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日経ビジネス オンライントップ>企業・経営>復興の経済学
サプライチェーンはなぜ弱かったのか
大企業本社はなぜ「組織的鬱病」なのか
藤本隆宏・東京大学教授×竹森俊平・慶應大学教授対談
2011年6月30日 木曜日
竹森 俊平
2万人を超える犠牲者、無数の住宅の喪失、今度の震災の爪痕はまことに痛々しいが、経済への影響に限れば、生産能力への打撃が何といっても重大である。電力不足は今後数年続くと予測される。製造業のサプライチェーンは生産工場への被害で分断されている。「電力不足」と「サプライチェーン分断」が絡む複合的な問題も発生する。
昨今の消費に力がないのは、この生産能力への打撃が原因である。それは生産と所得に直接悪影響をもたらしているだけでなく、将来の不安を生むことを通じ、投資や消費の意欲を減退させている。
どうするべきか。ともかく、失われたものを回復する努力を続けなければならない。その努力が次第に実を結べば、不安も次第に滅る。ともかく、行動を始めなければならない。
筆者の務めている慶応大学は、原発事故の影響で、4月の授業開始を2週間も遅らせた。こういう不安な時には仕事をするのが一番なのだが、その仕事ができない。そこで思い切って、某出版社の机を借り、2週間で「震災復興」に向けた提案を本にすることにした。最近発刊した『日本経済復活まで』(中央公論新社)という拙著である。藤本隆宏氏はその共著者といっても良い。
復興といっても、どのような道筋をたどって復興が可能かは、製造業の内情を知り尽くしている人でなければ語れない。また電力の問題がどんな重石になるかも、同じように製造業の深い知識を必要とする。そこで本を書くにあたり、今日本の製造業がどんな状態にあるのかをメールで藤本氏に問い合わせたところ、実に詳しく、素晴らしい分析が帰ってきた。
復興を語る上で、まことに重要な情報だと思えたので、私信として受け取ったメールを拙著に掲載してよいかと藤本氏に尋ねたところ、快くOKをいただいた。それだけではない。この間の情報には誤りがあったと言って、後に細かく添削して返信してくださったのだ。実に寛大な、誠実な態度である。
今回の対談では、藤本氏からさらに最新の情報を聞くことができた。いつもどおり歯に衣を着せない、ポイントを明確に突いた見事な分析である。こうした分析もさることながら、震災の打撃という大問題を前にして、藤本氏のように、冷静に、前向きに行動している人物がいることを、是非、読者に知っていただきたいと考えた。こういう人たちの行動が積み重なって、初めて大災害からの復興が可能になるのだから。
―― 東日本大震災では、日本のサプライチェーン(供給網)が寸断されたことが、日本の自動車産業はじめ、世界中の生産システムに大きな影響を与えました。特に半導体製造のルネサスエレクトロニクスの工場の被災は、自動車生産に大きな影響を与えました。
藤本 ルネサスエレクトロニクスは茨城県の那珂工場が被災しましたが、再開の時期を前倒ししましたね。同社やユーザー企業や設備供給企業が総力を挙げて復旧させた結果です。
竹森 ルネサスは自動車部品のどこを作っているんですか。
代えがきかず、設備から引きはがせないことが重なった
藤本 基本的にマイコンです。今の自動車には、エンジンの燃料噴射制御、車体の安全制御、カーナビの制御などのために、多くの「電子制御ユニット(ECU)」が搭載されていますが、その回路基板の上には、他の電子部品とともに、マイコンと呼ばれる半導体集積回路のチップが載っています。デンソーなど、自動車の機能部品メーカーは、このマイコンをルネサスなどの半導体集積回路メーカーから購入し、そこに、自動車のモデルや部品の品種ごとに異なる、製品特殊的あるいは部品特殊的な「組み込みソフトウェア」を書き込みます。
藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授、ものづくり経営研究センター長。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A.)。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。専攻は技術管理論、生産管理論、経営管理論。著書に『生産マネジメント入門』『日本のもの造り哲学』『能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか』など多数(写真:陶山勉、以下同)
書き込まれる側のマイコンそのものは、基本的に、製品特殊的でも部品特殊的でもない、標準的な電子部品なのですが、ルネサス製などの現世代のマイコンは、その開発環境などが半導体メーカーごとに異なるため、いわば「工程特殊的」となっています。したがって、例えばルネサスの半導体製造工程が被災し供給不能になれば、そこが作る工程特殊的なマイコンは「代替不可能性」が高い(つまり代えがきかない)ために、そのマイコンに対応する部品も生産不能になります。
例えばマイコンがエンジンの肝に入っていたら、その品種のエンジンは造れなくなるし、カーナビに入っているのであれば、その品種のカーナビ抜きの車しか造れなくなります。これが大きな影響が出た理由です。
もう1つは、僕の言葉で言うと、マイコンの設計情報が「ポータブル」つまり移設可能ではなかったことです。例えば、マイコンの製造に必要な設計情報の詰まった露光用のフォトマスク(設計情報)を、被災した半導体露光装置から“引きはがし”、他工場の半導体製造ラインに移設することが容易でなく、多くの場合、設備ごと直すしかなかった。
このように、「代えがきかないこと」と、「設備から引きはがせないこと」の2つが重なると、サプライチェーン被災の影響が大きくなるのです。その点、メカ製品の場合だと、例えば金型や工具は、プレス設備や工作機械設備から比較的引きはがしやすい。そうやって設計情報の固まりを引きはがして、ほかの自社ラインに持っていったり、場合によっては他社のラインに持っていったりする。これで、被災時にも何とかなるのです。1997年にアイシン精機のブレーキ製造ラインが火災を起こした時も、新潟県中越沖地震でリケンのピストンリング製造ラインが被災した時も、そのようにしてすぐ復旧しました。
一方、阪神・淡路大震災から今回の東日本大震災の間に、部品供給のグローバル化と、部品制御のデジタル化が進みました。グローバル化の影響で、日本である部品の供給が途絶すると、海外の意外なところで生産が止まるという事態が起こりました。また、デジタル化の影響で、メカ製品の復旧とは勝手が違うものが出てきた。その最たるものがマイコンだったのです。
竹森 以前に藤本さんと対談した時、自動車と違い、エレクトロニクス製品の場合にはどんどんモジュール化が進んでいて、生産拠点を入れ替えるのも簡単というお話をした記憶があります。ところがルネサスが造っていたのは製品特殊的で、入れ替えができない製品だったということでしょうか。
藤本 そうですね、組み込みソフトが書き込まれた段階で製品特殊的になります。マイコン自体は、先ほど言いましたようにサプライヤー特殊的ですが、いわば、事後的に製品特殊的にもなるわけです。しかもルネサスは、自動車向けマイコンで40%以上という、高い世界シェアを持っていたので、世界的に大きな影響が出ました。もっとも、世界全体の傾向としては、おっしゃるように、車載半導体の製品設計や工程設計が、よりモジュラー化、標準化する傾向はみられるのですが。
竹森 ルネサスの被災状況はどの程度深刻だったのですか。
藤本 単純に地震の揺れで建物や設備が壊れたようです。最新鋭の機械を古い建物に入れていたこともありました。生産ラインを復旧させなければだめで、ほかのラインに設計情報(例えばウェハーに回路設計情報を転写するためのフォトマスク)を移設することが容易でなかったんです。
このように影響が大きかったため、取引先の自動車メーカーなどが人を送り込んで復旧に邁進しました。また、半導体露光装置の製造メーカーは、現地で直しても間に合わないから自社工場に持って帰って修理するということもやったようです。“オールジャパン”で、あるいは海外の半導体製造装置メーカーも加わって復旧につとめた結果、同社の努力も相まって再開が早まったということは、立派なことだと思います。
今回の震災では、新幹線も道路も復旧が早かったし、やはり復旧能力の腕は上げていますよね。ただ、災害の規模がものすごかったので、能力が負荷に追いついていないというのが現状でしょう。
竹森 瓦礫の片付けはまったく進展がないようですね。瓦礫は市町村が処理する取り決めになっていますが、市町村自体がなくなってしまったところもありますから処理が進みません。このため新幹線や道路との復旧の差が出てきます。
リタイアした技術者で「大人電話相談室」を
藤本 まずは瓦礫の処理ですが、もっとうまい方法があるのではないかと個人的には考えます。それから、打ち上げられた船の処理なども、もっとやりようがあるのではないかと思っています。船の解体に1億円もかかるとかいう話を聞きますが、「プロジェクトX」の国ですから、全国のものづくり現場が工夫すれば、もっと良い手立てがあるのではないでしょうか。
例えば、全国の大型船の造船所には、「俺だったらこうするのに」なんて考えている人がいるかもしれません。要するに、日本中の設計や生産やサービスの現場に、特定の復興問題に対するソリューションを持っている人がたくさんいるはずなんですよ。ところが、今は東日本の復興現場と全国のものづくり現場が、うまくつながってないようです。結局、良い解決案が見つからず、打ち上げられた漁船などを莫大なお金をかけて船をその場で解体、ということになれば、今、一隻でも多く海に戻して水産や物流に即戦力で使いたい船が、十分に確保できなくなる。特に漁業形態によって船型の異なる漁船の確保は、地元にとって重要です。
本当はもう少し時間をかけて日本中の「ものづくり屋」が知恵を出せば、船を海に戻す手段が見つかるはずだと思うんです。要するに、被災地での悩み事を、技術的な細部も含めて相談できる場所が足りないのです。国や自治体も相互の連携が悪く、うまく機能していない、との現場の声も聞きます。
竹森 復興構想会議の中には、ものづくりを専門にしている人はいないのですか。
竹森俊平・慶応大学教授
藤本 大きな基本計画を立てる人はいるでしょうが、何といっても目標は、「全長数百キロの人工物の再構築」ですから、詳細な設計まで復興構想会議で処理することは無論不可能です。そうであれば現場同士を、より直接的につなげばいい。上の人たちは大きな構想を作ってくれれば結構。復興の詳細設計は、現場対現場でやるしかないのです。
復旧すべき復興現場も数百キロに散らばっているし、日本のものづくりの現場も日本中に散らばっている。これをつなぐためにどこかにハブを作って、いわば「大人電話相談室」みたいに、何か悩み事があったら、とにかく自分たちだけで悩んでないで、ここに連絡下さいという場を作る。
日本には、全国にリタイアした強者の技術者や現場経験者がいっぱいいます。中には「震災復興のためにできることをやりたい」と思っている人も多いでしょう。そういう方々にボランティア参加していただき、国がお弁当代や宿泊費・交通費ぐらいを出して、仙台その他にコールセンターのような前線基地を作って、復興現場の相談に応じる人材を集めるのです。実は私のところに、高等専門学校のOBに声をかけたらどうか、という話が来ています。この地域では八戸、一関、秋田、鶴岡、仙台、福島、茨城などに高専があります。
竹森 東北は技術者の人材が厚いんですよね。
藤本 そうです。トヨタの技術系幹部にも東北出身者は多いと聞きます。そこで、例えば高専出身で既にリタイアした人たちなどに呼び掛け、ボランティアで前線基地に集まっていただく。そこに復興現場から相談のメールや電話が来れば、誰かがすぐに対応し、自分に解決案があればすぐ教える。自分に良い解決はないが、解決できそうな人や組織を知っているのなら、技術スペックに翻訳し、そこに連絡し、復興現場とつなぐ。誰が解決できるかも分からない難問は、ネットで「誰か分かる人はいませんか」と全国の現場にSOS発信する。こんなイメージです。私はNPO法人組織学会の会長でもあるのですが、現場に問題情報と解決情報が散らばっている場合は、ネットワークでつなぐのが組織論の定石です。
横断型のプロジェクト組織で立案、縦の既存組織で実施
竹森 お金の問題と技術の問題の両方がありますね。両者をつなげないといけないですが、問題を解決できるだけの予算は出ているんでしょうか?
藤本 いや、そこが心配です。結局は、政府の組織構造や予算編成のやり方も、この機会に改造する必要があるのでは、と私は思います。例えば、瓦礫の撤去は現場がやる一方で、政府には省庁間の壁の撤去をやってもらわないと困ります。そのためには、復興に必須のテーマごとに、政府の各省庁や県・市町村の実務担当者レベルを集めた、省庁横断的なプロジェクトチームを作る。そして、予算の壁や法制の壁といった省庁間の壁を取り払い、復興のみを目的にし、政府側の改善案を考える。ただし、プロジェクトチームがやるのは立案まで。実行までやると言えば、規制の縦割の省庁組織につぶされてしまうでしょう。
竹森 なるほど。
藤本 あとは首相らが検討して、実行は各大臣経由で既存の省庁・自治体組織に任せる。横断型のプロジェクト組織で立案し、縦の既存組織で実施するという形です。
竹森 今の段階では10兆円の復興費用で政府は住宅を造ることを考えていますが、住宅があっても仕事がなければ復興はできません。
藤本 そうです、大事なのは仕事であり、現場です。現場を復興させることを第一に考えなければいけません。もちろん仕事でお金が入ってくるのも大事ですが、仕事をして元気を出すことはもっと大事でしょう。まず仕事の場を作って現場を復興させる。仮設住宅はもちろん大事ですが、仮設だけできても周囲に仕事をする場所がなかったら、現役の皆さんはそこには行きたがらないでしょう。
竹森 電力の問題で言えば、東北は東京と違って電力が余っています。東北で何か動かしながら復興していく可能性というのはあります。ただ、動かせる体制が全然できてないのが問題です。
藤本 電力の話で言いますと、日本の企業は、燃えにくいものから水蒸気を作る優れたボイラーの技術を持っています。そこで、例えばの話ですが、瓦礫を燃やして水蒸気を作ってタービンを回す。東北にコンバインドサイクル方式のミニ発電所を持っていって、瓦礫を燃やして電力を作るようなことを考えてもいいのではないかと思います。
竹森 それは素晴らしい考えですね、一石二鳥ですから。
「サンダーバード」の発想で機材開発を
藤本 全国のものづくり屋に、転んでもただでは起きない、元気の出るアイデアを考えてほしいです。そして、企業が災害からの復旧のために機材や技術を開発したら、国が買い取り、使い終わったら、自衛隊なりの災害復旧組織に払い下げる。そうした判断を迅速にできる人を上に置いて、良い機材は国がどんどん買う。竹森さんも同じ世代だからご存じだと思いますが、「サンダーバード」の発想です。災害復興用の良い機材を開発したら国が買い上げると言えば、民間企業はこぞって作りますよ。第4次科学技術基本計画の「復興再生並びに災害に対する安全性向上」関連の予算なども、生きたお金として活用できるかもしれません。
竹森 具体的にはどんな機材を作ればいいのでしょうか?
藤本 復旧段階について言えは、例えば、あの粉塵の中で仕事をしたら、誰でも体を壊してしまいますから、無人で瓦礫の撤去・運搬・分別などができる機材、それから、陸に上がった船を悪条件の中でも運んでいける搬送機材、放射線に強く、しかも安価な半導体、といったものです。
竹森 日本のロボットは今回の災害ではあまり活躍しませんでしたが、原発事故用のロボットの研究は日本でも進められていたそうです。国の予算も30億円くらい付いていたのに、試作機を作っただけで打ち切られたという話です。
藤本 僕も聞きましたが、不見識な話です。「原子力発電所は壊れない、壊れない」と念仏を唱えているうちに、本当に「絶対に壊れない」という気になったのでしょうか。「壊れたらどうするか」などという前提で機器を開発するなんて、そんな不吉なプロジェクトはやめてしまえ、という経緯だったとしたら、とんでもない話です。
竹森 日本はロボットが一番進んでいると言っておいて、結局、役に立つロボットをまったく作ってなかったことを世界に向けて宣伝してしまいました。
藤本 そうです。でも、今から奮起すればいいんです。例えばアメリカなら半年かけるところ、チーム開発で3カ月で作ってしまうのが日本ですから。そのためにはやはり現場の生の声が大事です。例えば、ぬかるみが数十メートル続いている、そこには100トンぐらいまでの機材しか持っていない。途中に橋があるから高さ制限はもある…。そういう具体的な制約条件や機能要件に合わせた設備や機器を、新規設計でも改造設計でも良いから、どんどん作っていくことが必要です。
そのようにして作った設備や機械は、国が買い上げ、使い終わったら自衛隊なりに払い下げる。自衛隊はそれを平時はコンテナなりに入れておいて、どこかでまた災害が起きたら救助に役立てるのです。
それは、海外で将来発生する大災害も同様です。今回、台湾から莫大な震災支援金をいただけたのは、ひとつには、1999年の台湾中部大地震の時、日本が真っ先に飛んでいって救助したのを覚えていてくれたからです。今後、海外で広域大災害が起これば、日本の災害救援部隊が真っ先に飛んでいき、「恩返しに来ました」と、今回開発した機材も駆使して迅速な救援・復旧に当たれば、非常に目にみる形での国際貢献にもなります。
竹森 世界に向けた技術力の宣伝になりますよね。
藤本 それもあります。機材を使った迅速な救援活動をみた被災地政府の方が「うちも1台欲しいから売ってくれ」という話になれば、国際競争力のある災害対応産業が日本にできるかもしれません。
竹森 それは本当にチャンスかもしれません。
藤本 そもそも、戦後の日本の現場が得意だったのは、ややこしい設計、つまり、制約条件が厳しい中で、機能要件が厳しい設計です。これは極端に小さいものでも発生しますが、極端に大きいものでも発生する。軽薄短小も大事ですが、日本は重厚長大産業を捨ててはいけません。重厚長大なものについても、ややこしい設計のものは日本が取る。将来、「ややこしい設計は全部、日本でやってもらおう」と世界中に言ってもらえるようになれば、1億人の国民は良い生活水準で食べていけるでしょう。
階層別の購買管理体制が裏目に出た
竹森 サプライチェーンが壊れた時、トヨタ自動車は最初、状況をなかなか正確につかめなかったようです。なぜ、危機管理体制が万全ではなかったのでしょうか。
藤本 まず、自動車という製品は複雑だということがあります。自動車は3万点以上の部品からなっていますが、それぞれの部品の中に電子部品も入っていて、電子部品のトランジスタ一個一個まで勘定したらもっとすごい数になります。一個一個切り離せるような固まりの部品までばらしていき、これ以上はもうばらせないというところで3万点程です。
これを「設計BOM(「bills of materials」)」と呼ばれる部品表に書き出すと、トランスミッションとシャシーとボディーがあって、そこからさらにツリー状に分れていって、末端の部品が3万点になるというイメージです。ここまでは、車をばらせば描けるはずです。
例えば部品が20〜30個集まった機能部品のようなものは数百社の1次部品メーカーに任せている。さらにその部品は2次に任せている。そして2次のことは1次にお任せする。このように、階層別の購買管理でやっていたのが、日本のサプライチェーンシステムで、平時においてはそれは競争力を発揮してきました。
竹森 分業することで利益が出てくるという、アダム・スミスの世界ですね。
藤本 そうです。2次のことは1次に任せ、3次のことは2次に任せるという体制がうまく回っていました。ところが今回の震災ではこれが裏目に出たのです。普段はこれでいいのですが、今回のようなことが起こると、思わぬところに影響が及ぶことが分かりました。
3次、4次、5次となると、例えば小さなスプリング1個を作る工場もある。このスプリング1個を作る途中に熱処理工程や洗浄工程があり、その洗浄工程である薬剤を使って洗浄しているかもしれない。その薬品はというと、それは最終製品に残らない副資材なので、普通の設計部品表ではトレースできません。工程に関する詳細な情報が必要になります。
このような工程情報も含めた製造部品表を「M-BOM」と言いますが、微小な子部品を製造するために必要な工程設計情報まで全部把握してないと、いざという時に役に立たないことが今回、明確になりました。本来、代えがきかないような特殊な部品を使った擦り合わせ型(インテグラル型)製品は、日本の強みです。そうしたインテグラルな製品の現場は、「設計の競争優位」を持つため、自然に日本に残っていました。しかし、このことが同時に、今回のような災害において、サプライチェーン上の弱点になったのです。
先ほど申しました通り、2次のことは1次に、3次のことは2次に任せるという方式は、普段は非常に効率的です。ところが、いざ災害が起きたときに、2日や3日の間にトヨタがサプライチェーン情報の全体を把握する上では障害になります。そもそも、2次や3次や4次の契約内容をトヨタがのぞくことはできないでしょう。
竹森 2次のことは1次にお任せでやっているから、1次はトヨタに情報を出したくないわけですね。
藤本 そうですし、契約上も無理でしょう。この部品はこの形で作ってくれというだけの話で、その部品をどこから買ってくるかは、2次ぐらいは何かあるかもしれないけれども、その下の3次か4次になると指導はするかもしれませんがお任せです。
竹森 それぞれバーゲニングのネタが必要ですからね。そうなると、2次は3次の情報を出したくないし、3次は4次の情報を出したくない。みんなそうなってくるわけです。それにしてもサプライチェーンがどんどん複雑になってくるという事実には、「本当に管理ができるのか」という不安を持ちます。これは自動車の電子部品化やエレクトロニクス化がどんどん細分化されていくからでしょうか。
藤本 それもあります。また材料も複雑になっています。さらには小さいもの、勘定していけば6次、7次、8次になるかもしれない、意外な子部品や消耗品の一部が、今回の震災や津波で壊滅的に被災したわけですが、その実態把握に、さしものトヨタも手間取ったようです。
竹森 「見えざる手」によるのかどうかは分かりませんが、私はそういうシステムができていたのはすごいことだと思うんです。
例えば、この薬品はこの部品を作るために絶対に必要で、この部品は製品の質を左右する重要性があると分かると、この薬品を作ろうというメーカーが出てくる。それは逆に言うと、中小企業がここが非常に「決め手」だという部分を見つけて、そこに特化していったプロセスがあったということですね。
藤本 そうでしょう。今回分かったのは、サプライチェーンというものは、幕藩体制みたいに、例えばトヨタが全部仕切っていて、何もかもすべてお見通しのピラミッドみたいな体制のように簡単なものではない、ということです。もっと複雑なネットワークになっているのです。
竹森 細分化された協業体制を今後どうするかについてですが、代替的なルートを作ることで今回起きたような問題は解決できるのでしょうか。物によっては代替ルートが簡単に見つからないこともあるでしょうが、非常に小さな部品までいけば、それほど難しくないと思うのですが。
「地震だけを理由に標準部品化を進めるのはだめ」
藤本 物によってはそうです。ただ、企業はグローバル競争をしています。次の地震はいつどこに来るか分かりませんが、グローバル競争には毎日、毎日さらされている。そのような中で、地震が怖いというだけの理由で、競争力を落としてまで在庫を多く持つ、標準品や共通部品を使う、もう1本、西日本にラインを持つというようなことをすればどうなるか。次の大災害が来る前に、その工場や企業そのものが、グローバル競争に負けて消えてしまっている可能性が高いです。「震災への対応について所見を述べよ」という問題を私が出したとして、そういった答案を書いた学生は落第です。
無論、ある特殊部品を標準品に切り替えても機能が落ちないから、コスト競争力アップのためにそうしよう、というのは正しい。震災を機にそれを前倒しで行うのは良い。しかし、地震だけを理由に、設計品質を落としてまで標準部品を進めるのはだめです。同様に、稼働率が下がるのに地震が怖いというだけの理由でラインをもう1本増設したり、在庫を余計に持ったりするのは当然、コストアップになるから不可。
ただ、大震災に対して今回はサプライチェーンの一部が脆弱でしたから、その是正は必要です。今のようにグローバル競争が厳しい中では、競争力を一切犠牲にせずに、もっと大災害に強くする必要がある。では、どのぐらい強くする必要があるか。今回、現場の復旧努力は立派でしたが、それでも2カ月、3カ月経っても動かない生産ラインがあったことは反省点で、せめて被災後2〜3週間で全ラインが動くようにすることを目標にすべきでしょう。
竹森 それはできますか?
藤本 ラインを2本にしなくても、そこにある「設計情報」の塊、例えば金型や工具やフォトマスクやレシピを、2〜3週間以内に、他のラインに移して調整し、そこで生産を再開できれば良いのです。次の日に供給再開するために、あるラインで在庫を山ほど持っても、他の補完部品が間に合いませんから意味がありません、むしろ、そんなことやったら、そもそも次の地震が来る前に、その会社はおそらく競争力低下でつぶれてしまうでしょう。
例えば、半導体露光装置から、フォトマスクをほかのラインに持っていって代替生産をお願いできるようにしておくわけです。しかし、サブミクロン加工ということもあって、それは簡単ではない。今回の震災では被災設備ごと建て直すしかなく、頑張ってずいぶん期間短縮したものの、やはり復旧に3カ月間も掛かりました。今後は、事前にバックアップのラインを指名し、よく準備しておき、いざという時にはもっと迅速に設計情報をそのラインに移せないといけませんね。
竹森 そんなに早くできるようになるのでしょうか。
藤本 やってみなければ分かりませんが、そういった「設計情報の緊急避難」はメカ部品では過去にもやっていることです。例えば火事で工程が崩壊したら、焼け跡からドリルを拾ってきて、設計図面を付けてマシニングセンターを持っているほかのメーカーに持っていき、お願いしてその部品を作ってもらう。しかし今回は、一部のマイコンのように、メカ製品ではできることが、エレクトロニクス部品でできないケースがあった。しかし、ライン再開の目標期限を決めて工夫をすれば、おそらくできるようになると思うんです。
そのためには、脆弱性が予想されるすべての部品の購買契約に関して「バックアップ条項」を入れておくべきでしょう。万が一、工場が壊れたときは、どこがバックアップ工場なのかを指定しておき、そこでの例えば2〜3週間以内の生産再開を保証するわけです。
竹森 トヨタ自動車は会社としては非常に大きくなりましたが、会社にはインテグラルなやり方が残っているのでしょうか。それとも大きくなるとそうも言っていられず、特にアメリカに出て行くとなると、モジュール化していくのかとも思います。トヨタ的な特質や美質はまだ残っているのか、それとも大きくなり過ぎると失われていくのでしょうか。
藤本 現場サイドには残っていると思います。トヨタという会社の企業規模が大きくなり過ぎたのか、という質問に対しては、「how big is too big」ということが問題になりますが、製品の品質が保証されているうちは、どんなに企業規模が大きくても構わない。質が犠牲になり始めたら、それがトゥ・ビッグという状態です。つまり、トヨタが1000万台造ったからトゥ・ビッグかと言ったら、そうとは限らないということです。
一方、韓国の現代自動車は、よりシンプルなものをという方向で、トヨタ以上のスピードで拡大していきました。まだ、トヨタには作れて、現代自動車には作れないものがいっぱいある。ただ、今はシンプルなものを買ってくれる新興国市場などが大いに伸びているので、同社の戦略眼の良さやウォン安もあって、現代自動車にとっては有利な局面であることは確かです。
ほかに、車の設計が良い割には、意外にシンプルに造っているのが独フォルクスワーゲンでしょうね。ハイブリッド車にも電気自動車にも頼らず、普通のエンジンの小型高性能化でグローバルに良い結果を出しています。今は、そういうシンプルなものづくり派が優勢なんです。これに対して「日本型ものづくりはもうやめて、シンプルな方に行きましょう」という意見もありますが、私はそれは、下手をすれば自殺行為だと思っています。
竹森 それはそうでしょう。
「モジュラー化の趨勢は反転する可能性も」
藤本 今シンプルで安い自動車が売れている新興国でも、お金持が増えてきますから、高機能、高価格、高性能なものに対してのニーズは当然、長期的には増加してくるでしょう。
世紀の変わり目のころには、「世の中はすべて、バーチャル、デジタル、モジュラーといった製品や産業に支配される」との錯覚があり、特にアメリカではそういったタイプの一方的な言説が、当時は目立ちましたが、実際にはこの10年間、「リアルの逆襲」と言っていいような出来事が次々と起こりました。
その結果「リアルの世界」は、大災害、テロ、環境問題、エネルギー問題、安全問題など、どんどん面倒くさくなっているわけです。バーチャルな世界に閉じこもっていたとしても、例えば津波が来れば死んでしまう。やっぱり我々はリアルな世界に住んでいるのであり、そのリアルの世界は、いまや極めて面倒くさくて複雑である。21世紀は極めて面倒くさい世紀になっているという状況では、複雑な設計を持つ人工物に対する需要は明らかに続くと思います。
一方、設計者の多くは、できるだけシンプルな設計を目指しますから、少しでも制約条件が緩めばモジュラー化に一気に傾く。性能はそこそこで、とにかく安ければいいという、例えば新興国の「ボリュームゾーン」の需要が急成長すれば、いったんは、アーキテクチャの趨勢は、日本がやや苦手とするモジュラー側に振れますね。しかし、この趨勢は、新興国のユーザーが製品経験を積むうちに、反転する可能性もあります。
竹森 これから景気が良くなると、また変わっていきますよね。
藤本 中国でも、単純な「安かろう、悪かろう」が通用する時代は早晩、終わると思います。やっぱり安い方がいいけれども、「安くて良いものを持ってこい」となる。そうなった時に、日本企業が、チーム設計・チーム生産で、複雑で高級で高性能で繊細なものを作る能力を持つ日本の現場と、シンプル化の割り切りを徹底させた海外の開発・生産現場の両方を二本立てで持ち、その間の知識共有を進めるグローバル供給体制をとれれば、将来、有利な展開も期待できます。
竹森 現代自動車ではチーム設計のようなやり方は取っていないのでしょうか。
藤本 設計は、ある程度チームでやっていると思いますが、彼らは日本の自動車をばらしてよく研究し(リバース・エンジニアリング)、余計なものが付いている日本車の過剰設計の弱点をつき、「これを取っ払えば値段は下がるが性能はそんなに悪くならない」という判断をして、値ごろ感の良い製品を出してくる。日本がこだわっているところの弱点を見つけている。製造品質に加え、最近は、設計品質も上がってきて、欧州市場などでトヨタに対し競争優位を持つ製品投入もみられ、それなりに進化しています。
竹森 それは日本が高度成長期にアメリカの製品をまねて、改良したプロセスと似ているのでしょうか。
藤本 似ていますね。ただ、近年の日本製品は、かつてのアメリカ製品の場合より過剰品質的だったので、韓国企業は「過剰品質の日本製品を分解研究し、それをシンプル化した製品で勝負する」という勝ちパターンで、どんどん行けたのだと思います。つまり日本が結果的に米国市場に依存し過ぎる一方、過剰設計・過剰品質で、新興国市場で苦戦しているのを尻目に、それを反面教師としていく姿勢です。
一部の韓国の大企業は、たしかに戦略構想力に優れています。サムスンについては、東大ものづくり経営研究センター特任研究員の吉川良三さんが書いた『危機の経営〜サムスンを世界一企業に変えた3つのイノベーション』という本にもありますが、必ずしもトップがワンマンでああしろ、こうしろと言っているわけではなく、下から複数の提案チームが、トーナメントでアイデアを上げていくんです。例えば「○兆円で日本の半導体企業を凌駕するにはどうしたらいいか提案してみろ」と上が言うと、スタッフがトーナメントを準備し、いろいろなチームが提案合戦を行い、最後に決勝戦をやる。その決勝戦で社長が、「よし、こっちだ」と決めるのだそうです。
「現場というのは本社とは別の生き物」
竹森 韓国の場合は、アメリカのマーケットに食い込むとか、日本などターゲットにした国に追いつくとか、企業の目的意識がかなりはっきりしていますね。一方、トヨタは今の段階で何を目標にしているのでしょうか。巨大企業であるからこそ、大きな目標をどこに定めるのかが難しくなるように思います。これ以上マーケットシェアを大きくすれば叩かれるかもしれないし、質の問題も出てくるかもしれないですから。
藤本 それは現場でははっきりしています。現場はここ数十年、360円から80円までの円高の中で、日々、ぎりぎりの生産性向上・品質向上・期間短縮を続けてきており、そうしないと現場として生き残れない、という現実は少しも変わっていません。これは経済学の理論とは違うのですが、現場というのは本社とは別の生き物だと思います。もちろん、社長が「閉鎖だ」と言えば工場は閉鎖されてしまいますが、私がみてきた経験では、現場は「生き残ろう」という意志を持った、社会的な存在です。経済学の教科書には現場なんて出てこないけれども、現実には、やはり現場が能力構築の最小単位であって、その現場の人たちが、現場を生き残らせようと、日々もがいているのです。
竹森 トップは現場から出てくるものを追認するという形になっているわけですね。
藤本 ある意味で現場は、社長に「お前のところは残そう」と言ってもらうために、日々生産性を上げているようなものです。その結果、1ドル360円から始まって、いまや80円にまでなって、40年間イエローカードが出っぱなしであるにもかかわらず、しぶとく生き残っており、その多くは輸出も続けているのです。
その現場にレッドカードを出せる唯一の存在は、社長です。今一番怖いのは、不況、円高、大震災などなどで極端に弱気になった一部の社長や本社が、イエローカードで頑張る国内現場に性急にレッドカードを出してしまうことです。組織的な鬱状態になっているような弱気な本社組織が東京に増えているのはなぜかと、私の友人のアメリカ人ビジネスマンも不思議がっています。
竹森 それは、藤本さんがこれまでもおっしゃってきたことですね。藤本さんが厳しい言葉でトップの鬱状態というものは、具体的に言うと投資をしない、研究開発もしない、そして生産をするのにも日本から出て行くということでしょう。
(次回につづく)
竹森 今まで日本はデフレで、設備過剰経済でしたが、震災を経ておそらく供給不足を経験します。これは経済と経営者のマインドを変えていくのではないかと思います。
エレクトロニクスの分野では、韓国のサムスン電子は景気が良くても悪くても研究開発投資を続けていましたが、日本の企業はどんどん投資を削っていた。これでは負けてしまいます。しかも日本の企業はお互いに小さいマーケットを取り合っている一方、韓国は金融危機をきっかけに1財閥が1分野というように収斂させています。
規模の経済性だけが重要かどうかは分かりませんが、攻めの経営という、もっと積極的な考えに変わっていくチャンスにもなるのではないかという気がするのです。
内部留保で貯め込み国内向けの戦略的投資がない
藤本 先日も、都心の大企業の本社をいくつも回ってきた米国の友人が私のオフィスに来て、「日本の大企業本社は病気じゃないか。なんであんなに弱気なのか、理解できない」と言っていました。病名を言うなら「組織的鬱病」でしょうね。近年、日本の大企業本社の多くは、心理的に縮こまっているとの印象はあります。
藤本 隆宏(ふじもと・たかひろ)
東京大学大学院経済学研究科教授、ものづくり経営研究センター長。1955年生まれ。東京大学経済学部卒業。三菱総合研究所を経て、ハーバード大学ビジネススクール博士課程修了(D.B.A.)。独立行政法人経済産業研究所(RIETI)ファカルティフェロー、ハーバード大学ビジネススクール上級研究員。専攻は技術管理論、生産管理論、経営管理論。著書に『生産マネジメント入門』『日本のもの造り哲学』『能力構築競争-日本の自動車産業はなぜ強いのか』など多数(写真:陶山勉、以下同)
株主は怖いからそこそこ配当はするけれども、あとは内部留保でため込む。後は逃げの海外投資で、国内向けの戦略的な投資はほとんどない。そういう会社に対して法人税率を下げても、国内の経済成果は期待できないと言わざるをえません。むろん、元気にM&Aや戦略投資を続ける活発な経営者もいらっしゃるので、十把一絡げには言えませんが、ある種の組織的鬱病が、多くの大企業の本社や経営者に蔓延していることは様々なデータや観察結果からも、間違いないでしょう。
たとえば、円が高ければ、この際、懸案だった海外M&Aに打って出るのも良い。円高に耐える強い国内現場を生かしたビジネスモデルの革新もある。新興国に一貫した開発・生産・販売拠点を構築して海外市場で逆襲にかかった企業もある。円が万一暴落すれば国内拠点から輸出を大々的に仕掛ける。
いずれにせよ、超円高も超円安も含め、将来が不確実な今は、国内も海外も維持強化し、少なくとも2系統、設計情報の太い流れを確保するのが定石で、国内一辺倒も海外一辺倒も上策ではない。そんな時代に、いかにひどい大震災に直面したとしても、冷静な長期競争力分析を忘れ、地震が怖いからというだけの理由で性急に海外に拠点を移す会社があるとすれば、それは、いわば落第点の解答でしょう。
竹森 前から出たいと考えていた企業はいいけれど、震災を口実に海外に出て行くような企業はだめだということですね。
藤本 おっしゃる通りです。先ほど言いましたように、国内には、高機能品・高価格品を中心に、研究開発から生産技術、製造、購買、販売、サービスを含む一貫した設計情報の流れを、1系統完全に残し、日本の現場が得意な、複雑なインテグラル(擦り合わせ)設計の高機能品の牙城はきっちりと守る。新興国市場に気を取られるあまり、ここを御留守にすれば、低価格モジュラー製品で中国製品に対する警戒感を強める韓国大企業勢は、喜んでそこに入ってくるでしょう。私が韓国人経営者であったとしても、ウォンが安いうちに日本が占拠してきた高機能インテグラル製品に参入したいと考えるでしょう。事実、サムスン電子や現代自動車は、着々とこの分野での実力を高めており、厳しい競争が続きます。
グローバル競争において、円高の今は日本の正念場です。得意なものに集中しなければやっていけない。より長期的には、苦手なものも能力構築で克服する必要がある。当面、日本が得意な貿易財の多くは、設計が面倒くさいもの、擦り合わせ型で複雑なもの、高機能なものです。つまり、高くても買ってもらえるもの。これは絶対に残す方針を維持する。買ってくれる人を世界中に確保するブランド力、現地市場把握力も強化する。
しかしその一方で、新興国で大量に売れている、相対的に低価格、低機能でシンプルなモジュラー型製品に関しては、新興国の中に、開発から生産まで、設計情報の流れをもう1系列持ち、本国の高機能品ラインと合わせて、グローバルに少なくとも2系統の設計情報の流れを確保する。このグローバル両面戦略を取る日本企業は既に出てきています。
竹森 それは自動車産業以外の分野でもですか。
藤本 そうです。むしろ自動車産業以外に先進事例があり、たとえば車載電子機器メーカーA社、冷凍設備メーカーB社などはそうでしょう。下は下で、城から打って出て押さえるが、上は上で、今の城はしっかり守る。この2系統の間で、しっかり連携と情報共有を行えば、機能要求が急速に高まる新興国市場では、有利な展開が期待できます。
中はインテグラル、外はモジュラーが強い
竹森 韓国の人と話していると、やはり日本の部品メーカーは強い、自由貿易協定が進むと怖いと言います。ところが日本の部品メーカーは売り込みが下手なのかどうか分かりませんが、儲からないと言う。もし部品が本当に強いのであれば、部品だけに特化してでもこの国が食べていけるようにすればいいのではないかと思うのですが。部品を売り込む相手を選び、その相手との交渉力を強くして儲かるようにできないものかと。ドイツはボッシュといった企業が製品の質でも交渉力でもすごく強く、だから儲けています。
藤本 たしかにボッシュは技術力もありますが、自社に有利な標準化を進める政治力もありますね。一方、日本企業は、儲かっている会社も確かにあるのですが、私の分類では「中インテグラル・外インテグラル」型の製品が多く、それらは高機能なカスタム品ですから、量産効果が出ず、営業費用も高く、全体に高コストになりがちです。また、顧客に対しては製品特殊的(代えがきかない)な部品になってしまうので買い叩かれる恐れがあります。
一方、日本の部品企業でも比較的儲かっているのは、例えば自転車部品大手のシマノのギアです。インテルと同じで、製品の内部構造は複雑なインテグラル型ですが、売り先の自転車メーカーの多くは、部品を組み合わせて作るモジュラー型製品。つまり「中インテグラル・外モジュラー型」の標準品で、だから業界トップなら量産効果が上がって儲かります。
ボッシュも、自動車部品の中では比較的インテルに近い位置取りです。中はインテグラル、しかし外はややモジュラー。デンソーの先輩格であり、ライバルでもあります。
竹森 1位と2位の差ってものすごく大きいわけですね。
藤本 2位ぐらいまでは量産効果や経験効果で儲かりますが、下位メーカーは儲からないでしょう。一方、高機能自動車の部品が難しいのは、そうした擦り合わせ型製品の設計品質を保つには、カスタム品が多く必要だと言うことです。自動車部品の大半はこれです。
竹森 サプライチェーン(供給網)の分断の影響が世界中に出たことで、日本は部品が強いということが分かったのですが、部品をどんどん強くしていく。その場合、中はインテグラル、外をモジュラー化するというのがキーワードになりますか。
藤本 そうですね。お客さんがモジュラー製品を作るので、標準部品でいい、と言ってくれるのは電気製品に多いですね。しかし、そういう「中モジュラー」製品になったら、日本で生産を続けるのはだんだん難しくなります。企業は国境を越えられるので、そうした製品は新興国などの海外拠点で生産すればよい。場合によっては開発も新興国に移せばよい。
一方、先進国の高機能自動車の設計は、機能要求、安全規制、排ガス規制、燃費制約などがどんどん厳しくなるので、どんどん面倒くさい設計になっていきます。したがって、こうした相対的に高級・高価格・高性能・高機能な自動車が、急激にモジュラー化することはおそらくないでしょう。よって、高機能自動車部品の多くは、中インテグラル・外インテグラルでやっていくしかないと思います。
EV礼賛論は地球温暖化対策にマイナスの面も
竹森 前回対談した時から、電気自動車のマーケットが広がっている動きは見えていませんか?
藤本 むろん、電気自動車には一定のニッチ市場があり、生産もそれなりに増加はしますが、今の内燃機関の自動車を代替する巨大市場に成長する可能性は、少なくともここ10年や20年はありえません。それは電気自動車のバッテリー、つまり変動費が非常に高いからで、超低価格かつ高エネルギー密度の夢の電池が発明されるまでは、単純なコスト計算からも、純粋な電気自動車が保有自動車の大半を占めることはあり得ません。また、そうした夢の電池の発売は、まったくメドが立っていません。たしかにハイブリッド車を含めれば、電池とモーターを積んだ車はかなりの比率になるでしょうが、当面、ほとんどのクルマは、普通の内燃機関を積んだクルマでしょう。
二酸化炭素削減のために本質的なことは、電気自動車(EV)が増えることではなく、世界のクルマの全走行距離の中に占める、低燃費の走行距離が増えることです。したがって、米国の大型車など、世界中で悪い燃費で走っている車を一刻も早くリタイアさせることのほうが、当面はよほど大事です。しかし、残念ながら今の高価格のEVにその力は無い。
たとえば、高い電気自動車を1台買ってもらうより、たくさんの人に3リッターから1.3リッターのガソリン車に乗り換えてもらう方が、地球温暖化対策としてはずっと有効なのです。電気自動車は都市交通システムの中で活用されますので、否定する気は毛頭ないですが、電気自動車を救世主として崇めるようなEV礼賛論は、地球温暖化対策にとっては、他の有効な対策から目をそらせるという意味で、むしろマイナスかもしれません。
竹森俊平・慶応大学教授。近著に『日本経済復活まで』
竹森 世界的に先進国は化石燃料に戻ると思います。CO2を減らすことになると、使う側が節約しなければいけないことになりますね。ハイブリッドもいいんですが、大前提として、1.2リッターで1.5リッターの力がある、小さいまともな普通のエンジンをきちんと作らなければいけないと思うのです。総合的に考えたときに、化石燃料はだめという話ではなく、減らせという話ですから。
藤本 全く賛成ですね。現実的な解は、世界中で保有されるクルマが使う化石燃料を強烈に節約していくことであり、EVのように、脱化石燃料だが高くて一般大衆は買えないようなクルマをちょっとだけ売ることは、カッコよくて目立つけれども、地球全体への効果は大きくない。一部のマスコミや識者が展開するEV一辺倒の礼賛論は、地球温暖化防止という大目的からみれば、むしろ本質を見誤っていると言わざるをえません。
竹森 発電も発電効率が良く、二酸化炭素排出量も低いコンバインドサイクル発電がかなり有力になるでしょうね。
藤本 おっしゃる通りです。原発依存度を減らすのが大きな流れであり、しかも風力や太陽光などクリーンエネルギーの比重拡大にも一定の限界がある現状を踏まえるならば、当面の現実的な解として、火力発電の大幅な効率化は、非常に重要でしょう。たとえば、天然ガスなどを使い、ガスタービンと蒸気タービンを併用し、熱効率の高いコンバインドサイクル発電への代替を進める。石炭ガス化も将来は有望。しかも、この分野は日本企業の国際競争力が高いから、産業振興にもつながります。
地球温暖化対策としても、現行の国ごとの「発生基準」だけでなく、CO2削減を設備供給国の手柄としてカウントする「設計・生産基準」で、各国に輸出したコンバインドサイクル発電によるCO2削減貢献分も日本の成果として発表すれば、地球レベルでの日本の貢献はより明確になります。私は、今のようにCO2削減目標を、発生基準だけで窮屈にカウントしていては、現場も産業もついてこないと思います。
竹森 逆に言えば、今回のことで目標ができましたね。コンバインドサイクル発電を効率化し、CO2を下げるという目標ですね。
住宅向けと産業向けの送電網の分離を考えるべき
竹森 今後に予想される電力不足は、これからの経済・産業の復旧・復興にどんな影響を生むでしょうか。
藤本 これは、潜在的には大きいですね。
竹森 BNPパリバのエコノミストである河野龍太郎さんが、夏場のピークの電力不足はたぶん4年ぐらい続くと言っていました。
電力消費の弾性値については、GDPが2%上がると電力消費が1%上がるらしいです。昔は1:1だったのを、そこまで電力消費を抑えたそうです。でも逆に言うとこれは電力消費が1%減れば、GDPが2%下がるということを意味します。
自動車メーカーは電力の不足に合わせて、電力があるところに工場を移すような計画を持っているのでしょうか。
藤本 グローバル競争が厳しい中、そこまでのコストは掛けられません。国内電力供給の不安定性やコストの高さは、たしかに足かせですが、国内の自動車工場や部品メーカーは、世界トップの生産性のさらなる向上で、これらのコストアップを吸収してきました。今回も、国内工場体制は基本的に現行のままで、土日操業や、工場間の生産品目の調整で吸収していくでしょう。むろん、長期的な競争戦略という観点からの工場立地の見直しは、過去も現在も将来も続いていくでしょうが、電力はその一要因に過ぎません。
むしろ考えてほしいのは、いざという時に備えた、住宅向けと産業向けの送電網の分離です。住宅では、短時間の停電が頻繁に起きてもなんとか対応できるかもしれませんが、企業の、たとえば医薬品や半導体の生産では、毎日1時間電気が止まれば工場は立ち上げも含め、毎日半日以上止まってしまいます。むしろ、産業側は、1週間まとめて工場を止める方がありがたい。望ましい計画停電のサイクルが違うので、分離が必要ということです。
いずれにせよ、今年の夏をしのげば、来年の夏には企業にもバックアップの自家発電機も多くの工場でそろってくると思います。
社長は10年はやらなければ会社の風土を変えられない
竹森 やはり東京電力の罪は大きい。そもそも東電は事故隠しの常習犯でしたが、なぜそうだったか。一橋大学の橘川武郎教授の『日本電力業発展のダイナミズム』という本によると、東電の中で原子力部門はあまり本流ではなかった。本流は化石燃料で、その中に原子力が入っていこうとした。このため、問題が起こると「原子力はやめる」というプレッシャーがあった。それを恐れ、しかも原子力のことを知っているのは自分たちだけなんだ、という思いがあり、隠すという問題が出てきたのではないか、ということです。
藤本 会社の中に、人が動かない聖域ができるのは、他の部門でも時々ありますが、良くないパターンですね。
竹森 原子力安全・保安院か何かのチェックが弱かったとか言われていますが、企業としてリスク感覚がなく、経営感覚がずれていたんじゃないかと思います。
藤本 今回のことに当てはまるかどうかは分かりませんが、一般に、社長が長期的な視野で会社を正しい方向に持って行っているな、と感じるケースは、社長が8年とか10年とか、ある程度の長期にわたって在職するケースのように思えます。社長を10年任されたら、腹をくくって長期を見るでしょう。神戸大学の三品和広教授が言っていることでもありますが、果敢に会社の事業構成、基本戦略、組織風土などを変えられる社長は、10年単位ぐらいで経営を見ているように思います。事業構造を転換して大きなかじ取りをしていくには、3年じゃ無理ということです。
しかし、これは簡単なことではなく、たとえば仮に、優良な大企業の中に、3年に1人ぐらい社長の器の人材が出るとしても、10年サイクルに合わなかった人材は、あえて大副社長として社長をサポートに回ってもらうか、子会社の社長として活躍してもらう。こういう割り切りができるかどうかでしょう。
また、「産業報国」という言葉は古いけれども、過去における日本の優良企業の基本は、松下であれ日立であれトヨタであれ、「産業振興によって国(社会)に報いる」という姿勢が明確です。ただの「資本」ではない。また、むしろ「産業を通じた貢献」を理念に掲げる企業の方が、長期業績が良いという報告もある。今は、グローバル企業として、世界のお客さんを喜ばせるという原点さえ健在であれば、日本企業は精神的な健全さを保てるのではないでしょうか。
竹森 研究開発投資をしないと絶対に報国にはならないし、長期的にも生き延びられません。どうすれば日本企業はもっと投資するようになるでしょう。デフレだから仕方ないということなのか、それとも国内マーケットに伸びる余地がないので当然だということのか。
藤本 これに関しては、ポイントは「両面戦略」だと私は考えます。一方では、日本に研究開発を含めて、生産技術、生産、販売、サービスなど、設計情報の太い流れを確保すべきだと考えます。それがなくなれば、海外拠点も国内拠点も徐々にへたってしまうでしょう。
しかしその一方、さきほども申し上げた通り、新興国に安価な製品を開発できる拠点を作り、そこを起点に、設計情報の一貫した流れをもう1本確保すべきと考えます。つまり、私は国粋主義的なことを言っているわけではなく、体力のある会社は、日本に確実に設計情報の完全な流れを1つ残しながら、海外にもう1系列作ろうと言っているのです。
投資に向かうべきお金が電力債に向かっていた
竹森 原発事故の影響は金融市場にも出ています。東電の社債の金利は、米国でファニー・メイ、フレディ・マックの社債が国債並みに低金利だったのと同じ理由で低かった。政府は株主ではないけれども、国策を遂行している以上、万が一のことがあったら援助するという暗黙の了解があったと見られていた。実際、政府の東電支援の枠組みを見ると、かなりの援助があります。あれだけ事故の損害が出ているというのに、株主には減資しないと言う。それは経営の感覚をおかしくすると思います。
東電債の発行高は5兆円で、日本の社債全体が50兆円だそうです。東電だけで10%。電力債全体で20%です。歴史的に国内のほかの企業の景気が悪いときは、電力債にお金が向かう。本当はもっと投資に回るべきお金が東電債に回っていたんですね。電力債は安全だからとお金が全部そこへ向かっていた。
今、一番パニックに陥って自信喪失しているのは物づくりの人ではなく、マーケットです。なんと言っても電力債が社債の2割ですから。それを投資信託にはめ込んだり、年金基金にはめ込んだりしていた。しかも東電株は大きく下がっている。今回、金融機関や個人の資産への影響はものすごく大きいです。
企業の経営者は現金を豚積みするばかりで、社債を発行して投資を拡大するということを考えなかった。そういう日本の経済のゆがみというのか、安全を取っていればとりあえず生き延びられるんだという考えで、経済全体がじり貧になっていた。ところが、じり貧では済まなかった。これだけは安全だと思ってその社債にどんどん投資していた電力会社がやられた途端、経済も金融もまひしてしまった。あまりにも情けない話です。
私は日本経済というのを悲観的に見ていました。スロー・デス、一種の老衰死を迎えるのではないかと思っていた。ところがそれどころではなく、必要な投資すらせずに、投資をしないのが安全という間違った方針を続けた結果、下手をすると即死の危険が出てきた。
現場が強いのは、そこに明確な目的があるから
藤本 これはいい勉強になりました。私のような現場派が見落としがちな視点ですね。今のお話と、私が感じている多くの本社の「組織的鬱状態」は、符合するかな、と思いました。つまり、近年、日本の大企業本社の多くは、ため込んでいれば無難だという考えだった。とくに短期登板の社長さんが、自分の代を無難にやれれば良いと考えるなら、まさに東電債などは極めて魅力的で、その結果、事業投資が不活発な「組織的鬱状態」を助長したのかもしれません。この状態から、はっと我に返り、「やはりうちは経営をするんだ」と動き出す会社が1社でも増えると良いのですが…。
一般に、現代の日本人は、お互いを見ながら仕事をするのがいいところです。その結果、なぜ現場が強いかというと、現場にはたいてい、そこに動かすべき機械があり、運ぶべき瓦礫がある。要するに、皆で操作すべき人工物があるんです。この人工物を動かすことで世の中に貢献しようという明確な目的がある。つまり自分が追いかける球があり、その先にゴールがあり、その先に勝利が見えている。こうなると、球を追いながら互いの選手が見えているという特長が生かされるので、強いんですよ。
その典型例が、日本の擦り合わせ型製品の競争力を支える、現場の「多能工のチームワーク」です。人が慢性的に不足する中で高度成長した戦後の日本では、長期雇用・長期取引が経済的に合理的で、その結果、個々の守備範囲が広く、チームワークの良い現場が、同時多発的に生まれました。それが今の日本の産業競争力を支えているんだと思います。毎週のように現場を見る限り、私はそっちは心配していないのですが、本社はというと…。
竹森 そうなんですよ。
藤本 本社で、キャッチアップのような分かりやすい目標が見失われると、お互いが見えている状態が逆効果になります。お互いにきょろきょろし始めて、おたく、お先へどうぞ、となってしまう。いわゆる、無限定責任が無責任に転化する、という話です。
竹森 自分だけ進んで行けば転んでしまう、何だ、お前だけ転んで、ほかはみんながっちり現金を貯め込んでいるのに、ということになってしまう。
藤本 目標が見えなくなってじり貧状態になった時、日本というのはだめですね。これは竹森さんのご専門ですが、バブル崩壊後、数年後の金融危機が来るまでずるずるといった感じも、今後、財政が破綻するまでずるずる行く感じも、同じように見えます。
「税金を上げないというコミットメントは引っ込めるべき」
竹森 復興財源の議論で、消費税や所得税を上げると消費が減るという人がいますが、これから復興する過程では投資が必要です。投資をするためには貯蓄はあった方がいい。消費は我慢してもらったってよい。増えた貯蓄を投資に回し、それによって所得が増えていく、その過程で消費が伸びていけばいいのです。
当分の間は消費は抑えて貯蓄を増やし、金利が上がらずに投資ができた方がいいんです。これは考えてみれば当たり前の状態で、普通の経済では投資が増えれば消費は減ります。
もっとコンサバティブな人は、復興費などを出していたら財政が危なくなるという。しかし、基本的に日本は、国債は国内のお金から借りているから、国債を返すというのも政府と国民の間の信頼の問題です。
東北では生活ができないぐらい環境が破壊されましたが、これを復興するのも政府と国民の間の信頼の問題で、財政が心配だから東北は助けられないというのは、それも一種のデフォルトだと私は思います。もちろん国債を払わないのもデフォルトです。本当に追い詰められたら、どちらかをデフォルトする選択を迫られるかもしれませんが、私はその場合はチャプターイレブンの考え方でやるべきだと思っています。組織体がオンゴーイングに生計を立てていける再建方法を考えなければならない。
最悪の場合、国債の条件を変更してでも、東北の経済を復活して、住民の生計が立つことを優先すべきです。しかし増税という選択が可能なら、そんな最悪の場合は避けられる。
国民との信頼を破るのが一種のデフォルトだと言っても、消費税を上げることも一種のデフォルトだという方向に政治を持って行っては絶対にいけない。ところが今までの政治はずっとそれでやってきました。自民党政権にしろ民主党政権にしろ、順番に、うちが選ばれたら消費税は上げませんと約束し選挙に勝つ。消費税を上げないという「公約」をすることで、増税がデフォルトになるような社会心理をつくったのは、大失敗です。
私は財政については日本はまだ米国よりも楽観的に考えていいと思っています。米国の場合、外国から借りているので、外国から米国に貸したくないと言われたらもうおしまいですよね。もう1つ、米国の場合、レーガン革命以来、民主党であれ共和党であれ、増税は政権にとってのタブーになった。そうなると、財政赤字が増加した場合、公的医療であれ、公的年金であれ、どんどん削るしか選択がない。たとえそれで米国社会が崩壊しても。
日本の場合、まだそこまでいってはいませんが、かなりの程度、税金を上げないことが一種のコミットメントになっているのは事実です。
そうなると、チャプターイレブンの適用を考えなければいけない最悪のシナリオも出てくる。国債を条件通りに払えば健康保険制度が維持できなくなるし、年金が払えなくなるということです。医療も年金も政府の仕事でないと割り切れれば良いが、それで日本の社会が持つでしょうか。
むしろ国民の方からは増税もやむなしという意見がでているのですから、税金を上げないというコミットメントは引っ込めるべきだと思います。
藤本 増税も福祉の節約も、何もかにも嫌だと言っていると、いずれ財政は破綻しますよね。多くの人は消費税10%なんてとんでもないと言っていますが、財政が破綻して国債価格も円も暴落し、ひどいインフレが起きたら、もっと暴力的な形で国民の生活を圧迫するでしょう。何かを我慢しなければいけない。
先日、スウェーデンに行った時につくづく思いましたが、彼らは厳しく福祉コストの削減に取り組んでいます。要するに、少しの病気なら病院には来るな、ということです。病気をこじらせても、紹介状を書いてもらって大病院まで行くのに何週間もかかることがあります。
病院の経営合理化も厳しくやっています。トヨタ方式を入れて「患者の流れ」を良くし、医者と看護師の垣根も取っ払って、大部屋でやる。それこそ必死になって、医療行為の迅速性と生産性を上げ、医療費を抑えようとしている。あれだけ税金を取っている高福祉国でそうなんですね。
竹森 医療費は、公的な医療保険ではコストベネフィットを考えなければいけないと思います。財政支出については、もちろん産業再生にも必要ですが、今後起こりうる地震や災害への備えにも相当掛かるでしょう。
でも、私はいくらお金が掛っても、命には代えられない。津波一発で日本の経済が分断されてどうしようもなくなるよりも、安く防衛する手を考えるべきです。防災については、予算を取って、安く効率的にやれば、今回の経験がかえってプラスになるはずです。
生産性向上を続ければ海外と戦える国内工場は増える
藤本 そうですね。大震災後の日本は、そういった効率的に防災力を高めた、これは日本しか造れないと言われるような大規模人工物をどんどん開発し、生産し、世界に示していくべきでしょう。
1ドル80円を超える円高でも、なお輸出できる高生産性・高品質工場をできるだけ多く国内に残すことは言うまでもありませんが、一方で80円では輸出は無理、という国内工場も、たとえば国内専用のリサイクル工場として残すなど、ビジネスモデルなどの工夫で生き残る方法はある。そうこうするうちに、中国の賃金がどんどん上がってきます。中国の賃金は5年で2倍になる一方、日本の賃金は上がらない。
日中の賃金差は、10年前には中国が20分の1などと言われ、これでは日本工場の生産性がいかに高くてもコスト競争力ではとてもかないませんでした。しかし今は、社内の日中拠点の間で5分の1から10分の1に縮まったといわれ、5年後にはインフレもあって、中国の賃金はさらに2倍になっているでしょう。
つまり日中間を見る限り、さらなる生産性向上を粘り強く続けるなら、コスト的に海外と戦える国内工場はむしろ増えると見ています。実際に、既に過去5年の生産性向上で、中国拠点にコスト競争力で追いついた日本の生産工程を私は見ています。人民元もウォンも安めに誘導されているようですが、貿易黒字が累積すれば、そうは続けられないでしょう。つまり、今は、国内工場を簡単にあきらめてはいけない正念場だとみます。
竹森 私はいずれ円安になると思っています。2011年は貿易収支が赤字になりました。来年も赤字でしょう。3年ぐらい貿易収支が赤字になります。まだ所得収支があるので経常収支は黒字ですが、それもいずれ赤字になると思います。復興需要が盛り上がり、投資需要が盛り上がってくれば、経常収支も赤字になると思うんです。
そうなるとさすがにマーケットも考えて、円安に転換することは間違いない。ただし、その円安は一部の輸出企業にとっては有利ですが、化石燃料を輸入する場合はコスト高になります。従って、これからの日本は輸出競争力をさらに強化しなければいけません。しっかり輸出して稼がないと、石油ショックのときみたいに、いつまでも計画停電が続くというような状態になってしまうと思うんです。
藤本 今後、円高が続くか、円安に転じるかは、私には良く分かりませんが、仮にどっちもありうるとした場合、リスクヘッジという意味でも、日本に良い現場を残すことが、多くの企業にとって極めて重要と私は思います。
過去のパフォーマンスを見る限り、日本の多くの貿易財現場は、40年間、円が1ドル360円から80円になる間、「このレートではもう駄目だ」と常に文句を言いながら、生産や輸出を続け、合計すればたいてい貿易黒字を出してきました。逆に、日本の現場が生産性向上で頑張った分だけ、どんどん円が上がってしまったようにさえ見えます。しかし、これだけ円が高くなったら、日本のドルベースでの所得水準の数字は上方修正されてもいいのではないでしょうか。
竹森 確かにドルベースでの所得は上がっています。
「良い現場を残すのは国家安全保障上の重要」
藤本 現場が過去数十年、「円高はもう勘弁してくれ」と言い続けてきたことの引き換えに、日本人の生活は、それなりに少しは良くなったということでしょう。海外から安いものが買えるし、若い人たちの暮らしも、年収200万円でも趣味やコンサートに行くためのお金が多少は残り、それほど惨めではない暮らしができるようになった。それは、日本の現場が頑張って、継続的な円高という「イエローカード出っぱなし」の状況に耐えてきたことと、表裏の関係にあるともいえるでしょう。
一方、もし竹森さんがおっしゃるように、円安に転じ、1ドル100円とか120円とかに戻ったりしたら、「今は輸出は無理だ」「生き残れない」と言っている国内工場の多くも、すいすい輸出ができるでしょう。
そういう可能性と粘り強さを持っている日本の鍛えられた現場を、単年度の期間損益や短期の原価計算、あるいは経営者の弱気や短慮のみによって簡単につぶしてしまったら、円安に反転した時に誰が責任を取るのでしょう。イエローカード出っぱなしでも長年頑張ってきた現場に、レッドカードを出せるのは社長だけだ、ということを念頭に置き、経営陣は常に長期全体最適の視点で経営をしていただきたいと切望します。
それこそ、円が150円になったら、日本経済がメチャクチャになる中で、日本の輸出がGDPの30%近くになってもおかしくないでしょう。その時は、米国にも中国にも韓国にも文句は言わせないように、FTAなどは困難を乗り越えて、今のうちにどんどん結んでおきたいですね。そして、「こちらも経済立て直しで必死ですからよろしく」と言って、輸出はどんどんやらせていただき、当座はそれで日本人一億人、何とか飯を食っていく。そのためにも、日本の良い貿易財現場は、頑張って残しておく必要があるわけです。
竹森 米国だって今、日本がつぶれたら経済的にも影響が大きいし、日本がどんどん落ち込んで中国の一人勝ちになったら安全保障上も心配でしょうから、今度は文句は言わないでしょう。
藤本 そうだといいですね。いずれにせよ、日本に「良い現場」を残すのは国家安全保障上も重要だと、そんなふうに思います。
竹森 安全への配慮で言うと、日本はいつも弱いですね。金融危機の時でもそうでした。
藤本 いま怖いのは、震災や円高への過剰反応で、会社や経営者が、長期全体最適でない、変な決定をついつい下してしまうことです。東日本大震災の衝撃で、我々も一時思考停止になってしまいましたが、次の地震が怖いからの一念で、競争力を弱体化させるような在庫の積み増しや、稼働率を下げる生産ラインの複数化、部品の無理な共通化、工場の性急な移転・廃止などをやってしまうのは、長期的には間違いです。短期のコスト計算だけで、海外への工場移転を過剰にやってしまうのも同様に間違いです。
大震災の衝撃が残る今こそ、我々は、毎日グローバル競争のただ中にいる、というもう一つの現実を、思い出す必要があるでしょう。
(この項終わり)
このコラムについて
復興の経済学
地震、津波、原発事故…。東日本大震災が日本経済に及ぼした影響ははかり知れません。この未曾有の災害の影響を、私たち日本人はどのように克服していけばいいのでしょうか。これまでの経験も前例も役に立たないこの事態に対処するには、あらゆる知見を総動員し、ベストの選択をし続けなければならないでしょう。このコラムでは、経済学の分野で活躍する学者や専門家たちに、日本復活に向けての提言を聞いていきます。
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著者プロフィール
竹森 俊平(たけもり・しゅんぺい)
竹森 俊平1956年東京生まれ。慶応義塾大学経済学部教授。81年同大学経済学部卒業、86年同大学院経済学研究科修了。89年米国ロチェスター大学経済学博士号取得。主な著書に『経済論戦は甦る』(第4回読売・吉野作造賞)、『世界デフレは三度来る』(上・下)、『1997年―世界を変えた金融危機』『資本主義は嫌いですか』ほか。新著に『経済危機は9つの顔を持つ』ほか。新著に『日本経済復活まで』。
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