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実質金利マイナスのデフレ克服には、量的緩和だけでは不十分だが財政政策も組み合わせれば、当然効果はある。
ただし重要なのは、政治的に国民の合意を得られ、将来の成長期待を高めるような財政投資であることだ
http://www.canon-igs.org/column/macroeconomics/
第二十回 マクロ経済政策の政治性@
ゲーデルの貨幣-V-政策篇(20) 『週刊金融財政事情』 2011年6月13日号に掲載
小林 慶一郎
研究主幹
小林 慶一郎
[研究分野]
マクロ経済
「リフレ政策はゼロサム・ゲーム
世界的な金融危機を契機に、国家の役割が大きく意識されるようになったのは、世界の経済政策がゼロサム・ゲームにみえるようになったからではないか。マクロ経済政策の結果、一国の利益が他国の損失となるならば、マクロ経済政策は政治学の主題である。
政治は、すでに決まった利益や損失を関係者間で再配分することが主題であり、配分によって全体の利益が増えることはない。この意味で政治はゼロサムの世界といえる。一方、経済取引は分業などによって取引に参加する者たちの厚生の総和を増やす。つまり経済はプラスサムの活動である。
マクロ経済政策は、経済システムのなかにある非効率を取り除くことによって経済厚生を改善するという意味で、「プラスサム」の活動だと思われている。一部の政治家や評論家には、政府や中央銀行が大胆に行動しさえすれば、コストをかけずに一国の経済厚生を改善できるという、一種の「マクロ経済政策=フリーランチ(ただ飯)」という認識が共有されていた。
ところが、リーマンショック後は、欧米諸国の金融緩和で為替が下落し、新興国からは欧米の経済運営は通貨安戦争と受け取られるようになった。
経済政策が、ゼロサム・ゲーム(政治)化しているのである。見方を変えれば、次のようにいえるかもしれない。これまで隠されていたマクロ経済政策の本質が政治性であり、それが危機をきっかけに露わになりつつある、と。このことが「国家が経済運営においてもっと大きな役割を果たすべきだ」という感覚につながっているのである。
マクロ経済政策でプラスサム(経済厚生の全体量が増えること)が可能だとみる見方は、ケインズ経済学に典型的な考え方である。国家または中央銀行が財政出動や金利引下げを行えば、自国民にも外国にも損害を与えずに自国の経済状態を改善できる。これがケインズ経済学の考え方である。最近の代表例は、日本のリフレ政策論である。デフレから日本経済が脱却し、経済成長を実現するためには、日本銀行があらゆる手段で貨幣供給を増やし、「インフレ期待」を作り出すことが必要かつ十分である、という議論が90年代末から論じられている。この議論の底流にも、コストなしで国家が経済状態を改善できるというフリーランチの思考がある。
流動性の枯渇などの短期的な金融危機においては、金融緩和や財政出動は大きな効果があると考えられる(次回で詳しく述べる)。しかし、日本のデフレ不況のような長期的な問題をコストなしで改善できるという議論には大いに疑問がある。
日本のリフレ論は、現実問題として煎じつめれば、金融緩和によって円安を誘導し輸出を増やして経済成長を図る、という「外需依存の成長戦略」だ。これなら経験的にも理論的にもわかりやすい。02年から07年の日本は円安下で外需主導の成長を実現した。マンデル・フレミング・モデルも外需主導の成長を予測する。リフレ政策は国内の地価や株価を上昇させ、内需を増やすといわれたが、外需を経由せずに内需が拡大できるかどうかは神学論争が続いている。
外需主導の成長は、当然ながら外国に自国の成長のコストを押しつける政策である。2000年代前半のように、日本だけが不況なら外需主導の経済回復も容認されたかもしれない。しかしリーマンショック直後のように世界中が不況のときには、リフレ政策のゼロサム・ゲーム的な本質が露わになる。
金融政策の理論と現実
マクロ経済学が大恐慌を契機にして誕生したことは有名な話である。アダム・スミス以来、経済学は重商主義などの国家介入に批判的だった。しかし、大恐慌に対して有効な処方箋が打ち出せない従来の経済学に対して、国家による政策介入で経済厚生を顕著に改善できるという新しい理論(マクロ経済学)をケインズが提唱した。
ケインズ経済学は「国家介入でフリーランチが可能だ」という主張であり、「介入によるフリーランチはない」という古典的な経済学の通念と対立した。また、ケインズ理論は個々の消費者や企業の行動を積み上げて導き出されたものではなかったため、ケインズ理論の結論をどこまで信用できるのか疑義があった。
ケインズ理論の信頼性を確認するために、消費者や企業の個々の経済行動を基礎にしてマクロの理論を導き出す「マクロ経済学のミクロ的基礎付け」を行うことが、1970年代以降のマクロ経済学の主要な作業となった。ミクロ的基礎付けを行った結果わかったことは、マクロ経済政策(財政政策と金融政策)は理論的にほとんど効果をもたない、ということである。
財政政策は「リカードの中立性」命題によって有効性が否定された。公共事業や減税を行っても、国民はその財源が将来の増税で穴埋めされる、と予想し、増税に備えるために貯蓄を増やす。政府が財政政策で公需を増やしても、国民はそれに見合う量の民需を減らすので、財政政策は無効になる。
金融政策の有効性も、ミクロ的基礎付けから自然には出てこない。情報の非対称性や金融市場の仕切りなどさまざまな要因で金融政策の必要性が説明されたが、どれも現実を説明するインパクトに欠けた。現在、金融政策分析の標準的な枠組みとなっているニュー・ケインジアン理論では、物価と賃金の硬直性が経済の非効率の主要因と仮定されている。そしてこの非効率を除去することが金融政策の目標である、とされる。
しかし、価格の硬直性が現実にもたらす非効率は小さいという研究も多い。08年の金融危機において、一般物価や賃金の下方硬直性が最も重要な非効率だったとは考えにくい。ところが、金融政策は危機の収束に向けて現実に大きな役割を果たした。
金融政策の理論と現実には相当なギャップがあるように思われる。価格硬直性による非効率を取り除くことが、一国経済の長期的な繁栄を生み出すとは、なかなか合点がいかないのである。
第二一回 マクロ経済政策の政治性A
ゲーデルの貨幣-V-政策篇(21) 『週刊金融財政事情』 2011年6月20日号に掲載
小林 慶一郎
研究主幹
小林 慶一郎
[研究分野]
マクロ経済
財政政策も流動性危機時には有効
金融危機後の欧米の金融緩和は、新興国から通貨安戦争だと非難された。マクロ経済政策が長期的な効果をもつとしたら、外国から富を移転することによる、というのがこの間の推移が示す一つの自然な仮説である。
しかしマクロ経済政策は短期の金融危機対応としてはゼロサム・ゲームではない。
それは08〜09年の経験で示された。大胆な財政金融政策の発動により、外国に深刻なコストを押しつけることなく、欧米の金融危機は急性期を脱した。これは流動性の枯渇(あるいは内部貨幣の消失)という急激で甚大な外部不経済効果を、中央銀行が貨幣(外部貨幣)の供給を増やしたことで大幅に緩和できたからだと考えられる。ミルトン・フリードマンやベン・バーナンキの研究成果が今回の危機で生かされた。彼らは大恐慌が深刻化した主因として、連鎖的な銀行取付けの発生をあげている。銀行取付けは、銀行の短期債務(内部貨幣)の消失をもたらすことによって1930年代の米国経済を大収縮に陥らせた。この教訓が08年の危機では生きた。
短期の財政政策についても、金融危機時には、追加的コストなしに経済を改善できることが理論研究で示されている。ガウティ・エガートソンとポール・クルーグマンの昨年11月の論文では、民間の経済主体が急に厳しい借入制約に直面する金融危機が分析されている。この状況では、旧来のケインズ経済学の処方箋(積極的な財政出動)が経済を改善することが示されている。
これ以前の研究でも、一部の消費者が借入制約に直面している場合には財政政策が有効だとする研究はあった。たとえばジョルディ・ガリたちの一連の研究では財政政策が民間消費を増やす効果が示されたが、彼らのモデルの特徴は、貯蓄も借入れもせずに所得をすべて消費してしまう非合理的な消費者が一定数存在していることである。この非合理的な消費者は借入制約に直面していると解釈できるので、ガリたちの研究は、エガートソン=クルーグマンの金融危機モデルを先取りする理論と考えられる。
長期的経済動向の背後に国際政治ファクター
このように、マクロ経済政策で短期的に金融危機の非効率(内部貨幣の枯渇、借入制約の強化)を除去することができる。しかし、マクロ経済政策が長期的効果をもつことは、筆者の知る限り、一国の閉鎖経済モデルでは示されていない。
ところが、金融危機直前までのアメリカの長期的な好況(Great Moderation:大いなる安定)は、正しいマクロ経済運営がもたらした、という見方が、経済学者の間でも共有されていた。ミネソタ大学のV・V・チャリたちは、事実上のインフレターゲットによってインフレ率が低く抑えられたことがアメリカの長期的好況をもたらした、と論じている。インフレ率の低下などマクロ経済環境が安定すると、企業が直面する不確実性が減るので、技術開発がしやすくなり、結果的に経済の生産性が長期的に上昇する。これがチャリたちのロジックであるが、明確な理論的根拠は示されてはいない。1990年代から2000年代にかけての日本をみるとインフレ率の安定という意味ではアメリカに負けない状態だったが、実質経済成長率は低迷を続けた。
マクロ経済政策の巧拙が長期的な経済動向に影響をもつという実感は共有するが、インフレ率の安定だけが問題であるとは考えにくい。ケインズ以後のマクロ経済理論も、一国経済モデルでみる限り長期的な効果を支持していない。
したがって、現実にマクロ経済政策が一国の経済発展に大きな影響をもつとしたら、国家間のゼロサム・ゲーム的に、自国と外国の資源配分を変えることによってである可能性が高いと思われるのである。
金融政策が国際的な資源配分を変えることは、マンデル・フレミング・モデルが簡単な枠組みで説明している。しかし、これはケインズ経済学なのでミクロ的な基礎がない。また、このモデルは政策の短期効果を分析対象とするものである。
マンデル・フレミング・モデルに、ミクロ経済学的な基礎付けを行って、短期と長期の両方の政策効果を分析できるようにしたのが、モーリス・オブストフェルドとケネス・ロゴフの二国モデルである。95年の論文で発表されたオブストフェルド・ロゴフ・モデルは、「新しい開放マクロ経済学(NOEM)」という新潮流を生み出した。
二国モデルで考えると、二国間の初期の貸借関係によって、各国の生産や消費の定常値は異なったものになる。自国の対外債権が増えると、自国の消費は大きくなり、生産は小さくなる。その分、外国の消費は小さく、外国の生産は大きくなる。オブストフェルド・ロゴフ・モデルは完全なゼロサム・ゲームではないが、対外資産(対外債務)の予想外の変化が、長期的な再配分効果をもつ。ただ、長期的な再配分効果は、このモデルだけの特徴ではなく、二国モデルであれば、どれでも似たような性質が得られる。
したがって、マクロ経済政策が国際的な貸借関係に予想外の変化を与える場合には、国際的な再配分効果を長期的に有するといえる(注)。
金融政策や景気循環を分析するマクロ経済学は、どちらかというと国際的な資産の再配分にはあまり着目していなかった。通貨政策などを巡る国家間の戦略的駆け引きが、国際的な資産配分を変化させ、結果として各国経済のファンダメンタルズを変える、としたらどうか。これまでマクロ経済学は、こうした国家間の政治ファクターを捨象して、市場のメカニズムだけを純粋科学的に分析してきた。
日本の「失われた20年」やアメリカの「大いなる安定」のような長期の経済動向を分析するためには、国際政治的な問題を陽表的に分析する必要があるのかもしれない。
(注)ただし、新古典派的なモデルでは、国際的な再配分は一国の経済動向に大きなインパクトはない、とされている。
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