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平和ボケの産物の大友涼介です。
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渡辺恒雄氏〜「私はTBS『運命の人』に怒っている!」サンデー毎日2012/02/19号
西山君、一言ワビよ・・・沖縄返還密約をめぐり元毎日新聞記者・西山太吉氏(80)が逮捕された事件小説が原作のTBSドラマ「運命の人」(日曜日午後9時)。渡辺恒雄読売新聞グループ本社会長・主筆(85)がドラマを見て、怒りからペンを手にした。
佐橋慶作→佐藤栄作 小平正良→大平正芳 福出武夫→福田武夫 田淵角造→田中角栄 安西傑→安川壮(外務審議官) 鈴森善市→鈴木善幸 二木丈雄→三木武夫 利根川一康→中曽根康弘 愛池外務大臣→愛知揆一 横溝宏→横路孝弘 吉田孫六→吉野文六(アメリカ局長) 毎朝新聞→毎日新聞 読日新聞→読売新聞 旭日新聞→朝日新聞 毎朝新聞政治部長・司脩一→上田健一 読日新聞記者・山部一雄→渡辺恒雄
以上が、山崎豊子原作「運命の人」の仮名と実名の対照一覧表である。これを読めば、かなり多数の関係者は一読してモデルがわかるだろう。
つまりこの小説は、モデル小説によるフィクションとしての建て前をとっているが、登場人物に対する名誉毀損が成立する実名小説、いやノンフィクションといってよい。
これまで、モデル小説で著者側が敗訴した例として、高杉良「乱気流 小説・巨大経済新聞」、柳美里「石に泳ぐ魚」等があり、モデル化された実在人物が直ちに周知された場合は「モデル人物」の名誉毀損にあたるという司法判断が示されている。
私は新聞記者として、言論・表現の自由を第一義的に考えるが、個人の人格権、その尊厳性も同時に重要に考えなければいけないと確信している。いわんや、筆者の財的利益、名声を高めるために、個人の人格、名誉を著しく踏みにじる行為は、違憲、違法だと思う。
さて、現在TBSで放映中である「運命の人」では、登場人物のほとんどが実在し、その仮名も実名から二字から三字、少なくとも一字が同音、もしくは同字であって、モデルと実在人物が直ちに特定できるように描かれている。
大筋で、佐藤栄作内閣の後継を狙い、田中角栄・大平正芳連合に対し、福田赳夫派が争い、結局田中の勝利に終わるのだが、ドラマでは主人公・ヒーローである毎日新聞の西山太吉記者は、大平正芳の側近であって、佐藤内閣に悪意を持っていた。また、佐藤は大平を特に嫌っており、西山君が社会党の横路議員に外交機密文書を渡し、国会の予算委員会で暴露させたのも、大平の意を受けた西山君の政治謀略だと疑い、逮捕強行に至った。その逮捕を合理化するため捜査当局がドラマ中の三木昭子事務官との男女関係を暴いた、というのが当時のマスコミ界の通説であった。
ところが、この擬似フィクションドラマで、極めて名誉を傷付けられた被害者の一人が、小生渡辺恒雄(山部一雄記者)である。
このテレビドラマによれば、山部が田淵角造に料亭でペコペコしながらご馳走になっている場面がある。私は、料亭はもとより私邸であっても、田中角さんに一度もサシでご馳走になったことはない。一度だけ、複数の記者と保釈後の角さんを囲んでいわば慰安の食事に招待しただけだ。
さらに許し難いのは、小平派(宏池会=大平派)の政治家と同派担当記者の大ゴルフコンペでの場面だ。小平正良、鈴森善市、弓成亮太記者、山部記者がプレイ中ゾロゾロと並んで歩きながら、小平と鈴森が田淵は大金を有力新聞記者にばら撒いているらしいと問いかける場面があり、
弓成記者(西山)「丁重にお返ししましたよ。しがらみで筆が鈍るのはゴメンですから」(ここで、大金の入った菓子箱が西山家に送られてきて、西山君がこれを妻に返せというシーンが放映される)
山部記者(渡辺恒雄)「弓成はつき返したか。俺は足りなかったからもっとよこせと言ってやった。そしたら面白い奴だと酒に誘われ、いろいろな話が聞けた」
この会話が人格論上極めて問題なのは、田中角栄から送られた現金を西山君は返したが、渡辺は受け取った上、「足りないからもっとよこせ」と言った下等なたかり記者と描かれていることである。
■ゆすり、たかり記者のような描き方
そもそも、私は大野伴睦派担当で、伴睦の死去後も、旧大野派及び河野派、中曽根グループなど、党人脈を担当しており、大平派のゴルフコンペなどに招かれるはずもなく、実際、大平、鈴木、西山を含んだグループでゴルフをしたことは一度もない。
つまり、このテレビシーンは全くの作り話であるが、ゆすりたかりの悪徳記者と清潔な正義派記者として、山部対弓成が描かれている。このモデルと実在人物とが、直ちに多くの視聴者に判別されるような描き方は、全くマスコミ暴力の一種である。
ここで、私がいささか腹が立つのは、西山君が、著者に情報を提供し、かつ合意の上でこのような作品を書かせ、小生が悪玉にされていることを知りながら、一回もワビの電話すらないことである。
西山君は後輩記者であるが親友であり、彼の裁判で私は被告人側の証人として法廷で弁護に立った。このことはライバル社間の友情証言として当時は話題になったものだ。その後、有罪を受けて社会的に抹殺されてしまった西山君の息子の就職の世話もし、西山夫妻は事件後、そろって私の会社の部屋に来て丁重に礼を言ったこともある。
何故、私が西山弁護のため、毎日新聞の弁護士会合にまで出席し協力したかというと、その第一の理由は、西山君が保釈後、彼から三木事務官との男女関係の始まり、その後の進行状況、さらに機密文書の受け渡しなどの実際の経過を詳細かつ写実的に聞いていたので、起訴状中の
「密かに情を通じ、執拗に迫り、これを利用して同被告人(三木事務官)をして外交秘密文書を持ち出させ、記事の取材をしようと企て・・・」とあることについて、疑問を持ったからである。
私が西山君から聞いたところでは、西山君が帰宅しようとする三木事務官を自社の車で送ったところ、彼女が「飲みたい」と言い、したたか酔った段階で「一休みしましょう」と連れ込み宿(今日のようなハイカラなラブホテルは当時はまだなかった)に誘い入れ、玄関で店員に「バス付きの部屋よ」と要求したと言う。かつその後のベッドでの様子を私に詳しく報告した。
何故それが重要かというと、彼女の方が積極的だったならば、検察の言う「密かに情を通じ、執拗に申し迫り・・・」という件が成り立たなくなるからだ。
その裏付けとなる事実があった。事件直後、ある男性が読売新聞社に私を訪ね、自分も安川審議官の前任の黄田多喜夫審議官の秘書をしていたときの三木秘書と情交があったと話した。それは彼女の誘惑で、見返りは秘密文書ではなく、両手でぶら下げられないほど沢山のジョニーウォーカーであったという。
その男性が何故私のところに来たかというと、事件第一報で知った外務審議官を同郷で尊敬する黄田多喜夫審議官だと誤認し、尊敬する黄田多喜夫審議官のために彼を失脚させた女性秘書のウラの顔を暴き、報復するためであった。
私は、審議官は黄田さんから安川さんに代わっていたことを告げ、さらに彼女との情交のいきさつ、連れ込み宿で行為したときの様子を聞きだすと、西山君の場合と全くそっくりであった。
これでは、西山君との男女関係だけに集中していた事件報道が、いささかおかしくなる。
■「角栄からカネ」シーンにぶち切れ
こうした前提で、私は一九七四年二月十六日号の「週刊読売」に「××さん『聖女』説にみる論理的矛盾〜『西山事件』の証人として」という署名記事を書いた。
私のところに来た男性は、澤地久枝著「密約 外務省機密漏洩事件」(岩波現代文庫)の二四三ページ「第十二章告白2」に登場するX氏と同一人物と思われる。澤地著のこの件の取材分析は、通常の新聞記者ではできないような周到な取材と分析、文章力で驚異的なものであり、尊敬に足ると思う。いわゆる「西山事件」の全体像を完全且つ性格に書いたのは澤地さんのこの書に尽きると思う。
さらに西山君の告白によると、彼が米国務省招待で、一ヶ月にわたり米国本土を旅行しているときも、彼女から外交文書が旅先のホテル宛てに郵送されてきたという。この事実は「密かに情を通じ、執拗に申し迫り・・・」という論告が西山君の一方的誘導ではなかったことを示すと思われた。
しかし、ひそかに私の心に引っ掛かったのは、新聞倫理の基本である取材源の秘匿と取材情報の目的外使用の禁止の原則を西山君が踏み外したことであった。
にもかかわらず、私が西山擁護にかなり深入りしたのは、報道目的で国家機密を入手しても逮捕拘禁されるという習慣が生まれれば、言論・表現の自由が侵されると危惧したからだ。
もうひとつの理由はドラマに毎朝新聞政治部長・司脩一として登場する上田健一君との友情だ。彼は東大新聞研究所第一期研究生として同期であり、同年に読売、毎日と分かれて入社し、政治記者としても、ほぼ同時に与党キャップ、首相官邸キャップを務め、またワシントン支局長も偶然同時に務め、帰国後二人とも政治部長、論説委員長、主筆も同様に務めた。家族ぐるみの付き合いで、令夫人や子どもさんは皆極めて上品で理想的な家庭を作っていた。最近彼がやや健康を害するまで、毎年定期会合もしていた。その彼の頼みによって、苦境の政治部長であった上田君を助けるため、西山弁護にのめり込んだ。
ついでに書くと、西山君は日頃上司の上田君のことを良く言わなかった。にもかかわらず、上田君は部下を庇うため献身的に行動したのである。私は上田君の立場にすっかり同情した。
山崎豊子氏の「運命の人」の執筆に当たって、文藝春秋の幹部記者数人が、読売新聞の私の部屋に来たので、かなり長い時間、私の知る限りの話をして協力した。
しかし、月刊文藝春秋に連載され始めた第二号を読んで、私は腹を立て、三号以降読むのを止めた。今回、サンデー毎日の要請で執筆するにあたり、文春文庫版「運命の人」4巻を一日で斜め読みするまで、一切本に触ったこともなかった。また、テレビドラマになるというので、それは見ることとして、前記の田中角栄からカネをもらったというシーンを見て完全に西山君に対する感情がぶち切れた。
月刊文藝春秋第二号では何で腹を立てたかというと、そこで政治部記者の三分類というのがあった。(文春文庫版第一巻四二ページ)
一、番記者時代、培ったコネで政界の遊泳術を身につけ、政治家に転身する田川七助(田中六助)タイプ
二、新聞記者の肩書きのまま有力政治家の懐刀として、蔭で政界を取り仕切る読日新聞の山部一雄(渡辺恒雄)タイプ
三、山部同様、政官界に深く喰い込み、情報を取りながら、世論をリードするようなトップ記事を署名入りで書きまくり、政治家の方から必要とされる弓成記者(西山太吉)タイプ
これによると、西山君は世論をリードするようなトップ記事を書きまくっているが、渡辺は蔭で政界を取り仕切るが、原稿はさっぱり書けない記者・・・ということになる。
私は西山君をライバルと思ったこともないし、彼の原稿に記憶にあるものもない。私は政治学、政治史、米国政治、政治一般等に関し二十冊ほどの著書を出版したが、当時、西山君の著書というものは見たこともない。
こういう調子で原作が書き進められ、テレビドラマでも卑しい金権記者にされ、西山君は清潔で有能なヒーロー的大記者になっていることについて、西山君は内容を見聞したら私に対し、一言ワビを言ってもおかしくないだろう。
これ以上書くと私憤的になるから止めて、沖縄返還について一言したい。
私は佐藤さんは歴史的偉業として沖縄返還を成功させようと焦りすぎたと思う。
■ワシントンで繊維産業補償追う
私自身は、外務省クラブにいる頃は日韓国交正常化だ最大の問題で、これでも大スクープしたことは自分で書くまでもない。沖縄返還の頃は、私はワシントン支局長として駐米中、むしろ「ナワとイトの取引き」といわれる繊維問題に集中していた。沖縄返還のために払った繊維産業救済のカネは巨額のものだった。そのため、宮沢喜一通産相がワシントンに来て、キッシンジャー大統領補佐官と交渉するのを取材するのに忙しかった。
だから、実際には東京とワシントンと離れていた西山君と私が沖縄問題で取材合戦をしていたかのようなテレビドラマの大部分はウソである。
まお、西山秘密文書の四百万ドルの現状復帰費用より、繊維産業に対する補償金の方がはるかに巨額なものだった。
佐藤さんは沖縄返還を急がず、アメリカに足元を見られていろいろな条件をのむ前に、基地の将来像、住民の生活、島の経済の発展、アジアの中での沖縄基地の安保上の位置付け等を、後に問題を残さぬよう周到に交渉すべきだった。そのため、何年か返還が遅れても、今日のような日米両政府間、日本政府と沖縄住民との間でトラブルの起きないような返還条件もあったのではないか。
沖縄住民が現在のような反米、反日(反ヤマトンチュー)の風潮に巻き込まれることのないような交渉の仕方もあったろうに。佐藤さんが名宰相の一人であることは認めるが、沖縄返還については、他策を考えるか、後継者に任せるという手もあったのではないか。
密約までして佐藤首相が返還という歴史的功労を急がなければ、西山、三木両君も犠牲にならずに済んだかもしれない。
さりながらどう考えても、西山君は自らの新聞に書かず、野党議員に彼の得た秘密文書を国会で暴露させ、それにより取材源に社会的に致命的損失を与えたのは否定できないし、同情の余地もない。
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