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経済分析の哲人が斬る!市場トピックの深層【第32回】 2011年7月27日
島本幸治 [BNPパリバ証券東京支店投資調査本部長/チーフストラテジスト],高田 創 [みずほ総合研究所 常務執行役員調査本部長/チーフエコノミスト],森田京平 [バークレイズ・キャピタル証券 ディレクター/チーフエコノミスト],熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト]
米国の金融政策を左右する財政赤字削減策の行方 世界経済を揺るがす「悪性インフレ」の台頭も――島本幸治・BNPパリバ証券東京支店 投資調査本部長/チーフストラテジスト
1.震災後の日米経済
3月に勃発した東日本大震災は、日本のみならず世界経済に大きな影響を及ぼした。たとえば、7月8日に発表された6月の米雇用統計では、非農業部門の雇用者数が前月比+1.8万人と市場予測の10万人台を大幅に下回る結果となった。
日本の被災地を中心に製造業のサプライチェーンが破壊された影響から、軒並み各国で4-6月期の経済指標は下振れた。
その後、日本の景気は緩やかな回復軌道に戻っている。6月29日に発表された5月の鉱工業生産は前月比+5.7%と予想通りの大幅上昇となった。震災が勃発した3月に同▲15.5%と統計開始以来の落ち込みを記録した後、4月は同+1.6%と下げ止まっていた。
また、6月の予測指数も同+5.3%と大幅な増産が見込まれており、5-6月は震災復旧を反映して生産が急速に回復する局面になったと見られる。
また、生産予測指数をベースに試算すると、4-6月期の生産は3月の落ち込みにより前期比▲3.8%の大幅マイナスとなるが、7月の生産水準は4-6月期の平均を5.9%上回る計算となる。8-9月の生産が大きく落ち込むことはないだろう。
鉱工業生産と実質GDPの連動性を勘案すると、4-6月期は2期連続のマイナス成長が避けらないが、7-9月期にはプラス成長に転じる可能性が高い。
米国の景気指標も持ち直している。7月21日にフィラデルフィア連銀が発表した7月の製造業況指数は+3.2と、大幅に悪化した前月(▲7.7) からプラスに回復した。内訳を見ると、新規受注が+0.1と前月比7.7ポイント上昇した他、雇用も+8.9と4.8ポイント上昇している。
また、半年後の景況見通しは+23.7と前月から21.2ポイント上昇し、91年2月以後で最大の上昇幅となった。
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6月の製造業景況指数を振り返ると、先駆けて発表されるフィラデルフィア連銀やNY連銀が悪化した後、シカゴ連銀は上昇に転じ、最終的にISM指数も上振れた。
遅れて発表されるデータほど内容が改善していた背景には、震災後のサプライチェーンの回復が時間経過と共に波及していったことが影響している。追加的なショックがない限り、景気は緩やかな回復軌道を辿る公算が高い。
もっとも、改めて日本の生産指数を見ると、その回復テンポは震災直後の5-6月と比べ、さすがに鈍る見通しである。たとえば、7月の生産予測指数は前月比+0.5%と小幅な上昇に留まっている。
また、生産の先行指標となる予測修正率も5月の▲0.6%に続いて6月も▲1.7%と、震災直後の4月(▲15.9%)ほどでないが、依然としてマイナスが続いており、生産の回復テンポが鈍化して行く可能性を示している。
予測修正率を業種別に見ると、震災後にサプライチェーンの影響を強く受けた輸送機械は2ヵ月連続で上方修正となった一方、鉄鋼業や電子部品など素材業種は下振れが続いている。
電子部品に関しては、部材のボトルネックや、7月からの電力使用制限令の発動が影響していると見られるが、素材業種全般ではアジアを中心とする海外景気の減速が生産の回復を抑制している可能性がある。
2.世界経済を圧迫するインフレ
現在、世界経済を牽引している中国で景気下振れのリスクが高まっている。その原因はインフレ圧力の昂進である。中国共産党は、景気の下振れリスクを犯してでも、政治的にはインフレ抑制と格差是正を優先し始めた。
そこで人民銀行は、預金準備率の引上げを続けている他、人民元の上昇ピッチを早めている。今後は変動幅を拡大させる可能性もある。
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ちなみに、インフレ圧力の高まりは中国だけに見られる現象でない。多くの先進国も同様である。たとえば、FOMCでFedは予定通りQE2を6月 末に終えた。確かに景気回復テンポは鈍っており、住宅市場の低迷という火種も抱えている。それでも、異例の量的緩和を続けた副作用としてガソリンなど資源 価格が高騰し、個人消費を圧迫している問題が深刻であるからだ。
1970年代の米国では、停滞(stagnant)とインフレ(inflation)の合成語として「スタグフレーション」(stag- flation)が使われるようになった。そして今では、中産階級の貧困化(screwing)とインフレを重ねた「スクリューフレーション」 (screw-flation)が使われ始めた。いよいよ2012年に大統領選挙を控えて、政治的にも悪性インフレを放置し難い雰囲気が醸成されてきた。
特に今年に入り、米国の消費マインドは原油価格と連動している。3月に原油価格が急騰すると4月にマインドが悪化し、逆に5月に原油価格が反落すると6月にかけてマインドは改善している。
これを見る限り、確かに資源価格の高騰は景気の悪化要因であるが、同時にビルトイン・スタビライザーとしての役割を果している。すなわち、スパイラル的に景気を悪化させる要因ではない。
景気が過熱すると資源価格が上昇し、資源価格が高騰すると景気が減速する。こうした振り幅を繰り返しながら、近年の景気サイクルは短期化している節もある。その振幅を追いかけるだけではなく、インフレが景気に対する逆先行指標となっている構図に注目すべきである。
その背景には、先進国の金融緩和が恒常化し、資源価格が実態以上に上振れ易い状況にあることが影響している。
3.奮闘する米政策当局
金融緩和の効果は至るところで観測される。先々週金曜(7月15日)に発表された6月のコアCPIは2ヵ月連続で前月比+0.3%と、市場予測を上回る上昇となった。
次のページ>>石油備蓄の放出や本国投資法など、「奇策」を繰り出す米国
コアCPI前年比は、昨年10月の+0.6%から6月には+1.6%まで上昇しており、早くもFedの長期的目標レンジ(1.7%〜2.0%)の下限に達する勢いである。PCEデフレータの刈り込み平均を見る限り、今後も上昇傾向は持続する公算である。
コアCPIのなかでも、財価格の上昇が顕著である。コア財価格は3ヵ月前比年率で+5.9%も上昇しており、これは1990年代以降で最速のペースとなる。特に衣料品(前月比+1.4%)と自動車(同+1.0%)が押上げている。
また、帰属家賃については前月比+0.10%から同+0.15%へと上昇が緩やかに加速し、コアサービス価格については前月比+0.20%から同+0.14%へと上昇が鈍化している。
各国の政策当局が悩みを抱えている。今でもなお、世界経済の中心にある米国政府の悩みは特に深い。リーマンショック後の景気回復と財政再建の二兎を追い、非正統的な金融緩和を続けた結果、悪性インフレと言う問題が台頭してきた。
ここで金融引締めを急げば住宅市場に悪影響が発生する恐れが大きい他、Fedによる保有資産の売却は金融市場を混乱させるリスクがある。
こうしたなか、米政府は苦肉の経済政策を打ち出している。その第一弾として、国際エネルギー機関(IEA)は6月23日に加盟28ヵ国による石油備蓄の放出を決めた。
本来、IEAの備蓄放出は供給不足対策が目的で、価格対策に利用しないことが原則だが、もはや背に腹は変えられない。実際に当日のWTI原油先物価格は一時90ドル台を割り込む動きを見せたが、その効果は長続きしなかった。
米政府が第二弾の苦肉の策として検討しているのが、本国投資法(HIA:Homeland Investment Act)の再登板である。米企業が海外子会社の利益を米国に送金する際に、国内の投資や雇用に使った場合に限り、軽減税率を適用すると言う内容である。
2005年に実施されたことがあり、今回はQE2にちなんで「HIA2」とも呼ばれている。7000億ドル規模が国内に還流されるとの試算もある。
次のページ>>金融緩和から財政緩和へと向かわざるを得ない米国の懐事情
それでも奇策の効果は限られる。2005年に実施されたHIAが投資を誘発した痕跡は限られた。そもそも目下の企業は潤沢な資金を保有しており、投資にも雇用にも制約はない。
むしろ、海外からの資金還流が引き起こすドル高が企業収益を悪化させる可能性もある。それどころか、HIAが乱発されれば、かえって国内で投資するより海外に収益を蓄積するインセンティブが発生し兼ねない。
結局のところ、マクロ政策の王道は金融政策と財政政策に帰結する。今次局面では金融緩和策が悪性インフレと言う限界に直面しているだけに、今後は財政政策が注目される。
目先の焦点は、米国の財政赤字削減策の行方である。与党の民主党は社会保障の充実という旗を、野党の共和党は富裕層向けの減税をという旗を共に降ろせないために、いまだに妥協点は見出せていない。
無事に財政赤字削減策が合意に至っても、米国債市場ではスティープ化の圧力が続くと見ている。(1)内容次第ではS&Pが格下げに踏み切 る可能性が残る他、その後の財政改革の進捗次第ではムーディーズも格下げを検討する可能性がある、(2)そもそも2012年の大統領選を控えて、財政赤字 削減の機運がトーンダウンしている、(3)債務上限が引き上げられると国債が増発される、ためである。
4.金融緩和から財政緩和へ
日本のサプライチェーン問題が改善した後も、世界経済の回復テンポは緩慢であろう。悪性インフレの問題が台頭しているからだ。悪性であれ良性であれ、インフレ圧力が高まる経済で、金融緩和政策は有効でなくなる。
そのため、米国はQE2を打切らざるを得ず、欧州は利上げを継続し、中国では金融引締めがバブル崩壊のリスクを高めている。今後の景気対策は、財政措置が重要になる。
そこで日米欧のイールドカーブ変化を見ると、各国共に似た動きを示している。中短期セクターに関しては、リビア情勢が緊迫化した2月頃から景気減速を反映し、フラット化していた。
次のページ>>悪性インフレという限界に直面した、金融政策の行方に注目
ところが足もとでは、絶対金利水準が物理的下限に迫る日本に続いて、インフレ圧力への対応からECBが利上げを続けるドイツや、FedがQE2を打ち切る米国においてもフラット化から横這い推移に転じている。
他方、超長期セクターのイールドカーブに関しては、欧米ではスティープ化の傾向が顕著である。米国ではソフトパッチで全般的に金利水準が低下するなか、超長期セクターは夏以降の国債増発に対する警戒感が根強い。
ドイツでは質への逃避が一服している他、オランダの年金制度改革による特殊要因も影響している。こうしたイールドカーブ変化は、金融市場の関心が金融政策から財政政策に移行しつつある様子を示している。
財政負担が高まるのは、日本も同様である。たとえば、政府は原子力損害賠償支援機構への資金援助のため、2兆円の交付国債を発行する方針を決めている。7月15日にも提出する第2次補正予算案に、発行枠を設定する。
今後は被害額が膨らむ際に、第3次以降の補正予算で発行枠を追加する。その第3次補正予算の成立は10月に遅れる公算であるが、いずれにせよ10兆円を超す歳出規模が編成され、ただちに国債増発が必要になる見通しである。
そして看過できないのは、税と社会保障の一体改革における消費税率引き上げ時期が玉虫色の決着となった点である。財政規律を重視してきた菅政権の求心力が急低下するなか、消費税率の引き上げを規定路線とするのは難しくなっている。
この背景には、衆院議員の任期が残り2年余りとなり、また今後の政局次第では突発的な解散総選挙に至る可能性が高まってきた事実も影響している。
金融政策が悪性インフレという限界に直面し、今後は財政政策の行方が注目される。その点では、世界各国で重要な選挙が集中する2012年が迫るなか、政府が世論に迎合する形で財政規律を緩める可能性がある。
特に日本では、歴史的な大震災という事態がポピュリズムの台頭に拍車をかけている。年後半から来年にかけて、各国で財政政策の動向から目が離せない。金融市場を展望する際には、政局や政策が債券相場の突発的な逆風となるリスクが高まると言える。
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