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011.09.01 [マクロ経済]
食料自給率の低下はなぜ問題なのか?
WEBRONZA に掲載(2011年8月17日付)
山下 一仁
研究主幹
農業政策
農林水産省は、ここ数年間40%で推移してきたカロリー・ベースでの食料自給率が2010年度に39%に低下したと発表した。食料自給率は、農林水産省が作ったプロパガンダの中で、最も成功をおさめたものである。60%も食料を海外に依存していると聞くと国民は不安になるからだ。1999年に制定された「食料・農業・農村基本法」は食料自給率向上目標を設定することを規定した。これに基づき閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」では、1960年に79%だった食料自給率を自民党時代には45%に、民主党政権になってからは50%に引き上げることを目標とした。
しかし、食料自給率とは、現在国内で生産されている食料を輸入品も含め消費している食料で割ったものである。したがって、大量の食べ残しを出し、飽食の限りを尽くしている現在の食生活(食料消費)を前提とすると、分母が大きいので食料自給率は下がる。逆に、餓死者が出た終戦直後の食料自給率は、海外から食料が入ってこないので100%である。分母の消費の違いによって食料自給率は上がったり下がったりするのだ。
本来、食料安全保障とは、海外から食料を輸入できなくなったときに、最低限どれだけイモや米などカロリーを最大化できる農産物を生産して国民の生存を維持できるかという問題である。そのために必要なのは農地資源だ。海外から食料を輸入できなくなったときに、牛肉も豚肉もチーズもたらふく食べている現在の食生活を維持できないのは当然である。その食生活を前提とした現在の食料自給率はまったく意味を持たない。畑に花を植えることは、食料自給率の向上には全く貢献しない。しかし、農地資源を確保できるので食料安全保障に貢献する。
しかし、花農家に対して農業保護はほとんどといってよいほど行われていない。他方、米、麦などのカロリーを供給する「土地利用型農業」に対しては、高い関税や補助金等さまざまな農業保護政策が講じられている。カロリー・ベースでの食料自給率向上の主張の背後にあるのは、米を中心とする土地利用型農業に対する農業保護の維持ないし拡大である。JA農協の機関紙である日本農業新聞は、食料自給率低下の発表を受けて早速十分な農業予算の確保が必要であると主張している(8月12日付け)。農業予算を増加すれば国内生産が拡大し、カロリー・ベースの食料自給率は一時的には上昇するだろう。しかし、それがなくなれば、たちまち国内生産は縮小してしまう。このような食料自給率向上は、農業保護には役立つものであるが、食料危機時の食料安全保障とは関係ない。
しかし、これこそ食料自給率向上を叫ぶ、農林水産省やJA農協の真意なのである。食料自給率向上目標はもう15年近く掲げられているが、一向に上がる気配さえ見えない。普通の行政だったら、数値目標を掲げながらかくも長期にわたり達成できなければ、責任問題が生じるはずである。それどころか、目標値に近づく気配すらないばかりか、逆に遠ざかっているのである。しかし、農林水産省は目標未達成の責任を取ろうとしないばかりか、これを恥じる様子さえない。なぜだろうか?農林水産省にとって、食料自給率が上がれば、農業保護の根拠が弱くなって困るのである。農林水産省の本音は食料自給率が低いままの方がよいのだ。
それどころか、農林水産省やJA農協は、食料自給率向上を唱えながら、自給率を下げてもよいという政策を採っている。例えば、WTOドーハ・ラウンド交渉では、778%の米の関税に代表されるような農産物の高関税の大幅な(70%)削減が要求されている。米の関税は233%になる。それでも十分に高いと思うのだが、600%程度の関税がどうしても必要だと農業界は主張する。その意向を反映した政府は、このような削減を回避する代償として、低い関税率で輸入される関税割当て数量(ミニマム・アクセス)をさらに拡大してもかまわないという対処方針を採っている。これは食料自給率を確実に低下させる。WTO交渉での対処方針は、食料自給率向上の閣議決定に反しているのだ。農林水産省やJA農協が食料自給率を犠牲にしてまでも守りたいのは、高い関税に守られた国内の高い農産物価格である。米価が高ければ、農協の販売手数料も高く維持できるからだ。これが農業界の偽らざる本心である。
食料自給率向上ではなく、農地や若い担い手を中心とした農業資源の確保を目標とすべきなのである。 「食料自給力」といってよいかもしれない。しかし、悲しいことに、減反政策のように、高米価を維持するために、食料安全保障に不可欠な農地資源や農業者の意欲を減少させるような政策が採り続けられている。
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