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日経ビジネス オンライントップ>投資・金融>小峰隆夫のワンクラス上の日本経済論
「貿易赤字国転落」論の誤解 国際収支を巡る議論 基礎編
2011年6月8日 水曜日
小峰 隆夫
経済の中でも国際経済の分野は、「エコノミストの常識」と「一般の人々の常識」の食い違いが特に多く見られる分野である。その食い違いがあまりに多いので、私は『日本経済・国際経済の常識と誤解』(中央経済社、1997年)という本を書いてしまったほどである。
その誤解に満ち満ちた国際経済の分野でこのところ話題になっているのが、日本の貿易収支が赤字となっていることだ。このままいくと経常収支も赤字になる 可能性があるとも言われている。これについては既に多くの議論が展開されつつあり、例えば、週刊東洋経済は6月4日号で「貿易赤字転落で発生する日本経済 最悪シナリオとは」という記事を掲載し、週刊エコノミストは6月7日号で「ニッポン 経常赤字国転落」という特集を組んだ。
この貿易(経常)赤字国転落論にもエコノミストと一般人の常識の食い違いがあり、私から見ると、その食い違いの数はちょっと半端な数ではないように見える。以下、詳しく考えてみよう。
今回は、「基礎編」である。国際収支の基本的な枠組みを紹介し、その中から浮かび上がる基礎的な部分での誤解について述べ、ホットな話題である震災後の貿易(経常)赤字については、「現状編」として次回取り上げることとしたい。
国際収支の仕組み
「貿易収支」も「経常収支」も「国際収支」の中の一項目である。そこで基本に戻って、国際収支について解説することからはじめよう。やや理屈っぽくなる が、ワンクラス上を目指すためには、時には理屈っぽくなることも必要だ。実際の2010年の国際収支の姿を参照しながら説明しよう。
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国際収支は、国境を越えたモノ、サービス、資金の流れを体系的に集計したものである。全体は「経常収支」「資本収支」「外貨準備増減」の3つに分かれる。
「経常収支」は「貿易・サービス収支」「所得収支」「経常移転収支」の3つに分けられる。「貿易・サービス収支」はさらに「貿易収支」と「サービス収 支」に分かれる。このところ話題の「貿易収支」は、モノの輸出と輸入の差を見たものであり、サービス収支はサービスの輸出入の差を見たものである。
日本の貿易収支はこれまで黒字基調を続けてきた。2010年も8兆円の黒字だった。一方、サービス収支は赤字であることがほとんどだった。2010年は 1.5兆円の赤字だった。このうち、モノの貿易はイメージしやすいが、サービスの貿易はややイメージしにくい。モノは国境を越えて運べるが、サービスは運 べないからである。しかし、サービスも国境を越えて取引できる。
例えば、日本の企業が外国の船会社を使って輸送して輸送料を払うと、これは「運輸サービス」を輸入したことになる。また、日本人が海外に観光旅行に出か けていってお金を使うことは、海外から「観光というサービス」を輸入したことになる。日本のサービス収支が赤字であるのは、主にこの観光サービスの赤字が 大きいからだ。これはサービス収支の内訳の中の「旅行収支」に現われており、2010年は1.3兆円の赤字だった。
「所得収支」は、賃金や利子所得などの受払を対象としたものである。日本はこの所得収支が大幅な黒字であり、その黒字幅は「貿易収支」や「貿易・サービス収支」よりも大きい。2010年は11.6兆円もの黒字だった。この黒字のほとんどは海外からの利子所得である。
最後に「経常移転収支」というのは、日本が行っている援助や資金協力を記録したものである。以下の議論とはあまり関係しないので、この項目はとりあえず無視することにしよう。
次に「資本収支」を見よう。これは資金の流れを記録したものである。日本から資金が流出すると赤字(マイナス)、入ってくると黒字(プラス)である。そ の内訳は、企業が事業展開をするための「直接投資」、資産運用としての「証券投資」などに分かれるが、資本収支の内訳は以下の議論とあまり関係しないの で、ここでは総額だけを見ておこう。2010年の資本収支は12.9兆円の赤字である。
さて、ここで重要な関係が現われる。それは、基本的には「経常収支と資本収支は符号が逆で金額は等しい」という関係である。2010年の場合は、経常収 支が17.1兆円の黒字で、資本収支が12.9兆円の赤字である。かなり乖離があるが、その理由は後述する。これは、結局のところ、経常収支で受け取り超 過になった分は必ず海外への債権の純増となり、その分は必ず資金の流出になるからである。仮に経常収支がゼロだとすると、資本収支でいくら流出入があって も、ネットではゼロになる。
ただし例外がある。それが「外貨準備の増減」と「誤差脱漏」である。日本は国境を越えた資金の流れを規制していないので、普通は当局が資金の流れに介入 することはないが、政府・日銀が外為市場に介入することがある。この時は政府・日銀が保有する外貨準備が増減して、その分、資本収支と経常収支が合わなく なる。ただし、この点がややこしいのだが、外貨準備が増えるのは国際収支では資本収支の赤字と記録される。例えば、2010年には政府・日銀は円高を防ぐ ために外貨資産を積極的に購入して、外貨準備が増えた。これは外貨資産に投資したのと同じこととなり、資金の流出となるのである。
「誤差脱漏」は、文字通り統計上の誤差である。国境を越えた取引、特に資金の流れは完全に把握することが難しいので、どうしても誤差が出てしまうのだ。
2010年の経常収支と資本収支の数字が(符号が逆で)一致しなかったのは、この2つの要素があったためだ。
なお、当然のことではあるが、日本の国際収支項目に出てくる取引には、必ず海外の相手方が存在している。従って、例えば、日本の貿易収支が黒字であると いうことは、その分世界のどこかの国で貿易収支が赤字になっているということである。経常収支、資本収支も同じである。ということは、世界全体の国際収支 を合計すると全ての項目がゼロとなるはずである(実際には誤差がかなり大きいのでゼロにならないのだが)。
GDPと国際収支
さて、この国際収支は、経済の代表的な指標であるGDPと深い関係がある。それは、前述の「貿易・サービス収支」がGDPの「外需」に等しいという関係 である。これは、「貿易・サービス収支の輸出」がGDPの「輸出」に、「貿易サービス収支の輸入」がGDPの「輸入」にほぼ等しいからだ。
具体的に見よう。国際収支上の貿易・サービス収支の「受け取り(輸出)」額は76.2兆円である。このうち特許料などGDPの輸出には入らないものがあ るのでこれを除くと73.0兆円となる。一方2010年のGDP上の名目輸出金額は72.9兆円である。ほぼ等しい。同じく「支払い(輸入)」は69.7 兆円で、これも特許料などを除くと67.4兆円となり、GDPの名目輸入金額67.4兆円に等しい。
ということであれば、GDPの「外需」は輸出と輸入の差額なのだから、それは国際収支上の(特許料などの調整をした上での)貿易・サービス収支に等しいことになる。
ただし、やや話がややこしくなってくるが、形式的にも数字的にも両者は同じように見えるが、概念的にはかなり異なると私は考えている(わざわざ「私は」と言ったのは、一般にこの点は無視されているように思われるからだ)。
国際収支での「貿易・サービス収支」については、話は簡単である。それが「輸出」から「輸入」を引いたものであることは誰でも分かる。
結構難しいのが、GDPにおける外需である。基本に立ち返って考えてみよう。GDP統計が発表されるたびにその内訳が出る。これを見ると、消費、設備投 資などの「内需」が並んだあとで、「輸出」があり、最後に「輸入」が控除されることになっている。問題はなぜ輸入が控除項目となっているのかである。これ は、次のように説明される。
まず、国全体の総需要と総供給を考えるとその内訳は次のようになる。
総需要=国内需要+輸出 総供給=国内総生産(GDP)+輸入
この総需要と総供給は、事後的には必ず一致する。そして、我々が求めたいのはGDPである。すると、
国内総生産(GDP)=総需要−輸入
となる。だから、GDPを計算するためには輸入が控除項目となっているのである。
つまり、輸出から輸入を引いているのではなく、「総需要から輸入を引いている」ということである。この点が国際収支との大きな違いである(と私は考えて いる)。これを記述的に説明すると次のようになる。我々はGDP(国内の生産額)を知りたい。そこでまず、国内で人々がどれだけ支出をしたか(総需要)を 計算してみる。2010年ではそれが546兆円であった。ところがこの支出には輸入分(67兆円)が入っている。輸入は「海外の生産」であり、「国内の生 産」ではないからこれを除く必要がある。すると、国内の生産額は479兆だったことが分かる。GDPの計算で輸入を控除するのは、「輸出から引く」のでは なく「総需要から引く」のだということが分かるだろう。
国際収支とISバランス
国際収支の経済的な意味を考える場合、もう一つだけ「そもそも論」を展開する必要がある。それがISバランス(貯蓄・投資バランス)の議論だ。これは、 結論だけ言うと、「経常収支は国内の貯蓄と投資の差額と財政収支の和に等しい」ということになる。この説明は次のようになる。
ただし、以降はGDP(国内総生産)ではなくGNP(国民総生産)を使う。詳しい説明は省略するが、GNPでは所得の受け払いも含まれることになるの で、今度は「GNPの輸出」と「経常収支の受け取り」、「GNPの輸入」と「経常収支の支払」が一致する。つまりGDPについては「貿易・サービスの収支 差」ではなく「経常収支(ただし移転収支は除く)」そのものが対応することになる。
まず、前述のGDPの決定式は、GNPにもほぼ当てはまるから。
GNP=国内需要+輸出−輸入
である。
国内需要は、家計の「消費」、家計・企業の「投資」、政府の「歳出」に分けられるから、
GNP=消費+投資+政府歳出+輸出−輸入
となる。
生産と所得は等しく、所得は「消費」「貯蓄」「政府の税収」のいずれかに向かうはずである。すると、
消費+投資+政府歳出+輸出−輸入=消費+貯蓄+政府の税収
となる。
これを変形すると、
輸出−輸入=「貯蓄−投資」+「政府の歳入−歳出」
という関係が得られる。要は、「経常収支」と「民間の貯蓄と投資の差額」と「財政バランス」の3つは、定義的に相互に関連しながら変動しているということである。
貿易収支、経常収支をどうとらえるか
以上の基礎的な知識を踏まえて、我々は基本的に貿易収支や経常収支をどうとらえたらいいのだろうか。私が指摘したいポイントは次の通りである。
ポイントその1「貿易収支」だけを見るのはあまり意味がない
これまでの説明でも分かるように、「経常収支」にはある程度の意味があるが、「貿易収支」が何か経済的な意味を持ってわけではない。よって「貿易収支が赤字になった」と騒ぐのも大きな意味はない(経常収支はまだ意味がある)。
「モノとサービスは違うのだから、貿易収支とサービス収支を分ける意味があるのではないか」と言う人がいるかもしれないが、私は「モノとサービスは経済 的には全く同じである」と考えているので、やはり貿易収支を見る意味はないという結論になる。日本が1兆円の自動車を輸出しても、海外からの観光客が日本 で1兆円使っても経済的な意味合いは全く同じである。
「日本はモノ作りが得意だから貿易収支が重要だ」と言う人がいるかもしれないが、日本がどの分野が得意であるかは、特に将来については先験的には決めら れない。サービス分野でもアニメやJ-popは立派な輸出産業である。モノ作りにこだわっていると、サービス産業における新たな発展の芽を潰すことになる 恐れがあると私は思う。
ポイントその2貿易収支、経常収支の黒字は赤字よりも望ましいとは必ずしも言えない
多くの人は、「貿易収支や経常収支は黒字が大きいほど望ましく、赤字は望ましくない」と考えているようだ。これは、「輸出が増えることは望ましく、輸入 が増えるのは望ましくない」と考えているのと同じことである。しかし必ずしもそうとは言えない。前述の基礎論に即していくつか理由を述べよう。
第1に、前述の説明では、「世界の貿易収支、経常収支の総和はゼロ」ということであった。すると、世界中の国が「輸出を伸ばして、輸入は伸ばさないよう にする」ということは不可能である。一国の輸出は必ず他国の輸入になっているからだ。世界の国々が輸出は増やすが、輸入は増やさないという政策を推進した ら、かえって世界中の貿易が縮小してしまうだろう。
第2に、前述の説明では、輸出は総需要の一部であり、輸入は総供給の一部であるということであった。さて、我々の最終的な経済目標は国民の生活水準を引 き上げることである(経済は人間のためにあるのだから)。GDPの項目で、最も国民の生活水準に対応するのは「内需」である。国民がお金を使えば使うほど 生活が豊かになると考えれば、「内需」こそがその度合いをあらわすものだからだ。その意味では、輸出は「海外の内需」なのだから、輸出は海外の人々の生活 水準を高めるためのものだということになる。
内需を増やすためには、供給が必要だ。輸入はその供給の一部である。内需と共に輸入が増えるということは、「輸入の増加によって国民の生活水準が引き上げられている」ということである。
私に言わせれば、輸出は内需を増やすための所得を稼ぐ手段なのであって、それ自身が生活水準を引き上げるわけではない。その所得を使って内需が増えてはじめて生活水準が上がる。その時、GDPと輸入が供給を支えるのである。
こういう議論を展開してくると、おそらく「輸出はGDPのプラス項目であり、輸入は控除項目である。すると、輸入が増えるとGDPが減り、国内の雇用機 会もその分失われてしまうのではないか」という議論が出るだろう。確かに、前述のようにGDPの計算をするときに輸入は控除項目となっている。しかし、こ の関係式は「支出活動からGDPを算出するための手続き」を示した定義式なのであり、因果関係を示したものではない。
例えば、国内の経済活動が活発化して石油の輸入が増えた場合は、「石油の輸入が増えたことがGDPのマイナス要因」となるのではなく、逆に「石油の輸入 があったからGDPが拡大できた」ということになる。ただし、輸入によって国内産業が駆逐された場合など、「輸入が増えたことがGDPを減らす」という ケースを想定することも可能である。しかしそれは、輸入を悪者とすることによって対応するのではなく、国内の資源をより日本の得意な分野に振り向けること によって対応すべきものである。
ポイントその3国際収支は、それ自身を政策目標とするのではなく、国内、国際面での多様な経済活動を映し出す鏡だと考えるべきである
「黒字が赤字より望ましいと限らない」「輸出が輸入より望ましいとは限らない」というのが正しいとすると、貿易収支や経常収支そのものはそれほど重要な政策目標ではないということになる。
これは事実である。現に、先進国の中で経常収支や貿易収支を政策目標として位置付けている国はない(と思う)。日本でも、「サステナブルな範囲で、でき るだけ高めの経済成長を目指す」「物価の安定を図る」「働きたい人が働く場があるような完全雇用を目指す」という政策目標についてはほとんどの人が同意す るが、「経常収支や貿易収支を望ましい姿にするために政策を動員すべきだ」という主張は(少なくとも私は)現時点では聞いたことがない(かつてはあっ た)。
しかし、だからといって国際収支が重要ではないというわけではない。前述のように、国際収支には多くの現象が絡んでくる。輸出と輸入の動き、国内需要と 国内供給、国内の貯蓄と投資、財政赤字などである。その国際収支が従来と異なる動きを示したとすると、それは経済のどこかの部品が従来とは異なる動きをし ていることを示すシグナルとなる。
最近取り上げられている貿易、経常赤字の議論は、それ自身が問題というよりも、それが鏡となって映し出している経済情勢の変化の方が重要なのではないかというのが私の考えだ。この点は次回詳しく説明することにしよう。
小峰隆夫のワンクラス上の日本経済論
「ワンクラス上」というタイトルは、少し高飛車なもの言いに聞こえるかもしれません。でもこのタイトルにはこんな著者の思いが込められています。 「タイトルの『ワンクラス上』は、私がワンクラス上だという意味ではありません。世の中には経済の入門書がたくさんあり、ネットを調べれば、入門段階の情 報を簡単に入手することができます。それはそれで大切だと思います。しかし、経済は『あと一歩踏み込んで考えれば新しい風景が見えてくる』ということが多 く、『その一歩はそんなに難しくはない』というのが私の考えなのです。常識的・表面的な知識に満足せず、もう一歩考えを進めてみたい。それがこの連載の狙 いであり、私自身がその一歩を踏み出すつもりで書いていきたいと思っています。コメントも歓迎です。どうかよろしくお願いいたします」。日本経済、そして 自分自身の視点を「ワンクラス上」にするための経済コラムです。
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小峰 隆夫(こみね・たかお)
法政大学大学院政策創造研究科教授。1947年生まれ。69年東京大学経済学部卒業、同年経済企画庁入庁。2003年から同大学に移り、08年4月から現職。著書に『日本経済の構造変動』、『超長期予測 老いるアジア』『女性が変える日本経済』、『最新日本経済入門(第3版)』、『データで斬る世界不況 エコノミストが挑む30問』、『政権交代の経済学』、『人口負荷社会』ほか多数。
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