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Q: 1ドル75円で日本経済が受けるインパクトは?
◇回答
□真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
□金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
□杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
□中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
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■■ 編集長から(寄稿家のみなさんへ)■■
Q:1225への回答、ありがとうございました。猛暑がおさまって、週末は肌寒
いほどの気温になりました。これで、関東の電力供給は一段落できるのでしょうか。
ただ、節電ですが、とくに一般家庭の節電はどのくらいの効果があったのでしょう。
東電関係者を含むいろいろな専門家に聞いてみたのですが、家庭における節電の効果
には疑問もあるという指摘もありました。ただし、休暇シフトの変更、土日休日振り
替え操業など、企業の節電努力は相当な効果があったような気がします。
節電のような一種の「国家目標」が設定されたときに、わたしたちの社会はその最
大の長所を発揮するという思いを強くしました。ある目的に対し「一丸となって取り
組み各自がそれぞれの持ち場で工夫をこらす」というような事態に遭遇するのは久々
のことだったのかも知れません。考えてみれば、高度成長の終焉とバブル崩壊以降、
わたしたちの経済活動は「一律」のものではなくなりました。高度成長を支えた「巨
大な需要」がしだいに失われていく中、「作れば売れる、並べれば売れる」時代が終
わり、個別の企業と個人が独自の戦略を持って市場と向かい合うことが必要となりま
した。
日本がアジアでもいち早く近代化を達成したのは、「国民が一丸となって目的を遂
行する」ことが比較的得意だったという要因も大きいのではないかと思います。国家
的一体感と国民的一体感は、グローバリズムとリージョナリズムの波によってしだい
に失われつつあります。「節電」が何か根本的・本質的にポジティブな変化に結びつ
くわけもないのですが、この夏、日本独自の力を久しぶりに垣間見た気がしました。
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■今回の質問【Q:1226】
先週、円が1ドル75円台まで上昇しました。この円高によって、日本経済はどのよ
うな、またどの程度のインパクトを受けるのでしょうか。
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村上龍
■ 真壁昭夫 :信州大学経済学部教授
自国通貨が強含みの展開になると、当然、輸出企業にはマイナスの影響が発生しま
す。一方、海外からの輸入業務を行っている企業にとっては、自国通貨建てで見た輸
入価格が下がるはずですからプラスに作用することになります。今、わが国の経済構
造を考えると、輸入よりも輸出の方が多くなっていますから、単純に考えると、円高
はわが国経済にとってマイナスになると考えられます。
わが国では、既に人口減少局面に入っており、しかも少子高齢化が加速しています。
そうした状況を考えると、国内で既存の製品の売り上げを増やすことは容易なことで
はありません。必然的に、海外市場への輸出に依存する度合いが高まることになりま
す。実際、1990年代初頭に大規模なバブルの崩壊に直面したわが国経済が、20
02年2月以降、立ち直った大きな要因は輸出の増大にあったと考えられます。その
意味では、輸出のすう勢は、わが国経済にとって最も大きな要素の一つといっても過
言ではないと思います。
わが国経済の生命線の一つともいえる輸出は、どうしても為替レートの変動の影響
を受けます。特に、わが国を代表する輸出産業である自動車や機械、その他の分野で
も、わが国企業は、世界の中で激しい競争に晒されています。自国通貨である円がこ
れほど急激に上昇すると、そのマイナスの影響を排除することは至難の業と言わざる
を得ません。
ただ、大手企業の場合には生産拠点を海外に移していたり、部品調達の海外割合を
増やしている企業が多いため、一般的に言われているほど、円高の影響が短期間に顕
在化することはないと思います。企業の2012年3月期の決算予想を見ても、円高
の影響で収益が低下する可能性はあるものの、増益基調は維持できるものとみられま
す。
一方、中長期的にみると、円高の進展によって、生産拠点や事業拠点を海外に移転
せざるを得ない企業が増えることでしょう。国内の人件費や為替レートを考えると、
有力企業は、実際の市場に隣接した地域で生産活動を行う事が合理的になるはずです。
大震災以降の電力供給の制約や相対的に高い法人税負担などを考えあわせると、大手
企業であっても、国内での業務活動を継続することが難しくなっているのは実状だと
思います。そのインパクトは小さくはないと思います。
国内のわが国企業が拠点を海外に移転すると、国内の雇用機会が海外に移ってしま
うことになります。それは、わが国経済全体にとって、必ずしも好ましいことではあ
りません。海外拠点をグローバルに展開している米国などのケースを見ても、企業業
績は回復基調であるにも拘らず、労働市場の回復が遅れ、失業率の高止まりが続いて
います。
一方、企業規模が相対的に小さく、為替レートの変動をカバーする方策が限られる
中小の企業にとっては、円高はさらに重要なファクターと考えられます。大手企業の
下請けなどの機能を担う中小企業では、海外企業との競争は一段と熾烈で、厳しい価
格引き下げの要請を受けている企業が少なくないようです。経済講演の後のレセプシ
ョンなどでも、中小企業の経営者から、「この円高では、殆ど利益を出すことができ
ない」という事情を聴くことがあります。彼らの真剣なまなざしを見ると、急激な円
高がいかに大変なことがよく分る気がします。
わが国経済の歴史を振り返ると、1980年代に"世界の工場"であったわが国は、
主要部品から組み立て=アッセンブリーまでを一貫して国内で行い、完成品を国債市
場に輸出することが多かったと思います。その製品群が、一時期、世界市場を席巻し
ていました。ところが、新興国の追い上げによって、"世界の工場"の地位は既に中国
に移ってしまいました。
しかし、今でも、わが国の産業界は、自動車や機械など一部のアッセンブリー産業
に加えて、主要部材や部品の供給基地として相応の優位性を維持していると思います。
そうした状況が直ぐに大きく変わるとは思いませんが、今回のような急激な円高は、
わが国経済にボディーブローのようなマイナスの影響をもたらすことになると考えま
す。
信州大学経済学部教授:真壁昭夫
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
10% の円高は日本の実質GDP成長率を0.2-0.3%、東証1部の営業利益を5-6%引き下げ
ると試算されます。2010年度の決算発表時に多くの企業は1ドル=85円の前提でした
が、4-6月期の決算発表で80円前提に変更しました。8月19日に円の対ドルレートが一
時75円台と史上最高値を更新したことから、75円が定着すれば、9月中間決算発表で
為替前提を75円へ変更せざるを得なくなります。下期にV字型の業績回復を期待して
いる企業が多くありますが、今の円高が続けば下期予想の下方修正に迫られるでしょ
う。円高と海外景気の減速から、エコノミストでも2012年にかけた経済成長率予想を
引き下げる動きが相次いでいます。最近の世界的な株価下落は、高すぎた経済成長予
想の下方修正の反映と解釈されます。
現在の為替変動は円高というよりドル安であり、ドルは多くの通貨に対して下落し
ています。他通貨に対して円がさほど上昇していない点はポジティブですが、ドル安
の背景にある米国経済の減速が、他国経済にも悪影響を与えて、日本の輸出減少につ
ながります。メリルリンチの海外エコノミストは、米国の実質GDP成長率予想を2011
年2.4%→1.7%、2012年2.9%→2.3%と下方修正し、米国がリセッションに入る確率を35
%→40%に引き上げました。米国経済予想の下方修正を受けて、欧州の2011年成長率
も2.0%→1.7%と下方修正し、アジアも中国とインドネシアを除き、多くの国の成長率
予想を下方修正しました。
リーマンショック後には中国をはじめとするアジアが、世界経済回復の牽引役にな
りましたが、今回アジアはまだインフレなので金融引き締めを継続しなければならな
い状況にあります。8月9日のFOMCで2013年半ばまで超低金利を維持することを決めた
のは、ドル安放置、またはドル安による輸出主導の景気回復を目指すと宣言したのと
同義と解釈されました。元々、オバマ大統領は2010年3月に、5年間に輸出を倍増する
計画を打ち出していました。26日のジャクソンホールでのバーナンキ議長の講演で
、QE3がすぐに導入されるとは予想されませんが、米国経済指標の悪化が続けば、年
末〜来年初めにかけてQE3が導入される可能性が高いでしょう。
政府・日銀は円高総合対策の検討を始めました。現在検討されている対策は、就職
支援の強化、省エネ投資への補助金、中小企業への金融支援の強化、日銀の追加金融
緩和などです。財政政策は29日の民主党代表選を経て発足する新内閣の下で、9月に
編成を予定している3次補正予算に盛り込まれる予定です。代表選挙でキャスティン
グボードを握る小沢一郎元幹事長と鳩山由紀夫前首相が、次期代表に原発と円高対策
を求めていることから、同グループからの支持を仰ぎたい候補者は円高対策を前面に
打ち出すようになっています。
日銀の次の金融政策決定会合は9月6-7日ですが、臨時会合を開催して、資産買入基
金の拡充(現在50兆円)や、買い入れ国債の対象拡大(現在満期までの残存期間1-2
年)などの追加緩和を行われる可能性が出ています。日銀は昨年8月30日にも臨時決
定会合を開催して、金融緩和を強化したことが思い出されますが、昨秋、円高に歯止
めがかかったのは、FRBがQE2を11月に決定して、米国景気の見通しが改善してからで
した。75円超の円高になれば、為替市場への単独介入も行わるでしょうが、海外政府
との政策協調や経済ファンダメンタルズ変化を伴わない単独為替介入が効かないこと
は歴史が示します。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
「歴史的な円高」について、二つほど書いておきたいことがあります。一つは、電力
危機と併せて議論されている空洞化の問題。もう一つは、株式相場との関係について
です。
まず、空洞化を議論する際に、参考になるのは、1ドル=75円といった名目の為
替レートではなく、それを内外の物価で調整し、アジアや欧州などとの関係も考慮し
た実質実効円レートです。実質実効円レートは、「為替レート」のように見えますが、
輸出企業の競争力を示す「経済指標」として捉えた方が良いでしょう。
この実質実効円レートの現在の水準は、過去40年間のほぼ平均値上にあり、その
意味で中立的な水準であるといえるでしょう。過去、実質実効円レートが極端に上昇
し、日本の輸出企業の競争力が失われたのは、1990年代の半ばです。日本経済新
聞に掲載された「空洞化」という言葉を含む記事数を数えると、1995年〜199
9年の5年間は1662件もあります。2010年以降は216件で、5年換算して
も700件程度です。
いかに、1990年代の円高が異常であったのかが見て取れます。なお、電力料金
が急騰した場合、実質実効円レートは上昇し、輸出企業の競争力の悪化を示すように
なります。輸出企業の競争力を見る上では、名目のドル円レートだけに注目するので
はなく、電力料金だけを取り上げるのではなく、それらが総合された実質実効円レー
トを見るべきでしょう。
ところで、昨年の夏にも、「円高、無策」と大騒ぎになりましたが、当時のドル円
レートは1ドル=85円前後でした。その後、年末年始にむけて、ドル円レートは8
0円近くまで、下落しましたが、日経ヴェリタス(2月15日号)は、「円高恐怖症
のウソ」という特集記事を掲載しておりました。へぇ、円高になっても大丈夫なのか
と思っていたら、今回は改めて大騒ぎになっております。
85円で大騒ぎ、80円で平静、75円でまた大騒ぎ。いったい、このリズムは何
だというと、要するに為替レートには関係がないのです。景気後退が懸念されている
ときに、円高が大変だと騒ぎ、年末年始のように、踊り場脱却への期待が強まると、
円高でも騒がず、また二番底が懸念されると、円高のせいだとなるのです。
さて、二つめの株式相場と為替相場の関係ですが、2005年から2008年頃に
かけては、まさに、円高(円安)=株安(株高)という強い相関が認められました。
しかし、リーマンショック後は、両者の関係は崩れ、相関係数もゼロ近くまで低下し
ております。関係がないということです。もともと、円相場と株式相場には、一定の
関係はありません。ある時は、円安(円高)=株安(株高)でした。ちょうど199
0年代後半から2000年にかけてはそうでした。
当時は、日本売りで円安、株安。外国人の日本株買いで、株高、円高などと解説さ
れておりました。
相場を説明する理屈は時代によって変わります。また、同じ時代でも立場によって
違ったりします。株式市場の参加者は、円高のせいで業績が悪化するので、株が下が
ると解説しますが、為替市場の参加者は、リスク回避姿勢が強まっているので円高だ
と言います。「リスク回避姿勢が強まるとはどういうことですか」と聞くと、株が下
がっている時がそうだと彼らは答えます。要するに、株が下がるから、円高だと考え
ている訳です。
株式市場と為替市場の参加者が、それぞれ、相手方が原因で、自分たちの市場動向
が結果であると考えていることになります。人間は、どんな事象も説明できないと気
持ちが悪いのでしょうね。
しかし、お互いが、原因と結果を逆向きに考えているということは、どちらも間違
えている可能性があるということです。何らかのショックをきっかけに、ショックを
受けると、人間は一斉に反応しますから、それで株と為替相の相関が強まり、相関が
生まれたことで、自己実現的に相関が強まり、それに後から理屈がつき、という展開
になっていたのではないでしょうか。
そうすると、相関がなくなると、ないから関係ないという話しになり、これからし
ばらくは、両者を関連づけて語る参加者が減って行くように思います。以上、「歴史
的な円高」について、考えている二つのことを書きました。
JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ 金井伸郎 :外資系運用会社 企画・営業部門勤務
日本の輸出額の対国内総生産(GDP)比率は約11.5%と意外にも低いため、仮に
10%の円高によって単純に円ベースの輸出額が同じ割合で減少したとしても、GDP
全体へのマイナス寄与度は1%程度にとどまります。
一方で、同様に輸入額が円高によって円ベースで目減りする分は、0.8%から0.9%
程度のプラスの寄与度となります。従って、差し引きでは0.1%から0.2%程度のマイ
ナス寄与度となると考えることができます。もちろん、民間シンクタンク15社の2
011年度のGDP成長率予測が平均で実質0.4%成長とのことですから、決して小
さな影響ともいえません。
ちなみに、輸出額の対GDP比率では、輸出額で世界1位と2位を占める中国とド
イツはそれぞれ約24.1%と約33.7%、日本と多くの分野で競合関係にある韓国は約
43.4%となっています。(出所、国際貿易投資研究所2009年基準)
ここで「10%の円高」としたのは、最近の1ドル85円近辺から1ドル75円台までの上
昇も踏まえての想定です。これほど大幅な円高ともなれば、採算の悪化から製品の輸
出そのものを断念する企業や、コスト上昇をドル・ベースの輸出価格への転嫁を余儀
なくされ、結果として輸出数量の減少に見舞われる企業も少なくないでしょう。当然
ながら、円高の輸出に与える影響は、為替レート変動による輸出額の目減りにはとど
まりません。
さらに、これらのマイナスの影響が必ずしも経済全体で一律に負担されるわけでは
なく、製造業に負担が集中するという点も、影響を大きくしていると考えられます。
日本の輸出額の対GDP比率は約1割程度と指摘しましたが、製造業自体の付加価値
の対GDP構成比率もすでに約2割程度まで縮小しており、製造業の輸出依存度は高
いといえます。
また、日本経済における製造業の存在感の大きさとしては、例えば、法人企業の経
常利益における製造業の構成比では、外需が好調であった2007年度までは全産業の4
割強を占めていたことが挙げられます。これが、世界的な景気後退の影響を受けた
2008年以降は3割弱に低下していることを見ても、製造業の利益の振れは非製造業に
比べて大きく、利益面での全産業に占める構成比の高さとあわせて経済全体への影響
度の大きさとなっています。
実際、日本を含め多くの先進国では対GDPでの産業構成における製造業の比率は
低下していますが、それでも製造業の動向が経済全体へ及ぼす影響力は小さくありま
せん。経済のサービス化が進んだ米国の株式・債券市場でも、いまだに製造業の動向
を示す経済指標が注目を集めますが、そうした経済全体のセンチメントを先導すると
いう心理的な要素も影響力の一部かもしれません。
ところで、今回の設問の主旨とは外れますが、日本の製造業あるいは経済全体が為
替レートの変動の影響を受けやすい構造にあることについては、当然視されることで
はありますが、同時に再考を要する点もあるのではないでしょうか。
円高は一方で、原料やエネルギーの輸入コストの低下を通じて変動費用の面での生
産コストの低減に寄与します。しかし生産コストとしては、設備の償却負担や人件費
などの固定費用が円ベースであることから、円高によるドル・ベースでのコスト上昇
により輸出競争力が低下するという構図です。
このような設備の償却負担については、設備投資資金をドル調達することで、為替
変動によるコスト変動を相殺することが可能なはずです。また、あまりにも突飛な話
ですが、ドル・ベースでの賃金・雇用契約も認められてよいのではないでしょうか。
労働者として収入変動の負担を受け入れる一方で、正規雇用など長期的な雇用安定を
交換条件にできるのであれば、十分考慮に値するのではないかと思います。
生産拠点の海外移転という空洞化の動きを食い止めるためには、製造業が国内生産
を続けながらも、為替変動などの影響に対して柔軟なコスト構造を保てるような枠組
みを考える必要があるといえます。
外資系運用会社 企画・営業部門勤務:金井伸郎
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■ 杉岡秋美 :生命保険関連会社勤務
日本の輸出財の値段が上がるので、競争力が下がることはやむをえないでしょう。
限界的な輸出産業は、廃業するか安い生産コストを目指して海外立地を進めざるを得
ず、ただでさえデフレ状態にある景気を、更に低下させる効果があるのは確かです。
ただ、日本企業も10、20年前の日本企業とは違います。日本企業は、度重なる円高
に対して、海外調達を増やしたり、海外立地を進めるなど非常柔軟な生産体制を作り
あげてきています。円高は当面の売上と利益を減らしますが、企業側はそれに対して
迅速に対応してきますので収益面ではすぐ回復してきます。調整される雇用面でのデ
フレ効果は否めませんが、その懸念は過去の円高局面よりはだいぶ小さくなっている
はずです。
日本のGDPの需要項目は、外需だけに頼っている訳ではなく、輸出から輸入を引い
た純輸出はその5%程度と思い直せば、円高はそう恐れることはないかもしれません。
原材料を輸入して加工する要素の強い企業にとっては、円高は投入する原材料の価格
が下がることを通じで、採算が改善するはずです。このような企業のカテゴリーには、
影響の濃淡はありますが、ほとんどの内需型企業が含まれるます。
これから、日本の景気を牽引すると大きく期待される需要は、3次補正以降の予算
措置を通じた復興からのもとなって行くはずです。こういった純然たる内需にとって
は、円高はプラスに働きます。復興に使われる資材を安く手に入れることが出来るの
で、内需企業の採算が向上するはずです。企業の採算向上の結果、雇用面でもプラス
になることも期待できるでしょう。
発電の主役が火力に代わりましたが、石油や天然ガスなど代替燃料を調達する点で
も、円高はプラスに働いているはずです。輸入品の価格の低下を通じて、効果は広く
浅いかもしれませんが、円高は消費者の実質所得を向上させる効果もあります。
円高イコール大変だという認識は、我々の認知・行動パターンに刷り込まれてしま
っていますが、その大変さは以前ほどではないことに注目すべきでしょう。これから、
進める復興需要を足がかりにした、内需による経済回復にとっては円高はむしろプラ
スであり、消費者には恩恵をもたらすことになります。
生命保険関連会社勤務:杉岡秋美
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■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
為替が日々激しく動くようになっています。私のようなクレジットアナリストから
見れば、こうした為替の変動により、輸出企業の業績不振を懸念するということにな
ります。日本は、貿易黒字から貿易赤字に陥りつつあるため(震災の影響が大きかっ
たため4月に4637億円の貿易赤字に転落したのは記憶に新しいと思います)、日本全
体で見たときには、必ずしも円高が不景気と直結すると考えなくてもよくなったのか
も知れませんが、やはり、輸出産業は日本の景況感を支える屋台骨にあたることは間
違いないと考えてよく、その分、円高が日本の景況感に水を差すと考えるべきかと思
います。
すぐに思いつくところでは、自動車産業および電機産業が円高による収益への悪影
響があります。たとえばですが、トヨタは一円円高が進むと、営業利益に対するマイ
ナスの影響が約300億円(10年6月期データ)、同じくホンダは同150億円(11年7月期
データ)、日産は同200億円(11年7月期データ)と公表されていますし、一方、ソ
ニーは同10億円(10年6月期データ)、パナソニックは同40億円(11年6月期データ)
とあります。これまでの企業サイドの為替見通しは、およそ、1?あたり85円近傍で
したので、それが足元75?76円となれば、約10円違っているというわけです。そのた
め、上記にあげた5社だけでも、約7000億円の営業収益の下ぶれ要因ということにな
ります。輸出産業でないセクターの場合には、それ程為替リスクは大きくないと見て
いいでしょうが、かといって、まったく為替リスクを取っていない企業ばかりという
わけではもちろんありません。それこそ、震災以降はサプライチェーンの見直しとい
う課題もあったため、基本は内需関連のセクターであったとしても、海外での生産な
どに踏み切っている場合もあると考えられます。日本全体では何兆円にもわたって営
業利益への悪影響があると言っていいでしょう。
当然のことですが、輸入素材を使って生産を行う場合には、為替差益が生じている
ことになります。そのため、前述した輸出産業の営業収益の下ぶれ分のうち、日本全
体で見たときには、幾ばくかは相殺され、ある程度、日本経済への影響は緩和してい
るということが十分あり得ます。
とはいえ、基本は貿易黒字による外貨稼得を生業としてきた日本のビジネスモデ
ル、ということを鑑みれば、円高はそれによる好影響より悪影響のほうが多いと考え
るのは一般的だということになります。
さらに、対ドルで見た場合の円高のみならず、対ユーロで見た場合の円高も進んで
います。ソニーは、企業業績で見たとき、米国においてより、欧州でのプレゼンスが
大きいこともあり、対ドルの円高は営業利益に対して10億円の減益要因でしかありま
せんが、対ユーロとなれば1円円高で75億円です。それ程例として多くはないです
が、ソニーのように、為替感応度を見た場合に、ユーロの方が高くなる企業が散見さ
れることは見ておいてよいのではないでしょうか。対ドルだけでなく、対ユーロでの
為替損益についても十分意識しておく必要がある、というわけです。
しかしながら、なぜ、円高に進むのか、という問題も整理しておく必要があるで
しょう。現在、欧米では財政赤字問題を発端に、ソブリンリスクに火が点き、それ
が、金融システムに影響を与えかねないとして、金融機関の株価が暴落(クレジット
スプレッドはワイド化)しています。リスクの転嫁が次々起こり、あるいはグローバ
ルリセッションにも陥りかねない状況の中、行き場を失ったマネーが、円を買い上
げ、相対的な安心感も手伝って、円高を演出しているのはよく知られているところで
す。
とはいえ、日本経済は今後構造的に先細りする(人口構成などから見ても)こと
が、かなりの確率で見えている以上、円高というより円は先安感があると言って間違
いないと見ています。この仮説が正しいとすれば、現在の円高は、むしろ、相対的に
リスクが高まっている欧米に、日本の景況感がどんどんむしり取られている形になっ
ているとさえ、見ることができます。
マーケットでは、金融機関は全般に資金調達がし難くなってきました。
3MLibor-OISで示される金利は、リーマンショックの後という程ではないにしろ、ス
プレッドを広げてきています。これはとりもなおさず、金融機関のうち、資金調達が
し難いところが出てきていること(言い方を変えれば、資金を提供してもらえない金
融機関が出てきているということです)を示しています。つまり、世界のマネーフ
ローは再び変調を来す可能性があるわけです。これによって、為替に影響が出ること
は考えておくべきではないでしょうか。
ファンダメンタルズを反映しない部分で、円高が進むことによって、日本の景況感
が外に転嫁されていくことになることが続くことを、ある程度は見ておく必要がある
とすれば、それは、目先輸出企業の収益が減り、生産などが落ちてくるダウントレン
ドと呼応して、日本経済に対して思う以上に影響が出ることを暗示していると言える
のです。クレジットリスクの観点から言えば、過剰な円高が進むことで、日本経済や
企業業績に与える影響は過大となり、ネガティブに見ざるを得ない、ひいては、日本
国債の格下げ懸念につながる一つの要因となる可能性が高いと見るべきことと考えま
す。
BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈
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