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「政府紙幣発行で財政再建可能」のウソ
2011年8月1日 月曜日
國枝 繁樹
ポイント
日銀の通貨発行益は、通常の状態では貨幣需要側に制約される。流動性の罠の下でも、金利が非常に低いため重要な財源とならない。
政府紙幣は、発行時には利益を確保できても、流動性の罠からの脱出の際の政府紙幣回収に伴い損失が発生するため、中長期的に重要な財源とはならない。
古典落語の「狸の札」では、狸が恩返しのため、お札に化け、恩人の借金返済に協力する。我が国の巨額の公債も、そうしたお札で返済できればありがたい。しかし、お札が元の姿に戻るようでは困る。日本三名狸の一つの淡路島の芝右衛門狸は、伝承によれば、芝居が好きで人間に化け、木の葉をお金に変えて木戸銭として、大阪の中座に通っていたが、そうしたお金は木の葉に戻るため、芝居小屋に不審に思われ、最後は番犬に見つかり、命を落としてしまったという。我が国の財政再建や復興財源確保のため、政府紙幣を発行すべきとの意見もあるが、果たしてそうした紙幣は“木の葉”に戻ることはないのだろうか?
本稿では、通貨発行益、そして政府紙幣による財源確保の可能性につき論じる。なお、問題の所在を明らかにするため、かなり単純化した枠組みで議論を行うことは御了承いただきたい。
通貨発行益(シニョリッジ)で巨額な財源を確保できるのか?
通貨発行益(シニョリッジ)とは、通貨(日銀券・硬貨等)を発行することにより政府・中央銀行が得る利益のことである。通貨発行益の定義はいくつかあるが、ここでは現実の予算との関係がわかりやすい、ノーベル経済学賞受賞者のフェルプス・コロンビア大学教授の定義に基づいて論じる。
フェルプス教授は、通貨発行益を(名目金利)×(実質貨幣残高)と定義した(ここでの貨幣は、マネタリーベースにほぼ対応する)。これは、日銀が市場取引により国債を買い入れ、その分、日銀券が追加発行されるケースを想定すると理解しやすい。この取引により、日銀のバランスシート上、日銀券という負債は増加するが、他方、同額の国債が資産に新たに計上される。
国債の保有により、日銀は金利を得ることができる一方、負債である日銀券は利子を支払う必要がないので、日銀は(名目金利)×(実質貨幣残高)だけの通貨発行益を得ることになる。民間銀行が日銀に預ける付利されない当座預金についても同様である。この利益のうちから、日銀の各種経費やその他の損益を調整した額が、当期剰余金となり、その大半が日銀の国庫納付金(日銀納付金)という形で国庫に納付される(その他に法人税が国・地方に支払われるが、簡単化のために、ここでは無視する。また後述のように硬貨に係る通貨発行益は直接、政府の歳入となる)。
この納付金は、現在でも税外収入の形で予算に組み込まれている。この通貨発行益を、日銀券を大量増発(論者によっては数十兆円)することで膨張させれば、財政赤字を大きく削減できるとの意見がある。そうした政策は本当に有効なのだろうか?
実は最適な通貨発行益のあり方については、マクロ経済学者が最適課税論の枠組みを用いながら分析を行ってきたが、サマーズ・ハーバード大学教授やキング・イングランド銀行総裁は、そうした分析につき冷ややかであった。それは、現在の先進国において、通貨発行益の規模は経済全体と比較すれば限定的だからである。
例えば、最近の我が国の日銀納付金の規模は、2009年度決算では3,487億円、2010年度決算では443億円にとどまっている。2009年度の日銀納付金をGDP比で見ると0.07%にすぎず、2000年代平均で見てもGDP比で0.11%にとどまる。通貨発行益が貴重な財源なのは確かだが、基幹税(例えば、消費税収のGDP比約2%・2009年度)と比較すれば、相対的な規模は小さく、このため、財政学者は、財源としての通貨発行益は重視せず、財政再建に当たっては、基幹税を中心とした税制をどうするのが最適かを論じてきた。
それでは、最近の日銀納付金が限定的な規模にすぎなかったとしても、日銀がこれまでをはるかに超える規模の国債買いオペを市場で行えば、ずっと巨額の日銀納付金を確保できるのか? 通常の状態では、そう簡単にはいかない。中央銀行が全く自由に実質貨幣残高を決められるわけではないからである。
実質貨幣残高は、国民がどれだけ貨幣を需要するかという貨幣需要側の制約に左右される。インフレ率が増加し、名目金利が上昇すれば、貨幣と比較して債券の魅力が増すため、貨幣需要は減少する。実質貨幣残高が減少すれば、名目金利×実質貨幣残高に等しい通貨発行益は、インフレ率の上昇幅ほどは増加しない。このため、財政再建に重大な影響を与えるほどの相当規模の通貨発行益を得ようとすると、高いインフレ率が必要となる。例えば、現在との直接の比較は難しいものの、我が国の1971〜1980年のインフレ率平均は狂乱物価の時期を含み、9.1%と非常に高かったが、同時期の日銀納付金のGDP比の平均は0.38%に留まっていた。
「流動性の罠」の状態で通貨発行益は大きな額になるのか?
もっとも、現在の日本は通常の状態ではなく、「流動性の罠」に近い状態になっていると指摘されている。流動性の罠とは、名目金利が0となり、債券の貨幣に対する収益率での有利性が失われるため、貨幣需要が無限大となりうる状態をいう。貨幣需要側の制約がなくなるため、理論的には、日銀は大量の国債の買いオペを実施し、国債保有高を大幅に拡大することができる。
では、それにより通貨発行益も非常に大きな額になるのだろうか? 残念ながら、そうはならない。仮に日銀保有の国債がみな短期国債だとしよう。その場合、流動性の罠においては、名目金利が0なので、フェルプス教授の定義(名目金利×実質貨幣残高)の通貨発行益は0になる。現実には、日銀の保有する国債の大半は長期国債であるため、流動性の罠の下でも長期金利は0にならず、一定の通貨発行益を得ることができるが、非常に低い長期金利の下ではその額は限られる。
実際の日銀納付金も金利動向に大きな影響を受けている。日銀納付金の要因については、会計検査院による分析があるが、日銀納付金の中核である保有国債の利子・売買益(国債利息等利益)は、国債保有高に加え、買入時における金利に大きく左右されることが指摘されている。日銀の国債保有額(長短合計)は量的緩和政策の導入後、2001年から増加し、2003年度末に100兆円を超えたが、その後、減少し、2008年度末には64兆円まで減少している。他方、国債利息等利益は、国債保有額と逆に、2003年度まで減少した後、増加に転じている。これは、日銀保有国債の運用利回りが2004年度に最も低く、その後、利回りが改善したことで説明できる(量的緩和政策が通貨発行益の増加につながらなかったことは、福田慎一東京大学教授の分析でも指摘されている)。
さらに、仮に日銀が大量の国債を買入れ、実質貨幣残高を急増させることで、流動性の罠を脱することに成功したとしよう。期待インフレ率が上昇し、名目金利が0から正となれば、通貨発行益も正に転じる。このため、流動性の罠脱出後は、巨額の国債を保有する中央銀行は巨額の通貨発行益を享受できると考える読者もいるかも知れない。
しかし、流動性の罠を脱出すれば、同時に通常の貨幣需要側の制約が復活するので、高いインフレの発生を回避するために、中央銀行は保有国債を売却し、実質貨幣残高を減少させる必要が生じる(実際には、日銀の場合、現行制度下では、手形売出オペや国庫短期証券の売りオペ等による資金回収を行うことになるが、話を簡単にするため、そうしたオペも国債の売却として以下、説明を行う)。結局、相当規模の通貨発行益を得ようとするならば、高インフレが必要になる通常の状態に戻るのである。
政府紙幣は、恒久的な財源になるのか?
最近では、政府紙幣の発行で財政再建ができると主張する者もいる。政府紙幣とは、中央銀行ではなく、政府が直接発行する紙幣である。政府紙幣を現在の硬貨と同様の形で発行した場合、政府紙幣の流通額の増分からその製造コストを差し引いた額が歳入となる(現行制度下では、貨幣回収準備資金への繰入分を考慮する必要があるが、簡単化のため、無視する)。
この点だけ見ると、一部の論者が主張するように「政府紙幣をどんどん刷ればいくらでも財源がある」と思うかもしれない。しかし、そうした主張は貨幣需要側の制約の存在を忘れている。政府紙幣が日銀券と完全に代替可能な通貨だとすれば、国民にとっては、政府紙幣でも日銀券でも同じなので、政府紙幣の増加分だけ、日銀券の保有を減らす。それに対応するため、日銀は国債を売り、日銀券を吸収する。
その結果、日銀保有の国債残高が減少し、金利収入が減るので、日銀納付金も減少する。簡単な計算により、現在および将来の日銀納付金の減少額の現在価値は、政府紙幣による増収額と一致することを示すことができる。結局、現在価値ベースで見れば、政府紙幣の発行により政府の歳入は増加しない。
ただし、上述のように、通常の貨幣需要側の制約は、流動性の罠においては一時的に外れる。従って、経済が流動性の罠にはまっている間は、理論上は、政府は日銀券の減少を伴わず、大量の政府紙幣を発行することが可能となるので、政府紙幣の大量発行で巨額の財源を確保できると思う読者もいるかも知れない。
だが、流動性の罠を脱すれば、再び貨幣需要側の制約が効いてくる。高インフレを招かないためには、政府紙幣または日銀券を減少させる必要が出てくる。仮に政府が直接、政府紙幣を回収すると、今度は政府紙幣の回収に伴って、政府は損失を被ることになる。直感的に言えば、流動性の罠の間は安い製造コストで印刷した紙切れを例えば政府紙幣1万円として大量発行することで利益を得ることができるが、流動性の罠を脱する際には政府は同じ紙切れを1万円で回収しなければならないので、損失が発生するのである。
実際には、直接、政府が政府紙幣の回収を図るのではなく、日銀が国債の売却を通じて、日銀券または政府紙幣を回収する可能性が高いだろう。その場合には、やはり日銀の国債保有残高が減少し、日銀納付金が減少する。この日銀納付金の減少額の現在価値は、流動性の罠の間に通常の貨幣需要側の制約を超えて発行された政府紙幣による財源確保額に一致する(政府紙幣に関するより厳密な議論は、大久保和正氏の論考を参照されたい)。なお、政府紙幣のみならず、日銀券によるヘリコプター・マネーについても同様の議論が可能である。
政府紙幣による財源調達を主張する論者は、政府紙幣の発行の際に生じる利益だけに着目し、正常な状態に回復する際の回収に伴う損失を忘れていることが多い。政府紙幣の回収の際の損失を無視するのは、狸の札がいずれ元の姿に戻ることを忘れるようなものである。
狸の札に惑わされることなく、増税や歳出削減により地道に財政再建を進めることが求められる。
このコラムについて
まっとうな理論で考える日本経済
東日本大震災はもとより、政治の迷走もあいまって、日本経済はますます、先が見通えない状況に陥っています。復興財源の議論や巨額の財政赤字など、日本が抱える問題は一刻も早く手を打たなければならないものばかりにもかかわらず、具体策となると議論百出、なかなか結論は出ません。しかも、議論の中には、「??」と首を傾げたくなるようなものも…。ここでは、「まっとうな」経済理論で、日本財政はじめ、日本経済が抱える問題点と解決策を明かにしていきます。
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著者プロフィール
國枝 繁樹(くにえだ・しげき)
一橋大学国際・公共政策大学院及び経済学研究科准教授。ハーバード大学経済学博士。専門は財政学、マクロ経済学等。共著に『生活保護の経済分析』(日経・経済図書文化賞受賞)。共訳書に『コーポレート ファイナンス(第8版)』(上)、(下)ほか。
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