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http://diamond.jp/articles/-/14299
山崎 元 [経済評論家・楽天証券経済研究所客員研究員]
「富裕層」のお金は、“正しく”逃げているか?
『週刊ダイヤモンド』(10月8日号)の特集
現在発売中の『週刊ダイヤモンド』(10月8日号)は「日本を見捨てる富裕層」という特集を組んだ。停滞する経済、混迷する政治、大きな財政赤字に、原発事故による環境汚染、といった日本の諸問題を見て、日本に見切りをつける資産家の動向についてレポートしている。
ここは、「ダイヤモンド・オンライン」なので、ダイヤモンド社の商品(記事)は幾ら褒めても構わないわけだが、興味深い特集だ。読者の中にも、富 裕層に属する方が多数いらっしゃるだろうし、読者自身が(残念ながら)富裕層に属さないとしても、富裕層の動向はビジネス的にも影響が大きいので、是非把 握しておくといい。世界全体の16%に相当する174万人が、日本の「ミリオネア」人口であり、彼らの行動や考え方が幅広く紹介されている。
記事によると、富裕層を不動産を除く金融資産を1億円以上持っている世帯と定義すると、金融資産が1億円から5億円までの「富裕層」が84.2万 世帯で合計資産額は189兆円、5億円以上の「超富裕層」が6.1万世帯、合計資産額が65兆円にのぼるという(「週刊ダイヤモンド」、以下同じ。 p37)。お金持ちは、いるものだ。
彼らが日本を見捨てるというと、日本に残る身からすると、穏やかではないが、日本を離れて海外に移住する「人的流出」と、日本国内の資産以外に金融資産の運用先を求める「金融資産の流出」の二通りの流出があり、特集記事は両方を紹介している。
海外移住については、治安・衛生の環境が良く子供が英語・中国語を覚える(かも知れない)シンガポールが移住先として人気だが、近年移住へのハー ドルが上がっていること、フィリピンなどの国に移住して資産を失ってホームレス化するような失敗例も少なからずあること、海外生活にあっては詐欺に注意が 必要で特に海外の日本人に要注意であること、など、いかにもという話から、移住実行にあたって気をつけるべきことなどが、興味深く紹介されている。是非、 ご一読されたい。
本稿では、特集記事で、こちらも詳しく紹介されている「富裕層の資産運用」について取り上げてみたい。
彼らは、果たして、上手に資産運用して、的確に「逃げて」いるのだろうか?
次のページ>> 「富裕層の運用は進んでいる」か?
記事の41ページ、末尾の段落には「着実に進む海外シフト。一般投資家の投資を先取りする富裕層の資産ポートフォリオの変化は、日本離れが進む現状を浮かび上がらせている」とある。
富裕層は、本当に、一般投資家の運用を先取りしているのだろうか。
運用・金融業界の業界事情から考えると、確かに、富裕層がそうではない人々の運用動向を先取りする理由がある。
新しい商品やサービスは、まとまった金額でセールスすることが出来る顧客に先に売り込む方が、掛ける手間に対して売上・利益の効率がいいので、大口の客から先に提供される傾向がある。
典型的な例は「仕組み債」だ。オプション的な条件を債券のキャッシュフローに組み込んだ仕組み債は、かつては新しい理論であったオプション価格理 論などの金融工学を応用した金融商品だが、理論の応用は、最初に金融機関の自己勘定取引で、次に、米国の年金基金など海外の大口機関投資家に、次に日本の 生保、信託銀行などの大手金融機関に、さらに、大手金融機関がこの種の商品に飽きると農林系金融機関や資金運用に熱心な大手事業法人や学校法人などに、さ らにこれらのマーケットが飽和すると、「EB債」(株式転換権付社債)などに形を変えて個人投資家に売られるようになった(注;EBは詐欺まがいの悪質商 品なので買わない方がいいし、販売も禁止すべきだと、筆者は思う)。
付け加えると、一契約当たりの金額が小さくなると、セールス等のコストを回収するために売り手側が取る実質的な手数料率が大きくなる傾向が明確に存在する。
仕組み債の「先端的な金融テクノロジ−」に興味を示した機関投資家は、その仕組みが分かり、特別に儲かる代物ではない(←理論的に当たり前だ!) ことが分かると、他人が作った仕組み債を買わなくなり、セールスの鉾先は事業法人に向かったのだが、彼らも、1990年代末期に起こった「プリンストン債 事件」を契機に、仕組み債を殆ど相手にしなくなった。
今や、この種の商売に引っ掛かるのは、主として学校法人のような現金の流れはあるが専門の運用担当者がいない法人か、セールスマンを頼る個人投資家のような「騙されやすい人々」に限定されている。
富裕層の運用と非富裕層の運用を比較すると、たとえば「ヘッジファンド」のような新しい商品は富裕層の方が早くマーケティングのターゲットになる分保有が多いのは自然である。
しかし、これを非富裕層が「羨ましがる」必要はさらさらない。この点に関してはっきり言うと、彼らは「先にカモにされているだけ」なのだ。
次のページ>> 「カモ鍋」の中身
特集号で取り上げた個別の運用会社を批判しているのではないが、例えば記事の40ページにある「リスクを取ってハイリターンを追求」、「運用に積 極的な富裕層の資産ポートフォリオ」として紹介されているポートフォリオを見ると、顧客(カモ)が「プライベート・バンク」などと名乗る金融機関にどのよ うに貢献しているのかが分かってくる。
この例では、「先物ヘッジファンド」が40%に「新興国債券」・「アジア株」・「先進国債券」・「資源株」がそれぞれ15%の配分となっている。 株式が通常のアクティブファンドの投資信託並みの手数料(販売手数料2〜3%、信託報酬年率1.5%〜2%)であれば随分高いし、ヘッジファンドは成功報 酬も含めて「手数料の塊」なので、この顧客が実在するとすれば、たぶん、年間で長期金利の2、3倍の手数料を落としているのではないか。
金融の世界では「丁寧なサービスは、大変高くつく」ということを覚えておく必要がある。
尚、このページで紹介されている、ある外資系証券のプライベートバンキング部門の資料によるとされる「保有資産の規模別の運用傾向」(作成は富裕層ビジネス研究会)の傾向は面白い。
資産額が大きくなるほど、目立って「債券」の運用が増えて、リスク資産の比率が小さくなる。
本当は資産額が大きいほど生活には余裕があるはずだから、運用資産に占めるリスク資産の割合は大きくてもいいくらいなのだが、運用資産額が大きくなるほどリスク資産での運用割合が低下する顕著な傾向がある。
俗に言う「金持ち喧嘩せず」は、本当のようだ。実際問題、リスクを避けてきっちり貯めたい、という性格でなければ、大資産家にはなれないのだろう。
それにしても、このプライベート・バンクでは「資産10億円以上(株式運用なし)」という分類の「債券」が80%に及ぶ投資家まで、「ヘッジファンド」が7%、「商品」が3%と手数料の落ちるリスク商品に付き合わされている。売り手も、顧客も、全くご苦労なことだ。
次のページ>> 「リターン5%目指す」ことのリスク
特集の43ページに「国を信じずにリターン5%目指す 富裕層に学ぶ海外分散投資術」という、専門家によるお勧めポートフォリオを含む記事がある。
国を信じない、という態度は大変よろしい。ただし、プライベート・バンクや証券会社も、もっと疑ってかかるべきだ、と付け加えておこう。彼らを信じていい根拠がどこにあるのか、胸に手を当ててよく考えてみるべきだ。
FPのカン・チュンド氏や横山光昭氏の「5%のリターンを狙う」ポートフォリオについては、実際に雑誌を手に取って見て頂きたい。私は、ここではコメントしない。
ただ、「5%」くらいといった控え目な運用目標を提示して運用計画を説明されると、たいしたリスクを取っていないかのような印象を受けることがあ るので、この点は注意されたい。「4%」、「5%」といった、かつてであれば預金の利息並みのリターンを円建てで目指すためには、低金利の現在であれば、 「株式100%」並のリスクが必要だ。株式のリスクプレミアム(リスク負担に対する超過リターン)が年率5%だとしても、個人投資家の場合運用商品の手数 料がそれなりに掛かる(安くても0.3〜0.5%くらい、高ければ1.5%、2%超)ので、「5%のリターン」は甘く見ない方がいい。
あれこれ注意ばかり述べたので、最後に、富裕層向けに一つ前向きなアドバイスをお送りしよう。
特に「日本のリスク」を意識した富裕層の場合、記事にも「将来の円安を見越し 外貨建ての資産を持つ」と見出しがあり、本文にも国の債務不履行と かハイパーインフレといった円安材料が並んでいるのだが(p43)、「外国の資産」に多く投資することはいいとしても、為替リスクを丸ごと抱えるのは大雑 把に過ぎる。「国のリスクに対して、外貨がヘッジになる」という思い込みが強すぎて、為替動向に対して目をつぶっている人(プライベート・バンクの担当者 も含めて)が多いのではないか。
しかし、現に円高のリスクは存在するので、「リスク・ヘッジ」という思い込みだけで、これを無視するのは愚かだ。
大きな金額を運用でき、個別にも対応が可能な富裕層なのだから、為替ヘッジのオペレーションを丁寧に行う(或いは、行って貰う)ことがあっていいはずだ。
為替ヘッジのオペレーションが出来るという前提でなら、筆者も、投資家向けにお勧めしたい資産配分が大幅に変わる。
但し、為替のオペレーションで「鞘」を抜かれることがあるので(金融機関は、知らない相手からは当然儲ける)、ヘッジのオペレーションを行うことになると、この点にも注意が必要になる。
他人にお金を預けて、無事に儲ける、ということは実に大変なことだ。
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