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右派が再び台頭し緊縮政策を求め危機を悪化させる
http://diamond.jp/articles/-/13242?page=3
金融市場と右派経済学者は問題を完全に逆にとらえている。緊縮政策は成長を損なう。信頼回復どころか負の連鎖が始まる
〆ほんの数年前、強力なイデオロギー──規制のない自由な市場こそが繁栄への道だとするイデオロギー──が、世界を破滅の瀬戸際に追い込んだ。アメリカ流に規制緩和された資本主義は、1980年代初めから2007年までの絶頂期にさえ、世界で最も豊かな国の最も豊かな人びとにしか、より大きな物質的幸福をもたらさなかった。実際、このイデオロギーが支配していた30年のあいだに、ほとんどのアメリカ人は、所得が年々減少するか、頭打ち状態になるかのどちらかを経験したのである。
そのうえ、アメリカの成長は経済的見地からすると持続不可能だった。アメリカの国民所得のきわめて大きな部分がきわめて少数の人びとの懐に入っていたのだから、どんどんふくらむ借金で賄われる消費によってしか成長を持続させることはできなかったのだ。
私は、金融危機がなんとかしてアメリカ人に(また他国の人びとに)格差の縮小、規制の強化、市場と政府のよりよいバランスの必要性を思い知らせてくれることを願った者の1人だった。悲しいかな、現状はそうなっていない。それどころか、例によってイデオロギーと利益団体に後押しされた右派経済学の復活が、グローバル経済──少なくとも右派経済学の考え方が引き続き幅をきかせている欧米諸国の経済──を再び危険にさらしているのである。
〆アメリカでは、この右派経済学の復活──その信奉者たちは数学と経済学の基本原理を明らかに破棄しようとしている──は、国債のデフォルト(債務不履行)を余儀なくさせる恐れがある。議会が歳入を上回る支出を命じたら、資金不足が生じ、その不足分はどこかから調達しなければならない。右派は政府の個々の支出プログラムの便益を、それらの便益の費用を賄うために税金を引き上げるコストと慎重に秤にかけるのではなく、大ナタを振るおうとしている。国債残高の増大が容認されなければ、支出は税収の範囲内に抑えざるをえなくなる。
その場合、どの支出を優先するかという問題が残り、デフォルトを避けるために国債の利払いが優先されることになる。自由市場イデオロギーによって引き起こされた危機が続いている今、政府支出を削減すれば、必然的に景気後退を長引かせることになる。
〆ブッシュ時代の巨額の財政赤字を学習しない右派
10年前の好景気のさなか、アメリカは国債残高がゼロになるかのごとく、財政黒字を実現した。だが、無理な減税と戦争、大きな景気後退、それに医療費の高騰──ジョージ・W・ブッシュ政権が政府のおカネを危険にさらしてでも製薬会社に価格設定の自由を与えることに熱心だったことも一因となった──が、巨額の黒字をまたたく間に平時としては史上最高額の赤字に変えた。
この経験を踏まえれば、アメリカの財政赤字に対する処方はすぐにわかる。景気を刺激することでアメリカを再び成長軌道に乗せる、愚かな戦争を終わらせる、軍事費と医薬品費を抑制する、少なくともきわめて豊かな層に対しては増税を行う、といった政策である。だが、右派はこれらの策はまったく考えていないどころか、企業や富裕層に対するさらなる減税を要求している。アメリカ経済の未来を危険にさらし、社会契約のわずかに残っている部分までズタズタにする投資や、社会的保護に対しては支出の削減を要求している。その一方で、アメリカの金融部門は、以前の破滅を招く気ままなやり方に戻れるよう、規制を逃れて熱心にロビー活動を行っている。
〆EUとIMFはギリシャの成長戦略を支援すべき
だが、ヨーロッパでも状況は似たり寄ったりだ。ギリシャや他の国々が危機に直面するなかで、現在用いられている処方は、緊縮政策と民営化という、使い古されたものだ。これらの政策はそれを採用する国々をさらに貧しく、脆弱にするだけだろう。この処方は東アジアや中南米などで失敗しており、今回ヨーロッパでもまた失敗するだろう。実際、すでにアイルランド、ラトビア、ギリシャで失敗しているのである。
これとは別の処方がある。欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)によって支援される経済成長戦略だ。経済成長はギリシャの債務返済能力に対する信頼を回復させ、金利を低下させて、さらなる成長のための投資を行う財政的余裕を生み出すだろう。成長そのものが税収を増やし、失業給付などの社会支出の必要性を低下させる。そして、これによって生み出される信頼は、よりいっそうの成長につながるのである。
残念なことに、金融市場と右派経済学者は問題を完全に逆にとらえている。緊縮政策が信頼を生み出し、その信頼が成長を生み出すと考えているのである。だが、緊縮政策は成長を損ない、政府の財政ポジションを悪化させる。悪化とまではいかない場合でも、少なくとも緊縮政策を唱えている人びとが約束しているほど大きな改善はもたらさない。いずれにしても、信頼は損なわれ、下降スパイラルが始まるのである。
〆繰り返し失敗してきた理論で─悲惨な事態を招くだろう。
もう一度高くつく実験をすることが本当に必要なのだろうか。必要であるはずがないが、それにもかかわらず、われわれがもう一度その実験に耐えねばならない事態がますます到来しそうになっている。ヨーロッパとアメリカのどちらか一方が力強い成長軌道に戻れなかったら、それはグローバル経済にとって不幸なことだ。どちらも戻れなかったら、それは──主要新興市場国が自律的成長を達成していても──悲惨な事態を招くだろう。残念ながら、もっと賢明な人びとが主流にならない限り、それこそが世界が向かっている方向である。
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ジョセフ・E・スティグリッツ
(Joseph E. Stiglitz)
2001年ノーベル経済学賞受賞。1943年米国インディアナ州生まれ。イェール大学教授、スタンフォード大学教授、クリントン元大統領の経済諮問委員会委員長、世界銀行上級副総裁兼チーフエコノミスト等を歴任。現在はコロンビア大学教授。
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