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第19回】 2011年9月28日
著者・コラム紹介バックナンバー
上久保誠人 [立命館大学政策科学部准教授]
先進国共通の課題「若者の雇用問題」に英国ではどう対処しているか?
――UKフィールドワーク報告【前編】
2011年8月31日(水)〜9月9日(金)に、立命館大学政策科学部の「研究入門フォーラム」というプログラムの一環として、学生16人と英国フィールドワークを行った。これは学部2回生を対象に、フィールドワークを実際に体験させるプログラムだ。私は「英国プロジェクト」を担当し、ロンドンとリバプールへ学生を引率した。今回から2回連続で、その報告を行う。
英国を調査する理由:
「若者の雇用問題」から「新たな日本の国家像」の構想へ
「英国プロジェクト」を開講する際、まず学生に「日本にないもの」を見せたいと思った。留学生比率が高い「国際化した大学」、経営陣が多国籍化し、分権化・現地化が徹底的に進んだHSBC(香港上海銀行)など「グローバル企業」、国連に次ぐ世界で2番目の規模(54ヵ国が加盟)の政府間組織である「英連邦」、そしてチャリティなどの「寄付文化」が発達した「市民社会」だ。
人間は、単純に「知っているかどうか」で生き方が劇的に変わるものだ。私は、伊藤忠商事の入社式で、海外の大学を卒業した男がたまたま隣の席で親友となったせいで、「海外留学」という道があることを知った。この偶然の出会いがなければ、英国留学から大学の教員に転身することはなかった。「内向き志向」と言われる学生だが、「日本にないもの」を見て、考え方、生き方を劇的に変える者が出てほしかった。
次に、プロジェクトの研究テーマを「若者の雇用問題」とした。私は、日本の若者の就職活動の範囲をアジア地域まで拡大して雇用のパイを大きくすることが「雇用対策」だと主張してきたからだ(連載第8回を参照のこと)。
この問題を解決するカギは英国にある。急成長するアジアでは、日系企業の現地法人も、外資系企業も採用数を増やしている。ここで日本の若者の競争相手となるのは、英国の大学に留学し、語学や専門知識を習得した中国、香港、シンガポール、マレーシアなどの若者だ。学生に、まず彼らのことを調査させようと考えた。それには、英国の大学に行かねばならない。
次に、学生には日本の若者の競争相手を生み出す「システム」を理解させたかった。かつて私が留学した際、英国の大学がアジア・アフリカ諸国(主に英連邦加盟国)との間で、留学生を集めて教育して「英国ファン」にし、母国に還してネットワークを強化する「人材還流システム」を築いているのを見た。この実態を、学生に調査させる。更に、英国で学んだアジアの若者の就職先である、HSBC(香港上海銀行)、ロイヤル・ダッチ・シェル、リオ・チント・ジンク、デビアスなど、英系「グローバル企業」も調査する。
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最後に、英国社会である。英国は、経済規模(GDP)が世界5-6位ということだけでは、その国力を測れない。英国は英語が世界標準語であり、かつて覇権国として世界の枠組み・制度を作り上げたノウハウや知識を蓄積し、英連邦(旧大英帝国植民地)などの世界的な人脈ネットワークを持っている。この優位性から、英国は「グローバル・ハブ国家」として、金融、法律、会計、コンサルタントなどの高度サービスの中心となっている。
私は、大震災・原発事故後、日本の総発電量は長期に渡って低下する懸念があり、工場の生産能力は簡単に震災前に回復しないため、日本が従来のやり方で大震災から復活するのは難しく、日本は新しい国家のあり方を模索すべきだと指摘してきた(連載第6回を参照のこと)。
そこで学生に、英国を参考にして、諸外国とのネットワークを構築し、日本がそのハブとなる国家モデルの実現可能性を検討させることにした。学部2回生にはかなり背伸びしたものだ。これくらい難しいテーマに挑んでこそ、学生のモティベーションは高まり、成長するのだと信じた。
ただ、英国での訪問先のアレンジは、私自身の貧弱な英国コネクションでは不十分だった。そこで、モンテ・カセム立命館副総長(政策科学部教授)に相談し、日英の経済界や大学・チャリティ団体に幅広いコネクションを持つクリストファー&フィリダ・パーヴィス夫妻をご紹介頂いた。また、立命館ロンドン事務所の協力も得られることになった。結果、英国フィールドワークではロンドン、リバプールなどで大学8校、企業6社、チャリティ2団体に訪問することができた。
1.日本の若者の競争相手・
アジアの若者の実像に迫る
@人種・国籍・民族性からくる特性を、業務に生かせる場面はない
フィールドワークでは、「日本の若者の競争相手」の実像に迫った。まず、英国の中央銀行である「イングランド銀行(Bank of England)」では、若手研究員(アジア系)にインタビューできた。英国の大学で博士号(経済学)を取得し、イングランド銀行に就職した人物で、博士課程後期在籍時代に大学で非常勤講師の経験も持っていた。
イングランド銀行は、職員の約5%が外国人(香港、インド、パキスタン、オーストラリアなど)である。特に調査・研究の部署では、外国人が約6割を占めている。これは日本銀行や中央官庁では外国人職員が皆無である日本からすれば、非常に違和感がある。学生の質問も集中したが、これは「後編」で詳しく論じたい。
次のページ>> 「日本人は能力・教育レベルが高い。問題は英語力だけ」の誤り
ただ今回は、学生の「人種・国籍・民族性からくる特性をどう仕事に生かしていますか?」という質問に対する彼の返答を紹介したい。「イングランド銀行は、研究員の人種・国籍・民族性に全く関心がない。研究員を雇用する基準は専門分野における博士論文と学術的な業績だ。これはある意味残念なことだ。例えば、自国の経済については当然、英国人や他国出身者よりも詳しいという自負を持っていても、その国の経済を研究するタスクフォースに呼ばれることはない。自分の知らない間に調査レポートが完成されていることがしばしばだ。」つまり、イングランド銀行では、人種・国籍・民族性からくる特性を業務に生かせる場面がない。
学生は、LSE(London School of Economics)、SOAS(The School of Oriental and African Studies)、Institute of Education、ウォーリック、ノッティンガム、サウザンプトン、ブルネル、サリー大学の学生や国際部職員、教員へのヒアリングも行った。ここでも「人種・国籍・民族性からくる特性」についての質問をしたが、イングランド銀行研究員と同様に、彼らの答えは「英国の大学への留学生は、国籍・人種に関係なく、大変やる気に満ちている。また、そうでないと進級・卒業できない厳しさがある。どの国出身かは関係なく、日本人留学生を特別意識することはない」だった。
国際的な舞台での日本人の特徴を探りたかった学生にとって、彼らのコメントは意外だった。
A「日本人は能力が高く、教育レベルも高い。問題は英語力だけ」の誤り
イングランド銀行研究員は、大学非常勤講師の経験から「高等教育(大学教育)を受けた人間が英語を話すのは当然。最低限の教養であり、もし日本で英語を話せるか自体が問題というなら、意外なことだ」と述べた。世界では、自国語で書籍のマーケットが成立しない国が多い。だから、大学では、英語で書かれたテキストを使う。研究者の学術論文も、自国語の学術雑誌がないので、英語で書くしかない。従って、大学では学生も教員も、当然英語を使う。
一方、1億人以上が日本語を読み書きできて、日本語書籍のマーケットが成り立つ日本は、世界的には例外的だ。これは本来、世界に誇るべき事だ。だが、国民の英語力の向上という点ではマイナスだ。大学で日本語のテキストが用いられ、英語ができなくても単位が取れて卒業できる。学生が、英語を習得しようというモティベーションを持つのは難しい。
次のページ>> 「ゆとり教育」は、小・中・高校教育の“ガラパゴス化”だった
更に、彼は大学の非常勤講師時代に、日本人と英国人は数学の素養が低いと感じたという。逆に、中国・イタリア・ドイツから来た留学生は数学のレベルが高かった。例えば、日本では大学入学前に「広義積分」を教えていないが、中国人留学生は学んでいた。その差は、大学入学後からでは追いつくのが難しいという。彼は、おそらく今後30年間、日本から世界的な経済学者は生まれないと言った。「日本人は能力が高く、教育レベルも高い。問題は英語力だけ」というイメージを持っていた学生は、衝撃を受けていた。
90年代以降のグローバリゼーションの進展で、世界のほとんどの国が若者の競争力強化を目指した中、ほとんど日本だけが「ゆとり教育」に走った。その弊害は日本の外に出た時に、より深刻だ。日本の大学はそれぞれ「国際化」を目指しているが、大学だけで若者の「国際競争力」を向上させることはできない。むしろ、小・中・高校の教育が国際的な基準から大きく外れて「ガラパゴス化」しており、早急な改革を必要としている。
Bコミュニケーション能力、専門知識は個人で身につけるもの
学生は、国際ビジネスや英国の大学で学ぶために必要な「スキル」について質問した。彼らは、英国の教育を受けた人の特徴として、「コミュニケーション」「創造性」「寛容性(柔軟性)」「リーダーシップ」などの能力が高いと考え、大学はこれらのスキルを伸ばす教育をしていると考えた。
だが、大学側の考え方は、「スキルは、大学で専門分野を深く広く学ぶために重要だが、大学では教えない。コミュニケーション能力やリーダーシップは、幼い頃からの日々の積み重ねで身についていくものだ。」ということだった。これは、日本の大学で「コミュニケーション能力を高める」ことがセミナー形式の授業(少人数で議論中心の授業)の目的となっていることと異なる。
また、学生は大学側から、セミナー形式の授業の目的・意義の説明を受けた。一般的に日本では、日本の教育は詰め込み式で、ディスカッションには弱いが、知識の習得度は高い。一方、英国ではコミュニケーション能力は身に着くが、専門的知識の習得はそれほどでもないと考えられている。
だが実際には、英国の大学では、知識の習得は「予習」で済ませ、セミナーには、その知識を自分の確固たる主張にまで練り上げるために参加する。一方日本では、予習はあまり重視されない。授業を通じて知識を身につければよく、それを練り上げる場はない。つまり、日本の教育の長所が専門知識の習得であるというイメージは崩れたのだ。学生は調査を通じて、「自分たちが受けてきた日本の教育とは、一体なんだったのだろうか?」という感想を漏らした。
次のページ>> 英国の、大学を中心とした「人材還流システム」を探る
C「欧米で教育を受けたアジアの若者」が目の前に現れた
そして、HSBC(香港上海銀行)本部に訪問した。HSBCそのものの分析は後編に詳しく行うが、ここで注目すべきは、「25歳、女性、上海出身、LSE卒業でHSBC本部のマネジャー」が登場したことだ。彼女は、中国語アクセントのほとんどない英語で流暢にプレゼンテーションした。内容も、HSBCの組織哲学、価値観などグローバルなもので、中国人のアイデンティティが全く出なかった。私が学生に話してきた「人種・国籍・民族性に関係なく、英語を流暢に操り、高い専門性で勝負する、欧米で教育を受けたアジアの若者」が遂に学生の目の前に現れたのだ。
2.「UKの大学」:
大学を中心とした人材還流システム
@ブリティッシュカウンシル(British Council)
学生は、「欧米で教育を受けたアジアの若者」を生み出す、英国の大学の「人材還流システム」の実像にも迫った。
ブリティッシュカウンシル(British Council)は、 英国の公的な国際文化交流機関であり、英国と諸外国の間の信頼と理解の構築を目的とする。世界中に「英国ファン」を増やす「パブリックディプロマシー」を担う機関として、その活動は多岐に渡る。その中心的業務が、英語学校を世界中に設立し、英国の大学への留学するための窓口機能だ。また、主に公務員を対象とした奨学金を諸外国に幅広く支給している。ブリティッシュカウンシルは、「人材還流システム」の戦略実行の中核を担っている。
Aインターナショナル・スクール
インド、中国、香港、シンガポール、マレーシアなどアジア諸国には、各国独自の教育制度と別に、主に裕福な家庭の子を対象に、英国の教育制度に準じたインターナショナル・スクールが設置されている。これらの学校を卒業した子弟は、英国の大学に直接留学できる。
一方、日本の高校を卒業した場合、直接大学の学部に正規入学できない。まず、各大学が設置する1年間の大学入学準備コース(ファンデーションコース)を履修しなければならない。これは、日本では一般的に英語力の問題と捉えられがちだ。だが、実際は英国と日本では教育制度の互換性がないと見做されるためであり、英語が完璧な学生でも、基本的には直接大学への入学が許可されることはない。
次のページ>> 留学生受け入れ戦略と、卒業生のキャリアのフォローは
B英国の大学の留学生受け入れ戦略
英国の各大学は、ブリティッシュカウンシルの「パブリックディプロマシー」に沿った形で、個別の戦略を構築している。
ウォーリック大学の国際部担当者は、学生のインタビューに対して「入学時の学術レベルは重要視しない。あえていえば、有名になりそうな人材を選出する」と述べた。英国の大学が、留学生が母国に帰国した後、王族、政治家、高級官僚、経済人として活躍することを重要視していることを示している。
また、ウォーリックの担当者は、留学生の在学中の満足度を高めることも重要と指摘した。例えば、特にアジア・アフリカ諸国からの留学生のニーズが高い、「ビジネス」「エンジニアリング」などの実学教育を重視する方向にカリキュラムを変えてきた。
英国の大学には、より積極的に留学生を獲得するために、アジアに分校を設立した大学がある。今回の訪問したノッティンガム大学は、マレーシアと中国に分校を設立した。寧波市にある中国キャンパスは、2003年に中国政府は外国資本が国内に大学を創ることを認めたことで設置された、中国国内最初の外国資本による大学だ。学生数は2008年度で約4000人である。
マレーシアキャンパスはクアラルンプールにある。1999年のアジア通貨危機で多くの東南アジア出身の留学生が帰国を余儀なくされたことに対応して開校された。2008年度で、学生数は60ヵ国以上から3300人。全体の34%、新入生の41%がアフリカ、インド、東南アジア諸国からの留学生だ。2010年までに6000人になる見込みである。どちらの分校も、授業は英語で行われ、アジアの実学志向に対応した、応用心理学、バイオテクノロジー、ビジネス経営、コンピュータ科学、情報工学、教育、工学、法律、薬学という9つのコースが設置されている。卒業時には、ノッティンガム大学の学位が授与される。
C卒業生のキャリアの戦略的フォロー
英国の大学は、卒業生の就職をサポートするシステムを発達させていない。学生の卒業後の就職は個人任せだ。だが国家レベルでは、卒業生のキャリアを戦略的にフォローしてきたといえる。
次のページ>> サリー大独自の世界中に卒業生を就職させる取り組み
例えば、私はウォーリック大学に留学中、タイ人の留学生と多数知り合った。彼らは皆、とても留学生活に幸せを感じているのが印象的だった。それは、タイではチュラロンコーン大学、タマサート大学(タイの東大、京大に相当する)を卒業し、ウォーリックなど英国の大学院を修了することが、政治家や高級官僚となるルートとして確立していたからだ。英国の大学院に留学すれば、将来の出世を約束されるので、彼らの留学生活は幸せだったのだ。これは、立命館大学のタイ人博士候補生に確認したが、私の認識は正しいと言われた。タイのアピシット前首相はオックスフォード大学卒業である。
また、シンガポールでは、公的なシステムが確立されている。英国など海外の有名大学で学んだ国家奨学金受給者は、卒業後に一定期間政府機関で働くことを義務付ける「ボンド政策」という制度が存在する。これは、英国とシンガポールの政府間関係の強化につながっている。
サリー大学独自の取り組み:
海外インターンシップ制度で世界中に卒業生を就職させる
独自の人材育成システムを確立している英国の大学を紹介する。サリー大学は英国内ランキング30位台の中堅大学だ。しかし、世界110ヵ国以上から2000人を超える留学生がいる。サリー大学のカリキュラムの特徴は、徹底的な実学教育と、「サリー・システム」という、世界中の企業・団体との信頼関係醸成により、長期インターンシップから正社員として就職させるシステムを確立していることだ。
図の灰色の部分が、「サリー・システム」を通じて、学生が就職した企業がある国だ。英連邦圏のほとんどをカバーし、主な就職先としてはインドのタタ財閥なども含まれる。学生のレベル差があるので、単純比較はできないが、学生の就職率自体はオックスフォード、ウォーリックより高い。
私は、サリー大学の教授に「どのようにこのネットワークを構築したか」と質問した彼は「世界中の企業がロンドンに支店を持っている。そこへ1人1人の教授たちが、インターン生受け入れを依頼して回った。20年かけて信頼を獲得し、現在のネットワークを築いた」と答え、こう付け加えた。「日本の大学は同じことをできるわけだ。日本には、世界中の多くの企業のオフィスがあるのですから。」
次のページ>> 日本の若者の 「国際競争力」を高めるには?
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