14兆ドルの米国債務、市場心理の転換点は？
2011.04.18（Mon） （2011年4月15日付 英フィナンシャル・タイムズ紙）

うろたえるな。一言で言えば、これが4月14日にティム・ガイトナー財務長官が発した心強いメッセージだ。バラク・オバマ大統領が4兆ドルの赤字削減とともに財政改革処置を呼びかけた翌日にワシントンを回った時のことである。

　オバマ大統領の財政赤字削減案が共和党からの激しい反発に拍車をかけたことは、気にしなくていい。
「財政問題は解決できる」とガイトナー財務長官
ガイトナー米財務長官、準備通貨としての「強いドル」を強調

ガイトナー財務長官は「米国は債務問題を解決できる」と話しているが・・・〔AFPBB News〕

　ティーパーティー系の政治家は、米国政府の債務上限の引き上げを認めることに強硬に反対し、今夏に米国債を無理やりデフォルト（債務不履行）させると脅かしており、今回の案を受けて、彼らは一層怒る可能性がある。

　ガイトナー氏の言葉を信じるのなら、債券投資家は、デフォルトに関するこうした雑音が通常の政治プロセスの一環に過ぎないことを理解しているはずだ。

　「米国の政治体制には（財政問題の解決に向けた）歩みを進める力があると市場は強く確信している」。ガイトナー氏は14日、本紙（英フィナンシャル・タイムズ）に対してこう述べた。「市場は、我々の問題が対処可能であり、我々の体制が問題を解決すると信じている。議会が（デフォルトを余儀なくさせるような）リスクを取ることは考えられない」

　このような安心感を与える言葉は信じられるだろうか？　ある程度までは、大丈夫だろう。

　表面上は、現在の債券市場の動きはガイトナー氏を支持しているように見える。政府は4月上旬に、財政を巡る瀬戸際戦術のために閉鎖寸前まで行ったが、14日の10年物国債の利回りはわずか3.48％だった。外国人投資家の売りの兆候もほとんど見られない。国債入札も引き続き十分な応札倍率を保っている。
資産運用会社や銀行は非常事態に備え始めた

　だが、あまり目に見えない（そしてもっと不気味な）ことは、舞台裏で一部の大手資産運用会社や銀行が既に、利回りの急上昇だけでなくテクニカルなデフォルトにも備えて、密かに非常事態計画を議論していることだ。

　「あらゆる種類の『起こり得る事態』のシナリオが議論されている」と、ある銀行幹部は告白する。また、こうした『起こり得る事態』のシナリオはまだ行き過ぎだと見られているとはいえ、今ガイトナー氏を悩ませている大きな問題は、このような市場の落ち着きを維持するためにワシントンは何をしなければならないか、ということだ。

　オバマ大統領が単に4兆ドルの赤字削減案を求めるだけで十分なのだろうか？　債務上限に関する合意で十分なのか？　それとも、何か具体的な財政計画が必要なのだろうか？　言い換えれば、14兆ドルの連邦債務に対する心理的な転換点はどこにあるのだろうか？

　正直な答えは、もちろん、誰にも分からないというものだ。つまり、その転換点に到達するまでは分からないのだ。
注目すべき3つの要因
米財務省が保険大手6社に資本注入承認、１社は拒否

国債市場は今のところ冷静さを保っている（写真は米ワシントンにある財務省の建物）〔AFPBB News〕

　だが、ホワイトハウスの何人かの経験豊富な高官は、注目すべき非常に重要な要因が3つあると考えている。

　1つは「認識」の問題（つまり、政治家が財政問題を認識しているかどうか）。2つ目は「プロセス」の問題（建設的な議論が行われているかどうか）。そして3つ目は「計画」（信頼できる提案が検討されているかどうか）だ。

　これら3つの項目のうち2つがチェックリストに載っていれば、投資家は安心していられるだろう、と彼らは言う。そうでなければ、トラブルが生じる。

　チェックリストとしては、筆者には極めて賢明なもののように見える。そして最初の項目、つまり「認識」の問題に関しては、進展が見られる。オバマ大統領が設置した超党派の財政責任・改革委員会が債務に関する報告書を最初に公表した2010年終わり頃には、ホワイトハウスは、厳しい財政議論が2012年の大統領選挙後まで先送りされることを期待していた。

　だが、今はそうした考えが変化している。有権者がこの問題に焦点を当てるようになったことがその一因だ。だが、国際通貨基金（IMF）の最近の報告書や、ピムコが米国債に対してネガティブな姿勢を取っていることが明らかになったことも、この問題に注意が向けられるようになった要因だ。

　しかし、リストの2つ目のポイントについては、成果はまちまちだ。昨年終わりに提案された超党派のボウルズ・シンプソン案は、建設的な取り組みを示す1つの兆候だった。良識あるプロセスが進行していることを示すもう1つの心強い兆候は、「6人のギャング」と呼ばれる民主・共和両上院議員によって作成されている同様の財政報告書にも見て取れる。

　だが、オバマ大統領の先日の演説は、共和党を遠ざけることによって、実際には皮肉にも、こうした建設的な議論を後退させた可能性がある。良識ある対話は、今も標準ではなく、相変わらず例外なのだ。

　そのために、チェックリストの3番目の項目、つまり信頼できる財政計画を生み出すことがそれだけ難しくなっている。

　議会の楽観主義者たちは、ある有力上院議員が言うように、財政議論の主な担い手は今、最終案が「ボウルズ・シンプソン案を軸にプラスマイナス20％の範囲内のものになる」と考えていると主張する。結局、両党とも、4兆〜5兆ドルの幅で財政赤字を削減することを目標にしているからだ。
具体的な財政再建計画の合意には2年かかる？

　だが、財政再建の中身については激しく対立したままだ。そのため、この夏に何らかの具体的な財政計画が合意される「可能性はほとんどない」と、民主党下院議員のヘンリー・ワックスマン氏は14日、本紙に対して述べた。同氏は、合意まで2年間待たなければならないと考えている。

　現状では、チェックリストの最初の2つの項目が整っていれば、このような長期の遅れも、市場心理にとって全く壊滅的というわけではないかもしれない。どう少なく見積もっても、議会には、債務上限を引き上げるだけの「プロセス」があるはずだ。

　だが、問題を認識するだけでは明らかに十分ではない。安心させる言葉が発せられる中でも、銀行が非常事態計画を準備しているのも無理はない。ガイトナー氏は今、大変な仕事を抱えているのだ。
By Gillian Tett