementia.umin.jp/
からダウンロードできます。日本認知症学会では、このほか、家族介護者と介護者向けの支
援マニュアルも作成・掲載しています。
編集:日本認知症学会 被災者支援マニュアル作成ワーキンググループ
委員:山口晴保(委員長)、大澤 誠、藤本直規
オブザーバー:森 啓(理事長)、池田研二(副理事長)、中島健二(専門医制度委員長)、
秋山治彦(事務局)、川畑信也(実践医療)、粟田主一(現地活動)、
高橋 智(現地活動)
医療用 1版 2011 年4 月18 日作成
発行:日本認知症学会
事務局 〒156-8506 東京都世田谷区上北沢2-1-6
(財)東京都医学総合研究所内  

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