http://www.asyura2.com/11/jisin17/msg/237.html
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(回答先: 「国難」ということ 1 投稿者 みやした 日時 2011 年 4 月 22 日 05:04:37)
宮城県・松島の瑞巌寺では大きな被害はなく、拝観を再開したと公式サイトに出ていました。
http://www.zuiganji.or.jp/index.html
「国宝・瑞巌寺 東日本大震災について」
また、瑞巌寺付属で松島の只中にある五大堂、これも島に渡る橋やお堂は無傷だったようです。
五大堂の被害情報はこちらなど
http://blogs.yahoo.co.jp/kamadokami_device/19567148.html
「大津波 松島五大堂 」
西の名取川流域、東の空自松島基地など砂浜の海岸部では津波の損害がひどかったですが、松島湾の島々が波を分散してくれたのだとか。
でもって『仁王経』ほかにある「七難」の絡みで検索していて
http://www.tabizuru.jp/ouen/bunkazai/pdf/bun_003.pdf#search=%27%E4%B8%83%E9%9B%A3%20%E6%9C%80%E6%BE%84%27
「防災の秘教 熾盛光仏頂曼荼羅」
こちらを閲覧しました。
五大堂の創建は慈覚大師・円仁。
仙台平野の津波被害で言及されることの多い、西暦869年7月13日(貞観11年5月26日)の「貞観地震」でも五大堂は無事だったとのことです。
五大堂とは何ぞ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%A4%A7%E5%A0%82
(ウィキ「五大堂」 ココカラ)
伝承によれば大同2年(807年)、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、毘沙門堂を建立したのが始まりとされる。
その後、円仁(慈覚大師)が延福寺(瑞巌寺の前身)を創建した際に仏堂を建立し、大聖不動明王を中央に東方降三世明王、西方大威徳明王、南方軍荼利明王、北方金剛夜叉明王の五大明王像を安置したことにより、五大堂と呼ばれるようになった。
(ココマデ)
http://www10.ocn.ne.jp/~mk123456/meio2.htm
「明王 古寺散策」
(ココカラ)
五大明王
明王の中で著名な五大明王は仁王経の五方五菩薩、すなわち五大力菩薩から由来しており、怨霊撃退・調伏の為の五壇法を根拠として本尊が制作された、
護国三部経の仁王経を典拠としている為に国家安寧・禁裏安寧・五穀豊穣を祈願する密教最大の修法とされる後七日御修法(ごひちにちみしほ)に使われる,
因みに後七日御修法とは明治以前には宮中に於いて正月七日から行われた修法で現在は教王護国寺で行われている
注5、五壇法 国家や天皇家の大事に置ける祈願や調伏、息災祈願を天台・真言の僧侶が行う密教の呪術で壇の上に本尊を置き密呪を行う修法で壇の置き方や五大尊の配置には違いがある、他に五大尊法・五大尊合行もある。
五壇法は五大明王を個別の壇に配置して行う修法であるが天皇家や藤原一門の権力の衰えと共に廃れる。
注6、後七日御修法(ごひちにちみしほ)とは全真言宗の管長、管主が七日間に亘り国家安寧などを祈願して行われる真言宗の最高秘奥儀典である、かっては禁裏に於いて行われていたが、現在は東寺で1月8日〜14日の結願まで行われている。
(ココマデ)
「防災の秘教」の文中では、原発の浄化に関連して烏枢沙摩明王の功徳が述べられていました。
(ココカラ)
汚染の難を消去する除染の明王は熾盛光仏頂儀軌の烏蒭渋摩。円仁は熾盛光仏頂曼荼羅に初めて烏蒭渋摩明王を登場させ、叡山東塔を完成させた。
烏蒭渋摩が生まれた古代インドの叙事詩マハーバーラタには核爆発を思わせる「インドラの雷」が出現する。古代インドの汚染に立ち向かった烏蒭渋摩明王が、過酷にも原発汚染
に身を曝して奮闘する人々に乗り移り、現代文明の危難を即滅させることをまさに固唾を呑む思いで祈るばかりである。
(ココマデ)
http://www10.ocn.ne.jp/~mk123456/usu3.htm
「烏枢沙摩(うすさま)明王」
(ココカラ)
梵語名 Ucchuoma ウオッチシュマンの音訳で鳥枢渋摩(うすさま)明王・穢跡(えせき)金剛・不浄潔(ふじょうけつ)金剛・火頭(かず)金剛など多くの呼び名が存在する。
歴史的には古くインドでは火の神アグニを指しており、敦煌壁画にも見られ不浄潔金剛に名称があるように日本では主に寺院などの便所等にも置かれた、不浄諸悪を禊ぎする効能を持つとされ菩薩が覚りを開く為の修行中に諸悪からの防御の役割をする。
天台宗に於いては円珍請来の五大尊像から金剛夜叉明王に替わり五大明王の一尊である
(ココマデ)
うすさまみょうおう うちのトイレでもお札をまつっておりますよ。
また、貞観の富士山噴火(864年)に際しても、五大堂での祈りのことがあった由。
十重二十重に守られております。破れてないといいですが。
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