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【第172回】 2012年2月3日
岸 博幸 [慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授]
アップルの隆盛と雇用喪失
以前このコーナーで、ネットは民主主義と資本主義のあり方を変えつつあることを説明しましたが、IT企業やネット企業は雇用の構造も変えつつあります。ちょうど最近、それを如実に示す興味深い記事が米国のニューヨーク・タイムズに出ていましたので、今回はその内容を紹介したいと思います。
アップルが産み出す雇用の少なさ
先週、アップルの時価総額が4148億ドル(約32兆円)に達し、エクソンを抜いて世界一になったというニュースが流れました。iPhoneやiPadの成功により、今やアップルは米国を代表する企業となったのです。
ニューヨーク・タイムズの記事では、そのアップルを題材に、技術進歩が米国内の雇用にもたらすインパクトを分析しています。
まず、時価総額が世界一と米国を代表する企業になったアップルの米国内での雇用者数は4万3000人です。この数字はどう評価すべきでしょうか。
1950年代の米国を代表する企業であったGMは、最盛期に40万人以上の米国人を雇用していました。1980年代の米国を代表する企業であったGEも、それには及ばないものの、数十万人の米国人を雇用していたのです。
すなわち、アップルの雇用者数は、往時のGMの10分の1と、かつて米国を代表した企業と比べるとかなり少ないのです。
もちろん、アップルは本体以外でも雇用を産み出しています。その代表はアップル製品を製造する下請け会社での雇用であり、そこでは70万人もの技術者や工場労働者が雇われているのです。しかし、その雇用のほぼすべては米国以外の国で産み出されたものであり、結論としてアップルがいかに成長を続けようと、それは米国の雇用にあまり貢献していないとなります。
なぜそうなるのでしょうか。当たり前のことですが、製造部門を中国などのアジア諸国にアウトソースした結果に他なりません。
次のページ>> 賃金の安さ以外にあった「米国が中国に勝てないもの」
ここで重要なのは海外にアウトソースした理由です。通説的に考えれば、グローバル化が進む中で、米国よりも労働賃金の格段に安い中国に製造部門が流出したとなります。
しかし、この記事では、IT企業の製品にとっては労働賃金よりも部品の調達、数百の企業から部品や労働力などを調達して組み合わせるサプライチェーンの確立・管理のコストの方が圧倒的に大きく、そうした点で米国よりも中国が優れているから、製造部門が中国に流出していると述べられています。
実際、記事の中では元アップル幹部の証言として、
「中国の工場では、一晩で3000人の習熟した労働者を集めてくれる」
「中国なら、ラバーのパッキンが急に1000個必要になっても、隣の工場にある。ネジが百万個必要になっても1ブロック先の工場にあるし、その仕様を少し変更する必要があるなら、3時間でやってくれる」
といったコメントを引用しています。
すなわち、同じ習熟度の労働者を比較した場合の労働賃金の安さも当然ありますが、それに加えて、
・熟練した労働力(技術者、工場労働者)の豊富さ
・関連する部品の工場などの産業集積
・サプライチェーンや工場のオペレーションの柔軟さ
といった点で米国が中国より劣ることが、アップルのようなIT企業の隆盛にも拘らず米国内で雇用が増えない原因となっているのです。
中流階級の危機
もちろん、アップルを一方的に悪者にはできません。アップルは米国内で以下のような派生的雇用を産み出しているからです。例えば、記事の中でも以下のようなものが指摘されています。
・アップルのコールセンター(米国内に置いている)での雇用
・ノースカロライナに5億ドル投資して建設したデータセンターでの雇用
・iPhone用の半導体を製造するサムスンのテキサス工場での雇用
・アップル製品の購入に派生する他企業での雇用(FedEXやUPSといったデリバリー業者での雇用増など)
・iTunes Store上でアプリを提供するネット・ベンチャーの起業
ただ、例えばデータセンターの雇用が100人、サムスンの工場の雇用が2400人であるようです。加えて、アプリを提供するネット・ベンチャーは、ソフトウェアの開発やマーケティングがメインですので、そこでの雇用もあまり大きくないでしょう。
つまり、アップルの隆盛による米国内での派生的雇用も、全体としてそこまで多くないかもしれません。
しかし、アップルを題材にしたこの記事から学ぶべき最大の点は、アップルのようにIT・ネットといった産業構造の最先端の部分で米国企業が成功しても、いくつかの要因によって、それかつてのように米国内での雇用の創出に結びつかなくなっているということでしょう。
そして、それはITやネットの関連に限定されません。米国が競争力を持つと言われる他の産業でも同じことが起きています。その結果として米国内で言われだしているのは“中流階級(ミドルクラス)”の危機です。次週はこの点について説明したいと思います。
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