http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/741.html
Tweet |
http://diamond.jp/articles/-/12138 若い人ほど知ってほしい、日本のお金が働かないワケ
【第5回】 2011年5月11日上阪 徹 [ライター] 若い人にツケが回る なぜ、日本のお金の流れは変わらないのか 日本の個人は、マクロ的に見ると、極めて投資上手だった
これまで、日本のお金のいびつな構造の問題点とその歴史的な背景を見てきた。そして、日本にも、お金の流れを変えようという動きはあったことを述べた。その先鞭をつけたマネックスの創業、それに続くオンライン証券の登場によって、日本の金融市場は変わったのだろうか。
日本人は投資に向いていないのか?実は賢い日本の個人投資家
マネックスには130万件弱の取引口座がある。オンライン証券全体でも約590万件になる。オンライン証券が誕生していなかったら、もしかしたら 増えなかったかもしれない口座数。そう言えるかもしれない。だが、それでも世の中を変えるには至らなかったのか。松本さんは言う。
「口座をつくっていただいた個人投資家と言われている人たちの投資リテラシー、金融リテラシーは、大幅に上がったと思います。また、僕たちの提供 するサービスや商品、ツールや教育的なコンテンツも飛躍的に充実させることができたと思う。この10年間で、日本の株の取引形態は大きく変わったんです。 個人の株の売買のゆうに過半は、オンライン証券が扱っているわけです。でも一方で、日本全体で、あるいは個人個人の総体で、金融や投資に対するリテラシー が上がったのかといえば、そうとは言いきれない」
日本ではさまざまな金融政策が行われているが、残念ながら1400兆円の個人金融資産をダイレクトに動かす政策はほとんどない。政治家は、選挙を 恐れているのか、相続税を高額にする、あるいは生前贈与を無税にするなど、塩漬けになったお金を動かすための大胆な施策にはなかなか踏み出せない。
結局、金融自由化によっても、大きな山は動かなかったのだ。たしかにオンライン証券の登場など、新しい動きで投資家は増えた。だが、あるべき姿≠ノはほど遠い状況で終わってしまっているということである。
次のページ>>賢いはずの個人投資家が、投資に向かわない現実
そもそも日本人に投資は向いていないのか? だが、日本の個人投資家は極めて賢い存在だと松本さんは言う。
「日本の個人投資家にリスクが取れるのか、とよく外国の人に聞かれます。でも、日本の個人ほど自国通貨以外の資産を直接持っている国民というの は、実は僕は知らないんです。また、史上初の先物は、堂島の米市場の商品だったと言われています。これが、シカゴの先物取引所の展望ルームにある、先物の 歴史にも書いてあるんです」
しかも実際、かつて日本の個人投資家は、驚くべきその才覚を発揮していたという。
「日本の個人投資家は、投資が下手だとか、投資のことをよく知らないと言われることがありますね。でも、実際にはそうではないんです。たとえば、 日本の不動産バブルが起きたとき、個人の総体である家計はバブルのピークで不動産を売り越しているんです。もちろん、一部ではピークで買った人もいる。で も、全体では違うんですね。世界では、歴史上さまざまな国でバブルが起きました。そのすべてにおいて、家計はピークでバブル資産を買い越しているんです。 ところが日本人だけが、バブルの頂点で資産を売り越した。買ったのは、銀行でした」
そして売ったお金を個人はどうしたのかといえば、預貯金に向かわせたのである。その後、株式相場は下落、円高となり、外貨が安く買えるようになっ て、金利が下がることで預貯金の価値は上がった。家計は見事にバブルを切り抜け、しかもその後もベストの選択をした、ということである。
「結果から見ると、最もいいタイミングで日本の個人は不動産からお金を移しているんです。損をしたのは、銀行をはじめとする機関投資家でした。こ れでどうして、日本の個人投資家が投資下手だとか、投資を知らないとか言えるでしょうか。日本の個人は、マクロ的に見ると、極めて投資上手だったんです」
では、なぜ個人投資家があまり株を買わないのかといえば、そこには理由がある。
次のページ>>金融自由化はどこに行ってしまったのか?
「ひとつは、政府の意思でしょう。かつては貯蓄広報中央委員会の存在がありましたが、今もまた、政府は国民に預貯金をしてもらわないと困る状態で す。政府が大量の資金を個人から借りて使うという方針を実行しているわけですから。国の予算はその典型例です。そしてもうひとつは、日本経済の問題です。 この20年で世界中のほとんどの国のGDPは大きく伸びましたが、日本のGDPはほとんど変わっていません。短期的には、GDPと株価は必ずしも連動しま せんが、付加価値の総和であるGDPと、自由資本主義体制で付加価値を生むメイン・エンジンである上場企業の時価総額の和が連動しないはずがありません。 長いスパンでは、GDPと株価には強い相関があります。個人が株を買わないのは、日本経済が成長しなかったからだということです」
しかし、このままで良いのだろうか。
構造的な問題は何も解決していない
このままでは国が危うくなる、という危機感とともに行われた金融自由化、そしてオンライン証券の誕生。
目指したのは、特定の一部の人がお金の向かう先を決めるのではなく、できるだけたくさんの人が、自分でお金の向かう先を決めることだった。それ が、民主的なお金の流れをつくる、そしてそれが国そのものが担う巨大なリスクを避ける一方で効率的なお金の流れをつくり、国を成長させていく、という考え 方だった。
以下は、2003年12月24日に、首相の諮問機関である金融審議会が「市場機能を中核とする金融システムに向けて」と名付けて提出した報告書の一部である。
『日本では長きにわたり貯蓄促進が重要な政策目標であった。経済全体として資本不足の時代には、政策的優先度に応じて産業に資金を供給することが 金融システムの課題であり、そこで資金仲介の大宗を担ったのは銀行である。資本が十分に蓄積された現在、ライフステージに応じ可能な限り有利に運用したい という個人の希望に応えるためには、魅力ある多様な運用対象を、的確な情報とともに、これに投資する知識を備えた個人に提供する必要がある。また、今後、 何が21世紀の日本のリーディング産業になるのか不透明な状況下で、リスクマネーの効率的かつ積極的な供給を促し、日本企業の発展を金融面から支えていか ねばならない。銀行のリスク負担能力が限界に達しつつあるなかで、強靱で高度なリスクシェアリング能力を持った市場中心の金融システムに再構築していくこ とが日本経済の発展にとって不可欠であり、そのためには、資金を供給する個人の意識変革を政策として遂行していく必要がある』
次のページ>>国の危機感は薄れ、構造的な問題は何も解決していない
では、変えられなかった結果、今はどうなってしまったのか。リーマンショックは、世界中の株式市場を大混乱に陥れることになった。だが、危機の発祥地のアメリカよりも、株価が大きく下がったのが、実は日本だった。
しかも、その急落ぶりは予想をはるかに超えたものとなり、多くの企業が「解散価値(企業が解散したとき、資産総額からすべての負債を支払った後に残った資産)」以下にまで株を売り込まれた。
世界の専門家によって指摘されたのは、日本の株式市場の歪みである。多様な投資家が育っていない、つまり、多様なお金の出し手がいないために、相場が極端に振れてしまう。
世界第2位の経済規模を誇る国、さらに1400兆円もの個人金融資産を誇る国でありながら、株式委託売買代金の五割強は、実は外国人投資家によっ ている。多様な意志や思いを持つ、多様な資金の出し手として期待される個人投資家は全体のわずか3割、というのが日本の現状である。
日本の個人金融資産のうち、株式および出資金が占める割合は、今なお6.6パーセントしかない。アメリカの30.6パーセントと比べ、ほぼ5分の 1。また投資信託も、拡大してきたとはいえ、日本ではわずか3.4パーセント。こちらもアメリカの11.8パーセントの約3分の1である。
個人金融資産に占める株式・投資信託の割合は、金融自由化以降伸びているとは言えない。アメリカやドイツでは、リーマンショックによる激しい株価下落があったにもかかわらず、時系列で見ると伸びているのに、である。日本の「金融自由化」とはいったい何だったのか。
多様なお金の出し手によって、お金の使い方が決められていく金融が、残念なことに日本では今なお極めて小さいままなのだ。
一方で、郵便貯金しかり銀行預金しかり、自分以外の誰かにお金の使い道を決めてもらっている金融は、日本では実に全体の55.8パーセントにもなる。これは、アメリカの14.7パーセントの4倍近い割合である。
そして、国の危機感も変わってしまった。政権が民主党に代わって初めての予算となった2010年度予算では、一般会計総額が92.3兆円と過去最 大の規模となった。しかも、税収見通しが37.4兆円と前年度当初比で18.9パーセントもの大幅減となる一方、新規国債発行額は44.3兆円と過去最大 となった。当初予算段階で、戦後初めて借金が税収を上回るという極めて厳しい事態である。国債=国の借金は増発され続け、それを銀行や郵便貯金が空前のス ケールで引き受け続けている。
次のページ>>日本は次の世代から、巨額のお金を借りている
国の予算の半分近くが借金によってまかなわれている。それが、今の日本の姿である。しかも不況で落ち込んだ税収の穴埋めのために、国は巨額の資金 を必要としている。今後も借金は膨らんでいく可能性が高い。もちろんすでに発行した国債の金利も支払わなければならない。この負担がまた重くのしかかるこ とになる。国債・公債に関するコストは、毎年実に33兆円にも達しているのだ。
日本は「次の世代」から、巨額のお金を借りている
国がこんなに借金を背負って大丈夫かという声がようやく上がり始めているが、その一方で、財政の世界では、国の借金はそもそも返す必要がない、元 本返済を前提としないため、期中の利払いさえできていればいい、という考え方も語られる。だが、一般会計に占める「国債費」の割合がどんどん高まっていっ たなら、国が自由に使えるお金はどんどん減る。それは正しいことか。果たして健全なことなのだろうか。
そして、こうした議論でよく展開されるのが、日本は海外から借金をしているわけではない。だから、借金が返せなくなって破綻することなどない、というものだ。松本さんは、このロジックは明らかに間違っていると語る。
「海外から借金をしていないのは、海外から借金をする必要がないからです。日本ですべて国債が消化できてしまうから。ただ、それだけの理由なんで す。では、日本は誰から借金をしているのか。日本の国民からです。自分たちなんです。つまり、いずれは日本の国民が返さなければならない借金だ、というこ とです」
日本の国民から借りているのだからいいではないか、という意見もある。しかし、借金は借金なのだ。では、もし今の国民が借金を返さなかったとした ら、どうなるのか。それは、未来の世代、もっといえば、今の若い世代以降の人が返さなければいけなくなる。そして自分たちが借金をし、使ったわけでもない のに利払いなどの国債費の負担を押しつけられるということになるのである。
なんのことはない。借金や利払いを、単に次の世代にツケ回ししているだけの話なのだ。このまま借金を返さず、増やし続けていくという行動は、海外から借金をする代わりに、次の世代から借金をしている、ということなのである。
「僕がいつもあちこちで言わなければいけないと思っているのは、今の世代がつくった借金は、今の世代で返さなければいけない、ということです。と ころが、返すどころか、増えている。どうしてかといえば、借金ができてしまえるからです。国債を発行しても、金融機関がいくらでも買ってくれるからです。 国の運営には莫大なお金が必要です。そのためには国はお金をどこかから調達したい。そのときに、国債は極めて便利なものです。今の世代から無理をして税金 を上げて徴収するよりも、国債を発行してしまったほうがラクなんです。しかもそれを金融機関が確実に買ってくれる。こんなおいしい話はないわけです。で は、金融機関が国債を買えないような状態にしてしまったらどうか。そうすれば、国は簡単に国債を発行できなくなる」
これ以上預貯金を増やすことは、日本にとって、もっといえば若い世代にとって、実は極めて危険になる、ということだ。借金がどんどん増えていくことを後押しすることになりかねないからである。
「この数十年でつくってしまった問題は、この数十年に生きてきた人たちで、ちゃんとケリをつけないといけない。それをやらなければ、国の借金とし て次に持ち越すだけになる。年金の問題も医療の問題も、すべて自分たちの責任じゃないですか。これをやらないと、今より人口の少ない未来の世代が巨大な借 金を背負わされる。だいたい少子化で人数も少ない彼らに押しつければ、とんでもない負担になるでしょう。このままだと、大変なことになってしまうというこ とです」
******************************************************************
この連載は『預けたお金が問題だった。』(上阪徹著、ダイヤモンド社刊)を基に構成されています。
日本のお金の流れは おかしい!そのツケは 若い人が負わされている。素朴な疑問をきっかけに、金融の民主化というビジョンを描き、自分たちの手で、自分たちのための金融機関をつくった松本大とその仲間たちの挑戦と現在。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。