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土下座伝説
―― 西松事件から始まった陸山会事件から二年、裁判も大詰めを迎える中、『悪党 小沢一郎に仕えて』(朝日新聞出版)を上梓して政治家として一つの節目をつけられた。著書の中ではマスコミ報道についても問題提起されている。
石川: 私が逮捕されたのは2010年1月15日だったが、翌日の産経新聞には、2004年の衆議院選挙に私が小沢一郎の意に反して出馬したことに小沢氏が激怒し、私が謝罪したというエピソードが掲載されていた。それによると、「玄関先で3時間にわたり、土下座を続け、涙ながらにこう繰り返した」とあり、さらに翌17日の日経新聞には「小沢氏が激怒し、石川議員は最後は東京・赤坂の飲食店で土下座し続けたという」と書かれていた。どちらも虚報で、そのような事実はない。確かに、小沢氏に出馬報告するために深沢のご自宅を訪ねたが、その時の様子はこのようだった。
「公募に落ちたらどうするんだ」
「その時は仕方がありません」
「バカ野郎、小沢一郎の秘書が落とされるとなると、おまえだけの問題じゃなくなるんだぞ。選挙というのは求められて出るもんだ。いますぐ撤回してこい」
小沢は「事後報告」に腹を立てたが、私も一歩も引くつもりはない。正座はしていたが、私は勝ち気で臨んでいた。(『悪党』112頁)
何がどのように伝わると、私が3時間土下座を続けたという嘘の話が、あたかも見てきたかのように書かれてしまうのか。事実に即し、裏付け取材を行って国民に伝えるのが報道機関の役目のはずだ。カノッサの屈辱にヒントを得て書いたかのごとき創作物語を報道機関である新聞が行って良いのか。また、TBSは水谷建設をめぐる事件の再現VTRを作成し、そこではいかにも悪そうな雰囲気が演出され、薄暗い部屋の中で私がこそこそと現金を受け取っている「再現」映像が全国に流された。
逮捕されている人間の状態を把握できるのは検察だけだ。検察が「石川は罪を認めている」と情報をマスコミに流し、マスコミはそれを増幅して全国に垂れ流し、石川はクロだという印象操作を行う。それによって検察はますます正義のヒーローとして拍手喝采されることになる。
真実はどこにあるのかを追求するのがマスコミの社会的責務のはずなのだが、実際にはマスコミはその役割を放棄してしまっている。新聞は売れさえすればよく、テレビは視聴率さえ稼げればいい。一番わかり易い構図というのは『水戸黄門』のような勧善懲悪劇だから、小沢一郎には悪代官役が割り振られ、私はその腰巾着、そして水谷建設や西松建設は「おぬしも悪よのう」と語りかけられる越後屋の役を否応なく押し付けられる。そこに秋霜烈日の御紋を掲げた特捜検察が踏み込んで、視聴者の胸もすっきりする、ということになる。
しかしここでは本当に正義が行われたのだろうか。正義とは、真理とは、善とは何かという問題は古代都市国家アテネでソクラテスが思索を始めて以来、現代に到るまで人類を悩まし続けてきた問題だ。サンデル教授の『これからの正義の話をしよう』(早川書房)が爆発的に売れたのも、哲学者ロールズの功利主義的な『正義論』(紀伊國屋書店)の改訂新訳が出版されたのも、結局、我々にとって正義とは何かは、常に問い直し考え直すべき問題で在り続けるからだ。正義を常に問い直すこと、それがメディアに課せられた苦しい使命なのではないのか。
ソクラテスが死刑判決を受けた時、奥さんのクサンティッペが泣き叫んだ。「ああ、私の夫が不当にも処刑されようとしている」と。するとソクラテスが奥さんに言った。「お前は、私が正当にも処刑されればいいと言っているのかね」と。
このような会話をする夫婦関係自体への疑問はさておいて、この会話の根底には正義と法律との乖離という、簡単には解きがたい難題が潜んでいる。一人のソクラテスも出さないこと、正義と法律がぴったりと寄り添うこと、それが人類の見果てぬ理想のはずだ。特捜検察が彼らの信じる正義を掲げるのは、それはそれでいいだろう。だが、その正義は本当に正義なのか、それは正当なのか、考え続け、検証するのがメディアの役割ではないのか。確かに思考は人間を疲弊させる。我々一人ひとりは毎日の生活に追われていて、その上さらに正義とは何か思考するなどという重荷はとても背負いたくない。誰かに単純明瞭な答えを与えて欲しいと思うようになる。それは仕方が無いことだ。だからこそメディアの責任はとてつもなく重いのだ。
もちろん、すべての責任をメディアに押し付けるつもりは全くない。なにしろ、検察が掲げる正義の根拠となるのは法律であり、その法律を作るのも改正するのも我々立法府の国会議員なのだから。それでも堂々巡りの議論にならざるをえないのは、立法府に国会議員を送り出すのは国民であり、その国民に対して安直な世論操作を行うのがメディアだという三すくみ構造があるからだ。
以下全文は本誌9月号をご覧ください。
http://www.gekkan-nippon.com/#004
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