http://www.asyura2.com/11/hasan71/msg/466.html
Tweet |
食料危機は、海外天候要因、国内生産者不足、マネー不足、内外の物流途絶、そして今回のような風評被害など、いろいろなリスク要因から、生じる
それら全てを、きちんと定量的に評価して、バランスよく最適な対策をとる必要がある
http://diamond.jp/articles/-/11848
【第20回】 2011年4月13日
山下一仁 [キヤノングローバル戦略研究所研究主幹/経済産業研究所上席研究員(非常勤)/東京財団上席研究員(非常勤)]
食料危機は「想定外」か――震災後の物流途絶が示した日本の弱点と農政改革の待ったなし
東日本を襲った今回の大地震や巨大津波そして福島第一原子力発電所の事故に対しては、世に「専門家」と呼ばれている人たちから「想定外」という言葉が頻繁に発せられた。しかし、日本が軍事的衝突や戦争に巻き込まれる蓋然性が低いからといって、「想定外」という言葉を用いて、防衛力そのものを所有する必要がないという人は少ないだろう。
たとえ蓋然性が低くとも、生じたときに国民の生命そのものを脅かすほど甚大な被害を及ぼすものであるならば、それを「想定外」という言葉で片付けてはならないのである。筆者は、食料危機についても、同じことが言えると思っている。
物流の混乱や買い占めによって、多くの店舗から食品が消えた。PHOTO: REUTERS/AFLO
東日本大震災は、食料の重要性を改めてわれわれに教えてくれた。物流が途絶した被災地では、食料品が十分に届かない状況がいまなお続いている。被災地から遠く離れた東京でも、納豆、牛乳などは一人一個の購入に限定された。また、多くの消費者は食料の買占めに走った。われわれの生命を維持するために必要な食料は、たとえわずかな不足でも、人々をパニックに陥れる。それは、1993年の平成のコメ騒動でも経験したことである。
今回の震災が示すように、日本で生じる食料危機とは、財布にお金があっても、物流が途絶して食料が手に入らないという事態である。農林水産省や一部の専門家は、穀物価格が国際需給の逼迫を背景に2020年にかけて30%程度上昇するという試算をよりどころに、あたかも日本が買い負けて食料危機が発生するような可能性を示唆しているが、それは的外れな議論であろう。
現実には日本は、国際価格よりもはるかに高い価格で食料を輸入している。中国などに買い負けしているとよくいわれるマグロが、日本の食卓から消えたわけではない。3年前に穀物の国際価格が高騰した際に、フィリピンでは大変な混乱が生じたが、日本ではパンの値段が少しあがってコメの消費が増えたくらいの影響しかなかった。この事例が示すように、われわれが本当に心配すべきは、日本が食料を買う経済力がなくなるという事態よりも、物流が途絶して食料が手に入らなくなる事態であるはずだ。
次のページ>> 心配すべきは、お金があっても買えない事態
それは実際に今回の震災でも生じたし、何より想定すべき最も重大なケースは、日本周辺で軍事的紛争が起きてシーレーンが破壊され、海外から食料を積んだ船が日本に寄港しようとしても近づけない事態だ。日本は確かに戦後66年にわたり、軍事的紛争に直接的な当事者として巻き込まれたことはない。しかしこの間も朝鮮戦争、ベトナム戦争など、アジアは戦争と無縁だったわけではない。中国やロシア、韓国などと未解決の領土問題を抱え、しかも北朝鮮情勢も緊迫化している昨今、軍事的紛争の可能性を「想定外」と呼ぶのはあまりに楽観過ぎる。
たとえ日本国土に直接攻撃の手が加わらずとも、周辺海域で紛争が起きてシーレーンが混乱するだけで、世界にいくら食料があろうとも、日本にいくらお金があろうとも、アメリカからの船も豪州からの船も怖くて日本に近づけず、日本国内で食料危機は起きうるのである。このように考えると、世界全体では食料生産能力が十分あるはずだから、食料危機を論じる必要がないという主張も、的外れであることがわかるだろう。心配しなければならないのは、買う金があっても買えないという事態なのだ。
有事の際に、国内の物流が無傷で機能していたとしても、日本の農業には、現状では、国内の食料需要を満たす力はない。戦後一貫して増加してきた水田面積は1970年に減反政策が導入されて以来減少の一途をたどっている。近年は耕作放棄による減少が転用を上回っているほどで、耕作放棄地はすでに東京都の1.8倍の39万ヘクタールに達している。
耕作放棄に宅地などへの転用地を合わせれば、1960年代初頭と比較して、実に250万ヘクタールの農地が日本から消滅したことになる。今では、肥料も農薬も十分あり、日照りや冷害も起きず、不作にならないという幸運な条件が満たされている場合に、イモとコメだけを植えて日本人がどうにか生命を維持できるかどうかすれすれの459万ヘクタールが残るのみだ。しかも、現在の政策を続けている限り、毎年2万ヘクタールが失われていく。もはや生命の維持すらも、国内の食料供給では賄えなくなろうとしている。
次のページ>> BSEで全頭検査を要求した日本が、放射能汚染で全ロット検査を要求している外国の批判はできない
では、日本周辺のシーレーンが脅かされ、海外からの食料供給が途絶した場合に、これまで農業予算をたっぷり使ってきた農林水産省や農業団体が「想定外」という言葉に逃げ込まないためには何をどう準備しておけばよいのか。まず一定量の食料備蓄が不可欠であることはいうまでもないが、備蓄だけでは物流が2年、3年と途絶するような事態には対応しきれない。ライブストック(家畜)という英語の表現にあるように、家畜を食用に回すこともできるが、これはあくまで次の穀物収穫までのつなぎの手段である。突き詰めれば、やはり国内の食料生産能力を少なくとも維持しておかなければならないのである。
その意味で、今回の福島第一原発事故で、食料の供給能力だけでなく、食料の安全性についても問題が生じてしまった点は、悩ましいことだ。放射能の影響により、生乳や野菜が出荷停止されるなどの被害が生じている。国内だけではなく、海外の輸入国も、日本からの農作物の輸入を禁止したり、放射能基準適合証明書を要求したり、全ロット検査を要求したりしている。筆者が知る一例を上げれば、タイに農作物を輸出していた大分県の農業者は、全ロット検査を要求され、コストがかかりすぎるので、輸出を中止したという。被害は、全国に及んでいるのだ。政府も東電も福島第一原発周辺の農家や漁民に頭を下げればよいというものではない。
各国の措置が科学的な根拠がなかったり、国際基準に基づくものでない場合には、検疫措置を非関税障壁として使用するものであって、WTO(世界貿易機構)の紛争処理手続きに訴えて、是正させる途がある。しかし、国際基準であるコーデックスでは、放射性セシウムについては日本の基準値のほうが厳しいが、放射性ヨウ素についてはコーデックスの基準値のほうが厳しいものとなっており、WTOの手続きを援用することは困難である。
どこの国も、口から体に入る食料については、厳しい基準を設けることは当然である。日本も、BSE(牛海綿状脳症)については、当初全頭検査を要求し、その後20カ月齢以下の牛肉の流通は認めたものの、30カ月齢以下の牛肉の輸入を認めるよう要求しているアメリカと対立している。BSEについて全頭検査を要求した日本が、今回の放射能汚染で全ロット検査を要求している外国を批判することはできない。
次のページ>> 東北農業復興のヒントは、フランスの公社にある
高齢化や人口減少時代を迎え、国内の農作物市場が縮小する中で、海外に販路を求めている先進的な農家にとって、今回の事故は大きな打撃だ。安全性の問題については、生産者に対する補償を行うとともに、放射能汚染を出来る限り早く封じ込めるような、迅速な対応を行うしか途はない。
さらに、この問題への対応と並行して、政府はわが国有数の食料基地である東北地方の再興に全力を尽くさねばならない。農水省がまとめた震災の被害状況(3月22日時点)によれば、岩手、宮城、福島の3県で津波による浸水被害があった農地(田畑)は約2万ヘクタールに上るという。前述した減反政策や耕作放棄に伴う全国の1年分の農地消失量に匹敵する。今回被害にあった東北地方の農地の機能を回復するためには、がれきの除去から海水につかった農地の徐塩など、気の遠くなるような作業と費用が必要となろう。
ただし、敢えて言えば、その際に、拙速に復旧活動を行うのではなく、明日のあるべき地域の在り方について住民のあいだで十分に意見を交わし、しっかりした土地利用計画の下で、災害に強い強固な建物と地域を建設していく必要がある。このためには、個別の土地所有権についても、見直すことも必要になろう。共同減歩というやり方がある。これは土地所有者が共通の負担率で土地を出し合い、公共用地を作り出すことである。
また、復興と言っても、高齢な農業者が、新たに機械を購入して、営農を再開することは、困難であろう。しがたって、フランスの公社が退出する農家の農地を若手農業者に配分したように、若手農業者による農業の新生を図るという方法も検討に値しよう。他の者に先駆けて農地を購入する権利である“先買い権”を公社に認め、公社が購入した農地を若手農業者に優先的に売却する、農協等の一部の法人にしか認めてこなかった農地信託事業を信託銀行、信託会社など一般の法人にも認め、信託農地で土地購入代金を支払えない若手農業者に営農させる、政府出資を含む農業ファンドを創設して若手農業者の資金繰りを援助するなど、積極果敢な対策を講じるのである。
このような東北地方の農業の復興は、被災地の復興だけでなく、日本の農業全体の新生にもつながろう。このテーマについては、週刊ダイヤモンド4月23日号の特集「食を守る」に筆者の提言を寄稿したので、是非参考にしてもらいたい。
次のページ>> 不道徳な減反継続。廃止をそろそろ本気で考えるべき
最後に補足すれば、筆者が過去長年にわたり主張していることであるが、減反を廃止することを、いよいよ本気で考えるべきだ。そもそも減反とは、過剰米が市場に流出し、米価下落を招くことを防ぐための供給制限のカルテルである。コメの消費が長期的に減少する中(実際には減反に伴う高米価によって拍車がかかったわけだが)、生産過剰を解消するという目的で、1970年に始まった。具体的には、コメに代わって大豆や麦などの他作物に転作した農家に転作奨励金と呼ばれる補助金を支払うなどして実現してきた。
生産調整の最も分かり易いデメリットは、このカルテルに農家を参加させるための財政負担の重さだろう。その額は、年間2000億円、累計7兆円にも及ぶ。そして何より問題なのは、これほどの金額を使っておきながら、大豆や麦の種まきだけをして収穫しないという捨てづくりという事態が進行し、転作による食料自給率向上という目的は達成されていない。しかも、大規模農家の育成の妨げとなるばかりか、いたずらに農地を減らすことで、日本の食糧自給率そして食糧安保を損ねている点である。
東北地方の農業がかくも厳しい事態に直面した今、このような政策を続けて行くことに何の意味があろうか。さらに、不況によるリストラで生活水準が低下した人たちに加え、今回の大震災で仕事も財産も失い、食料を買えなくなるかもしれないという人たちがいる中で、巨額の財政支出を投下して米の価格を高く維持するための減反政策を継続することが、いかに不道徳かは、(農林水産省と農協の関係者を除いて)誰でも理解できることではないだろうか?
民主党政権が実施した現在のばら撒き型の農業者戸別補償制度にも問題が多い。一定規模の生産をする主業農家だけに対して価格低下の所得補償をするのならば農家の大規模化や効率化につながり日本の農業の競争力強化を意味するので歓迎できるが、減反に参加するほとんどすべての農家(約180万戸)に対して生産費と農家販売価格の差を補填するという民主党の現制度では、非効率でコストの高い零細な兼業農家を農業に滞留させるだけだ。
次のページ>> 震災をTPP反対の口実に使うのは農業のためにならず
一刻も早く、減反は廃止し、戸別補償制度は一定規模の生産をする主業農家のみに対するものに制度変更すべきだ。家族、仕事、家屋、財産のすべてを失った人が苦しんでいる中で、所得の高い全国各地の兼業農家にまで所得補償を行うことは、減反を継続することと同様、不道徳である。
このように戸別所得補償政策を変更すれば、全国的にも、企業的な農家に農地が集約化され、農業の効率化による新生が実現することとなろう。減反と戸別所得補償政策の見直しによって、少なくとも4000億円以上の財源を復興のために捻出できるはずだ。旧に倍する東北農業の建設を行うために必要な費用は、被害に遭わなかった者も含め、国民全体で負担していくべきである。
一部の報道によれば、今回の福島原発事故を受けて、日本の農作物輸出の道が途絶えたとして、TPP推進論者の根拠が薄弱となったとの発言が政府関係者からあったようだ。農家の被害をTPP反対の口実に使おうとするもので、言語道断である。
そのようなことを言っている暇があったら、輸出が可能になるように、国際的に説得力のある中立的な検疫体制を確立・拡充し、国際機関にいっそう積極的に働きかけるなど、あらゆる手を使って国産農作物の安全性をアピールすべきだ。高齢化、人口減少で国内の市場が縮小していく中で、海外への輸出の道を断たれれば、日本の農業再興への道は極めて険しくなる。時間がかかるとしても、日本はその努力を決して放棄してはならないのである。
この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます(表示まで20秒程度時間がかかります。)
スパムメールの中から見つけ出すためにメールのタイトルには必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
すべてのページの引用、転載、リンクを許可します。確認メールは不要です。引用元リンクを表示してください。