http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/545.html
Tweet |
ドル円最高値、日経平均は大暴落!震災直後の金融界の内幕
http://www.zakzak.co.jp/zakspa/news/20110418/zsp1104181212013-n1.htm
2011.04.18 連載:マネー得捜本部 夕刊フジ:SPA!
★関係者が明かす震災直後の金融界の内幕
過去最悪の被害となった東日本大震災。地震が起きたのは株式市場が閉まる直前だったため、その激震は金融業界にも大きな衝撃として伝わった。そのとき、最前線では一体、何が起きていたのか? そして今もなお続く地震の余波を、金融業界関係者たちに聞いた。
3月11日、午後2時46分に地震が発生した直後から売りが続々と出てくる一方、復興需要を先取りする形で建設株が軒並み買われた。「揺れがまだ収まらないなか、役員が『さっさと売れ!』と怒鳴り、必死で注文を入れた」と準大手証券のディーラーは振り返る。
「午後3時前にはサーバーが重くなったのか、ネット証券への接続が難しくなった。電話注文に切り替えようにも電話が繋がらず、ネット証券のコールセンターは役に立たない状態になりました。売りそびれた投資家は多いはずです」
14日、フランス政府が東京在住の自国民に「関東を数日離れるように」と退避を呼びかけたことで、外国人の東京脱出も相次いだ。
「スイスやドイツなど大使館業務を関西に移した国が続出し、金融機関で働く外国人たちが浮足立ったんです。人手不足で仕事が回らないと、監督当局から業務体制を見直すよう求める行政処分が下りかねない。このため外資系の金融機関も表向きは平常どおりに営業していましたが、外国人は大阪や香港に逃げ、職場は日本人ばかりでしたね」(欧州系証券マン) 東京市場の空洞化が進むなか、「アジア拠点を今後、香港などに移す動きが出てくるのは避けられません」(同)という。
日本から逃げ出す外国人金融マンがいる一方で、東京市場を暴落から救ったのも外資系だ。ゴールドマン・サックス証券はリポートの副題を「倒れても、また起き上がる」として復興需要への期待を示し、バークレイズ証券やスイス系大手のUBS証券など主要外資系も被害の全容判明前に早期復興を予想するリポートを発行した。
「外資系証券の在京スタッフは、支店閉鎖を回避するため、全力でセールスする必要があったのでは」(国内証券の幹部)と推測する。
一方、クレディ・スイス証券の看板アナリスト、白川浩道氏が3月14日に発行したリポートがバッシングにあった。
「『死亡者数が2万人程度』『直接的な経済損失は阪神淡路大震災の10兆円を下回る6兆〜7兆円ではないか』と推測したのです。この手のリポートは顧客の情報ニーズに応える形で発行されるもの。『緊急事態・非常事態にあって不謹慎かとは思いますが』と前置きしていることから配慮も窺えますが、大勢の犠牲者の出ている話題だけに、批判は仕方ないかもしれません。クレディ・スイス証券のリポートが叩かれたのを見て、ほかの外資系証券も被害の試算には極端に慎重になっていましたね」(国内大手証券マン)
「急激な株価と為替の変動で、FXや先物取引の顧客が相次いでパンク。数千万円単位の損失を出した個人投資家もいます。でもその損失は、証券会社が肩代わりするハメになりそう」と話すのは、大手ネット証券アナリストのK氏。
「個人の日経225先物取引に力を入れていたひまわり証券が証券業からの撤退に追い込まれました。証券マンの間では『O証券がオンライン部門を手放す』『ネット専業のT証券も日経225先物から撤退し、FXに専念する』などの噂でもちきりですよ」(K氏)
震災後、為替市場では円買い・ドル売りが強まった。
「保険金支払いを迫られる生保・損保や被災したメーカーが海外資産を売却して円に換える『リパトリ』の観測が広がったためと言われますが、実際に円高を仕掛けたのは欧米投機筋のよう。円高が進めば、FXでドルを買い持ちする日本人がドルの投げ売りに動くとの読みで、円買い攻勢に出た」と指摘するのは米系証券ディーラー。日本のFX個人投資家を総称して「ミセス・ワタナベ」と呼ぶが、今回の円買い攻勢は“ミセス・ワタナベ狩り”だったようだ。
震災後、10日間もシステム障害が続いたみずほ銀行。被災地への義援金口座に入金が殺到してシステムがダウン、給与振り込みや自動引き落としなどが利用できなくなった。善意の口座開設が、かえって被災者に迷惑をかける事態に。
「02年にも大規模なシステム障害を起こしているうえ、今回は社会的な影響の大きさから行政処分は免れず、役員の引責辞任への発展は避けられないでしょうね」(ほかのメガバンク役員)
震災後の交通網マヒに直面し、夜間の徒歩帰宅を強いられたのは証券マンも同じ。東証のある東京・日本橋では、老舗百貨店の対応が話題になった。
「三越日本橋本店が午後6時で全館閉店したのと対照的に、高島屋日本橋店では帰宅困難者を館内に宿泊させた。“ホテル高島屋”で一夜を過ごした証券マンも少なくなかった」(日本橋の地場証券マン)
週明けも電車の運休が相次いだが、そこは体力自慢の証券会社。「午前8時前のミーティングには全員が揃っていた」(都内支店勤務の銀行系証券マン)という話はあちこちで聞かれる。未明に家を出て自転車や徒歩で会社に向かったり、前日から会社に泊まったりして、出社に万全を期していた。観光地で宿泊キャンセルが相次いだのと対照的に、東証近くのビジネスホテルは満員が続いたという。
株価は下がったものの株を上げたのは、同じく日本橋にある東証と日銀。東証は昨年1月に売買システムを刷新したばかり。今回の地震でも1秒も止まることなく取引をさばいた。「被害らしい被害といえば、天井の配水管がズレて2階自販機コーナーの床が水浸しになったくらい」(東証職員)という。広報担当者が記者クラブ向けにも非常食の五目ごはんやお茶を配るほど余裕があった。
震災後の日曜、東証の一時閉鎖論が政府内で持ち上がったという。「暴落を避けるため、電力不足やシステム被災を理由に、一時閉鎖してはどうか」という内容だったが、東証が拒否したもようだ。
東証は9.11同時テロの際にも自民党議員の圧力に負けず、取引を継続させている。「東証には『売買の場を提供するのが役目』という自負がある。海外投資家から『日本株を買っても売れなくなるリスクがある』とイメージされるのを回避したかったようです」(東証詰記者)
日銀は地震発生の翌週から15兆円の緊急資金供給や欧米との協調介入など大技を次々と繰り出し、市場の動揺を抑え込んだ。根底には、5年ほど前に整備した「業務継続計画」がある。
「各銀行も交えて停電時の連絡や資金決済の確保について訓練を繰り返しており、地震後もマニュアルに沿って粛々と業務を進めた。日本橋の日銀本店まで歩ける範囲内に、いつも一定数の職員が住むよう調整している」(日銀詰記者)というから、さすが“通貨の番人”。備えは万全だったようだ。
取材・文/SA編集室 横山薫(SPA!) 図版/エフスタイル
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。