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日経ビジネス オンライントップ>投資・金融>肖敏捷の中国観〜複眼で斬る最新ニュース
金融引き締めで物価は下がらない
サービスの二重価格が真因
2011年5月25日 水曜日
肖 敏捷
今から18年前の1993年10月7日、中国の政府系通信社である新華社は、香港の「明報」の席揚記者が逮捕されたと報じた。理由は、席氏が金融と経済にかかわる「国家機密」を大量に盗んだことだと伝えられていた。
新華社の報道は、席揚記者がどのような「国家機密」を盗んだかについては触れなかった。ただ、香港のマスコミによると、中国の中央銀行が外貨を購入するため保有している金を売却するとか、預金を引き付けるため預金金利を引き上げるなど、席氏が書いた経済政策に関する「独占記事」が、中国当局から疑われたのではないかとの見方が一般的だった。
この事件で、席氏は懲役12年の刑を言い渡された(1997年1月に釈放)。返還前の香港に大きな衝撃を与えた事件としてまだ鮮明に覚えている。
エコノミストやアナリストの人数は世界一?
しかし、18年後の現在、「席揚事件」を振り返ると隔世の感が否めない。事件の真相はともかく、席記者が、中国の法律を犯してまで「盗んできた」というこれらの情報は、「国家機密」に値するかどうか、はなはだ疑問だからだ。
為替介入や利上げなど、重大な政策決定を実施するタイミングなどが依然として「国家機密」であることに変わりはない。だが、市場経済体制への移行が始まったばかりのあの頃と比べて、少なくとも経済に関する情報は、「百家争鳴」、「洪水氾濫」という表現がふさわしいほど、身の回りにあふれている。
とりわけ、中国政府による“大本営発表”に対抗するかのような「市場予想」の存在が著しく台頭してきたのは、大きな変化であろう。株式から市場開拓まで、中国経済が世界から注目される中、その現状分析や予想に対する需要が急増している。
当然、需要があれば供給が増えてくる。中国では、エコノミストやアナリストなどの人数がおそらく世界一になったのではないか。10年前、顧客を連れて気軽に会いに行っていたエコノミストの友人に今、面会しようとすると、日時を決める前に謝礼の交渉から始めなければならない。
エコノミストの肩書きを持っている人が北京だけで3000人を超えたと言われ、誰の情報が最も速いのか、最も正確なのか、その競争も熾烈である。「白髪三千尺」で有名な唐代詩人・李白の世界では、「三千」が非常に多い数を意味する形容詞に過ぎなかった。エコノミスト3000人もその類の話と思えば笑い話であるが、実際、その競争の激しさには舌を巻くばかりだ。
最も関心を集める「消費者物価指数」
そして現在、中国の経済指標の中で最も世界から関心を集めているのが「消費者物価指数」である。
2011年、中国政府が打ち出したインフレ抑制策では、消費者物価の上昇率を4%以内に抑えることが目標として掲げられた。消費者物価の上昇率がこれを超えれば、中国人民銀行は金利や預金準備率の引き上げなどの引き締め策を打ち出す。その影響で株価や不動産価格も下がるかもしれない。
リスクを回避するため、消費者物価の予想が注目されるのは当然のことである。
しかし、少なくとも、今年3月と4月の消費者物価指数の上昇率は、国家統計局の発表と市場の事前予想とが完全に一致した。3月の統計を発表する記者会見では、事前に漏れたのではないかとの記者からの質問に対し、国家統計局のスポークスマンは「こういった違法行為はきちんと調査する」と約束した。そして、よりによって4月も同じことが起きた。
真相解明は国家統計局に任せるが、このような違法行為を防止する最もよい方法は、そうした市場予想者を相手にしないことである。需要がなければ供給も減り、「席揚事件」の再発も防ぐことができるはずだ。より重要なのは、中国ではなぜインフレが起きているのかを冷静に分析することである。その真相が分かれば、月次の消費者物価指数の動向に一喜一憂しなくて済むかもしれない。
闇価格も認める「二重価格制」
過剰流動性、ホットマネー及びそれに起因する不動産バブル、農産物投機などがインフレを助長している可能性は否定できない。中国のインフレ問題は根が深く、金融引き締めくらいで解決できる問題ではない可能性が高い。足元のインフレ状況をみると、ハイパーインフレが起きた80年代後半あたりと共通する部分があるのではないかとみられる。
具体的には、「二重価格制(中国語で「双軌制」)」がその根底にあると考えられる。
改革・開放が始まった70年代末以降、所得の改善に伴い、自転車や家電などの生活用品(軽工業製品)に対する需要が爆発的に拡大した。それとは対照的に、鉄鋼などの重工業傾斜の生産体制が対応できず、モノ不足は深刻化していた。そこで、食料や衣料などと同様、カラーテレビ、ミシン、自転車などについても配給券が導入された。配給券があれば統制価格で購入できるようにした。
しかし、やがて配給券や実物が闇市で高値で転売されるようになったため、統制価格を維持すると同時に、闇価格(市場価格)も認めるという「二重価格制」を実施することになった。これが、計画経済時代の価格統制の崩壊、及び物価の高騰につながったのである。特権やコネがあれば、統制価格で仕入れし、市場価格で転売するだけで大儲けできるため、モノ不足にますます拍車がかかってしまった。
市民たちはなぜ政府発表を信用しないのか
時代が変わり、今の中国はモノ不足でなく、ほぼすべての業種が過剰生産能力を抱え、政府は消費の拡大に躍起になっている。食品などの農産物の価格高騰が物価上昇の主因とされているが、政府の発表によると、農産物の豊作や増産が続いている。
では、市民たちがなぜ「物価上昇率は5%」という政府発表を信用しないのか。その原因は、サービス価格の「二重価格性」にあるのではないかと考えられる。確かに、戸籍や職業の違いによって、都市部と農村部の間、都市部の中でも官と民の間、住宅や医療、教育などの公共サービスを購入する価格が二重構造となっているのが実態だ。
例えば、公務員や独占業種の大国有企業の従業員なら、その生活のほとんどが政府あるいは企業から手厚く保障されている。交通費や通信費など、世間の常識からみれば信じられない金額を従業員に支給している大国有企業も少なくないという。
一方、上海市の戸籍を持っていない人が子供を公立学校に入れようとすると「借読費」という法外な費用を払わなければならない。個人消費の中身がモノからサービスへと大きく変わっているため、公共サービスに対する個人の実質負担の大きさが、購買力を大きく左右することになる。
公式統計では、1人当たりの名目可処分所得は、都市部が農村部の3倍強となっており、福利厚生の充実度合いなどを考慮すると、その格差が10倍以上拡大すると推定されている。13億の人口を抱えている国で所得格差がこれだけ大きいと、消費財やサービスの価格をどの所得層に合ったものにすべきか、企業にとっては頭の痛い問題だ。
その結果、中国市場では、「超高いもの」と「超安いもの」という二極化が深刻化している。中国の消費者がよく使う「価廉物美(価格が安く、品質も良い)」という言葉は広告の世界にしか存在しない。豪華な乗用車、住宅はともかく、シャンプー、粉ミルクなどの日用品についても、中国で買うと香港や米国より高いことに気づき始めた関係者が増えている。
「ならば、『超安いもの』を買えばよいではないか」と反論されるかもしれないが、今度は、商品の性能保証のみならず、場合によって健康や命を犠牲にするリスクを覚悟しなければならない。よく指摘されている食品の安全問題はその一例にすぎない。
「高いもの」は安全安心を確認し合うパフォーマンス
新華社の報道によると、政府が力を入れている低所得者向け住宅で、手抜き工事などの品質問題が存在している。結局、自分で自分の身を守るためには「高いもの」を買わざるを得ない。中国で「高いもの」の売買は、商品が持っている価値そのものより、売り手と買い手にとって安全安心を確認し合う1つのパフォーマンスと言うことができるだろう。
旅行会社を経営している友人によると、日本を訪れる中国人観光客がよく尋ねる質問の1つにこういうものがあるそうだ。「日本の100円ショップで売っている商品のほとんどが中国製なのに、なぜ中国で、この値段で買えないのか」。
80年代、中国でカラーテレビを購入しようとすると、テレビメーカーや販売店の有力者にたばこやお酒などの「賄賂」を送らなければならなかった。今、この話を「80後(1980年代以降生まれ)」や「90後(1990年代以降生まれ)」の中国の若者に披露しても信じてもらえない。
積極的な技術導入や市場開放に加え、価格の双軌制が廃止されたことで、中国からモノ不足は消え去った。そして1996年以降、消費者物価指数の年間上昇率は、一度も2ケタに達していない。商品を求めて店に行ったのに、「没有(ない)」の一言で追い返されたのは、もう遠い過去の話だ。
双軌制改革は権力闘争を激化させた
中国の消費を一変させた双軌制改革は権力闘争を激化させたほどの大改革だった。「公共サービスの均等化」を目指す今回の“双軌制改革”は、それ以上に難しいかもしれない。
温家宝総理は「インフレの抑制が最も重要な政策課題だ」とインフレとの戦いを宣言した。だが、その本当の狙いはインフレの抑制ではなく、その背後にある所得などの不公平の是正であると考えられている。
足元では、中国の最も重要なコメ産地である湖北省や湖南省が50年ぶりの大干ばつに見舞われ、穀物の価格上昇が懸念されているが、金融引き締めは干ばつを緩和してくれない。この意味では、しばらく消費者物価指数は気にならざるを得ない。ただし、4%以下という抑制目標の達成にこだわれば、企業の値上げを阻止する行政指導の強化などの拙策につながってしまう恐れがある。いずれにしろ、インフレとの戦い、所得格差の是正は長期戦となる覚悟が必要になる。
このコラムについて
肖敏捷の中国観〜複眼で斬る最新ニュース
これまで20年間、東京、香港、上海における生活・仕事の経験で培ってきた複眼的な視野に基づいて、 中国経済に関するホットな話題に斬り込む。また、この近くて遠い日本と中国の「若即若離(つかず離れず)」の距離感を大事に、両国間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを追っていく。中国情報が溢れる時代、それらに埋没しない一味違う中国観の提供を目指す。随時掲載。
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著者プロフィール
肖 敏捷(しょう・びんしょう)
肖 敏捷ファンネックス・アセット・マネジメント代表取締役社長、チーフエコノミスト。中国武漢大学卒業後、国費留学生で来日。筑波大学大学院博士課程修了後、1994年に大和総研入社。2010年3月、同社を円満退職した。6月から現職。専門は中国経済、日経ヴェリタス人気ランキング(2010年)のエコノミスト部門では第5位。著書に「中国経済事情」(日本経済新聞出版社、2010年)人気中国人エコノミストによるなどがある。
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