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作家・橘玲氏インタビュー(1)=震災で人生設計の「安全神話」崩壊
2011/04/20 18:11
東日本大震災や東京電力 <9501> の福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故は、地震対策や原発の安全性についての日本人の考え方を大きく揺るがした。また、震災の日本経済への影響が懸念され、雇用に対する不安が一段と高まっている。「地震大国」と呼ばれる日本で生きるうえで、個人が経済的側面において考えるべきリスクとは何なのか。モーニングスターはこのほど、作家の橘玲氏にインタビューした。橘氏は、ベストセラーになった『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』や『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』など資産運用や人生設計についての多数の著書で知られ、個人投資家の人気も高い。震災や福島第一原発の事故を受けて何を考えたか、震災が日本人の人生設計にどのような影響をもたらすのかなどを聞いた。(聞き手・坂本浩明)
<選択肢のない人生、極めてハイリスク>
――震災後に本の執筆を中断し、雑誌原稿の連載を延期したという。まず、震災を受けて何を率直に感じ、考えたのかを聞きたい。
「私はこれまで、自由とは選択肢の数のことだと繰り返し書いてきた。選択肢を持っていないと、予期せぬ不幸に見舞われたとき、人はすべての希望を奪われてしまう。自由とは生き延びるための戦略であり、立ち直れないほどの痛手を被るのは、他に生きる術(すべ)を持たないからだ、というように」
「私は理屈ではこのことを知っていたが、しかし、今回のような想像を絶する事態が目の前に立ち現われるなどとは思ってもいなかった。もちろん被災者のなかにも、他の地域に移住して生活を再建し始めた人はいただろう。だが、震災後の圧倒的な現実とともに明らかになったのは、日本人のほとんどが選択肢など持っていないということだった。多くの人は避難所に身を寄せるしかなかった」
「日本の社会も日本人の人生設計も、大震災や原発事故は起こるはずがないという前提のもとに成立していた。しかし、いったん『安全神話』が崩壊してしまうと、想定外の事態を前に選択肢のない人達はどこにも行くところがなくなり、途方に暮れるしかなかった」
<本質的課題は社会全体の「リスク耐性」をいかに上げるか>
――震災後には東京電力 <9501> の福島第一原発の事故で首都圏でも放射能汚染に対する懸念が広がり、日用品の買いだめが起こるなどの混乱があったが、原発事故への人々の対応についてはどのようにみていたか。
「原発事故が起こったあとに分かったのは、人々の『リスク耐性』、つまりどこまでリスクに耐えられるかの水準が個人によってかなり違うということだ。原発施設で水素爆発が起きたときや、水道水で通常よりも高濃度の放射能が検出されたときは、東京でもパニックに近い状況が起きた。しかし、皆がそうなったわけではなく、高齢者や幼い子供を持つ親のようなリスク耐性の低い人から買い占めや避難の動きが始まった。いざとなれば歩いてでも逃げられるリスク耐性の高い人たちが、その行動を批判しても意味がない。いかに社会全体のリスク耐性を上げていくか。それが今回の危機を経て取り組むべき本質的な課題なのではないか」
「一方、被災地での生活について世界中が驚いているのは、避難所の人々があのような混乱のなかでも自分の生活を律し、秩序を守り、共同体を運営していることだ。欧米では秩序が宗教的な価値観に基づいて形成されるのに対して、無宗教に近い日本ではいわゆる『世間』が秩序形成に重要な役割を果たしてきた。世間とは、一般に『世間の目を気にする』などネガティブな意味で使われることが多い。しかし、今回の震災で『世間』の持つポジティブな面に光が当たった。秩序や安全を含め、日本社会の美質のほとんどは『世間』から生み出されるのだ」
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作家・橘玲氏インタビュー(2)=震災で露呈、日本人のリスク「極大化」ポートフォリオ
2011/04/20 18:12
<人的資本の喪失を懸念、会社依存に警鐘>
――震災が日本の経済・雇用などに与える影響が懸念されているが、どう考えるか。
「震災の経済への影響はこれから出てくるだろう。懸念すべきは、膨大な数の人達が家や車などの物的資産だけではなく、労働市場から利益を得るための『人的資本』をすべて失ってしまったことだ。例えばサラリーマンは、安定しているように見えても、会社や工場が津波で流されてしまえばこれまでの職業人生はゼロにリセットされてしまう。日本のような労働市場に流動性がない社会では、中高年は転職の可能性が閉ざされている。サラリーマンは、株式投資で1つの銘柄に全財産を投じるのと同じく、人的資本のリスクを極大化している」
「経済的な側面から見れば、人生設計とは、自分が持っている『人的資本』と『金融資本』のポートフォリオをいかに管理するかという問題としてとらえられる。一般に個人で500万円の貯金があればかなりの額だと思うが、それに比べてサラリーマンの生涯年収の合計は3億円と言われている。それを人的資本と考えれば、金融資本よりも圧倒的に大きい。500万円の貯金をどうするかを真剣に考えるよりも、人的資本をどのように守り、増やすかを考えるべきだ」
「戦後の日本社会において、人生設計の最適ポートフォリオは、大きな会社に就職し、住宅ローンを借りてマイホームを購入し、定年まで勤め上げたあとは退職金と年金で優雅に生活することだとされてきた。しかし、今やこれはリスクを『極大化』したポートフォリオになってしまった。90年代以降、『会社神話(会社はつぶれない)』と『土地神話(地価は上がり続ける)』が崩壊し、『年金神話(国は破たんしない)』が揺らいでくると、これまで隠されていたリスクがあらわになってきた。だがそれに代わる人生設計が見つからないから、人々はいまだにこの危険なポートフォリオにしがみついている」
「原発事故を含めた東日本大震災の被災者は岩手、宮城、福島3県を中心に20万−30万人と言われている。日本の人口は1億2000万人だが、本当に恐ろしいのはこの1億2000万人の大半がリスクを極大化した生活を送っていることだ」
<マイホームの保有リスクが顕在化>
――個人がマイホームを持つことのリスクについてはどう考えるか。
「住宅ローンでマイホームを買うのは、経済的に見れば、レバレッジをかけて不動産に投資することだ。不動産投資でもREIT(不動産投資信託)は投資対象が分散されているが、マイホームは卵を1つのかごに盛っているようなものだから、信用取引で個別株を買っているのと同じで極めてハイリスクな投資法だ」
「今回の震災では、マイホームのリスクが如実に現われた。家が津波で流されたり、液状化で土台が崩れたり、放射能に汚染されて住めなくなれば不動産の価値はゼロになるから、住宅ローンで投資にレバレッジをかけていると債務超過に陥ってしまう。もちろんこれは、マイホームを買った人を批判しているわけではない。だが、経済的に見れば、現在起きている事態は投資リスクの顕在化として理解することが可能だ」
「ここでも問題は、リスク耐性の低い個人が不動産投資のリスクを最大化していることにある。被災地の不動産をREITなどの機関投資家が保有し、個人に賃貸していたとすれば、震災の損害は多数の株主(REITの保有者)に分散されることになる。このように考えれば、個人にとっては持家より賃貸の方が経済合理的だが、マイホームの夢を諦めるのはなかなか難しいだろう」
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作家・橘玲氏インタビュー(3)=財政問題はさらに深刻化、被災免れた層が既得権を手放すべき
2011/04/20 18:13
<震災がきっかけで目を背けていた問題が浮上>
――日本人の雇用や住宅などの人生設計のあり方について、今回の震災が改めて考えさせる機会になったということか。
「その通りだ。統計学的には、今回の地震は『ブラックスワン(まれに起こる予測不能な事象のこと)』と呼ばれるものだ。だが、日本では98年の金融危機の際にも、倒産するはずのない山一證券や北海道拓殖銀行などが次々とつぶれるブラックスワン現象が起きている。この言わば『見えない大震災』をきっかけに、それまで年間2万2000−2万4000人程度だった自殺者が3万人を超え、日本はロシアなど旧社会主義圏と並ぶ世界有数の『自殺大国』になってしまった。今回の震災の死者・行方不明者の合計は3万人に近づいている。一方、98年の金融危機以降、それまで命を絶つ必要のなかった人が毎年8000人死亡し、それが12年続いているから、『見えない大震災』の死者はおよそ10万人になる」
「98年以降に増えた自殺者は40代、50代の男性が中心だ。日本の不況はこれまで若者の非正規雇用やニートを中心に語られてきたが、一番大きなしわ寄せは中高年の男性に来ている。40代を過ぎて倒産やリストラで仕事を失うと、人的資本も一緒になくしてしまうため、借金に依存しないと生活できなくなる。問題の本質は年功序列や終身雇用といった閉鎖的な日本の労働慣行にあるのだから、金利規制で消費者金融を経営破たんに追い込んでも何も解決しないのは当たり前だ。安定した会社で定年まで勤め上げるという、戦後の高度成長で最も理想的な人生設計とされてきたものが根底から崩壊してしまった。震災をきっかけに日本の社会が変わっていくのではなく、今まで目を背けていた問題がいよいよ水面下から浮上してくる」
<税金を多く払っても日本の社会制度は変わらない>
――復興のための財政支出拡大により、財政健全化を達成することがより難しくなるとの見方がある。
「高齢化にともなって財政問題がこれからますます厳しくなるのは避けられない。増税をするにしても国債を増発するにしても、これまでの既得権をすべて守ったまま被災者を援助することが果たして可能なのか。幸いにも被災しなかった人達が少しずつ既得権を手放すことの方が、日本の社会にとって好ましく、より『正義』にかなうと思う」
「復興のために国民が税金を余分に払うのもよいが、それによって震災前に顕在化していた財政危機が解決するわけではない。日本の社会保障制度の最大の問題は、若者から高齢者に莫大な所得移転が行われていることだ。この世代間格差はどのような理屈でも正当化できないから、被災者を支援しながら財政を維持するには、社会保障制度や雇用制度などこの国の根幹をなすシステムを抜本的に変えていかなくてはならない。年金制度を維持するには受給年齢の引き上げは不可避だろうが、それ以前に物価水準に合わせて年金支給額を減額すべきだ。さらには米国のように定年制を禁止し、ヨーロッパ諸国のように同一労働・同一賃金を法で定め、金銭解雇を可能にすれば、今よりもずっと風通しのよい社会になるだろう」
<次なるブラックスワンに備え、「マイクロ法人」は有力な選択肢>
――震災後に一個人としてすべきことは何か。
「被災者のために何かをするのも大事だが、自分自身がいかにリスクから自由になれるかを考えるのも重要だ。日本のような流動性のない労働市場を前提にすれば、会社にしがみつくことが最適戦略になることは理解できる。だが、今回の大震災で明らかになったように未来はあまりにも不確実なのだから、今の仕事や会社がなくなっても自分と家族の生活を守るための戦略を立てておかなくてはならない。一人ひとりがリスク耐性を高めていくことが、いずれやってくる次のブラックスワンに対して、この社会を守ることにつながるのではないだろうか」
――会社に雇われない個人事業主のような生き方が1つの選択肢となるか。
「自営業になれば必ず成功するわけではないが、日本で最も裕福な人達が成功した自営業者であるのは間違いない。会社法の改正で法人化が容易になったのだから、自分1人で株式会社を設立・運営する『マイクロ法人』も有力な選択肢の1つだ」
「また、サラリーマンであってもスペシャリスト(専門家)としての経験や能力があれば、会社組織を離れて生きていくことができる。以前書いた本で日本の閉鎖的なムラ社会を『伽藍』、それとは対照的なオープン社会を『バザール』と表現したが、伽藍の世界のなかにもバザール空間はある。ITや金融などの業種に能力が高い人材が集ってくるのは、バザール空間の方が自由で生きやすいことに人々が気づき始めているからだろう」
提供:モーニングスター社
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