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円高対策=海外進出は、本当に“対策”か
――神戸大学大学院経営学研究科教授 加登 豊
海外進出自体には
何の戦略性もない
かと ゆたか/1953年生れ。78年3月神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了、86年4月大阪府立大学経済学部助教授、94年1月神戸大学経営学部教授、99年4月神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年4月〜10年3月経営学研究科長・経営学部長。『インサイト管理会計』『インサイト原価計算』『ケースブック コストマネジメント(第二版)』『管理会計入門』など著書多数。
円高は、大企業だけでなく、その底辺を支える中小企業にも大きな影を投げかけている。この状況が続けば、わが国産業の基盤が崩壊する危機はさらに深刻なものとなるだろう。
直面する危機を乗り越えるための方策は、多くが指摘するように積極的なM&Aを通じた企業業績の回復と、海外進出による原価・費用低減が主要なものである。しかし、M&Aの推進や海外に進出するという行動自体には戦略性はない。経営戦略には驚きがないといけないとすれば、だれもが考え実践している円高対応のためのM&Aや海外進出は戦略ではない。
それでは、この二つの対応策に戦略性を付与するにはどうすればよいか。結論を先取りするなら、「価格決定権の再獲得」と「世界市場の日本化」を達成することである。まず、ここでは、価格決定権の再獲得について考えることにする。
円高対応が必要となったのは、実は長期持続的な利益を確保する仕組みが、大多数の日本企業にないためである。だから、経営の基礎に立ち戻ろう。そうすれば、なぜ企業が戦略性のない円高対応に追われているのか、つまり、私たちが現在直面している問題の根源になにがあるかが明らかになる。
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ここでいう経営の基礎とは、利幅の大きなビジネスに取り組むことである。あるいは、多くの企業が利幅は小さいと思っている市場(レッドオーシャン市場)で、様々な創意工夫を通じて他社がうらやむほどの利益を上げることである。
利幅が十分に大きければ、円高によって海外競争企業に対するコスト競争力が相対的に低下しても、まだ満足レベルの利益を享受することができるので、国内にとどまってビジネスを継続することもできるし、海外進出を通じて従前の利益レベルを確保すればよい。選択肢が複数あれば能動的に行動できる。選択肢がなければ、唯一残された道を進むしかなくなる。
価格決定権を失った企業は
コスト低減のみに奔走する
利益は売上から原価と費用を差し引いて計算されるという自明の事実に着目すれば、M&Aや海外進出と並行して解決しないといけない問題を認識できる。
問題の本質を理解すれば、M&Aや海外進出に戦略性を付与する新たな発想にたどりつくことができる(もし、原価と費用の違いについて十分な理解がないなら、現在、私たちが直面する難問の解決には至らないだろう)。利益を上げるためには、売上を伸ばさなければならない。それと同時に、徹底した原価と費用の削減に取り組まなければならない。このような自明の事柄を決して軽くみてはならない。
ほぼすべての日本企業は、暗黙の前提の上にたって、売上伸張とコスト削減を考えている。ここでいう暗黙の前提とは、「価格は市場で決まる」という考え方をいう。つまり、多くの企業は、販売価格は企業にとってコントロール不能であるという前提に立って物事を考えることが、習い癖となってしまっている。
わが国の製造業は、いつの時点からかわからないが価格決定権を失ってしまった。価格決定権を持たないかぎり、売り手の交渉力は極めて弱い。利益は獲得するものではなく、受動的に受け取る(買い手によって与えられる)ものとなる。自社の利益は、買い手のコントロール下におかれるからである。価格決定権を失った企業は、コスト低減のみに奔走せざるを得なくなる。
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直接労務比率の低い企業は
海外の安い人件費の恩恵は小さい
円高による収益力の低下を克服するには、価格決定権を取り戻すとともに、価格決定権の再獲得を戦略目標としたM&Aや海外進出の方策を検討しなければならない。思いつきに近いM&Aや、安価な労働力を求める海外進出を行うだけでは、決して価格決定権を奪回することはできない。
表をみてほしい。製造原価に占める直接労務費の比率とわが国の労務費に対する海外労務費の比率をマトリクスにしたものである。マトリクスの各マスの数値は、他の条件を一定としたときの、海外生産によって達成できる製造原価低減率を示している。
この表から、製造原価に占める直接労務費の比率が高い、つまり、人手に依存した生産を行う労働集約的な工場は、海外への生産移転の効果が大きなことがわかる。一方、単に安価な労働力を求めても製造原価に占める直接労務費比率が低ければ、労務費の安さがもたらす恩恵は思ったほど多くない。
このように海外進出にあたっては、安価な労働力に惑わされず、直接労務費が製造原価に占める割合にも注目する必要がある。そうすれば、進出先国についての選択肢も広がる。いまだから中国という選択肢もある。韓国や台湾も、一定の条件のもとではASEAN諸国やインドよりも有望である。執筆を予定している別稿では、アメリカに進出するという選択肢について、やや詳しく説明しようと思っている。
次のページ>> 生産移管によって生じるすべての費用を検討せよ
さて、直接労務費比率が低い工場の場合、現地での安価なそして品質の確かな素材や部品が調達できる環境が存在するか、あるいは進出後、短期間で環境が整備されない限り、海外進出には慎重でなければならない。
製造原価の内訳が、直接労務費10%、直接材料費50%、経費40%であるとすれば、労務費が1/10の海外に移転することで得られる効果(9%の労務費削減)と同等の効果は、国内にとどまり経費を31/40にする、つまり22.5%削減すれば達成できる。
これが無理だとしても、販売費・一般管理費の低減ができれば営業利益は確保できるのである。いや、多くの日本企業は、製造原価にだけ目を向けるの ではなく、まだまだスリム化が可能な販売費・一般管理費について、それを構成する各費目を徹底的に精査し、その節約に取り組む必要があるだろう。
生産移管によって生じる
すべての費用を検討せよ
さて、製造原価が海外への生産移管によって引き下げられるからといって、安易に海外進出を決定してはいけない。海外移転によって増加する原価や費 用について、検討を加える必要があるからだ。進出時の労務費がその水準でとどまることがないことを、私たちはすでに中国で経験している。
したがって、労務費の高騰に関しても、進出前にそのインパクトを検討しておく必要がある。ただ、労務費の高騰よりも影響が大きい要因は少なくな い。生産移管に関連する費用、円滑操業に至るまでの諸問題から生じる原価や費用、完成品の輸送コスト等、海外への生産移管に伴って新たな生じるすべての原 価や費用などである。
これらも考慮に入れた上で、生産移管についての冷静な経済的判断が不可欠である。しかし、円高対応のために生産を海外に移管する以外に選択肢はないとして、移管に関する十分な分析も行わなかった企業が、規模の大小を問わず少なからず存在することには驚きを禁じ得ない。
次のページ>> 原価の低減に成功しても価格の引き下げを行うな
海外生産で製造原価の低減に成功しても
価格の引き下げを行ってはいけない
海外生産で製造原価の低減に成功しても、決して価格の引き下げを行ってはいけない。大切なことは、利幅を縮小するような環境変化にも動じない高い 利益率を達成することだからである。原価を引き下げることは、売上高原価率の低減を通じて、同業他社(国内外をとわず)との競争できる売上高利益率を達成 することが目的である。
海外企業は、二桁の売上高営業利益率(例えば20%)が達成できないのであれば、市場には参入しないし、市場にとどまることはないと考えてよい。 つまり、同業他社の中に海外企業が存在するのであれば、彼らはこのレベルの利益率を市場で達成しているわけで、生産の海外移転で達成できた原価低減額を、 顧客のさらなる支持を得るための価格引き下げ要請に対応する源泉として使用してしまうことは、自ら競争劣位のポジションを選ぶ行為でしかない。
安い労働力を求めての海外進出は
企業が価格決定権を失ったことに起因
生産の海外移転等を通じて、原価・費用の低減に成功することと同時に大切なことは、売上高を増加させることである。自明のことだが、売上高は価格 に売上数量を乗じて計算される。しかし、売上高のコントロール権は、買い手側に移っている。それは価格決定権がすでに述べたように買い手に移っているから である。
製品需要は価格によって変動する(需要の価格弾力性)。企業は、需要の価格弾力性を慎重に検討し、最大の利益が得られる価格を決定するという難し いが、挑戦的な課題に直面していた。しかし、価格決定権が買い手に移ると、価格決定という難しい問題処理から企業が開放される一方で、売上高が他社によっ て規定されることになる。買い手によって価格が設定されると、価格を所与として利益獲得を目指すしかできなくなる。
利益確保が難しくなったため、安い労働力を求めての海外進出に取り組むという現在の流れは、実は、価格決定権を失ったことに起因している。短期間で価格決定権を奪回することは難しい。しばらくの間は、原価や費用の低減によって利益確保を目指すしかない。
次のページ>> どこにでもある素材や部品を使ってどこにもない製品開発を
しかし、耐え凌ぐだけでは問題は解決しない。価格はいったん設定されれば、上方修正されることは決してないからである。その結果、さらなる原価・ 費用低減に追われることになるが、それには限界があるので利益はゼロに近づくだけでなく、マイナスに陥る時期が必ずやってくる。原価・費用低減に取り組む ことと並行して、価格決定権を奪回するシナリオを作成し、地道な活動を展開しなければならない。
どこにでもある素材や部品を使って
どこにもない製品を開発する
価格決定権獲得チャンスは、新製品開発にある。開発の基本方針は、「どこにでもある素材や部品を使って、どこにもない製品を開発する」ことである。
特殊な高機能素材や部品を使用すれば、画期的な製品を生み出すことは意外とたやすい。しかし、東日本大震災から得た教訓は、万が一のことが生じても、製品に不可欠な素材や部品の調達を可能とする体制整備が必要であることである。
特殊なものは、1社発注になることが多いので、複数拠点で製造される体制が確保できていなければ、経営は極めて脆弱である。どこにでもある素材や 部品を使った製品なら、海外進出しても問題は生じないが、そうでなければ、増分の輸送費を払って日本から調達するか、あるいは、素材・部品メーカーにも海 外進出を要請しなければならなくなる。「どこにでもある素材や部品を使って、どこにもない製品を開発する」という挑戦をしないかぎり、劇的な製造原価低減 は実現しない。
画期的な新製品が開発できたときには、決して安売りをしてはならない。安く買われてしまうということは、作り手がいくら「画期的」製品だと思っていても、買い手がそれほどの評価はしていないということである。
次のページ>> 価格決定権を確保する努力と勇気を持つ
画期的新製品だから、これまでとは違う販売ルートを利用するとか、定価販売するなどして、価格決定権を確保する努力と勇気をもってあたる必要があ る。このような取り組みを次々と繰り返していれば、少しずつではあるが価格決定権を握ることができる。どこにでもある素材や部品しか使っていないので当然 のことながら製造原価は安い。したがって、大きな利幅を確保することが可能となるのである。
すべての問題は、製造業が価格決定権を失ったことから発している(実は自ら放棄したという歴史的経緯があることも確かだが、このことはまた別の機会に説明しよう)。価格決定権を握れば、大きな利幅、大きな売上高利益率が達成できる。
また、後追いの原価低減ではなく、さらに利幅を広げる活動として、原価低減に取り組むことができる。悲痛な顔つきをして原価低減策を検討するのではなく、より大きな利益を求める創造的活動として、原価低減に取り組むことができるようになる。
次稿では創造的活動としての海外進出、「世界市場の日本化」について検討する。
質問1 円高対策として生産拠点の海外移転は進むと思いますか?
75%
進む
25%
急速に進む
それほど進まない
進まない
わからない
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