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*****夕張のケース
2008年の3月、夕張市の市営プールの屋根が壊れ落下するという出来事があった。雪の重さによって、夕張市唯一のプールである市営プールの屋根が壊れたのである。これは2007年に財政再建団体となっていた夕張市が予算がなく雪下ろしを行わなかったからである。筆者は、この話に関心を持ちそのうち取上げようと思っていた。
金がなく雪下ろしができなかったためプールの屋根が壊れるなんて、前代未聞の出来事であり、日本はそこまでなさけない国になったのかと実感させられた話であった。この一件は我々に様々な角度から問題を提起している。筆者はこれをギリシャやイタリアなど南欧諸国の財政問題にも一部通じる話と捉えている。
ところがこの問題を間違った方向で捉える傾向がある。まず「市民を中心としたボランティアが雪下ろしを行えば良かった」といった筋違いの意見がある。また政府や地方は他に無駄な財政支出を行っているのだから、それを回せば良かったという話もある。しかしこれらは問題の本質をそらす話である。
もっとも多い意見は「そもそも夕張市が無駄な公共事業や開発事業を行って財政再建団体に転落したことが問題」というものであろう。放慢財政を続けている地方自治体は、そのうち夕張市のようなみじめなことになると言いたいのである。このような主張を行う財政学者やエコノミストは、夕張のケースを一種の「みせしめ」と喜んでいるかもしれない。
世の中では様々な事が起るが、筆者はたまには物事の本質に立返って考えることが必要と思っている。夕張の場合、人々が忙しいため雪下ろしを行う者が集まらなかったわけではない。つまり労働の供給力は余っているが、単に金(予算)がなかっただけである。
夕張のケースと似た話として、日本では、将来、年金財政が破綻し、今の年金制度はとても年金受給者の生活を支えられないという声で溢れている。しかし日本で供給力が不足し年金受給者のための生活物資を生産できないということではない。また一部不足すると思われる医療や介護のサービスについても供給力を増やし、これらを解決することは十分可能である。
夕張のケースを含め、問題は需要と供給を繋ぐための「金」、つまり予算や財政である。これが物事の本質である。そして政府はこの解決に「増税」と言っている。しかし筆者は、これには「増税」ではなく先週号で述べた政府紙幣の発行、あるいは永久債の発行とその日銀引受けが適切とずっと主張してきた。
昔のように供給力が圧倒的に不足していた時代なら、筆者のような意見は暴論であろう。しかし今日の日本では膨大な供給力が余っている。今日、多くのメーカが国内の生産設備をどんどん整理しているくらいであり、また商業施設もガラガラの所が多い。
仮に筆者の主張のように政府紙幣の発行等によって需要が増えても、日本の供給力は十分対応できる。むしろ需要が増えることによって新規の設備投資がなされ、供給力が増える。さらに新規の設備投資によって生産設備の更新がなされ、日本の産業の国際的競争力は維持される。
ところが今日の日本は、様々なことで全く逆の方向に進んでいる。例えば年金にまつわる問題でも、いつも話題になるのは「官民格差」「年金の運用の失敗」「年金未納」「年金記録漏れ」など本質とかけ離れたものばかりである。年金問題の本質は、将来の日本経済の力であり、需要と供給力の関係である。
当然、年金財政には国費の投入が必要になる。筆者はこれを政府紙幣の発行等で行えと言っているのだ。これに対して財政学者などは例のごとく「インフレが起る」と騒ぐ。
たしかに政府紙幣の発行等によって多少の物価上昇は考えられる(ただ発行額をコントロールすれば済む話である)。しかし消費税の増税の場合も確実に物価は上昇する。そして重要なことは、前者が日本経済を拡大させ、後者の増税の場合は日本経済を縮小させることである。つまり同じ物価上昇でも、消費税増税は間違いなく国を潰す方向である。
*****物事の本質に立返る
TPP参加の理由として「アジアなどの成長力を日本に取込む」という意見がある。実に「いやらしくて卑しい話」である。前段で述べたように日本では、夕張のケースの解決や年金財政への国費投入などによっていくらでも需要を喚起することが可能である。
これまでも「金持の中国人観光客を誘致」で日本経済を支えるといった間抜けな話が横行していた。しかし日本人の所得を増やし、日本人の生活を豊かにし、人々が消費を増やし観光ができるようにすることが本筋であろう。そしてその手段は前段で述べた通り間違いなく存在する。
筆者がどうしても不満を持つことは、いつも日本のマスコミが物事の本質を外しながら騒ぐことである。先の年金改革の時には、閣僚や国会議員の国民年金の未納で連日大騒ぎしていた。さすがにこの時には「日本のマスコミ人は正気か」と筆者は感じた。
国民年金の未納者が増えることによって、国民年金財政が破綻するとマスコミは盛んに喧伝している。また国民年金の保険料の納付は国民の義務と決めつける。しかし保険料の納付を怠れば、将来の年金の支給額が減額されるか給付がなくなるだけである。そして国民年金財政に国費が投入されていることを考えれば、国民年金保険料の納付は国民の「義務」ではなく「権利」である。よく日本のマスコミは、物事の本筋を取り違えた事をよく言えると驚く。
筆者は、日本のマスコミが物事の本質に興味がなく、出来事をどのような切り口で取上げると国民に受け騒ぎが大きくなるかといったことばかり考えていると思っている。どうもマスコミ人は「日本国民は皆バカ」と思っているのであろう。そうでなければ政府の債務が1,000兆円になると言うのに「公務員住宅が無駄」といったどうでも良い事で、あのように騒げないはずである。
ところがこのマスコミ報道に悪乗りして国会で大騒ぎする政治家が必ずいるものである。先の年金改革国会でも、本質から全く外れた政治家の国民年金の未納問題を大袈裟に取上げていた政治家がいた。この人物は「お遍路」が好きである。しかし四国を「お遍路」したくらいでは絶望的な性格は変わらないのであろう。
今日、日本、そして世界が抱える問題を解決するには物事の本質に立返る必要がある。例えばギリシャの財政債務問題なら、そもそもギリシャがユーロに参加したこと自体が本質的な間違いであった。それを財政赤字を続けていたなら、日本もギリシャのようになるといった間違った方向でマスコミは話を広めている。
筆者は、ギリシャにとって一番良いのは11/10/17(第682号)「解決策はユーロ離脱か」で述べた通り、ユーロ離脱と考える。ちなみにこれについてはユーロ離脱は技術的に不可能という意見がある。しかしギリシャは、自国通貨のドラクマを捨てユーロを採用したのだから、当然、逆の事もできるはずである。ただギリシャへの債権を抱える欧米の金融機関の損失額がこれによって増減することは有りうる。
繰返すようではあるが、筆者は、経済問題を考えるには物事の本質を見る必要があると思っている。一つは今週取上げた「需要と供給の関係」である。他には「異常に増えた日本国民の金融資産」や「日本国民の寿命の伸び」「飛躍的な技術進歩」などが考えられる。
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