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EUでさえできないのに、通貨も財政政策も異なり、国民所得も、政治支配層も異なる国家間では国家エゴを超えてマクロ・プルーデンス政策を調整することは簡単ではない
理想と現実は異なる
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110801/221814/?ST=print
経常収支不均衡問題が引き起こす再びの「バブル」
国際収支を巡る議論 現状編 その4
2011年8月3日 水曜日
小峰 隆夫
震災後の日本の経済社会論議を見ていると大変気になることがある。それは、政策的関心の行方が国内問題に偏しており、国際的な視点を忘れがちになっていることだ。菅総理が高らかに打ち上げた「第3の開国」も、震災でどこかに吹っ飛んでしまった。TPP(環太平洋経済連携協定)参加問題もあっさり先送りされた。
国内で何か大きな問題が起きたときに、一般国民、マスコミの関心がそちらに集中することはやむを得ない。新聞の紙面もテレビの時間も限られた枠があるのだから、特定の問題にスペースを割けば、他の問題が押し出されてしまい、扱いが小さくなるのは当然である。
しかし、経済問題に一定の枠はない。新しく大きな問題が出てきたからといって、従来から存在した問題の重要性が低下するわけではない。プロである政策当事者は、脚光を浴びるか否かに関係なく、重要な課題を常に意識し続ける必要がある。
やや愚痴になるが、この点では、自民党政権時代に存在していた経済財政諮問会議が機能停止状態になっているのはまことに残念である。諮問会議では、政治のトップと経済の専門家、経済界の代表がその時点での経済政策のアジェンダ(論点)を論じ、毎年「骨太方針」を出していたからだ。諮問会議で議論していれば、政治家だけで決めるよりはずっとバランスの取れた問題意識を持つことができたはずである。
日本が震災の対応に追われている間にも、世界経済は動き続けており、日本もその渦中にあることは全く同じである。これまでせっかく日本の経常収支問題を考えてきたので、今回は世界的な課題の一つとして、世界的な経常収支不均衡問題について考えてみたい。
グローバルインバランス問題とは何か
世界的な視野で見た経常収支不均衡問題は「グローバルインバランス問題」と呼ばれている。世界全体の経常収支は合計するとゼロになるのだが、個々には赤字国と黒字国が存在する。この国々が固定化し、黒字国の黒字、赤字国の赤字が拡大していくと、世界的な経常収支の不均衡が拡大していくことになる。
それがなぜ問題なのか。この連載でも説明したように、経常収支と資本収支は符号が逆で等しいという関係がある。同じことだが、経常収支黒字国は資金余剰国で、自国の資金が海外に流出しており、逆に赤字国は資金不足国で、海外から資金が流入してきている国である。すると、経常収支黒字国、赤字国それぞれで黒字・赤字の規模が拡大すればするほど、国際的な資金移動も活発化することになる。
国際的に危惧されているのは、この資金移動がバブルを生む可能性があるということだ。その実例となったのが、2007年春以降のサブプライム危機であった。このサブプライム危機は、多くの要因が重なって生まれたものだが、その背景にあったのが長期金利の低下と住宅価格の上昇であり、そのまた背景にあったのがグローバルインバランスなのである。
サブプライム危機前の世界の経常収支を見ると、大口の黒字国としては、産油国と新興国があった。一方、欧米先進国は全体としては赤字であった。すると、これら大口経常収支黒字国から赤字国に大規模な資本移動が起きることになる。
産油国、新興国が稼ぎ出した経常黒字は、資本流出となって先進国に流れ込んだ。内閣府「世界経済の潮流 2011年5月、第1章 第2節 2.(1)」によると、世界全体で民間および政府が発行した債券は、2002年末の約43兆ドルから、2007年末には約80兆ドルに拡大していたという。こうした世界的な資金移動が、長期金利の低下と住宅価格の上昇をもたらしたのである。
金融のプルーデンス政策
では、バブルを未然に防止するためにはどうしたらよいか。これには金融政策が大きな役割を果たすことになる。
そもそも金融政策には二つの種類がある。一つは、金利やマネーストック(通貨の供給量)をコントロールすることによって物価の安定を図ったり、経済を活性化することであり、もう一つは、プルーデンス政策といわれるもので、個々の金融機関の行動を規制したり監視したりすることにより、金融機関の経営の安定性を確保するものだ(プルーデンスは「慎重」という意味)。金融機関についてこれが必要になるのは、一つの金融機関が倒産すると、他の金融機関にもそれが波及し、金融システム全体が機能不全に陥ってしまうからだ(これがシステミック・リスクである)。
では、この二つの金融手段でバブルを防ぐことができるのか。これがサブプライム危機後に問われたことである。
まず、前者の通常の金融政策運営でバブルを防ぐことは可能だろうか。日本は1980年代後半以降、地価・株価などの資産価格が上昇して、激しいバブルを経験した。後から考えると、なぜもっと早く金融を引き締めてバブルを防がなかったのかと誰もが考える。しかし、これはかなり難しい。
バブルというのは、資産価格が経済の実態から乖離して大幅に上昇することを指す。ところが、現実に資産価格の上昇が観測されたとしても、それが「実態から乖離しているか」を判定することは非常に難しい。経済が発展し、企業収益が増えていけば当然株価も上昇するし、地価も上がる。経済が元気になって株価や地価が上昇することは「実態に即した価格上昇」であり、むしろ望ましいことである。それをバブルと誤認して、金融を引き締めてしまったら、不必要に経済を減速させることになってしまう。
後者のプルーデンス政策は、ある程度バブルの防止に有効である。金融機関が過度のリスクテイクに走らず、健全な経営に徹していれば、金融行動がバブルを助長することをある程度防ぐことができるはずだ。しかし、全体としての金融が緩んでいるような場合には、個々の金融機関の経営が健全であっても、金融全体がバブルを助長してしまうことは避けられない。
そこでサブプライム危機後議論されるようになったのが、「マクロ・プルーデンス政策」である(その意味では、前述の従来型のプルーデンス政策は「ミクロ・プルーデンス政策」ということになる)。つまり、金融全体としてバブルやシステミック・リスクを生まないような監視・規制を行っていこうというものだ。
この「マクロ・プルーデンス政策」にもいくつかの種類がある。一つは「狭義のマクロ・プルーデンス政策」ともいうべきもので、金融機関が連鎖倒産を引き起こすことなどによるシステミックリスクを金融部門全体として防ぐような監視メカニズムを設けようという議論である。これについては欧米でシステミック・リスクを防ぐための専門機関が設置されるなど、対応が進み始めているのだが、詳しい説明は省略する。
もう一つが「広義のプルーデンス政策」ともいうべきもので、世界的な規模での貯蓄と投資の不均衡が発生しないようにしようとするものだ。これが本稿で取り上げているグローバルインバランス問題である。
経常収支不均衡の是正については、20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議やG20サミットで議論が行われている。2010年11月のG20(ソウル・サミット)では、経常収支を持続可能な水準で維持するためのあらゆる政策を追求するという首脳宣言が採択され、その後、この宣言に基づいて対外不均衡についての相互評価を行うためのガイドラインが合意されるに至っている。
経常収支不均衡是正の難しさ
ただ、この経常収支不均衡是正策を実行していくには、次のような難しい点がある。
第1は、このシリーズでもしばしば述べているように、経常収支そのものは、各国の政策目標としては位置づけられていないことだ。多くの論者がこのグローバルインバランス問題を論じているのだが、そのほとんどが「経常収支不均衡そのものが問題であるわけではない」という趣旨の断りを入れている。このため、経常収支の不均衡を抑制せよという議論もいま一つ迫力が出ないことになり、例えば、具体的な数値で目安を出すことが難しくなる。2010年秋のG20では、米国が「経常収支の黒字(または赤字)を名目GDPの4%以下に抑制する」という案を出したが、合意には至らなかった。
第2に、経常収支は多くの要素が絡み合いながら変動しているので、その背景はまちまちであることだ。
これも本連載で述べてきたように、経常収支は、輸出入の動き、家計の貯蓄超過の程度、企業の投資超過の程度、財政バランスなどによって決まる。この組み合わせは単純ではなく、無数の組み合わせがある。米国は「家計の低貯蓄率」と「財政赤字」の組み合わせである。日本は、「企業の貯蓄超過」と「財政赤字」が組み合わさっている。普通なら財政赤字は経常収支の赤字と結び付きやすいが、日本の場合は企業の貯蓄超過が大きく、十分財政赤字を吸収してきたのである。
どう対処すべきかも難しく、下手をすると相手国の国内経済政策そのものに手を突っ込むような話になってしまう。米国の投資超過を是正するためには、何よりも財政赤字を削減する必要があるが、米国は他国からそんなことを言われたくないだろう。中国については、元の通貨価値を高めて、輸出頼みの成長を変えることが求められるが、それは成長率の低下と失業の増大を招くかもしれない。
第3は、内実では重商主義的な発想が垣間見えることだ。特に、米国がこの経常収支不均衡問題に熱心なのは、バブルの防止という建前よりも、中国との貿易不均衡を是正したい、つまり、もっと中国からの輸入を減らして、中国への輸出を増やしたいというのが本音ではないかと私は考えている。
依然として続く経常収支不均衡問題
こうして議論が難航している間にも経常収支の不均衡は続いている。そしてその不均衡は、再び新たな問題を世界経済に投げかけつつある。
世界全体の経常収支不均衡は、リーマンショック後、いったん縮小したのだが、その後、黒字サイドでは中国も産油国も経常収支黒字が再び拡大している。逆に、赤字サイドでは米国の経常収支赤字がリーマンショック後いったん縮小した後、再拡大している。再びサブプライム危機発生時のような状況に戻ってきたのである。
前述のマクロ・プルーデンスの考え方が正しいとすると、こうした経常収支不均衡は、世界経済にバブル的な問題を引き起こす可能性がある。現在懸念されているのは、次のようなものだ。
第1は、新興国におけるバブル懸念である。中国がその代表である。新興国の国際収支をみると、経常収支が大幅な黒字なのだが、資本収支も黒字である(具体的な姿は、今年の経済財政白書2-1-5図を参照)。
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je11/pdf/p02011_2.pdf
通常は、経常収支が黒字であれば、資本収支は同額の赤字となるはずである。にもかかわらず経常収支も資本収支も黒字となっているのは、ほぼ両方の黒字を合わせた分だけ外貨準備が積み上がっているからである。
見るからに異常な姿だが、これには次のような背景が考えられる。一つは、新興国の多くが変動レート制ではなくドルペッグ制に近い為替制度を採用していることだ。自国通貨の対ドル平価を維持するためには、輸出を通じて入ってくる外貨を政府が買い続ける必要がある。このため外貨準備が増加しているのだ。
もう一つは、自国内への資金回帰である。もし、経常収支の黒字分を買い支えるだけであれば、経常収支が黒字の分だけ外貨準備が増えるはずだ。これにさらに資本流入分まで加わっているということは、いったん外貨準備の運用を通じて海外に流出した資金が、新興国に資本流入として回帰しているものと考えられる。
これは次のようなことだと思われる。新興国は溜まった外貨準備を何らかの形で運用する。これは公的な運用なので、リスクの高い投資は出来ないから、その多くは海外の債券に向かう。米国国債がその典型である。新興国の資金が先進諸国の国債を消化すると、先進諸国ではその分資金に余裕が出るから、それは有望な投資先を探す。その有望な投資先が新興国である。こうして新興国から出た資金が再び新興国に戻ってくる。その資金が新興国における資産価格の上昇を招き、バブルを生む可能性がある。
第2は、先進諸国の国債バブルである。不均衡によって生み出される資金フローは、財政赤字のファイナンスにも回っている。この資金が豊富であれば、各国は低い金利で国債を発行し続けることが出来る。リーマンショック後の経済危機に対応するため、各国は財政赤字を拡大させたが、それをファイナンスしたのが国際的な資金余剰だったのだ。
国債の金利が低いということは、国債価格が高いということである。日本の例で考えてみよう。例えば、市中金利が1%で、国債の利回りも1%だったとしよう。100万円のキャッシュを銀行に預ければ年に1万円の利子が得られる。ということは、年1万円の利子を約束された国債という債券は100万円の価値があるということだ。よってこの債券には100万円という値段が付くはずだ。
では、何らかの事情で市場金利が2%に上昇するとどうなるか。今度は50万円のキャッシュを預金すれば1万円の利子を受け取ることができる。すると1万円の利子を約束する国債の値段は一気に50万円に下落してしまうのだ。仮に、現状の国債価格が、経常収支不均衡に支えられたバブルだとすると、バブルがはじけた時、国債価格は暴落することになる。なお、この議論は日本にもそのまま成立するのだが、ここではこれ以上は触れない。
要はグローバルインバランス問題が新興国のバブルや先進諸国の国債バブルを生んでいる可能性があるということだ。このバブルの危険を未然に防止するためには、新興国は通貨制度と成長パターンを変えることによって、また、先進諸国は財政赤字をコントロールすることによって、グローバルインバランスを持続可能なものにしていくことが必要となる。
何らかのバブルが発生し、それが崩壊するとその火の粉は日本にも及んでくる。震災からの復興に力を尽くすことが重要であることはもちろんだが、有力な先進国の一員である日本は、こうした世界的課題の解決のためにも積極的に関与していく必要がある。
小峰隆夫のワンクラス上の日本経済論
「ワンクラス上」というタイトルは、少し高飛車なもの言いに聞こえるかもしれません。でもこのタイトルにはこんな著者の思いが込められています。「タイトルの『ワンクラス上』は、私がワンクラス上だという意味ではありません。世の中には経済の入門書がたくさんあり、ネットを調べれば、入門段階の情報を簡単に入手することができます。それはそれで大切だと思います。しかし、経済は『あと一歩踏み込んで考えれば新しい風景が見えてくる』ということが多く、『その一歩はそんなに難しくはない』というのが私の考えなのです。常識的・表面的な知識に満足せず、もう一歩考えを進めてみたい。それがこの連載の狙いであり、私自身がその一歩を踏み出すつもりで書いていきたいと思っています。コメントも歓迎です。どうかよろしくお願いいたします」。日本経済、そして自分自身の視点を「ワンクラス上」にするための経済コラムです。
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著者プロフィール
小峰 隆夫(こみね・たかお)
法政大学大学院政策創造研究科教授。1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業、同年経済企画庁入庁。2003年から同大学に移り、08年4月から現職。著書に『日本経済の構造変動』、『超長期予測 老いるアジア』『女性が変える日本経済』、『最新日本経済入門(第3版)』、『データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問』、『政権交代の経済学』、『人口負荷社会』ほか多数。
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