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昔のように低賃金に戻れるなら全員正社員も可能だろうが
現代のワープアとすら比べ物にならない途上国レベルに戻るのは、耐えられないだろうし
ある程度教育を受け、優秀な人々は、今の途上国のように、皆海外に行ってしまって、国内の付加価値の高い産業の成長につながらないのも間違いはないな
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20110920/222719/?ST=print
「みんな正社員に」では解決しない 低成長時代の新しい雇用システムの整備を
2011年10月3日 月曜日
川口 大司
政府が毎夏発表する『労働経済白書』と『経済財政白書』。2つとも政府が発行しているにもかかわらず、今年も2つの白書は不一致を見せている。
2つの白書はいずれも、日本の労働市場の行方や目指すべき方向を論じたもの。ところが、その内容は、さながら閣内不一致のような様相を呈している。それぞれの担当者が思いを持って原案を書いたにせよ、白書は関係部署での調整を経て発表されるものだけに、とても興味深い。
どちらの白書も、「日本を取り巻く経済環境が変化していて、人的資本(人間の持つ知識や技能などの能力)を一層高度化する必要がある」という現状認識は共通する。しかし、それが一体どのように実現されていくのか、あるいは実現されるべきなのかについての見解が異なる。
『労働経済白書』は、日本の特長であった長期雇用に基づく人材育成システムの良さを見直すべきと説く。非正社員の正社員転換を進めるなど、より多くの人々が、いわゆる日本型雇用システムの中に入れるような変化が望まれるとしている。
一方で『経済財政白書』は、新卒一括採用を見直したり、高度専門職の労働市場での流動性を高めるといった施策が必要だと指摘している。もう昔ながらの日本型雇用システムには戻れないし、戻るべきではないというわけだ。
なぜ非正社員が増加したのか?
実を言うと、労働経済学者の中でも、近年の日本の労働市場の変化への捉え方に温度差がある。
1つの考え方は、日本型雇用システムは強固なもので、20年間に及ぶ低成長期を経てもなおも機能し続けているというもの。もう1つは、日本型雇用システムは既に相当な変化を遂げており、それには相応の理由があったという見方だ。
私自身は、共著者とともに後者の立場で、最近2本の論文を発表した。
『非正規雇用改革 日本の働き方をいかに変えるか』(亜細亜大学の浅野博勝氏、広島大学の伊藤高弘氏とともに執筆、鶴光太郎・樋口美雄・水町勇一郎編著)では、非正規労働者が増加している背景を論じた。
非正社員比率は、1986年から2008年にかけて、17%から34%に増えた。これを、労働者に占める女性比率の増加、製造業から非製造業への産業構造のシフト、企業の直面する不確実性と雇用調整の容易な労働者への需要の増加、職場への情報通信技術の浸透といった様々な変化で説明しようとした。
しかし、これらの要因で説明できる非正社員の増加は、全体の4分の1ほどに留まることが明らかになった。残りの4分の3は、長期雇用を前提とする日本型雇用システムの魅力が、企業にとって徐々に薄れたことによる。
つまり、非正社員の増加は、既に労働市場にいる者が非正社員化したためではない。むしろ、新しく労働市場に参加した若い男性労働者や女性労働者が非正社員化したことで増えているのだ。
もう1つの論文は、勤続年数の短期化を指摘したものだ。内閣府の上野有子氏と内閣府のディスカッションペーパーとして発表した。
労働者の世代に着目し、世代ごとに同一年齢時点での同一企業への平均勤続年数がどのように異なるかを調べた。分析の結果、男性労働者に関しては、若い世代の平均勤続年数は短くなっていて、1970年生まれは45年生まれと比べて20%勤続年数が短いことが明らかになった。
女性労働者も、1970年代生まれの労働者は、その前の世代の労働者に比べて勤続年数が短期化していることが分かった。これは正社員・非正社員の区別や性別、勤め先の企業規模や産業を問わずに進行している。
2つの研究に共通する発見は、長期雇用慣行の中に入る労働者が、若い世代で徐々に減っているという事実である。日本型雇用システムは一気に崩壊したわけではないし、堅固に生き残っているわけでもない。時間をかけてじわじわと融解しているというわけだ。
その過程においては、長期雇用慣行の中で働く人と、非正社員など新しい形の雇用形態で働く人が併存する。どこの点に着目するかによって、日本型の雇用慣行が根強く残っているという見方と、日本型の雇用慣行は崩壊してしまったという見解が並立することになる。
低成長時代に日本型雇用システムは成立しない
長期雇用を前提とした人材育成のシステムは、戦前期から高度成長期にかけては、企業と労働者双方にとって望ましいシステムだった。その当時のように、海外の技術を取り入れることで経済成長が見込める環境にあっては、企業は労働者の人的資本へ投資することで、収益性を高めることができたからだ。
労働者は「長期雇用してもらえる」という安心感があれば、技能習得への意識が高まるものだ。「将来、はしごを外されるのではないか」という恐れがあると、その企業でしか使えない技能や、他の企業で使えたとしても転職の際に正しく評価してもらえない可能性のある技能を習得する気が失せてしまう。
一方の企業は、労働者との信頼関係を作り上げるために様々な工夫をしてきた。暗黙の雇用保障を与え、技能蓄積に報いるための賃金制度を設計した。さらに、その制度が約束通り実行されているかどうかを判断するための情報を、労働組合を通じて労働者と共有してきた。
これが大企業を中心に成立した日本型雇用システムだ。1990年代前半からの経済成長率の低迷と、それに伴う企業の人材育成への投資の収益率の低下は、日本型雇用システムが存立する基盤を徐々に切り崩してきたとも言える。
とはいえ、既に作り上げられて上手く機能している、企業と労働者の間の信頼関係を崩すことに合理性はない。低成長経済環境への適応は、新たに雇用される若い世代を、一部のコア人材を除いては正社員としては雇わないという現象となって現れた。
日本型雇用システムの融解過程を以上のように理解すると、日本経済の高度成長の再来がない限り、雇用の非正規化や勤続年数の短期化という現象は不可逆な現象として今後も進行していくことが予想される。
日本型雇用システムの融解が進み、企業が人材育成する労働者の数は減ってしまう。人材育成の機会を得られない労働者を、いかにして育成していくかが、政策的な課題になるだろう。そうでないと技能水準が低い労働者が増えてしまい、日本経済全体の成長が見込めなってしまう。また、賃金の不平等化も進んでいくことになるだろう。
そのような状態を防ぐ第1の方法が、学校教育の段階で、将来の職業的技能形成を見据えた基礎教育を行っていくことだ。実用的な職業的技能を学ぶ上での基礎知識をしっかり身に付けさせることを目標に、学校教育を行う。
また、どのような学校教育が、その後の技能形成の基盤として重要かを明らかにする基礎研究も重要になるだろう。東京大学社会科学研究所が、研究者向けに公開している「高卒者の追跡調査」などを用いた基礎研究で、学校での教育内容と労働市場での結果の関係が明らかになることを期待したい。
第2は、労働市場における情報の非対称性を解消することだ。情報の非対称性とは、企業が採用活動のなかで、本当に良い労働者かどうかを、面接や履歴書だけから判断することが難しい状況を指す。労働者が仕事を通じていくら技能を身につけても、労働市場で正当な評価を得られない。むしろ、会社を途中でやめてしまうこと自体が、悪いシグナルを労働市場に対して送ってしまうという問題もある。
この問題を解決するのは容易ではないが、現状を把握し、労働者と企業双方のインセンティブを考慮したキメの細かい制度設計が必要になるだろう。
事業仕分けが切り捨てた「ジョブカード制度」
例えば、「ジョブカード制度」などは有効な解決策の1つになり得る。ジョブカード制度とは、労働者の持つ技能を公的に証明しようとする制度のこと。だが残念なことに、制度が始まるや否や、事業仕訳で「無駄」との指摘を受けてしまった。
この制度を通じて、労働者の持つ技能を標準化した情報が手に入るようになれば、企業と労働者のより良いマッチングが行われるようになる。労働者も、次なる雇用主も、その恩恵を受けられる。
民間の雇用主には、従業員の持つ技能を認定し、折紙付きで労働市場に送り出すインセンティブはない。だからこそ、労働者の持つ技能を公的に認定し、中途採用の市場を整備するという仕事は、公的な機関が行わざるをえない。もちろん、制度が効果的に運用されているかをチェックし、不断の改善を続けることが必要だが、長期的に腰を据えて取り組んでいく必要がある。
こうした非正社員の増加を前提とした労働市場制度を設計し整備することが、すべての人が安心して働ける社会作りへとつながる。「みんなが正社員の時代は良かった」というノスタルジーは分からなくもないのだが、古き良き時代に戻ることができない以上、現実的な対応をしていくしかない。
このコラムについて
「気鋭の論点」
経済学の最新知識を分かりやすく解説するコラムです。執筆者は、研究の一線で活躍する気鋭の若手経済学者たち。それぞれのテーマの中には一見難しい理論に見えるものもありますが、私たちの仕事や暮らしを考える上で役立つ身近なテーマもたくさんあります。意外なところに経済学が生かされていることも分かるはずです。
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著者プロフィール
川口 大司(かわぐち・だいじ)
川口 大司 ミシガン州立大学経済学部博士。筑波大学社会工学系講師などを務めた後、現職。専門は労働経済学。独立行政法人産業経済研究所のファティカルフェローとして日本の労働力の非正規化について研究している。
(撮影:的野 弘路)
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