02. 2011年4月19日 11:23:54: cqRnZH2CUM
http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20110415/219456/ 日経ビジネス オンライントップ>投資・金融>復興の経済学 「隠れ不良債権」増加は復興の足かせ。「震災手形」を教訓に 米カルフォルニア大学サンディエゴ校 星岳雄教授に聞く 2011年4月19日 火曜日 広野 彩子 関東大震災 リーマンショック 金融恐慌 デフレ 復興 東日本大震災 震災手形 政府では復興に向けた財源調達や被災地企業の支援について活発な議論が始まっている。米カルフォルニア大学サンディエゴ校の星岳雄教授は、ここでどのようなアプローチを取るかで、20年の停滞を続けていた日本経済が今後変革できるか否かが大きく左右されるとみる。 バブル崩壊後の日本の財政金融政策に関する数多くの実証研究で知られる星教授に3月31日、話を聞いた。(聞き手は日経ビジネス記者、広野 彩子) ――東日本大震災が今後、日本経済に与えるインパクトについて、どうご覧になりますか。 星 岳雄(ほし・たけお)氏 プロフィール 米カルフォルニア大学サンディエゴ校教授。1983年東京大学教養学部卒、88年マサチューセッツ工科大学から経済学博士号(Ph.D)取得。同年から現職。専門は日本の金融制度、金融政策、および企業統治の研究。代表的な著作に、アニル・カシャップ米シカゴ大学経営大学院教授との共著『日本金融システム進化論』(日本経済新聞出版社)がある。また、ヒュー・パトリック米コロンビア大学教授との共編著『Crisis and Change in the Japanese Financial System』(2000年)も日本経済の研究者の間でしばしば参照されている。 星 GDP(国内総生産)がマイナス成長になるのは2011年ぐらいで、2012年以降は持ち直すと考えています。ただ、電力不足の問題と原子力発電所の後処理に関する不確実性が懸念材料です。「こういう処理をし、このぐらいの期間後にはこうなる」という明確な方向性とスケジュールを政府が早期に打ち出さないと、民間レベルでの震災後への対応も遅れてしまうからです。 まず震災による物的損害額は、大体15兆円から30兆円と言われています。規模は資産への損害がGDPの2%程だった阪神大震災よりは大きいですが、GDPの30%にものぼった1923年の関東大震災ほどにはならないといったところでしょうか。大体、GDP比で3%〜6%と推定しています。ただ、こうした数値も、原発事故処理の今後の展開次第で変わってくる可能性があります。 ちなみに、震災と津波の直接的な被害を受けた宮城、岩手、福島の3県は日本のGDPの4%程度、人口は4.2%程度を占めています。 これらの損害額はすでに存在するストックの被害なのでフローであるGDPには直接影響を与えません。今後は復興需要が出てきますので、フローのGDPはむしろ伸びます。ただし、その増加量は、電気の供給がどうなるか、どれぐらいエネルギーの代替や節約が進むか、需要がどれぐらい早く回復するかなどに依存するでしょう。 ―― こうした大災害と経済との関係を分析する分野があるそうですね。 大災害が経済にもたらすインパクトの有無は測定不可能 星 例えばハリケーンの経済的影響などを研究する「災害の経済学」という分野があります。長期的にはこうした大災害が当該経済に与える影響はほとんどゼロに近いとする研究が多いですね。実際にはプラスの影響とマイナスの影響、両方が起こっているのでしょうが、それらが打ち消しあって平均的には影響がゼロになっているということではないかと考えます。 大災害は様々なものを破壊するわけですが、破壊されるものには「制度」的なものも含まれます。例えば効率的なサプライチェーンやうまく機能していた地域社会のネットワークが災害によって大きく壊れてしまうと、経済成長に悪い影響を与えます。 しかしそもそも成長を阻害していたような悪い制度が壊れれば、創造的破壊が起こり、新しい制度ができて、成長に良い影響を与える場合も考えられます。災害の経済学の分野で研究が深まれば、どのような制度変化が経済に長期的にプラスの影響を与えるのか明らかになってくるでしょう。 星 この制度的観点からもう1つ注目したいのは「内戦の経済学」です。自然災害ではなくて人的災害が経済にもたらす影響を分析するものですが、両方とも破壊が起こるという点では変わりません。内戦後に経済がどうなるかは、新しい体制がどういうものになるか次第であるという結果が得られています。 今回の巨大地震、大津波は大災害ですが、原発事故は人的災害に近いものがあります。どちらも直接的に物的、人的被害を与えただけでなく、制度的な要因にも影響を及ぼす可能性が高いと思われます。今回の災害や事故に対する対応を見て国民が政府に信頼を持てなくなれば、政治的混乱が復興の遅れにつながるという可能性もあるでしょう。 しかし、中央政府は信頼できないので地方政府や民間で、自分たちで何とかしなければならないという気運が高まるなら、日本の経済制度は逆に強まる可能性もあります。 今後数年の間に国民の意識にどのような変化が起こり、どのような選択をし、どのような制度変化が起こるか次第で、日本の未来は変わってきます。 ―― 日本経済にとって望ましい変化とは、どのようなものでしょうか。 星 オーソドックスですが規制緩和、地方分権、民営化といったところがまずあげられるでしょう。それから、これまで就職難に苦しみ、内向きになりがちだった若者が一念発起して活躍する機会が増える可能性があるでしょう。早速ボランティアなどで活躍の場を見つけた人も多いようですし、多くの若者にとっては、現在の政府や大企業の現状を見て「こんなことではダメだ」と自立していく大きなきっかけになるかもしれません。 高い効率重視よりも仕組みの頑健さに注目が集まる可能性 企業の経営のあり方も変わってくるかもしれません。サプライチェーンの見直しや在庫管理のあり方などにおいて、以前に比べれば効率性は多少損ねるけれども、もう少し頑健な仕組みを再構築する方向に変わるなど、新しい動きが当然出てくるでしょう。 ―― 広域にわたって被害が広がり、復興に向けた財源確保についても、消費税増税を含めて早速議論になっています。一方では、日本の喫緊の課題は累積債務の削減です。 星 日本経済はもともと財政再建が必要で、大震災の後はさらに状況が悪くなるでしょうね。税収の2倍もの歳出をいつまでも維持するのは不可能です。こうした状況下では、最終的に政府が何とかしなければならない。財政支出カット、社会保障改革、増税なども当然必要です。 そうした増税や歳出カットだけでなく、実質的に国債の価値を減らしてしまうインフレも、ますます避けられないものになります。この意味でインフレは部分的デフォルトに等しいわけですね。もともと何らかの施策なしでは日本の財政はもたない状況に陥っていました。ただインフレが起こりそうな時には為替は円安になりますから、輸出産業にとってはプラスかもしれませんね。つまりインフレが円安につながり、復興を助ける側面もあるということです。 これを機に日本がどう変わっていくかというのは、国民の選択によるところが大きくなります。例えば東京電力について、これを機に地域独占という形を見直し、電力自由化などをさらに進めようということになれば望ましい変化へとつながるでしょう。 しかし、そうではなくて「今回の事態に陥ったのは、電力自由化のせいで東京電力が十分な投資をできなかったからである」という東電の独占強化を支持するような議論が台頭してきたら問題です。 「隠れ不良債権」が復興のネックにも ―― 1923年の関東大震災との比較で、復興支援を急ぐため発行された「震災手形」が後に金融恐慌を招いた状況と似てくる恐れがあるという議論があります。 星 関東大震災の「震災手形」は、震災によって悪影響を受けた企業が手形を銀行に割り引いてもらえ、また銀行がその手形を日本銀行に持って行くと、さらにそれを割り引いてくれるというものでした。しかし、その企業が本当に震災によって経営が悪化したかどうかは、実際のところ分からなかったわけです。 例えば、宮城県の中小企業は優遇を受けられるとしても、宮城県の中でも影響を受けていない企業もあるわけですし、元々経営が悪化していた企業もある。本来破綻するのが時間の問題であった「ゾンビ企業」もまとめて救うことになってしまう可能性があるのです。 問題を複雑にするのは、既に2008年から2009年にかけての金融危機の影響から、政府は日本の中小企業を守っていたことです。定量的に見ると、ここ3年間、銀行の不良債権は全く増えていない。2007年とほとんど変わっていません。世界的な不況下で、通常ならば考えられないことです。 この裏にあるのが2009年に施行された中小企業金融円滑化法と、それにともなう金融検査マニュアルの変更です。この金融円滑化法に基づいて貸し出し条件の変更に応じた場合、銀行はそれを不良債権にカウントしないことになったのです。これは震災前から起こっていることですが、先日決定した金融円滑化法の延長によりこれがさらに増える可能性があります。 また、災害の後は、国民が最初に政治家に求めるのは被災者の救済です。被災者を保護することに税金が投じられ、規制緩和に関する議論も遅れる可能性があります。 放射能をめぐる風評被害は長く続かない可能性 ―― 原発事故の処理を巡っては、風評被害によるさまざまな影響が出ていますし、被災地の空洞化も懸念されます。 星 それはそう長くは続かないかもしれません。 米コロンビア大学のドン・デービス教授とデイビッド・ワインシュタイン教授は、原爆投下前後の広島のケースを研究し、以前人が住んでいたところに人はまた戻ってくる傾向があると結論づけています。すなわち、原爆投下前と比べて、人口がそう変わらなかったのです。同じ人が戻ってきたかどうかは別にして、たとえ深刻な被害を受けた土地であっても、かなり早くそこに人が戻ってくる傾向があるということです。言ってみれば原爆投下の時ですらそうだったわけですから、今回、被災地周辺における安全が確認されさえすれば、被災地が今思う以上に早期に復興する可能性はあるわけです。 また2004年にタイのプーケット島を襲った大津波の場合、短期的には観光客が激減したものの、直接多くの犠牲者が出たスウェーデン人やドイツ人などの観光客がすぐにまた戻ってきて、その需要にホテルの復興が追いつかなかったほどだと言います。 自然災害が起こった後は、大なり小なりブームが起きるのは、様々な国で確認されています。まず耐久消費財が売れる。住宅も建設ブームになりますし、そうなれば家具なども売れる。 例えば1972年、米ペンシルバニア州をハリケーン・アグネスが襲い、大洪水に破壊されたウィルクスバリという街がありました。元々は鉱山の町として栄えたのですが、大洪水前から斜陽化していました。 そこで再開発が起こり、商店街はゼロから立ち直り、最初の2〜3年はものすごい復興ブームだったという逸話があります。こういった小さな例は枚挙に暇がありません。今まであったものがなくなるわけですが、なくなったものが非効率であればあるほど、新しい町の復興の勢いが強くなるわけです。 被災地は、もともと限界集落だったところも多い。その場所に作り直さず、もしかしたら別のところに町を作った方がいいのかもしれない。一方で町の立地や鉄道からの距離、都心部との距離など、何かしらファンダメンタルな良さがあるならば、水没していない限り、町は早く復興する可能性が高いのではないでしょうか。 ―― 言い換えれば、足元の状況は深刻だけれども、中期的に構えれば光が差してくるということでしょうか。 星 東京をはじめ日本は今、非常に悲観的になっている。電力不足が深刻な問題としてありますし、外国人の多くも、早々に日本を脱出してしまいましたね。未曾有の大災害だったのは確かですが、ずっと悲観したまま生活していくわけにはいきません。 後で振り返れば、放射線からくる健康被害より、心理面への悪影響の方が大きかった、ということになるのではないかと思います。あのチェルノブイリ原発事故ですら、放射線被害よりも心理面への負の影響の方が大きかったと言われています。 日本人も、時間が経てば今の悲観的な感情も薄れてくるでしょう。今の段階では逃げてしまった外国人だって、やがて日本に戻ってくる可能性は高いですよ。また人が来たい、住みたいと思うような国に作り直せるか、すべては国民の選択にかかっています。 このコラムについて 復興の経済学 地震、津波、原発事故…。東日本大震災が日本経済に及ぼした影響ははかり知れません。この未曾有の災害の影響を、私たち日本人はどのように克服していけばいいのでしょうか。これまでの経験も前例も役に立たないこの事態に対処するには、あらゆる知見を総動員し、ベストの選択をし続けなければならないでしょう。このコラムでは、経済学の分野で活躍する学者や専門家たちに、日本復活に向けての提言を聞いていきます。 ⇒ 記事一覧
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