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『村上龍、金融経済の専門家たちに聞く』Q:1208 今後の東西の経済活動の連携とバランスは?
◇回答
□津田栄 :経済評論家
□菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
□北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
□中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
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■今回の質問【Q:1208】
いまだ被害が残る東北、関東で生産が落ちているため、関西および西日本の一部の
企業が「思わぬ活況」を呈していると聞きました。今後、東西の経済活動の連携とバ
ランスはどうあるべきなのでしょうか。
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村上龍
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■ 津田栄 :経済評論家
今回の東日本大震災による被害は、依然生産が回復していないことから、相当深刻
であるといえます。また余震活動が続き、生産現場の復旧が思うように進まないこと
を考えると、ほとんど被害のない関西および西日本で代替生産が行われるのも、当然
かもしれません。また、復旧・復興に必要な仮設住宅や下水道、橋梁向けの建設資材
や住設機器などでは、生産設備があって、そして電力の余裕のある西日本で増産され
ているのも分かります。あるいは、避難などで関西を中心にホテル、オフィスをはじ
めとするサービス業などで需要が出てきているのも、理解できます。その点から、関
西および西日本で、東北、関東で生産できない商品や復旧・復興需要から「思わぬ活
況」を呈している企業が出てくるのも不思議ではありません。
しかしながら、そうした企業はごく一部といえましょう。というのも、東日本の代
わりに不足している商品のすべてを生産できるかというと、そうではないからです。
今代替生産できているのは、納豆やヨーグルト、レトルトなどの食品や水、不足して
いる乾電池、あるいは東日本の製油所が被害を受けて生産できないガソリンや軽油な
どですが、それも限界があります。それぞれ東と西で生産にすみ分けができていて、
不足分を満たすほどの生産は一気にできませんし、いずれ東北、関東で生産が再開さ
れますから、設備増強とまではいかないでしょう。あるいは、同じ企業グループ内で
西日本にある工場で、東北、関東で被災して生産できない製品を生産するところもあ
りますが、それは同じグループ内の問題として処理しているだけです。
復旧・復興に必要な商品や製品ですが、被害が広範囲で深刻な状況ですから、復旧
・復興需要も相当なもので、西日本で増産する動きは当然としても、生産量には限界
があり、至急の需要の全部にはこたえられないでしょうから、不足分は海外から輸入
されることになるはずです。そういった点で、関西および西日本の企業が東日本の代
替や復旧・復興の需要に合わせて増産して思わぬ活況を呈していても、それはごく一
部であり、しかも過剰設備を廃棄し、日本全体の需要に見合った生産能力を東西で分
割してきましたから、増産にも限りがあるといえましょう。そう考えると、日本全体
でみれば、東北、関東の被害が大きく、それほど経済に寄与しているとは言えないで
しょう。
問題は、日本経済の中心である輸出産業の自動車、電気、機械、素材・部品などの
製造業において代替生産が思うようにいかないことです。こうした産業においては、
関西および西日本で代替する企業があまり多くないからです。もちろん、一部の製造
業では、西日本にも生産工場があって、不足分をカバーすることができますし、実際
そうした東北、関東の企業からの代替生産の依頼で増産を行っているところもありま
す。また家電では一部の部品や素材のうち西日本などで生産される代替品に切り替え
て、製品の生産が行われようとしていますが、仕様設計の変更・見直しなどで負担が
大きくなっています。
しかしながら、多くの製造業では、東北、関東でしか賄えない素材や部品が多数あ
って代替生産や代替品の採用ができず、全世界で5割生産が当分続くと見られるトヨ
タのように、自動車や電機や機械の製品が生産できない状況にあります。そう考える
と、関西および西日本に生産を代替してもらうにしても、日本経済の中心の製造業の
生産の大きな落ち込みを埋めるまでに至りません。また、深刻な被害のなか、余震が
続き、福島原発の解決の見通しが不透明では東北、関東の生産が当分困難という判断
に立つこともでき、その場合関西や西日本へ生産基地を移転するという結論になるか
もしれません。
ただ、それでは、これまでの東北、関東で築いてきた各製造業の部品・素材を中心
とした生産ラインを関西など西日本へシフトするなど大幅に変更せざるを得ませんし、
それを含めて生産現場を西日本に移転すること自体、相当の時間がかかることになり
ます。しかも、東北、関東の部品や素材の生産企業が地元の企業であれば簡単に関西
および西日本に移転するとは思いませんから、新規の西日本の企業が部品や素材の生
産に参入する場合には、部品や素材の高品質を維持してきた生産ノウハウを取得する
にも時間がかかります。そして、そうなれば、東北、関東では製造業が縮小して復興
が難しくなります。
こう考えてくると、部品や素材の生産が、東北、関東に集中していて問題は多いの
ですが、どうしてそうなのかといえば、経済のグローバル化の中で生産の最適化をは
かって競争力を維持しようとして、ジャストインタイム生産方式(その代表例がトヨ
タのかんばん方式)を採用し、在庫のムダ、運搬のムダなど7つのムダを排除して必
要な物を必要な量で必要な時に生産することにありました。つまり、部品・素材から
製品まで一か所に集中して行えば、ムダを極力なくすことができ、それが関西および
西日本のように立地で狭く横に長い地域よりも、東北、関東のように立地で広く直線
的で短い地域に生産の集積が進んできたのだといえましょう。そして、港湾において
も、直接太平洋に接して部品や素材、および製品を海外に輸出しやすく、日本の自動
車、電気、機械などの世界的な生産戦略においても東北、関東を起点するほうがやり
やすかったからといえましょう。
しかし、結果として、こうした一か所に部品、素材から製品まで集約し、かんばん
方式でムダを排除して生産をするシステムは、東北、関東の部品、素材の企業に依存
度を高め、そうした企業に在庫から運搬までの負担を負ってもらってきたといえまし
ょう。そして、それを可能にしてきたのが、安定した流通があったからだといえます。
それが地震、津波による大震災で、部品・素材から製品までの一連の生産、流通が滞
り、集中のメリットが一気に失われたといえましょう。
今後は、生産から流通までの回復の問題の解決をいかに早めるのか、それとも東北、
関東での生産をあきらめて西日本への生産シフトをはかるのか、また東から西まで部
品・素材から製品まで生産を分散化させて震災リスクを回避するのか、あるいは部品、
素材から製品までの生産システムを、東北、関東以北と関西および西日本の東西に各
自独立的にもって、こうした震災によるリスクを分散させるかという選択をしていか
なければならないでしょう。それは、時間、コストの問題として捉えると、どれも一
長一短があります。
あるいは、企業として、今後の災害リスクを避けたいという判断が強ければ、災害
の多い日本ではもはや生産はできないということになります。その場合には、海外に
生産拠点を移転し、部品・素材も現地で調達するということもあります。現実には、
日本の世界的に高い法人税率等も手伝って、そうした海外移転の動きが、出てきてい
るようです。その際には、部品・素材を生産する企業も一緒に出ていく可能性があり
ます。そうなれば日本の中での問題ではなくなりますし、日本の産業の空洞化が一層
進むことになります。そうならないためにも、政府は、災害リスクがあっても国内で
生産する体制を企業が選択できるように、法人税減税などの税制を含めた大胆な規制
緩和や支援策を採用するべきでしょう。
今回は、海外ではなく国内で生産することを選択した場合を考えます。その場合、
日本は輸出主導型の経済であり、その中心が自動車、電気、機械などの部品・素材か
ら製品までの製造業であることを考えると、グローバル経済の中でその競争力を維持
しながら、震災リスクなどを回避するためには、できるだけ一極集中は避けるべきで
す。その際、東北、関東の生産も回復する道を早急に見つけ、一方で西日本において
も生産システムを築き、それぞれ欧米向けとアジア向けとかで輸出先を重複させない
ようにして、独立的に生産をし、どちらかで問題が起きた時にそれをカバーするよう
にしていくべきかもしれません。もちろん、それだけコストがかかりますが、それは
高品質の製品の継続的な生産という信頼を海外の顧客から得られることになります。
ただ、こうした抜本的な生産体制の見直しは、今後の課題として捉えるべきであっ
て、今は生産の回復、海外からの部品、素材、製品の信頼回復という目の前にある問
題を緊急的に解決することが大事です。そのために、企業は部品や素材を生産してい
る地元企業への支援をはかるとともに政府も民間の問題として傍観するのではなく、
資金から規制緩和まであらゆる政策の発動を行って早期復旧に努める一方、製造業全
体で、部品、素材の調達先を拡大し、仕様の変更も図って代替品の採用するなどあら
ゆる手段を使って、世界への供給力を可能な限り早く回復させ、世界のサプライチェ
ーンにおける地位を維持することが必要でしょう。
最後に、以前から言ってきましたが、一極集中はリスクが高いということが、図ら
ずも今回の震災で示されました。確かに一極に集中することは効率的ではありますが、
一旦そこの中枢が被害を受けると、最も脆く、立ち直るのに相当の時間とコストがか
かるということが分かってきました。結果として、そうしたリスクが高くつくことに
なったといえましょう。そして、どの国も、すべてが一極に集中しないようになって
いるのは、そうしたリスクを意識してなのかもしれません。これをきっかけに、日本
も一極集中から脱し、ヒト、モノ、カネが分散化して、各地で独自の産業発展構造を
築いていく道を探る時が来たのかもしれません。その意味で、規制の緩和などの構造
改革は今必要なのではないでしょうか。
もう一つ感じたことですが、どうも政府をはじめ楽観論がありますが、個人的には、
これまで往々にして日本で危機管理が失敗しているのは、こうした楽観論にあるので
はないかと思います。それは、太平洋戦争時にも見られましたが、期待を含めて物事
を楽観的に見ていたため、予想外の事態になった時思考停止に陥って、問題の解決が
目先ばかりでかつ場当たり的で、しかも後手になって事態が進行する中で主導権が握
れず、危機が拡大していくからです。その意味で、危機管理は、最悪の事態を想定し
ながら、それでも起きる想定外の事態をできるだけ最小限の損失に抑えることです。
その点で、今回の部品、素材の生産、製品の供給ができなくなった現状が想定外の非
常事態だという認識をしなければ、今後問題はさらに深刻になると思います。
先日、いくつかの大手外資系コンサルタントと話をしましたが、もはや日本の製造
における優位性は失いつつあるという認識を持っていて、今や韓国、台湾、中国など
のアジア勢の製品は品質においては差がほとんどなくなってきていると言っていまし
た。そして、前回も書きましたが、韓国や中国は、日本が部品や素材を供給できない
ことから、自ら生産するための開発や生産体制を組み始め、海外への売り込みをも始
めているということを、他のコンサルタントから聞きました。それだけに、危機はす
でに進行していて、時間の経過とともに失うものは大きくなりつつあります。今、時
間は敵になりつつあり、それを味方にするように努めるべきです。だからこそ、部品、
素材や製品の生産を早急に回復させ、世界へ供給する体制を元に戻して、世界の信頼
を確保するべきなのではないでしょうか。
経済評論家:津田栄
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■ 菊地正俊 :メリルリンチ日本証券 ストラテジスト
4月8日に発表された景気ウォッチャー調査3月号によると、景気の現状判断は東北
と関東が大きな落ち込みになりましたが、関西地域もある程度落ち込みました。東日
本大震災で、日本全体に消費自粛ムードが出たうえ、東日本からの部品が調達できな
いため、西日本の工場でも生産できないなどの問題が生じたためです。一方、小売企
業の2011年2月期の決算発表では、関西地区のスーパーのイズミヤが2011年度の営業
利益を前年比18%増、オークワが同8%増と、堅調な予想を発表するなど、関西地域の
小売業の方が相対的に好調でした。日本経済全体が鈍化する中で、相対的には関西が
良いとの印象です。
4月10日に行われた統一地方選挙で、民主党が全般に敗北する中で、橋下徹大阪府
知事が率いる「大阪維新の会」が躍進しました。東京都でも石原知事が四選を果たし
ましたが、多選&高齢の批判があった中での、消去法的な勝利だった印象です。橋下
知事は、大阪府と大阪市・堺市を合併させて「大阪都構想」の実現を目指しています。
両知事とも強いリーダーシップが売り物の知事であり、国民は危機下で強いリーダー
を求めた感があります。橋下知事の方が若いため、大阪に変化を期待させる選挙結果
になりました。
東京電力の今夏の電気供給力は5,500万kWまでの回復が予想されており、大企業の
節電目標も当初の前年比25%減から15%減へ緩和されると報道されています。西日本
は電力が余っていますので、狭い日本において歴史的経緯で導入された50Hzと60Hzの
周波数の違いがなければ、東日本の電力不足は社会問題化しなかったはずです。周波
数の統一には、数千億円の費用がかかるため、火力発電所を増設した方が安上がりと
の意見はありますが、長期的な視点からは、周波数をぜひ統一すべきだと思います。
衛生陶器トップのTOTOはシステムキッチンの生産の一部を千葉から、滋賀と福岡の
工場に移転する方針を固めたと報じられましたが、電子部品大手のアルプス電気のよ
うに東日本に工場が集中していると、生産移転が容易でありません。東日本大震災後
に、サプライチェーンの障害が大問題になりました。大手企業が取引先として把握し
ていないような非上場の二次三次下請け企業が被災して、部品・部材供給が滞ったた
め、大手企業が生産できないという事例が随所にみられました。福島県では原発に工
場があり、電解液で高シェアをもつ非上場企業の富山薬品の被災が、大企業の生産の
ボトルネックになりました。今回、大企業は部品・部材の地理的な一極集中のリスク
を感じとったと思いますので、今後日本国内でリスク分散するか、海外調達先の増加
によって、グローバルなリスク分散を行うことになると思います。
政府部門も昔、首都機能の移転が議論されたことがありましたが、東京の一極集中
が続いています。一部の大企業は大震災をきっかけに本社機能の一部を関西に移転し
たようですが、政府も行政機能のリスク分散が求められるでしょう。福島原発の不安
定な状況が続く中では、東京が放射性物質のリスクに晒される可能性があります。東
京に次ぐ大都市の大阪が首都機能のリスク分散的な受け入れ先になるのは当然ですが、
政府の福島に対するコミットメントを示す意味では、福島に首都機能の一部を移転す
る案を考慮してもいいのではないでしょうか。
メリルリンチ日本証券 ストラテジスト:菊地正俊
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■ 北野一 :JPモルガン証券日本株ストラテジスト
東日本大震災を受け、一時的に東西の景況感格差が拡大しています。内閣府が4月
8日に発表した景気ウォッチャー調査によると、3月の現状判断DI(50が中立)は、
全国ベースで27.7と前月より?20.7ポイント低下しておりました。地域別に
みると、東北は16.8と前月比?32.1ポイント低下、関東は22.1と前月比
?24.2ポイント低下と、全国平均を下回っておりました。一方、近畿は31.5
と前月比?18.1ポイントの低下にとどまっております。
3月29日付けの日本経済新聞には、「ホテル料金「西高東低」に」という記事が
ありました。カカクコムは、同社で運営する宿泊予約サイトで販売したホテルの宿泊
単価を集計しておりますが、震災が起きてからは、大阪の宿泊単価が東京を大幅に上
回る異例の動きが続いていたそうです。ただ、こうした格差は、時間の経過とともに
消えていくことでしょう。
実際、交通インフラ等は、阪神大震災時を上回るスピードで復旧しております。例
えば、阪神高速道路が全線復旧したのは1996年9月と、震災から1年8ヶ月後で
したが、東北自動車道は震災から僅か13日後に全面開通しました。山陽新幹線の復
旧には3ヶ月掛かりましたが、東北新幹線は2ヶ月弱で復旧する見込みです。
放射能への不安は、むろんまだ残っております。福島第一原発から半径20キロ圏
が4月22日から「警戒区域」になりました。区域内への立ち入りは原則禁止です。
20キロ圏外でも放射線の累積量が多い地域は「計画的避難区域」になりました。こ
うした地域の回復には、たいへんな困難と苦労が予想されます。ただ、それよりも距
離の離れた地域では、早晩、日常性を取り戻して行くことでしょう。
4月17日に東京電力が発表した原発事故収束に向けた工程表も、前倒しで実現さ
れるのではないかと期待しております。「想定外」を連発して、評価を著しく落とし
た東電は、もうこれ以上の「想定外」は許されないと考えているでしょう。従って、
彼らから発表される計画、見通しは、基本的にかなり保守的で悲観的な前提に基づい
たものになっている筈です。言い換えると、本件後は、計画の前倒し、上方修正が期
待できるということです。実際、電力供給については、案の定、上方修正されてきま
した。
ということで、時間が経てば、東西格差は縮小します。ただ、今回の大震災によっ
て、東京一極集中の脆弱性を再認識させられました。また、サプライチェーンの問題
にも関心が寄せられました。サプライチェーンについては、「サプライチェーンが寸
断され云々」という話になっておりましたが、これは物流網の議論ではなく、本質的
にはサプライチェーン・マネジメントという流行を取り入れ、在庫や運転資金の効率
を追求しすぎた負の面が顕在化したということでしょう。
東京一極集中もサプライチェーン・マネジメントも要するに同じことです。両方と
も効率的ではあるが、無駄を省いた分、有事にあっては脆弱なのです。今回の大震災
で我々が問われているのは、東西もさることながら、効率と無駄のバランスをどう取
っていくのかということではないでしょうか。平時においては、無駄を省き、効率を
追求すればそれでよい。しかし、いったん有事になると、無駄を持っている方が、生
存確率が高まります。
例えば、「小中学校の耐震強化については、麻生政権下の平成21年度には、約2
800億円の補正予算が予定されていた。そしてその予算で、全国の小中学校の、約
5000棟の耐震強化工事を行うことが計画されていた。しかし、民主党政権が進め
るいわゆる「事業仕分け」によって、その予算の3分の1程度の1000億円にまで
削減されてしまった」(「公共事業が日本を救う」藤井聡、文春新書P177)といった
ことをどう考えるのかが、問われているように思います。
JPモルガン証券日本株ストラテジスト:北野一
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■ 中空麻奈 :BNPパリバ証券クレジット調査部長
GW前後から本格化する2011年3月期決算では、多くのセクター、多くの企業が東日
本大震災の影響を受けて、廃棄損失や修理費の計上、減産に伴う損失などを原因とす
る損失処理を行うと思われます。本来大幅黒字を出せると見込んでいた企業であれ
ば、保守的な引当金を積んで小幅黒字としてくるでしょう。出来るだけ保守的な処理
を心がけるのは財務の基本的な態度であると思われます。
住友金属工業がそうした特別損失を600億円計上すると発表しています。同様に、J
FE283億円、新日鉄200億円、ニチレイ32億円、カゴメ36億円、など、次々と関連の
特別損失今期計上分を発表しました。先週某電機セクターの財務担当者にお目にか
かったら、同損失は千億円単位になるかもしれないが、出来る限り今期のうちに処理
をしたい、とおっしゃっていました。こうした特別損失の計上は、震災の影響および
原発事故による影響を受けて、工場などに被害があったからです。工場がストップし
たり、部品の納入がなかったり、あるいはラインを動かす上で欠かせない電気が足り
ないことが直接的な原因だと言えます。まさに、その地域での活動基盤に影響が出た
がゆえの業績不振と言えるでしょう。
しかしながら、特別損失を計上するなど震災の影響を受けるのは、必ずしも、東日
本に生産拠点を置いている企業だけではありません。自動車セクターなどはその最た
る例でしょう。自動車組み立ては一つでも部品が不足しているだけで組み立てられま
せん。そしてその部品は、日本のみならず世界中から適宜集めていたために、ある地
域で生産停止の大打撃が部品の欠如をもたらすとなれば、それだけで全体に影響を及
ぼしてしまうことがわかりました。千葉のグリーンタワーホテルが、震災および原発
事故の影響で著しく外国人観光客が減ったことを理由に閉館に追い込まれることにも
なりました。つまり、実は今回の震災の影響は、当該地域のみならず、様々な二次的
経路を通って、広範な地域、広範なセクターに、業績の下ぶれを余儀なくするであろ
うということが早くも見えてきたことになります。
関西や西日本のある企業が、東日本に代替して納入するがゆえ、一時的に活況にな
る場合はもちろんあるでしょうが、それはやはり“一時的”なことであると思いま
す。阪神・淡路大震災のとき、神戸製鋼などは大きな痛手を被り、神戸製鋼で作って
いた自動車鋼板が納入できなくなったということがありましたが、それは業界内での
相互融通により、即座に解決したという記憶があります。こうした事故による生産の
シフトは、一時的なものに過ぎず、すぐに調整が終わると見ていい実例が山ほどあり
ます(もちろん、抜本的な問題があったことが、こうした事故をきっかけに調整され
るケースもないわけではないでしょうが)。
放射能汚染の回避のため、本社を東京から大阪へ、という動きも確かにあります。
さらに、被害のあった地域を立て直す際、もとの漁業・農業を行う地方の過疎地のま
までいいのか、という問題から考えることも必要でしょう。つまり、東京への一極集
中をし過ぎているとわかっていて、なお東京一極集中の上に立っていた我々は、それ
でも仕方がない、それが効率的だと、今後も判断していくのか、あるいは、局地的に
何かが起こった場合のリスクヘッジをもう少し徹底すべきであり、東京以外の地域に
対する見直しをしていくのか、そうした考えの整理をすることが必要になります。
また、仮に、当分東日本の活動が停滞し、西日本に依存することになったとして
も、それは税制度で平衡が保たれるように仕組まれています。収益に応じて法人税を
払う必要があるわけですし、国民の所得税にしても同じことが言えます。東日本の分
のGDPが西日本にシフトした場合、一時的な生産のシフトはすぐに調整され元に戻
るでしょうし、数期にわたって、利益ベースの平衡が崩れた場合にも、税制がそれを
調整することになります。同じ日本にある以上、東日本と西日本のアンバランスに
は、自ずと調整弁が働くと言ってもいいのではないでしょうか。それぞれの企業内で
は、西日本から東日本へ工場稼働のためのサポートが多く出されているという話もあ
ります。その意味では実にシステマティックにバランスを取る行動が出来ているとい
うことになります。
現場の復旧までの力は、本当にすばらしいものであることも改めて明らかになりま
した。私自身が行った多くの企業に対するインタビューでも、それぞれの企業の本社
の方々は、工場における生産ライン復旧のためのパワーに感服していらっしゃいまし
た。それぞれの工場では、それぞれのラインの復旧に全力をあげ、本当に短期間で見
事な回復をしているようです。稼働率が依然低いということや、景況感の悪化による
需要の低迷が響くことによって、業績に対しては下ぶれ懸念が増していますが、それ
にしても、こうした現場を支える力があってこそ、日本経済が維持されていると言っ
ても過言ではないのではないでしょうか。しかし、こうした現場の力を維持するため
のサプライチェーンの見直し、生産ラインのバックアップなどは、それぞれの企業に
課された課題ということになるでしょう。代替が効かない部品であれば、ジャストイ
ンタイム方式を見直して、在庫を保有するようにしなければなりません。多岐にわ
たって使用できる部品をパターン化して製造することも考えていいかもしれません。
現時点の日本企業の底力が見えてきた今、それでも、大きな震災が明らかにした
様々な課題はそれぞれの企業やセクターが見直しをして解決していくべきだと思いま
す。大きな被害に見舞われた地域にある企業には免税や減税などの措置をとる必要は
あるかもしれませんが、企業はきちんと再生に向けて動き出しています。政府や国が
無理に調整などをせずとも、時間の経過とともに勝手に均されていきますし、バラン
スを取る形は自ずと出来ていくと考えます。恐るべし“現場の力”ということです。
BNPパリバ証券クレジット調査部長:中空麻奈
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