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貧しさを強いられ、贅沢経験が足りない人ほど、物欲に囚われやすいのかもしれない
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月給3万円でもiPhone、iPad、トヨタのプラド!
2011年8月11日 木曜日
御手洗 瑞子
ブータンはGDP(国内総生産)ではなくGNH(国民総幸福量)の最大化をビジョンに掲げる国です。
経済的に豊かになるばかりが幸せではない。国は経済発展だけではなく総合的に国民の幸せを上げていくことを目指すべきだ――。ブータンは、そんな信念の下、政治をしている国です。
この話だけを聞くと、きっと多くの方は、「ブータンの人は、貧しくてもつつましく幸せに生きている」、そんな、清貧と言えるブータン人の暮らしを想像するのではないでしょうか。
私も、そうでした。ブータンに来る前、私はブータンについてこんなことを聞いていました。
「ブータンには信号が1つしかない。それも、首都にある、手旗信号だ」
そんなことから、私は、のどかで、車もほとんど通らない田舎の風景を想像していました。
タイよりずっといい車が走ってる
約1年前、ブータンに来て首都に入った時、その光景が自分の想像していたものと大きく異なり驚きました。確かに、信号は町の中心にある手旗信号1つなのですが、車はたくさん走っています。それも、ぼろぼろの中古の小型車などではなく、ピカピカの車が、たくさん。
ブータン唯一の信号は手旗式。その横を走り抜けるトヨタ車
郵便局の駐車場
最も多く見られるのはスズキですが、韓国・ヒュンダイのサンタフェと、トヨタ自動車のプラドも多く走っています。ランドクルーザーやハイラックスも見ます。どれも、数百万円はする車です。しかも皆ピカピカで、おそらく新車で購入し、その後もよく手入れしているのだろうということが分かります。車だけ見ると、まるで先進国です。
先日、日本から研究の仕事でいらした大学の先生が、こんなことを言われました。
「いやー、びっくりしました。私もだいぶアジアの国を訪れていますが、走っている車のレベルが、ブータンはどこよりも高い気がします。アジアの中でも比較的発展しているタイでも、町中では中古の小型車が目立ったのに…。ブータンの方が、ずっといい車が走っていますね」
本当に、その通りだと思います。
走っている車だけ見ると先進国と大して変わらない経済水準に見えるブータンですが、この国の人々はそんなにお金を持っているのでしょうか。
ブータンの人のお給料は、だいたい3層に分かれます。
1. 農家やレストランなどの従業員:月収6000〜2万円程度
2. ホワイトカラーや公務員など:月収2万〜4万円程度
3.一部のお金持ち(大手旅行会社、建設会社経営者など):月収数十万円
そう、決して収入が多いわけではありません。ブータンの人のお給料は、職業によって格差がありますが、総じてだいたい日本の10分の1、という感覚だと思います。
でも、首都ティンプーで人の暮らしぶりを見ていると、とてもそうは見えません。高そうな車がたくさん走っていますし、友人の家に遊びに行くと大きな薄型テレビがあったりします。
もちろん、これが国中で起こっているというわけではありません。ブータンでは都市部への人口集中が起こっており、都市と農村の格差は広がりつつあります。ブータンの地方では、まだ電気がきていない村もありますし、住民の多くは農業で生計を立てており、伝統建築の家と畑が広がります。初めて地方に出張した時には「ラストサムライみたいな風景だなぁ」と思ったのを覚えています。
一方、首都ティンプーでは、日本で働いていても高価だと感じられる車がたくさん走っている。お給料は、日本の10分の1であるにもかかわらず。それは、少し不思議な光景です。
iPad買おうと思うのだけど、どう思う?
車だけではありません。ブータンの首都ティンプーで暮らしていると、「本当にここは途上国なのだろうか」と思わされることがよくあります。
例えばiPhone。実はティンプーでiPhoneはそんなに珍しくありません。旅行会社の経営者など、ある程度お金を持っている人はもちろんですが、給料が2万円代の20代の公務員などもiPhoneを持っています。それ以外にも、ブランドものの服、化粧品など、日本で暮らしていても「なかなか値が張るなぁ」と思う物を、ブータンの人は持っていたりします。
ブータンの人たちはどのような気持ちで、こうした高価な買い物をしているのでしょうか。
ランチ時、新品のiPhone4を買ったと得意満面に自慢してきた20代の公務員の友人に、「なぜiPhoneを買ったの」と聞くと、彼女は「ん? だって便利じゃない。こんなにアプリ使えるんだよ、すごくない?」と当然のように答えました。まぁ、確かに便利ですが…。自分のお給料の何カ月分にも相当するような高価な物ですから、彼女のノリは何だかずいぶん軽い気がしてしまいます。
首都ティンプーにあるパソコンショップ
先日、職場の上司が帰りに車で家まで送ってくれると言うので、一緒に帰るために彼の帰り支度を待っていた時のことでした。彼のオフィスは、ゾンと呼ばれるお城の中にあります。仕事の時は、民族衣装であるゴに身を包み、高官の証である剣を腰から下げています。21世紀とは思えない出で立ちです。そんな上司が、ゾンの仕事場で、机の上に置いてあったVAIOのラップトップパソコンをかばんにしまいながら、楽しそうに言いました。
その状況で買うんだ…
上司:「今度さ、iPad買おうかと思うんだけど、たまこ、どう思う」
私:「え? あ、iPadですか…」
上司:「うん。よくない?」
私:「はぁ…。いいと思いますけど…。でも、そんなにいいVAIOを持ってらっしゃるじゃないですか。ケータイも、ノキアのスマートフォンですし」
上司:「…なんか、反応が渋いじゃない」
私:「え、いや、そういうわけではないのですが…」
上司:「でも、iPad、いいと思わない? ラップトップよりずっと薄くて軽いし。何より、起動に時間がかからないし。ネットとメールだけするなら、絶対便利だよね! ラップトップはオフィスに置いておいて、基本的にiPadを持ち歩くようにしようかなーと思って」
彼は既に、ラップトップも持っているし、スマートフォンも持っています。なにより彼のお給料はたぶん5万円程度ですし、お子さんも2人います。「その状況で買うんだ…」と内心思いつつ、楽しそうにiPadについて語る上司を前に、私は「は、はい…」と相変わらず気の利かない相槌しか打てませんでした。
「分相応」ではなく「高くてもいいものを」
そんなブータンの人たちの買い物の仕方を見ていて気がつくことがあります。1つは、「安かろう悪かろう」よりも、「高くてもいい物」を買おうとすること。そしてもう1つは、何かを買う時に、あまり収入を基に予算を考えないということです。
大通りにずらりと並んでいる車
ブータンの人たちは、何か欲しい物がある時に、それが本当にいい物かどうか、よく調べ、考えているように思います。一方で、あまり「お買い得か」とか「お手頃価格か」ということは重視しません。
例えば、友人がパソコンを買おうとしていた時。彼女は、価格比較ではなく、純粋にスペック比較をしていました。価格を基点に考えれば、ネットブックなども候補に上がるでしょう。もし、ネットブックを排除して考えても、価格も考慮していれば、台湾のメーカーのものなど、比較的手ごろな価格のブランドも候補に入ってくると思うのですが、彼女はあまりそうしたことは考えないようです。
そして、「たまこ、パナソニックのレッツノートがいいかなと思うのだけど、どう思う?」と聞いてきました。私はパソコンについては詳しくありませんが、それはいいパソコンと聞くけれど、でも彼女にとって高くないのだろうか…、と感じてしまいました。
海外ブランドの化粧品を買ってきて
また、こんなことがありました。以前、私が海外出張に行く時、同僚の女の子から海外ブランドの化粧品を買ってきてほしいと頼まれました。彼女から受け取った買い物メモを見ると、あるヨーロッパの有名ブランドのアイライナーとアイブローが書かれており、2つで1万円程度でした。ちなみに、彼女のお給料は月約2万円です。
メモを渡した彼女は、このブランドがいかにいいか、私に詳しく説明してくれました。「本当にこのブランドのアイライナーはいいのよ!使い心地がすごく滑らかで。持ちもいいし。それに色も…」と止まりません。「まずこのブランドの物を買っておけば、間違いないんだから!」と。
確かに、このブランドがいいことはよく分かった。でも、自分の収入に対しては高すぎる、などとは考えないのだろうか…、と思ってしまいます。
ただ、こうした彼女たちの「高くてもいいものを」「いいブランドのものを」「いい評判のものを」という志向は、分からなくもありません。
ブータンでは、パソコンを買えるようになったのも、海外の化粧品を買えるようになったのも、ごくごく最近の話です。それどころか、貨幣経済が本格的に動き出したのも最近のことだと言えます。
突然、様々なモノが目の前に広がった
これまで例に挙げた友人たちは20〜30代ですが、彼女たちの親の世代は、だいたい地方で農家を営んでおり、ほとんど現物経済の中で暮らしてきました。食糧は自給自足し、家屋は村のみんなで協力して建て、キラなど民族衣装の布地に対しては食糧や労働で対価を払う。親世代までそうやって暮らしてきました。
今年7月にできたアパレルショップ。PUMAとLeeを取り扱っている
それが突然、彼女たちの世代は、インターネットやテレビを通じて海外の情報が入ってくるようになりました。そして、車や携帯電話やパソコンといった現物経済の中では手に入らない製品も、今や身近なものになりました。
突然、様々なモノが選択肢として目の前に広がった。お金でモノを買うという行為をするようになった。知らないモノがたくさんある。でも買い物で失敗はしたくない。そう考えた時に、彼らがモノの価値をはかるモノサシが、ブランドであったり評判であったり、時には価格そのもの(高い物はいい物だろうという想定)になってしまい、それにすがるのは、ある程度仕方がなく、自然な流れかもしれないとも感じます。
ただその時に、自分の収入をもとに予算を考えるような、「分相応」の考え方があまりないことには、リスクを感じます。分相応の予算の概念なくして、「高くていいものを」求めれば、当然、自分の収入を超えてどんどん高くていいものを買って行ってしまうことになるからです。
そしてその傾向は、ローンなど、お金を借りる手段によって、加速されるように思います。
お金はどこから出てくるのか
さて、これだけ収入を超えた支出があるという話になると、そもそも、そのお金はどこから出てくるのだろう、という疑問を持ちます。
友人たちにも聞いてみました。
「留学していた時にアルバイトして貯めた」「親が不動産を持っているのでその不動産収入を分けてもらっている」「(政府官僚は)海外出張すると出張手当が高いから安いホテルに泊まって手当を貯めた」など、いろいろなケースが出てきました。
でも圧倒的に多いのは、銀行からのローンでした。特に、車など単価の高いものについては、ほとんどが銀行ローンです。
私の友人たちの多くも、車を買うために7〜10年程度のローンを組み、その支払いに毎月、給料の半分ほどを充てています。首都といっても小さな町で、彼らの多くは職場から徒歩20分圏内に住んでいることを考えると、分不相応とも言える高い買い物ではないかと思うのです。それでも少なからぬ友人がそうしたローンを組んでいます。
時々渋滞するようになった大通り
過去1年、首都ティンプーでは目に見えて車が増えています。私の職場から家までは約4キロメートルあり、帰りは職場の車で送ってもらっています。1年前は職場から家までは10分ぐらいの道のりでしたが、今では車が増えたことで渋滞が増え、約30分かかることもあります(駐車スペースが十分に確保されておらず、路上駐車が多いのも原因です)。
また、住宅ローンという形で、市民に多額の貸付が行われています。2010年、ブータン国内で住宅部門への貸付総額は約383億円でした。GDPが約1100億円、政府の歳入が約370億円(2009年)の国にとって、それは大変な額です(資料:クンセル新聞、政府統計、為替は1ヌルタム=1.8円で換算)
個人への貸付がこれだけ拡大したのは、ここ2〜3年のことだと聞きます。そして人々は、車などなら7〜10年、住宅であれば20年を超えるローンを組んでいる。まだ今はそこまで顕在化してきていないけれど、近々、ローンを払えなくなる人がどんどん出てくるのではないか…。そうした時、銀行は、貸し倒れしないのだろうか…。
不安が募ります。
IMFの勧告、楽観的なブータン関係者
何度か、次官クラスの政府の高官と話している時に、この話をしてみました。
「私の周りを見ても、みんな収入を超えてお金を使っているように見える。月収が2〜3万円の人が100万円以上の車を持っているのが当たり前。ローンの支払いに計画性があるようにも見えないし、欲しいものは買ってしまう。人々の消費行動は、『足るを知る』からずいぶん離れてきているんじゃないだろうか。そんな状態で、こんなにお金を貸して大丈夫だろうか」
すると、彼らは笑いながら、口をそろえて言います。
「大丈夫だよ、きっとみんな、ちゃんと考えてお金を使っているだろう。ローンだって考えて組んでいるさ」
何とものんきな反応です(こういうところは、とてもブータン人らしいです・笑)。でも、心配しているのは私だけではないようでした。
今年6月5日、ブータンの国内新聞であるクンセル新聞に、「IMF(国際通貨基金)との見解不一致」という見出しで、このような記事が掲載されました。
ブータンの銀行関係者およびエコノミストは、IMFが最近実施したアセスメントの結果に同意しかねるという態度を表明している。IMFのアセスメントでは、経済の過熱を防ぎインフレの進行を抑制するため、金利を上げるように勧告している。
この記事によると、IMFは、ブータンの経済は過熱気味であり急激なインフレを防ぐためにも金利を上げ、マネーサプライもコントロールするように、と勧告しています。
一方ブータンの銀行関係者、エコノミストは、ブータンのインフレは輸入品の価格上昇により引き起こされており需要側の問題ではない、このため金利を上げることに意味はない、と反論しています。また金融の引き締めはブータンの経済発展の妨げにもなる、と。
月収2〜3万円でありながら、車もiPhoneも持つ同僚。高級な海外ブランドのメークセットを買う友人。iPadの購入を考える上司。日に日に増える車。街のそこかしこで工事をしている建設ラッシュ。
そのバブルのような光景は、とても「輸入品価格が上がっているためのインフレ」では説明できないように思うのですが、そこは根がお気楽で、自信もたっぷりなブータン人。
IMFの勧告を受けても、そこはにっこりとして、のんきに言います。
「いや、大丈夫でしょ」
…本当でしょうか。
GDPではなくGNHをビジョンに掲げるブータンで、どうしてこのようなことが起こっているのでしょうか。
ブータンの人は、変わってしまったのでしょうか。
なぜ、「足るを知る」ではなく、こんなに物欲が大きくなってしまっているのでしょうか。
なぜ、「身の丈」で暮らさず、安易にローンを組んでしまうのでしょうか。
ブータンの人が変わったのではない?
ブータンに来てから、このブータンのバブルのような様子を見てとても驚き、そして不安を抱きました。このままでは、近いうちに破産が相次ぐかもしれません。「外部の経済に触れて、ブータンの人は変わってしまったのかなぁ」と、寂しくも思いました。
そこで、ここ1年ずっと興味深くブータンの人々の行動を見ていたのですが、気が付いたことがあります。それは、もしかしたらこのブータンのバブルは、ブータンの人々が「変わってしまった」から起こっているのではなく、むしろブータンの人たちの歴史的・文化的な特性によって引き起こされ、加速されているのかもしれないということ。そして、それはブータンの人たちの「生き方」に根ざしたものであること。
次回は、そんなことについて考えてみたいと思います。
このコラムについて
ブータン公務員だより
ブータンを「夢の国」として扱うわけでもなく、また「幸せの国と言っているけれど、こんなに課題があるではないか!」とあら探しをするわけでもない。「多くの課題を抱えながら、『国民の幸せ』を最大化することを目指すブータン政府の国づくりの知恵」「いやなことだってあるけれど、『結局は、幸せだよね』と言ってしまうブータンの人々の幸せ上手に生きる知恵」を紹介する
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著者プロフィール
御手洗 瑞子(みたらい・たまこ)
御手洗 瑞子ブータン政府 Gross National Happiness Commission (GNHC)首相フェロー
東京生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年9月より現職。ブログは「ブータンてきとう日記」。好きなものは、温泉と公園とおいしい和食。
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