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イアン・ブレマー 国際政治学者
米国経済がなぜ、日本が経験したような「失われた10年」に陥らずに済むのかという点について、少しだけ論じておこう。
まずは政治的な現実から見てみよう。日本は約50年にわたって自民党による一党支配が続いた一方、平成に入ってからの過去22年で17人もの総理大臣が誕生している。
2009年8月の衆院選で圧勝した民主党は歴史的な政権交代を果たしたが、与党となった民主党は、国をどう統治していくか全く分かっていないことを露呈しただけだった。彼らは官僚機構の動かし方がまるで分かっておらず、経済界や金融機関との関係が弱く、強力な政策組織もない。もし米国の政治状況が暗く見えるならば、この日本の状況に目を向ければよい。
事実、米国内の政治状況は見ていて楽しくないかもしれないが、機能はしている。オバマ大統領と共和党は、債務上限引き上げなどの問題で歯ぎしりするような長い議論の末、土壇場では中道路線で合意している。
予算に関する超党派特別委員会の決裂を懸念する否定論者はいるが、いずれ片付く問題だろう。来年の大統領選挙が終わった後には、状況はさらに良くなる。共和党はほぼ間違いなく下院での多数派を維持したうえで、上院でも議席を伸ばすからだ。民主党のオバマ大統領が再選しようと、共和党候補に指名されそうなロムニー氏が次の大統領になろうと、現在の上下院ねじれ状態に比べれば、議会運営は格段にやり易くなるだろう。
海外投資家の資金が米ドルに流れ込み続けるのは、米国に安定した政府があるからだ。ポール・クルーグマン氏は、強い米ドルは米国の国際競争力を弱めることで米国経済にマイナスだと論じたかもしれないが、私は、海外投資家が米国債への信頼を示し続けることは、そうしたマイナス面に勝ると考える。
どちらのシナリオを選ぶか、自分自身に問いてみて欲しい。強い米ドルによって相対的に若干不利な立場に置かれるか、それとも、投資資金が米国から完全に引き上げられてしまうか。
投資家は引き続き米ドルに賭けており、それはわれわれにとっては良いことだ。確かに金相場はここ数年で劇的に上昇しているが、「金」は国ではない。もし投資家が通貨に安全性や安定性を求めるなら、それを提供できるのは依然として米国だけだ。
クルーグマン氏はまた、米国が現在のGDP停滞から抜け出すのに必要な政策に急旋回できないことにいらだっている。ただ、世界に目を転じても、そんな芸当が出来る大国は一握りしかない。
1つはロシアだ。プーチン首相は自分の意思を通すためなら、自国の未熟な制度を積極的に骨抜きにしてきた。ロシア経済の成長率は目を見張るものだが、一体どんなコストを払ってきたのだろうか。プーチン氏が引退した後のロシアがどうなるかは誰にも分からないが、米国がそうした状況に陥ることは今後もありえない。われわれの制度は持ちこたえる。
最後に、米国が「失われた10年」を回避するための秘密兵器を見てみよう。それは人口動態だ。人口が長期的に安定するとされる人口置換水準に近い出生率と堅調な移民の流入により、米国の人口と労働力の成長見通しは、日本や欧州連合(EU)、さらには中国さえも凌駕する。
米国はこれからも、教育を受け、世界のほかの地域には見られないような企業家精神にあふれた労働力を持ち続ける。日欧や中国はわれわれの後を追い続けるだろうが、イノベーションは米国と北米から生まれる。
究極的には、それこそが何にもまして重要なポイントだ。約20年前、インターネットの登場で世界は変わり始めた。次のインターネット並みのイノベーションがどういったものになるのか、われわれにはまだ分からない。
3D印刷かもしれないし、レーザー核融合やナノテクノロジーかもしれない。もしかしたら、まだ誰も耳にしたことがない何かということもある。ただ、それがほぼ間違いなく米国から生まれるであろうことをわれわれは知っている。もしそうでなければ、中国の億万長者の半分が、中国ではなく米国に住みたがることはなくなるだろう。
米国経済にとって、向こう数十年の最大のライバルは中国だ。しかし中国では、13億人が先進工業国へ向かう途上にある。われわれは英国や米国で産業革命を見てきた。工業化は必要なことだが、きれいごとだけでは済まない。北京の大気環境がすでにそれを証明している。
世界のエリートたちにとって、自分たちがどこに住みたいかは、これからも問題であり続けるだろう。世界のほかの場所に比べ、その点で米国は比類なき存在であり続ける。
(20日 ロイター)
*筆者は国際政治リスク分析を専門とするコンサルティング会社、ユーラシア・グループの社長。スタンフォード大学で博士号(政治学)取得後、フーバー研究所の研究員に最年少で就任。その後、コロンビア大学、東西研究所、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、現在に至る。全米でベストセラーとなった「The End of the Free Market」(邦訳は『自由市場の終焉 国家資本主義とどう闘うか』など著書多数。
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