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「経済大転換論」【第4回】 2012年2月2日 野口悠紀雄 [早稲田大学ファイナンス総合研究所顧問]
自動車産業は「農業化」した 輸出は経済危機前の半分、国内需要は補助金頼み
日本の貿易収支が赤字になった原因は、輸出面では乗用車の輸出が伸びないことだ。自動車産業は日本を支える最重要産業だったが、経済危機前に比べると、大きな変化が見られる。以下では、震災や経済危機が自動車産業にいかなる影響を与えているかを見よう。
震災で大きく落ち込んだのは
自動車生産
東日本大震災後に輸出が大きく落ち込んだ。2010年4月と比べると、11年4月の輸出総額は12.4%減少した。しかし、品目別には大きな差が見られた。
減少率が最大だったのは、輸送用機器だ(43.2%減)。なかでも乗用車が、67.9%減と非常に大きく落ち込んだ。電気機器なども落ち込んだ が、さほど大きな落ち込みではなかった。他方で、機械のように10年4月と比べて輸出額が増加した品目もあった。輸送用機器の総輸出額に対する比重は大き いので、これが輸出総額を減少させたのである。
このような品目別の差を反映して、地域別の輸出額の変化にも大きな差が見られた。自動車輸出が中心の北米向け輸出が23.3%減と大きく減少した半面で、アジア向け輸出は6.6%減と、それほど大きくは減少しなかった。
震災後に自動車の輸出が落ち込んだのは、国内の生産設備が損傷し、それによって国内生産が落ち込んだからである。経済危機後には、輸出が落ち込 み、そのために国内の生産が落ち込んだ。つまり、経済危機後と震災後では、輸出や生産が落ち込んだのは同じだが、因果関係はちょうど逆になった。
11年4月の鉱工業生産指数は、10年4月に比べて、全体では12.3%の減となった。これは、輸出額の減少率とほぼ同じ数字だ。
品目別に見ると、輸送機械工業は47.9%減だった。これも輸出額の減少率とほぼ同じ数字だ。乗用車は60%の減少となった。
しかし、電子部品・デバイス工業の減少率は15.5%であり、落ち込んだものの、乗用車の落ち込みよりははるかに率が低かった。このように、生産面で見ても、自動車は震災によって急激に落ち込んだのだが、電子部品の落ち込みは自動車ほどではなかった。
他方で、一般機械工業は、1年前と比べて生産が落ち込まず、むしろ増加した。2011年2月に93.9であった生産指数が、3月には80.3に落ち込んだのだが、4月には89.9に回復したのである。これは、工場の多くが被災地の外に立地していたからだろう。
このように、震災が生産に影響した度合いは、品目によってかなり大きな差があった。
自動車生産が大きく落ち込んだのは、最終的な組立工場が被災したからではない。原因は、部品のサプライチェーンが損壊したからだ。とりわけ、マイ コンなどの電子部品の供給が阻害された影響が大きい(具体的には、自動車向けマイクロコントローラーを生産するルネサス エレクトロニクスの那珂工場が被災したために、世界中の自動車生産が影響を受けた)。
しかし、上で述べたように、電子部品・デバイス工業の落ち込み率は15.5%であり、電子部品の落ち込み率は11.3%だ。これらは、自動車の落ち込みに比べるとずっと少ない。
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したがって、自動車の生産減少は、電子部品の一般的な生産減によって生じたことでなく、自動車生産の過程に特殊な問題があったから生じたものだと考 えることができる。すなわち、自動車生産の系列関係が特殊なものであり、サプライチェーンの一部に被災地の電子部品工場があり、そこの生産が止まったため に、ボトルネックが生じ、その結果自動車生産が全般的に減少したのだ。部品生産のすべてが震災で減少したわけではなく、一部の部品の生産が大きな打撃を受 け、それがボトルネックとなって完成車の生産が大きく落ち込むこととなった。つまり、震災後の自動車生産の落ち込みは、サプライチェーンが十分分散化して いなかったために生じたものである。
部品で輸出の比率が上昇し
完成車で国内需要の比率が上昇
以上で見たのは、11年4月の状況である。11年全体を見るとどうか。
【図表1】に、2007年から現在までの乗用車と自動車部品の輸出額の推移を 示す。乗用車の輸出は夏頃には震災前の水準に戻った。タイ洪水の影響が言われたが、輸出数量に大きな影響を与えたようには見えない。ただし、水準は経済危 機前のピーク(07年夏頃)に比べると、半分程度にしかなっていない。つまり、乗用車の輸出に関して、震災の影響は一時的なものであったのに対して、経済 危機の影響は構造的なものだった。
他方で、部品の輸出は、震災の影響からすぐに回復した。そして、経済危機前の状況にまでほぼ回復している。
【図表2】は、乗用車と自動車部品の生産指数の推移である。両者は、ほとんど同じ動きを示している。そして、乗用車の生産も部品生産も、経済危機前の水準の8割近くまで回復している。
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このように、輸出面と生産面では、乗用車と部品の間に差が見られるのである。これはなぜであろうか?
乗用車の輸出が半分に減少したにもかかわらず、生産が8割程度まで回復したのは、国内需要が増えたからである。そして、これは、以下に述べるように、エコカー購入支援策の影響である。
他方で、部品の生産が経済危機前の8割程度であるにもかかわらず、輸出が経済危機前の水準になっているのは、国内で生産された部品のうち輸出されるものの比率が増えているからである。そして、これは、最終組み立て工程が海外移転していることの結果である。
つまり、部品では輸出の比率が増え、完成車では国内需要の比率が増えているのだ。
次のページ>> 国内需要は政府補助頼みで、自動車産業は農業化
国内需要はエコカー支援策で
支えられている
2009年4月からエコカー減税が、6月からエコカー補助が、それぞれ実施された。エコカー補助は、10年9月に終了した。エコカー減税について は、自動車取得税が12年3月、自動車重量税が12年4月までとされた。しかし、エコカー補助は、11年度の第4次補正予算で復活した。
これらの支援策が国内需要に与えた影響をみるために、乗用車の国内販売(新規登録台数)の推移を見ると、【図表3】に 示すとおりである(販売台数は月による変動が激しいので、対前年同月比で示してある)。2008年の秋から09年春にかけて対前年同月比が80%未満に落 ち込んでいたものが、09年夏から100%を超え、その状態が1年間続いた。台数(図には示していない)で言うと、08年の秋から09年春にかけて、月 20万台未満に落ち込む月が多かったものが、09年6月から20万台を超えるようになった。09年9月には30万台を超えた。このように、エコカー購入支 援策の影響は誠に大きかった。
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ただし、これは、将来需要の先食いだから、それが終了すれば、自動車販売は落ち込む。実際、10年10月には16万台に落ち込んだ(2011年 10月以降の対前年同月比が上昇しているのは、10年10月以降の販売台数落ち込みの反映である)。この制度が第4次補正予算で急遽復活したのは、補助が なければ国内自動車販売が立ち行かないことを意味するのであろう。
このように、自動車の国内販売は、いまや、政府の補助金によって左右される状況になってしまった。農業は、経済原則だけでは自立できない産業であ り、高率の関税による輸入制限と補助金によってかろうじて生きながらえている。自動車もこれまでは「円安」(これも政府の政策によって実現したことであ る)によって輸出を増加させてきたが、それがなくなったいまは、エコカー補助によって生きながらえている。この意味で、自動車産業は農業と同じになってし まった。これを、「自動車産業の農業化」と表現することができるだろう。
次のページ>> 2005〜08年の自動車輸出増はバブルだった
日本の輸出でこれまでもっとも重要な役割を果たしてきたのは、自動車だ。以下では、自動車の輸出がどのように変化しているかを、やや長期的な視点から見ることとしよう。
乗用車の輸出額と実質実効為替レートの推移を見ると、【図表4】のとおりである。両者は、きわめて強く相関していることがわかる。すなわち、90年代の中ごろに実質為替レートが円高になったとき、乗用車の輸出は落ち込んだ。
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その後実質レートが円安になるにしたがって乗用車輸出は増加した。とくに2004年から07年の円安期には、輸出が急増した。07年秋頃までの乗 用車の輸出は、02年頃の2倍近くになった。この時期には、アメリカの乗用車需要増の影響も大きかった。日本からアメリカへの資本輸出がアメリカの住宅価 格を引き上げ、それがアメリカの乗用車需要を押し上げる効果を持った。円安と住宅価格バブルが互いに他を支えて、異常なほどの乗用車輸出増を実現したので ある(注1)。
しかし、このメカニズムは持続可能なものではなかった。アメリカ金融危機によって同時に崩壊し、その後再現することはなかった。実質実効為替レートは、2007年の夏以降、ほぼ一貫して円高方向に動いている。
震災による乗用車輸出の減少は一時的なものだったが、以上で述べた変化は、構造的なものだ。しかも、現在の実質実効為替レートは、図からも明確に わかるように、1995年や2000年初めと比べて格別円高とはいえない。04年から07年頃までの数年間が異常に円安だったのである。経済危機後の円高 は、長期的な水準への回帰に過ぎない。したがって、円高は今後も進むだろう。そして、乗用車の輸出が回復することもないだろう。
乗用車輸出は、07年には日本の輸出総額の15.8%を占めていた。現在では10%程度に低下している。これが日本の貿易収支に与える影響は大きい。
(注1)このメカニズムについての詳しい説明は、拙著、『大震災からの出発』、東洋経済新報社、2011年、第8章を参照。
次のページ>> 部品の輸出立国モデルの継続可能かは疑問
他方で、自動車部品の輸出は、【図表4】からも見られるように、ほぼ経済危機 前の水準に戻った。ピーク時の値に比べるとやや低いものの、乗用車の場合のような大きな減少は見られない。長期的に見ても、部品の輸出は増加を続けてい る。そして、乗用車のように為替レートによって大きく変動することはない。とりわけ95年頃の円高期において、乗用車輸出は大きく落ち込んだが、部品輸出 は伸び続けたのが印象的だ。
部品輸出額の乗用車輸出額に対する比率を見ると、【図表5】のとおりだ。80 年代の後半には、部品輸出額は乗用車輸出額の4分の1程度であった。90年代の半ばに、乗用車輸出が減少したので、部品の比率が上がった。その後、乗用車 の輸出が増えたので、比率は25〜30%の水準になった。それが、経済危機後は4割程度に上昇し、現在でもほぼその水準である。つまり、乗用車輸出から部 品輸出へのシフトが生じているのである。そしてこの変化は構造的なものと考えられる。
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ここで注目すべきは、震災によってこの比率が43%へと大きく上昇したことだ。これは、震災によって、部品輸出よりも完成車輸出が大きな影響を受けたことの反映である。
自動車の部品は異なるメーカー間での互換性が乏しく、水平分業化していない。だから、部品輸出は、日本メーカーの海外組立工場に向けたものだろ う。したがって、乗用車輸出額に対する部品輸出額の比率の上昇は、最終組立工程が海外移転したことの結果と考えられる。組立工程は部品生産に比べて労働集 約的なので、生産原価に占める賃金の比率が高い。したがって、賃金の安い新興国に移転するのは当然である。
それに対して、部品はより技術集約的だ。また、すでに述べたように、為替レートにも大きく影響されない。これは、購入者が日本企業であり、しかも 代替部品の現地調達がこれまでは十分でなかったことによるのであろう。したがって、組立工程を海外移転する一方で、部品生産を日本国内で行なうことは、国 際分業の立場から合理的だ。
これは、自動車に限らず、製造業について一般的に言えることだ。新興国が工業化した後の先進国製造業は、部品や工作機械などの中間財に特化すべきなのだ。
ただし、問題は、この状況が最近変化しつつあるのではないかと考えられることである。
実際、海外完成車生産における部品の現地調達は、増えている。現地調達というのは、日本の部品メーカーが完成車の立地点に移転して生産をしている ことである。震災後は、部品メーカーも海外移転していると考えられる。部品も海外移転すると、部品の輸出は減少する。部品に関して輸出立国モデルを継続で きるかどうかは、大きな疑問である。
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第2章 国債消化はいつ行き詰まるか
第3章 対外資産を売却して復興財源をまかなうべきだった
第4章 歳出の見直しをどう進めるか
第5章 社会保障の見直しこそ最重要
第6章 経済停滞の原因は人口減少ではない
第7章 高齢化がマクロ経済に与えた影響
第8章 介護は日本を支える産業になり得るか?
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