http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/121.html
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http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/20110707
私は今回の騒動で日本のマスメディアの体質は非常に危うい、キツイ表現を使えば「木鐸(ぼくたく)」の役割がまったく成されていないのではないかとの危惧の念を深くいたしました。
三省堂の「大辞林」によれば木鐸(ぼくたく)とは「世人に警告を発し教え導く人」とあります。
ぼくたく【木鐸】
(1)舌(振子)を木で作った金属製の鈴。昔中国で法令などを人民に触れて歩くときにならしたもの。金口木舌。
(2)(転じて)世人に警告を発し教え導く人。
「社会の―」「世の―として立たん/復活(魯庵)」
http://www.weblio.jp/content/%E6%9C%A8%E9%90%B8
新聞などマスメディアは「社会の木鐸」と自称していますが、本当に「世人に警告を発し教え導く」ことを正しく実践しているのでしょうか、此度の松本復興大臣辞任騒動は必ずしもそうではないことを示していると思えます。
しっかり検証しておきたいです。
■沈黙(自主規制)からメディアスクラム(過熱報道)へすべて横並びで行動する日本マスメディア
3日に宮城県庁を訪れた松本氏は、村井嘉浩知事を報道陣の前で叱責、かつ「最後の言葉はオフレコです、いいですか、みなさん。書いたらその社は終わりですからね」とマスメディアに恫喝まがいの「オフレコ」要請をします。
このためか、ほとんどのマスコミはこの時点で沈黙、結局当日に報道したのは宮城県のTBS系列のローカル局東北放送だけが同日夜のニュースで松本氏の恫喝シーンをそのままローカルエリアで放映されます。
ここが最初の重要なポイントなのですが、もしこの東北放送の英断がなければ本件はマスメディアの自主規制によりまったく国民に報じられることなく闇に葬られていた可能性が強いのです。
次のポイントとして、番組を見ておそらく憤りを感じた東北放送の放送エリアの視聴者が、YouTubeを初めとしたネットの動画サイトに映像をアップロードしたことです。
5日までになんと100万回という驚異的な再生数を稼いでいるそうですが、映像の中の松本氏の不遜な態度がツイッターなどで急激に広まり、ネットは一晩で松本氏への非難の嵐が巻き起こります。
ここが第二、第三のポイントです、もし、ネットで動画投稿されていなかったならば、そしてツイッター等のネット媒体による広まりがなければ、やはりマスメディアの自主規制によりまったく国民に報じられることなく闇に葬られていた可能性が強いのです。
このネット上での国民の反松本気配により、TBSは全国ネットで東北放送の動画を翌朝から報じることになります。
翌4日、朝日、読売、毎日、産経、日経、の各紙もようやくおそるおそるですが本件を報じることになるのですが、それもオフレコ発言のところは当初は触れないで報道するという慎重さでありました。
この時点では、自主規制の圧力がいまだ解けていなかった、自社一社の先行報道を恐れていたことが推測できます。
午後になり本人の弁明会見が報じられるあたりから、沈黙していたマスメディアによる批判報道が一気に加熱したのは読者もよく承知のことと思います。
もはや「書いたらその社は終わり」との報復の恐れがないとようやくこの時点でマスメディア各社は判断したのでしょう。
自主規制という沈黙から180度ターンして今度は過激なメディアスクラムの状態となります。
翌5日には、朝日、読売、毎日、産経が社説にて松本氏批判を横並びに展開します(日経は一日遅れて六日付け社説になります)。
【朝日社説】復興相発言―こんな人では心配だ
http://www.asahi.com/paper/editorial20110705.html
【読売社説】国会正常化へ 無策のまま時間を浪費するな
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20110704-OYT1T01252.htm
【毎日社説】松本復興担当相 「司令塔」のあきれた放言
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20110705k0000m070114000c.html
【産経社説】松本復興相 被災者と共に歩めるのか
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110705/plc11070503130008-n1.htm
【日経社説】政治不信をどこまで増幅させるのか
マスメディアは当初報道を自主規制して沈黙していたことなどまったくおくびにも出さず、更に翌6日になると、朝刊コラムは、朝日の天声人語、読売の編集手帳、毎日の余禄、産経の産経抄、日経の春秋、すべて松本氏批判で埋められています。
6日付け朝日【天声人語】
http://www.asahi.com/paper/column20110706.html
6日付け読売【編集手帳】
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/column1/news/20110705-OYT1T01238.htm
6日付け毎日【余録】
http://mainichi.jp/select/opinion/yoroku/news/20110706k0000m070153000c.html
6日付け産経【産経抄】
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110706/dst11070603050001-n1.htm
6日付け日経【春秋】
気持ちの悪い横並び報道、メディアスクラムです。
各紙社説やコラムをフル動員して松本氏を批判展開してるわけです。
検証したとおり、沈黙(自主規制)からメディアスクラム(過熱報道)へ、すべて横並びで行動する日本マスメディアなのです。
日本のマスメディアの気持ちの悪いこの体質はどこから生じるのでしょうか。
■内なる屈折した自己正当性の保守をするために、必要以上に過剰報道に走りメディアスクラムが生まれる
今回は日本のマスメディアの体質が非常にわかりやすく国民に垣間見えた稀有な事例です。
まず、今検証したとおり、一歩違っていたら、彼らは本件を一切国民に報じていなかった可能性が高かったのです。
3つのポイント、3つの「もし」がひとつでも違っていたら自主規制のままだったことでしょう。
もし東北放送の英断がなければ、そして、もしネットへの投稿がなければ、そしてもしツイッターなどがなくここまでネット上で情報が拡大、騒ぎが大きくなることがなければ、マスメディアは自主規制のまま本件を報道することはなく、当然ながらまして社説やコラムで触れることは永遠になかった、そしてその可能性は十分にあったわけです。
マスメディアは「社会の木鐸」すなわち「世人に警告を発し教え導く」ことが使命であるとしていますが、今回は彼らは最初自主規制して沈黙を守っていました、そして結果的にマスメディアの尻をたたくように「導」いたのは、いくつかの動画サイトやツイッターなどのネットメディアなのであります。
日本のマスメディアはある種の団体や権力、あるいは大口の広告主などの圧力にとても敏感です。
今回も松本氏の肩書き「部落解放同盟副委員長」を必要以上に意識してしまい、それが彼らにある種の圧力となり「自主規制」という沈黙に彼らを追いやったのであろうことは容易に想像できます。
横並びで自主規制をしていたマスメディアは、彼らが信じるところの日本の「報道の自由」「言論の自由」の実践者としての後ろめたさを当然抱えており、今回のようにあるきっかけで自主規制がとれると、「社会の木鐸」たる使命感と内なる屈折した自己正当性の保守をするために、反動で必要以上に過剰報道に走りがちになります。
つまり自分たちがチキン(臆病)であることを否定するために反動として過剰報道に走るのです。
報復を恐れて沈黙していた臆病者が報復がないことを知って急に大声でわめき出す構図です。
それも全社が一斉に走るので、社説総動員、コラム総動員、気味が悪いほどのメディアスクラムが、特定のメディアが指導的にリードするわけでもないのにもかかわらず、横並びの過激報道状態になるのです。
今回も、結果として、全員がいったん沈黙し報道を自主規制し、やがて全員が過激報道に走る、まるで「報道管制」されているような気持ちの悪い横並び現象が生じることになります。
つまり、内なる屈折した自己正当性の保守するために、必要以上に過剰報道に走りメディアスクラムが生まれる、これが日本のマスメディアの危険な横並び体質の本質なのだと私は考えます。
そこには「社会の木鐸」たる行動原理はありません、あるのは決してリスクを負うことをしないチキンな自己保身です。
日本のマスメディアの体質は非常に危ういと言えましょう。
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