02. 2011年6月29日 23:19:32: Pj82T22SRI
http://diamond.jp/articles/-/12903/votes 【第28回】 2011年6月29日 島本幸治 [BNPパリバ証券東京支店投資調査本部長/チーフストラテジスト], 高田 創 [みずほ証券グローバル・リサーチ本部金融市場調査部長/チーフストラテジスト], 森田京平 [バークレイズ・キャピタル証券 ディレクター/チーフエコノミスト], 熊野英生 [第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト] 世界経済を圧迫する「悪性インフレ」 ――島本幸治・BNPパリバ証券東京支店 投資調査本部長/チーフストラテジスト 1.薄日は差したか 今年は長梅雨らしい。ギリシャの新内閣は議会で信任され、財政赤字削減法案の成立と追加支援策のメドが立った。ところが、世界景気のソフトパッチ(足踏み状態)の行方はいまだ判断できない。 また、米国では財政赤字削減法案が紛糾を続けており、日本に至っては政局の停滞が長期化する公算である。金融市場は相変わらず厚い雲に覆われており、市場参加者は模様眺めムードを維持している。 長梅雨はいつ明けるのか。例年通り7月と見ている。(1)内外の景気指標は7-9月期の持直しを示し始め、(2)欧州ではギリシャに対する追加支 援が具体化し、(3)米国では財政赤字削減策の与野党協議が妥結され、(4)日本では二次補正予算に続いて原子力損害賠償支援機構法案が成立する可能性が 高く、(5)金融市場では暦年下期のリスクマネーが資本市場に還流し易い時期を迎えるからだ。 ギリシャ支援に向けたステップは前進したが、そもそも財政不安を解決する抜本策ではない。いまだに暴動も続いている。そもそも、既述5点は全てメインシナリオに過ぎず、確認されたわけではない。 相変わらず金融市場は厚い雲に覆われており、いまだ薄日が差したとは言えない。そして梅雨が明けると、今度は暑い夏が本番を迎える。特に今年は未曾有の電力不足という厳しい夏となりそうだ。 目下の金融市場は、欧州のギリシャ問題、米国の財政赤字問題、日本の東電問題と、各国のイベントリスクが様子見ムードを醸成する状況にある。ところが夏以降の金融市場は、後述する新たなテーマに直面すると見ている。 いずれにせよ重要なのは、実体経済である。今回は世界景気のソフトパッチは一時的と見る背景と、その後の景気回復を制約する要因から順に整理したい。 次のページ>>日本のサプライチェーン問題は、すでに改善に向かっている 2.ソフトパッチの行方 さすがに今後、各国の景気指標は持ち直すであろう。たとえば、米国の経済指標を押し並べて評価すると、家計部門や非製造業のマインド関連データがすでに底入れしている一方、製造業の業況感は下振れたままである。 前者の家計部門に関しては、原油やガソリン価格の反落がマインドの改善に貢献している他、非製造業に関しては緩和的な金融環境を背景に、もとより安定した状態が続いている。 製造業の業況感が大幅に下振れている背景は明白である。3月11日に勃発した東日本大震災が、被災地を中心にサプライチェーンを破綻させ、4-5月にかけて世界の生産体制に大きな影響を及ぼした。 特にルネサスエレクトロニクスのマイコンなど、一部の部品が深刻なボトルネックとなった。世界の製造業が日本の先端技術部品の供給に依存している事実が、図らずも判明したと言える。 こうしたサプライチェーン問題は、すでに改善に向かっている。先週20日に発表された5月の通関統計を見ると、サプライチェーンの復旧を背景に、自動車関連を中心に輸出は増加している。 これは、5月末に発表された5-6月の生産予測指数が急回復する動きとも整合的である。同日に政府は6月の月例経済報告を発表し、震災直後の4月に下方修正した景気判断を3ヵ月ぶりに上方修正した。 次のページ>>世界景気はソフトパッチを脱して回復軌道に乗るが、不安も 今後、各国の生産や製造業のマインドは改善に向かうと見て良いだろう。ただし、その後の回復テンポを制約する要因も発生している。中国を始めとする新興国経済の減速である。 実際に5月の通関統計を見ると、中国向け輸出は減少が続いている。年後半に世界景気はソフトパッチを脱し、回復軌道に復すると見られる。ただし、そのテンポは新興国、特に中国の景気減速により鈍化する公算である。 3.世界経済を下押す妖怪 新興国経済の中で最も重要なのが中国である。その中国では景気下振れのリスクが高まっている。最大の原因は、インフレ圧力の昂進である。中国共産党は、景気の下振れリスクを犯してでも、政治的にはインフレ抑制と格差是正を優先し始めた。そこで人民銀行は、預金準備率の引き上げを続けている他、人民元の上昇ピッチを早めている。今後は変動幅を拡大させる可能性もある。 ちなみに、インフレ圧力の高まりは中国だけに見られる現象でない。多くの先進国も同様である。 たとえば、先週21-22日のFOMCでFedは予定通りQE2を6月末に終えることを決めた。確かに景気回復テンポは鈍っており、住宅市場の低 迷と言う火種も抱えている。それでも、異例の量的緩和を続けた副作用としてガソリンなど資源価格が高騰し、個人消費を圧迫している問題が深刻であるから だ。 FedはFOMC後に発表した経済見通しで、2011年の実質成長率の見通しを3.1〜3.3%から2.7〜2.9%に下方修正した一方、コアPCEデフレーターの見通しを1.3〜1.6%から1.5〜1.8%へと上方修正している。 経済成長率を下方修正し、インフレ率を上方修正したということは、まさに悪性インフレの台頭、あるいはスタグフレーション的な傾向を認めたと言ってもよい。 世界経済のトップ3を占める米国、中国、日本のなかで現在、最も景気の下振れリスクが大きいのは、最もインフレ懸念が深刻で、金融引締めを本格化させている中国である。その証左として、株価のパフォーマンスが最も悪い。 そして日本や米国は、必ずしも蚊帳の外にない。少なくとも米国ではインフレ圧力の発生により、市場が期待するQE3という選択は難しくなっている。 次のページ>>一次産品の需給逼迫が川上から川下へと波及する悪性インフレへ リーマン・ショック後の世界経済は、米国発の金融恐慌に直面した。そこで2009年にFedを中心とする各国中央銀行は、緊急避難的な金融緩和を導入し、何とかデフレスパイラルに陥るのを防いだ。 さらに2010年には、ギリシャ・ショック後の景気二番底のリスクに対応し、FedはQE2を導入した。これらの金融緩和策は、対処療法の役割を果たした反面、インフレという妖怪を呼び覚ましてしまった。 目下の国際商品市況を見ると、原油価格は2月に中東情勢が緊迫化して高騰した反動から200日線を割り込んでいるが、それ以外は総じて堅調が続いている。 代替通貨とされる金価格はQE2の打切りとは関係なく上昇トレンドにあるほか、トウモロコシなどの穀物は昨年後半から上値を追う展開にある。液晶研磨剤のセリウムなどレアアースに至っては、今年に入り価格が数倍に跳ね上がっている。 国際商品市況の高騰は、市場流動性の高い原油や貴金属などから、よりニッチで流動性の低い一次産品へと裾野が広がっている。そして逆に、最終価格に対する影響力は強くなっている。 現在のインフレ圧力は、最終需要の高まりに起因するものではなく、一次産品の需給逼迫が川上から川下へと波及することで発生している。すなわち、企業のマージンや家計の実質所得を圧迫する悪性インフレである。 4.金融政策から財政政策に 日本のサプライチェーン問題が改善した後も、世界経済の回復テンポは緩慢であろう。悪性インフレの問題が台頭しているからだ。悪性であれ良性であれ、インフレ圧力が高まる経済で、金融緩和政策は有効でなくなる。 そのため、米国はQE2を打ち切らざるを得ず、欧州は利上げを継続し、中国では金融引き締めがバブル崩壊のリスクを高めている。今後の景気対策は、財政措置が重要になる。 次のページ>>金融政策から財政政策へ関心が移る、イールドカーブの変化 そこで日米欧のイールドカーブ変化を見ると、各国共に似た動きを示している。中短期セクターに関しては、リビア情勢が緊迫化した2月頃から景気減速を反映し、フラット化していた。 ところが足もとでは、絶対金利水準が物理的下限に迫る日本に続いて、インフレ圧力への対応からECBが利上げを続けるドイツや、FedがQE2を打ち切る米国においても、フラット化から横這い推移に転じている。 他方、超長期セクターのイールドカーブに関しては、機関投資家の新年度資金が滞留している日本だけ膠着状態にあるが、欧米ではスティープ化の傾向 が顕著である。米国ではソフトパッチで全般的に金利水準が低下するなか、超長期セクターは夏以降の国債増発に対する警戒感が根強い。ドイツでは質への逃避 が一服しているほか、オランダの年金制度改革による特殊要因も影響している。 こうしたイールドカーブ変化は、金融市場の関心が金融政策から財政政策に移行しつつある様子を示している。 たとえば、米国では財政赤字削減策が注目される。報道によると、超党派協議は財政赤字額を10年間で2兆ドル超削減する方向で調整に入った。もと もと6兆ドルの歳出削減を主張してきた共和党としては、大幅な譲歩となる。両党幹部は、7月1日の合意を目指して折衝を継続している。 共和党が赤字削減幅を妥協し始めたのは、民主党が社会保障政策の根幹を覆すことはないと見たからだ。そして自らの狙いは、高所得者向けの1兆ドル増税を断念させることと、経済活性化のための1兆ドル規模の減税である。 最終的な財政赤字削減計画は、玉虫色で説得力に欠く内容となる可能性が高い。それでも合意された暁には、連邦債務の上限が引き上げられ、国債は増発される。 欧州では、先週23日にEU首脳会議がギリシャ向けにEU予算を使った経済対策を実施する方針で合意した。総額1100億ユーロ前後の第2次金融支援の大枠は、7月3日のユーロ圏財務相会合で決定する予定である。 次のページ>>。ヨ再生エネルギー法案」と「原発賠償支援法案」の行方が焦点に また、7月中には域内銀行のストレステストの結果が発表される。自己資本不足と認定された銀行については、清算や事業売却を迫るか、各国政府が公的資金を注入する必要がある。 夏以降に財政負担が明らかになるのは、欧米だけでなく日本も同様である。たとえば、先週22日に改正金融機能強化法が成立し、震災で被災した金融機関に公的資金を入れ易くする特例を設けている。 菅政権が打ち出した「二重ローン問題」対策として、金融機関に借金返済の免除などの積極化を促し、経営体力が乏しい金融機関に対しては、政府が支援・負担する枠組みを設定したことになる。 7月の延長国会の焦点は、菅首相が悲願とする「再生エネルギー法案」と、金融市場が渇望する「原発賠償支援法案」の行方である。 もっとも前者に関しては、再生可能エネルギーで発電した電力を電力会社が全量買い取る制度に異論の余地は乏しい。後者に関しても、東電の資金繰り悪化で被災者への損害賠償に支障が生じる事態は、避ける必要がある。共に超党派での議論の末に成立に至ろう。 すでに政府は、24日に原子力損害賠償支援機構への資金援助のため、2兆円の交付国債を発行する方針を決めた。7月15日にも提出する第2次補正予算案に、発行枠を設定する。 今後は被害額が膨らむ際に、第3次以降の補正予算で発行枠を追加する。その第3次補正予算の成立は10月に遅れる公算であるが、いずれにせよ10兆円を超す歳出規模が編成され、ただちに国債増発が必要になる見通しである。 次のページ>>インフレという「限界」で一層注目される、財政政策の行方 そして看過できないのは、税と社会保障の一体改革に関する政府・与党案の決定が手間取っている点である。財政規律を重視してきた菅政権の求心力が急低下するなか、消費税率の引き上げを規定路線とするのは難しくなっている。 この背景には、衆院議員の任期が残り2年余りとなり、また今後の政局次第では突発的な解散総選挙に至る可能性が高まってきた事実も影響している。 金融政策がインフレという限界に直面していることもあり、今後は財政政策の行方が注目される。その点では、世界各国で重要な選挙が集中する2012年が迫るなか、各国政府が世論に迎合する形で財政規律を緩める可能性がある。 特に日本では、歴史的な大震災という事態がポピュリズムの台頭に拍車をかけている。年後半から来年にかけて、各国で財政政策の動向から目が離せない。 一般に、インフレを支配する長期サイクルとしてコンドラチェフ・サイクルが知られている。過去、多くの経済・政治・歴史学者は、ナポレオン戦争を起点とした50〜60 年のコンドラチェフ・サイクルを、様々な角度から肉付けしてきた。 その多くは、周期性のある価値観の変化(たとえば自由貿易と保護貿易など)がインフレ率のトレンドに影響を及ぼしてきたという解釈で一致している。 大局的に鳥瞰すると、「100年に1度」と評されるリーマン・ショックが勃発して以来、世界的な小さな政府や規制緩和の時代から、政府に一定の役割を期待する時代に移行しつつあると言えそうだ。 今後の金融市場を展望する際には、政局や政策が金融市場の突発的な撹乱要因となるリスクが高まることになろう。政府・政策当局の判断が経済・金融市場に与える影響・責任が増大すると、言い替えても良い。
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